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呪われた星々  作者: 三角形
明けの明星編
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九話『魔物退治しようぜ!お前ハブな!』

『敵は会話が成り立つほどに聡明で恐ろしいだろうね。普通の魔物は単純だから方法を知っていれば対処しやすいけど、人間と同じ知能を持つ魔物は知能の分、学習する』


 作戦会議にて未知の敵を対策するために情報を共有するルミナは、知能を持つ敵の厄介性を力説する。


『特に風魔法は利便性が高いから、知能の高い輩との組み合わせは厄介だ。……そういえば、レティさんは風魔法の使い手だったっけ。橋を落としたのもキミだよね』

『うっ……も、申し訳ありません……』


 村に誰も近づけないために強引な手段を計ったレティは肩を落とす。

 だがルミナは不快に思った素振りも見せず、むしろ口角を上げた。


『別に咎めてるわけじゃないさ。ああするしかなかったんだろう? むしろあの石橋を壊したのがキミと知って頼もしく感じているよ』

『る、ルミナさん……!』


 賞賛の言葉に、レティは感極まった様子で顔を上げた。その瞳には憧憬がありありと浮かんでいた。


『嬉しいです、太陽の魔女の弟子にそう言っていただけるなんて!』

『レティ、はしこわした? すごい! どうやった?』

『《モノ・ヒュード》……高密度に圧縮した風を大きな刃のように凝縮させて橋に叩きつけたんです』

『風魔法は便利だが、制御方法が緻密だからね。その年でああなら、大したものじゃないか』

『え、えへへ……』

『まったくだな。どっかの誰かさんとはえらい大違いだ』


 照れ笑うレティの高揚に水を差すかのごとく、タタラは遠回しに文句をぼやく。

 彼の言う『どっかの誰かさん』は朗らかに笑みを浮かべるばかりで気に障った様子は無かったが、彼女が藁人形を取り出したことでタタラは口を閉じて背筋を伸ばした。


『風魔法同士は相殺することができる。もし相手の風の刃が当たりそうになったら試みてくれ、レティさん。……厳しいとは思うけどね』

『レティのまほう、あんなすごいのに?』

『ああ。でもセンリュシアさんも風魔法を使える。そうだろう?』

『……はい』

『センリュシアさんはレティさん以上の強者だ。彼女の持つ魔力はなかなかのものだった。もし足が無事だったら、タタラと彼女が戦えば彼女に軍配が上がっただろうね』

『うげっ、マジかよ。オレちょっと用事を――うそうそ、ジョーダンだっての』


 空気を読まずに敵に背を向けようとする男に、非難の目が集まりかけた。

 だが彼はルミナの手にある藁人形を再度見せつけられ、発言を撤回する。


 学ばない男である。


『しかしセンリュシアさんは相殺できずに足を切断された。ならレティさんでも難しいだろう』

『そんな……』


 レティは口元を手で覆って驚きを露わにする。

 彼女の母親の足を奪った魔法を止めるには厳しい。回避が必須ならば、苦戦は強いられるだろう。強敵との戦いとはなんたる理不尽な道理か。


 だが絶望はそれだけに留まらなかった。




 開戦に戻り、レティが弓を引く。しっかりと狙いを定めて放たれた矢は彼女の風魔法により加速したが、魔物は横に跳んで避けた。


「遅い遅イ」


 フェイクか本当に余裕なのか、「ケヒヒ」と悪趣味な笑いが散開する。耳障りな声を散らしながら魔物が回避後に取った行動は魔力を練ること。


『あの手の輩はこちらの体力が切れた頃に一気に殺しにかかる。その分、複数人で徒党を組めば多少は攻撃を当てられる回数も、生存率が上がるかもね』


 実体験のごとく語るルミナの予想は当たりだった。

 マルフィックは虎や熊よりも大きい図体にも関わらず、その俊敏性はバカにできない。回避動作はタタラやルガの目にも追えたが、それだけではまだ底が見えないのだった。

 一人で相対すればその動きに翻弄されるがままに無駄な攻撃で体力を費やし、体力切れによる大きな隙を狙われて魔法を撃ち込まれただろう。


『無理に追って近接戦闘をするのも避けるべきだ。特にルガ、キミは近接しか出来ないからレティさんの護衛がメインだよ』

『うん。ルガ、レティまもる!』

『ありがとうございます、ルガくん』

『オイ。それ、まさかオレは相手の攻撃の対処がメインなんじゃ…』

『何を当たり前のことを』

『ちくしょう、中距離攻撃なんか覚えてンじゃなかったッ!』


 タタラは残念ながら最前線で戦う、盾役とも称せる最も危ないポジションだった。それに嘆きながらも彼は現在、魔物の注意を引くために剣の切っ先を光らせる。


「しかし、小僧二人デ小娘を守りながらワシを倒セルと思ったのカ……舐められたモノを」


 マルフィックは獰猛に笑い声を響かせる。底の深い下卑た声は空気をビリビリと震わせ、木の葉は呼応して小刻みに揺れる。

 彼は大地を鋭い爪のある足で踏み込み、大地に大きい足跡をつけて空を舞う。刹那の時でも太陽を遮る大柄な体躯は小さな山の襲来を予見させた。

 

 タタラはマルフィックの着地に合わせ、剣に魔力を込めて大きく振りかぶった。


「オラァッ!!」


 タタラの剣から、三日月型の白い斬撃が飛んだ。タタラの大げさな予備動作から繰り出された飛ぶ攻撃はマルフィックを襲う。

 だが直撃するも、マルフィックは無傷だった。

 

「フン……魔法の糸の斬撃ヲ飛ばし、ワシの着地の隙を狙おうとしたのカ? そんな小癪な攻撃、効かんナ」

「着地狩りは男の(たしな)みだろ? それに大人しく今のでやられた方がアンタのためだぜ」

「ほざケ」


 小癪な者同士で挑発的な会話が繰り広げられる。

 一方でレティは弓を構え、マルフィックを狙い集中していた。一度は避けられた弓矢だが、魔物がタタラに攻撃の矛先が向いているならば当たるチャンスはあると見立てた判断だ。

 ルガも尻尾を逆立て、いつでも殴りにかかる準備を取っている。


 レティが弓矢を振り絞って放つと同時にルガも駆け、彼らの通り道に突風が舞った。


「がうぁあッ!!」

「ぬウ!?」


 攻撃が先に届いたのは、弓矢より後にスタートダッシュを決めたルガだった。

 小さな握り(こぶし)はタタラに着目していたマルフィックの横っ腹に叩き込むと、彼はうめきながらよろめく。確かにダメージが入った感触のしたルガは、しかし気が浮くことなく警戒して下がる。

 

 遅れて矢も届いたが、それは突き刺さることなく毛に弾き返されてしまった。

 タタラは張った虚勢を崩して声を上げた。


「オイオイ、昼は過ぎたからって、まだルガが好調な時間だぞ。かってェな」

「フム……天狼(てんろう)の獣人か。初めテ見た」


 虎の瞳孔がルガを捉えて開く。わざわざ関心を示すあたり、物珍しさは相当だろう。

 だが余計にマルフィックの警戒心を引き出させてしまった。


「……稚児とは言え天狼の獣人。厄介ナ者から排除してやろウ」


 虎の牙が露わになる。獲物の肉を噛み千切るために発達した歯は鋭く尖っており、ひとたびでも捕らわれると無事では済まないと言葉にせずとも伝える。

 ルガにターゲットが向いた。彼はそれを闘争本能に似た感覚で察し、レティから離れるように駆け出す。


「その小さく軽そうな身体ハ、さぞかし強風二吹き飛ばされやすいだろうナ」


 ルガはマルフィックを厳しく睨みつける。

 すると辺りに吹く風が全てマルフィックの周りに収束した。


「空ノ彼方まで吹き飛ぶガいい。《ヒュード》」


 溜めに溜められた風はマルフィックの言葉をキッカケに、一方向に吹きすさむ。

 

「っわぁぁあああッ!?」

「ルガくん!!」


 まさに暴風だった。

 風の通り道は地面をえぐり、草花を刈り取り、木々の幹すら折ってルガへ一直線に向かう。敵に釘づけになっていた彼はその風に直撃し、彼の身体が浮くと共に空へ吹っ飛ばされた。


 ルガは悲鳴を上げ、レティは切羽詰まって彼の名を呼ぶ。


「ケッヒッヒ。いつ見ても人ガ吹き飛ぶ様は、見てイテ爽快――ん?」


 ルガの軽い身体はマルフィックの言葉通り、空の彼方まで運ばれただろう。

 彼を受け止めるものが空中に存在しなければ。


「ぐぇっ!」

「……アイツ、この島に来てからまだ二日目なのに、何回身体をぶつける気だよ」


 山の周りにある段々畑に入るギリギリ、ルガの身体が空中に存在する見えない壁にぶつかり、弾かれる。

 彼は短くうめくと受け身も取らずに地面に落ちたが、傷一つも骨を折った様子も無くすぐに立ち上がった。

 

 タタラは小さく呆れながら独り言をこぼしてマルフィックと対峙するが、マルフィックはタタラなど眼中にも無く空を見上げていた。

 具体的には、ルガがぶつかった何かへ目を向けていた。


「……《バリア》カ。それも、山ヲ覆うようにぐるりと張られてイル……いつの間二」

「あなたを逃がさないために、私が丹精を込めて張りました。あなたとてそう易々と破れるようなつくりではありません」


 強気な口調でレティが前に出て解説を挟む。

 凛として堂々と告げるその態度にふさわしく、山を覆うほどに巨大で不可視の壁の硬度や精度は魔法を得意とするマルフィックですら舌を巻くほどのようで、彼を逡巡させた。


「オヌシが《バリア》を操るトハ聞いたことガ無い。が……構わん。その分、魔力を浪費したならまともニは戦えまい。それニ――」


 彼はレティの方へ向く。


「意識を奪えバ解除されるであろウ――!」

「くっ!?」


 マルフィックは蛇の尻尾を引きずり、虎と熊の毛並みを逆立ててレティ目がけて地を蹴った。その速度は強風を生み、砂埃をまき散らす。咄嗟の判断ではまず避けられまい。

 

 ましてや、マルフィックが弓矢を避ける動作すら目で追えなかったレティがマルフィックから逃れられるワケも無かった。


 しかし彼女は決して一人で戦っているのではない。


「――よそ見してんじゃねェよ」


 彼女には、小さな子どもよりも頼りになる大人がついていた。


「《羊頭狩肉(ようとうしゅにく)》」

「っぐぅぅううウッ!?」


 タタラが小さくつぶやくと、マルフィックは道半ばで足を止めて激痛に喘ぐ。筋肉が強張り、身体には一つの裂傷が右前足から胴体にかけて大きくできていた。


「何、ガ」

「お生憎サマ、オレをザコだと思って無視すると痛い目に遭うっつーことだ。能無しがよォ」


 気味良さげな嘲笑と共に吐き捨てられた言葉にマルフィックは瞠目する。

 

 タタラは今、剣を振る動作すらしていなかった。だがどこからともなくマルフィックにつけられた傷は斬撃によるものだ。この場で帯刀した人間はタタラしかおらず、犯人は彼しかいない。

 一体どんなカラクリか学習しているらしく、マルフィックはゆっくりとタタラの方を振り向いてしばらく黙り込んでいた。


「……糸を使っタ斬撃カ。ワシが着地した時に伏兵を張っていたのカ」

「なんだ、その程度は見抜けるようだな」


 マルフィックの身体には、本人すら気づかぬほどに小さな魔法の糸がひっついていた。それは彼にタタラが着地狩りを試みた際のものであり、その糸を発火剤としてマルフィックが油断した隙に発動する時間差の魔法攻撃だった。

 マルフィックは一度ふらつくものの、すぐに体勢を立て直す。だがレティが安全圏に退避するには十分な時間だった。


「悪知恵ガ働く人間だ」

「アンタこそ、案外大したことねェな。もしかしてセンリュシアサンは別のヤツにやられたのか?」

「言ってくれル……後悔スルぞ、その言葉」


 タタラの挑発はまるで自殺行為だ。


 ルミナいわく、タタラの実力は五体満足のセンリュシアより下。そんなセンリュシアはマルフィックに右足を奪われ、敗北を余儀なくされた。

 単純に言えばタタラ単体ではマルフィックに手も足も出ないと証明できるのだ。


 そしてマルフィックはタタラに煽られたことで、センリュシアが勝てなかった真の理由である力を発揮する。


『話は変わるけど、どうしてさっきボクらごと風魔法で空に飛ばしたか、その理由の全ては話してなかったよね』

『空に飛ばした!?』


 先ほどの作戦会議で、突如転換された話題にレティは驚愕の声を上げる。だがルミナはそれをサラッと受け流すなり、強引に説明を続けた。


『タタラの魔法の鍛錬、橋を飛び越えつつの村への早道。そしてもう一つ、空を飛ぶ感覚を思い出したくてね』

『ハァ? 空を飛ぶ感覚ゥ?』

『風魔法は多大な魔力と緻密なコントロールにより、頑張れば飛行もできるんだよ』

『そらとべる!?』


 魅力的な言葉に食いつくルガは目を輝かせた。それを微笑ましげに見たレティは補足する。


『発動にはかなり洗練された魔力の扱いが必要になります。なので熟練の魔法使いにしか使えず……現に私も三秒しか飛ぶことができず、お母様も実戦にはまず用いません』


 要は恐ろしく精度の必要な所業だ。それゆえに強力で、完璧に使いこなせば膨大なアドバンテージにもなるだろう。


『相手は飛行できると考えていいだろうね。センリュシアさんが手も足も出ないほどの風魔法の使い手なら、それくらい当然だ』

『空に逃げられたら、オレもルガも攻撃手段は皆無に等しいぞ。レティサンは?』

『私は自分の弓と風魔法でなら。しかし、風魔法でのされてしまうのでしょうね……』

『うん、無理だろうね』


 キッパリと断言する物言いに遠慮は無い。レティは視線を下げ、唇を噛み締めて己の実力不足を痛感する。




 ――ルミナの予測通り、マルフィックは空を飛んだ。


 巨体に見合わず軽々と浮く彼の周りには常に風が舞っており、それが彼を空へ引き上げている。

 彼の近くでは暴風が吹き荒れ、木々すら薙いでいる。飛行に使われた風の余韻だけでも自然に被害をもたらしていた。


「空ハさすがに飛べまい。そうら、追いついてみロ」

「チッ……風で自分についた魔法の糸も吹き飛ばしたか。ビビリがよ、降りて戦ってこいよ」

「オヌシらコソ、ここまで攻撃してミロ。クク、まあ無理だろうナ」


 タタラは眉をしかめてマルフィックを厳しく睨みつけるが、サーベルを構えるばかりで攻撃を試みる気配が無い。

 当然だ、敵はもう彼の攻撃が届かないほどの高度に達してしまったのだから。


 これこそが風魔法を得手とするセンリュシアが一切敵うことのなかった理由であった。

 下手な飛び道具では風に吹き飛ばされ、同じ風魔法であれば相殺され、他に攻撃手段が無ければ実質的な詰みである。そんな状況下でマルフィックだけは一方的に攻撃できるのだ。

 

 マルフィックは空への浮上を続ける。勝ち誇った高らかな笑い声を響かせ、ただ攻撃もできずに見上げることしかできない三人へ余裕を見せた。


 ――己を神とでも錯覚したかのごとく蛇の尾を揺らす彼だが、悲惨な未来を辿るなど彼は全く想像もしていなかった。


『空を飛ばれたら、キミたちは手も足も出せずに風の刃でズタズタに引き裂かれておしまいだろう。……しかしね、それは同時に好機にもなる』

『ど、どういうことです?』


 レティは首をひねって疑問を尋ね、ルミナは自信満々に右目をウィンクして笑った。


『だってボクがいるからね』

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