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呪われた星々  作者: 三角形
明けの明星編
7/34

七話『詐欺師は嘘も真も口の中で転がしてから吐く』

「す、すみません、本当に……」

「気にしなくともいいのに」


 しょんぼりと落ち込むレティを慰めるルミナは既に髪を結んでは三角帽子を被り、いつものスタイルに戻っていた。

 タタラは横で笑いをこらえず、ルガはタタラに呆れた目を向けている。


「別に紛らわしい格好と口調をしてるボクが悪いんだからさ。ほら、タタラを見てごらんよ」

「ックク、ひー、おもしれェ!」

「コイツの方が腹立つし、レティさんには怒ってないよ」

「そ、それでいいのですか、ルミナさんは……」


 腹が立つと明言するものの、ルミナが気に障った様子は無い。変わらず本心読めぬ微かな笑いでタタラの失礼な大笑いを見逃している。


「それより、拘束した盗賊たちも村人たちに軟禁してもらったし……レティさん、マルフィックとやらについて詳しく聞いてもいいかな」

「でしたらお母様に尋ねられると良いでしょう。あの人が一番、その魔物と戦っています。私は……そもそも戦闘に参加すらしていませんから、その全貌を存じ上げません」

「そういや港町にいたよな。何してたんだ?」

「友人が久々に外海から帰郷するので、出迎えに行ったんです。しかし再会したのは良いのですが……」


 レティは憂いげに視線を落とす。


「命は助かったものの、友人の乗ってた船が海棲の魔物に襲われ、港町で夜すがら友人を慰めていると村の不穏な噂を聞きつけ、帰った矢先ではお母様は大怪我をなされて、村まで大変なことになっていて……私、わたし……っ!」

「レティ……たいへん」


 泣きっ面に蜂な不幸の重なり具合に、ルガも同情して耳が垂れる。

 

 レティは齢にして十七の無垢な少女だ。そんな彼女に慣れぬ心労が一気に襲いかかれば、思い詰めるに決まっていた。

 現に彼女は今にも泣き出しそうなくらい顔を歪め、追いつめられた本心を吐露している。


「お母様は……とてもお強いお方です。誰よりも繊細な魔法を操り、人を癒す能力に長けていました。しかしお母様ですら敵わず、私も一大事に村を離れていた(てい)たらくで……ッ!」

「それを(てい)たらくとは呼ばないよ。レティさんの母親すら全力で尽くしてもなお倒せなかったなら、キミが挑んでも同じこと。最悪、死んでいたかもしれない」

「むしろアンタが港町に来てくれなきゃ、オレたちもここに立ち寄るかわかんなかったぞ。ラッキーだったな」


 村の長でもあり名のある一族の長女ともなれば、その重荷は計り知れないだろう。しかしそれでもなおレティは健気に希望の光を宿す、直向きな少女だった。

 その光が曇りかけていたが、今はルミナたちの言葉もあってか徐々に輝きを取り戻しつつあった。


「でも敵の話は欲しいけど、キミの母親は今喋っても大丈夫な容態かい?」

「会話に問題ありません。お母様は戦闘の負傷はご自分の魔法で治しました。傷、だけは……」


 再び彼女の顔が曇る。

 回復魔法というのは、一時的に一部の細胞を活性化させて治すのが基本だ。魔法をかけられた傷は瞬時に塞げる。

 

 しかし裏を返せば、死ぬまで治らない傷を治すことは難しい。例えば四肢の欠損に対していくら治癒を施そうが、肉が盛り上がって再生するわけではない。

 レティの母親は、恐らく戦闘によってその裏を返した場合が適用されてしまったのだろう。


「……分かった。じゃあキミの屋敷を訪ねてもいいかな」

「はい、ご案内します」


 真剣な顔つきでレティは屋敷へ身体を向けた。前を進むレティに続き、ルミナたちもその背を追う。

 ルガは奮起してやる気をみなぎらせていたが、ルミナは自然体で、タタラは頭の後ろで手を組んでルミナの横を歩いていた。


「……オイ」

「何だい?」

「何だよ、さっきの善人ヅラ。おかしくて笑っちまったじゃねェか」

「キミはボクを何だと思ってるのやら。……それにキミだって正義のヒーロー面しちゃって。やってることが詐欺師みたいだよ」

「テメェに言われたかねェんだよ」


 タタラはルミナを見下ろし、二人は軽口を叩く。


「なァ。テメェ、まさか本当にただの正義感で人助けしてンのか?」

「……心外だな」


 ルミナは帽子の(つば)を掴み、帽子を深く被り込んだ。


「ボクは正義感にあふれた、ステキで素晴らしい人格の持ち主さ。人を助けるためなら、自分の目的すら犠牲にするよくできた人間だよ」


 あまりにも誇張された自画自賛は、タタラのツボを突いて笑わせた。


「嘘のニオイしかしねェな」







「お母様、私です」

「どうぞ」


 レティの屋敷の敷地は一目見て有権者が住むと無意識に脳へ刻み込むほどに壮大だった。

 庭は村一番の庭園で、沿岸部によく咲く花々が鮮やかに散見される。彩りにあふれた庭を両手に通ると、荘厳なお屋敷が客を出迎える。

 

 建物に華やかさはあれど、派手すぎず趣のある西洋館だった。

 その高さは間近に来たルガがてっぺんを見上げて目を輝かせるほど。その全長は彼が首を左右に振って端を確認するくらいには大きかった。


 建物内に入って通されたのは、入って正面の階段を登って少し進んだ先の個室。セピア色の質の良い絨毯を踏んでレティはノックした。

 中からの返事と共に、レティは扉を開ける。


「客人をお連れしました。お母様にお尋ねしたいことがありまして……」

「客人? ……どう見ても村の外の方ではありませんか。『村に人を招き入れるな』と言ったでしょう」

「しかし、この方たちならばあのマルフィックをも倒せるかと!」


 レティへ咎める眼差しを送るのは、部屋の中央にある天蓋つきダブルベッドの上で姿勢良く座る、少しえくぼが深い女性だった。レティと同じく銀髪を後ろに流し、目尻の下に刻まれた小さなシワが若いイメージを払拭させるが、洗練された美しさと貫禄を兼ね備えた夫人であった。

 彼女は下半身に布団を被せているが、右足の膝から先にあるであろう布団の膨らみは無かった。


「どうも。ボクはルミナという者だ。旅人だよ」

「タタラだ。んでコイツがガル」

「ルガ!」

「いっつもオレにガルガル吠えてンだから、あながち間違いでもないだろ?」

「むぐぐぅっ!」

「……レティシア、人違いではないのですね?」

「そ、そのハズ……です」


 誰の前であろうと、タタラとルガの喧嘩がいつでも発火しかねない。突如始まった口論は親子を戸惑わせ、レティは不安から自信を無くした迷子のような表情で喧嘩を見守った。


「二人は無視してくれて構わないよ。よく喧嘩するんだ。――レティのお母さん。ボクたちはマルフィックを倒しにきた。戦闘した時の状況を聞きたいんだ」

「……あれはそうそう敵う相手ではありません。命が惜しくば、悪いことは言いません。村から出ていきなさい。今ならまだ引き返せるでしょう」

「そうもいかないな。レティさんに頼まれたんだ。その頼みを無下には出来ない」

「村の問題に部外者は関わらないでいただきたい。これは我々の問題です」

「人間同士の対立ならともかく、相手が魔物じゃあね……それにボクの探してるヤツとその魔物、何か関係があるかもしれない」

「オイ、初耳だぞルミナ」


 ルガといがみ合って睨みを利かせていたタタラは視線を切り、ルミナの言葉に食いつく。

 レティの母親は品定めするようにルミナを見据えた。


「……その根拠は?」

身体(しんたい)支配のまじない。これはボクの師匠が作ったまじないだ。それを魔物が知れるキッカケがあるとすれば、魔物の背後にヤツがいるハズ……」


 ルミナは顔を引き締める。


「星の魔女の噂、拝聴したことは?」

「……! 大物の名前が出てきましたね。もしや……」

「ああ。アイツはボクと同じく太陽の魔女――トウコ師匠に師事してもらっていた。だから師匠亡き今、この世でその呪いが使えるのはボクとそいつ、二人だけのハズだった」

「太陽の魔女の弟子だったんですか!?」


 サラッと告げられた事実は、病人がいる部屋にも関わらず驚きの声が上がる。神妙そうな顔を一貫していたレティの母親ですら瞠目していた。

 ルガはレティの驚きように肩を跳ねさせ、首を傾げて口を開いた。


「そんなすごいやつ?」

「最強と名高い、世界でも屈指の魔法使いですよ!」


 ルガの疑問に、レティは興奮気味に頷いた。彼女の解説口調に熱が入っていることや、目をいっとう輝かせている様子から、太陽の魔女を尊敬視していると如実に表していた。

 

「ただ弟子を滅多に取らないことでも有名で、他の高名な魔法使いは弟子を百人取る方もいるのに、生涯で二人しか取らなかったんです」

「つーかルガ、前にルミナが説明してただろうが」

「そういや、そう?」


 タタラとルガは既知だったが、ルガにとっては興味を引くほどの話題ではなかったようで、彼は呑気に尻尾を揺らした。


「まあボクのことはどうでもよくて」

「ど、どうでもよくないですよ!」

「熱烈なプロポーズなら後回しにしてくれ、レティさん。今は大事な話をしているんだ」

「ぷっ、ぷぷ、プロポーズなんかしてませんけどぉ!?」

「つーか話から逸れてンのはテメェのせいだろうが」


 途端に顔を真っ赤にする純朴なレティ。腹のうちでは張り詰めた空気を弄んではあしらうルミナ。

 一見ふざけた状況に、冷静なタタラがぼそりとつぶやかれた。それをキッカケに転んだ話が持ち直される。


「同じ師匠の教えを仰いでいた身としては、ヤツの蛮行は許せない。噂の通り、ヤツは師匠を殺して逃げた。その上、各地を荒らし回っている。今回もその一環だろう」


 ルミナの顔が苦々しく歪む。その脳裏には、数々の悪行がよぎっていたらしい。誰もが嫌悪のオーラを彼女から感じ取った。


「……ボクは妹弟子として、ヤツの居場所を突き止めたい。そして償わせるんだ……師匠を殺したことを」


 ローブの下に隠された手は怒り心頭で震えていた。顔を歪め、激情を露わにする彼女は憎悪と、そこにわずかに隠れた悲壮感をにおわせる。

 

 大事な者を殺され、黙っていられる者はいまい。

 ゆえに怒りを隠し切れぬルミナにとって師匠は大事であったと誰もが察せた。


 静かにルミナの言葉を聞き届け、心境を知ったレティの母親は思索する。

 情報を与えて戦地へ送るか、部外者として放り出すか。

 戦えなくなったこの身で「戦ってくれ」と懇願するか、身を案じてせめて安全地へと逃がすか。


 復讐の炎すら瞳の奥に見えるルミナを魔物の元へ行かせるか、その炎が山ごと包んで燃やさぬように退避させるか。


 村の長として、この場にいる全員の存亡をかけた決断が求められていた。

 彼女は数分ほど瞑目した。言葉を選び、静かに深呼吸を繰り返して。


「――分かりました。全てお話いたしましょう」

「恩に着るよ」

「むしろ魔物を倒せたら、こちらが恩を着ることになるでしょう。……魔物を倒せたらの話ですが」

「抜かりないよ。こっちは世界最強と謳われた魔女の弟子だ。そのネームバリューに恥じない程度の実力は兼ね備えてるつもりさ」


 レティの母親は静かに頷く。その返答を待っていたと言わんばかりに、ルミナは怒りの矛をしまって不敵に笑んだ。

 その表情には胡散臭さが伴っていたものの、頼り甲斐のある自信たっぷりの笑顔であったことには変わりない。

 

「自己紹介が遅れてしまい、またこのような体勢で申し訳ありません。私はセンリュシア・ヴィラス・アーシェント。明けの一族、アーシェント家の現当主です」

「ご丁寧にどうも」


 遅ればせて名乗ったセンリュシアは、座したまま姿勢良く頭を下げた。


「マルフィックは虎の顔、熊の体、蛇の尻尾を持つキメラの魔物です。ただ恐ろしいのは硬さとその巨躯に見合わぬ俊敏さ。そして逃げる間に魔力を練り、自由自在に風魔法を操るのです。私の足もそれによって……」

「お母様……」


 おいたわしや、とレティは今にも泣きそうな顔で母親の無くなった足を見る。

 布団によって隠されているために視覚からの衝撃は軽減されているものの、もし中身を目撃してしまったならば、レティは卒倒していただろう。


 彼女の足は、マルフィックによって奪われた。

 言外ながら誰しもそう理解した。


「風……『モノ・ヒュード』かな。大した切断力だ」

「ものひゅー?」


 ルガは知識欲が働き、聞き慣れぬ単語におうむ返しした。

 幼い彼の性質をおおよそ知るルミナは補足で説明を加える。

 

「一般的な魔法、例えばさっきボクが風を起こした時に使った『ヒュード』という基本的な風魔法とかは広範囲に及ぶんだけど、頭に『モノ』とつくものは威力が凝縮されて、その分威力が増すんだ」

「えっと、つまり?」

「ひき肉をそのまま焼くより、まとめて肉団子にして焼くと旨みがぎゅーってなって美味しいだろう?」

「そっか!」

「食いしんぼがよォ」

「あ、あはは……」


 一度目の説明はちんぷんかんぷんに首を捻ったルガだが、二度目の食物を用いた理屈でおおよそ理解したようだ。

 タタラは呆れた様子で肩をすくめ、レティは気を緩めて苦笑を漏らした。


「風の魔法は強力なものだと切れ味を持つ。ヤツの魔法には特に用心する必要があるね」

「オイ、一番肝心な対策忘れてんぞ。身体(しんたい)操作のまじないについてはどう対処するつもりだよ」


 村人たちが最も恐れ、そして脅しの手段として使われていたまじない。対抗策が無ければ、それはとても恐ろしい奥の手と化すだろう。


 何せまじない自体、魔法とは違ってその実態は広く知れ渡っているわけではない。人生において一切の関わりを持たない人間が持つ知識はあまりにも少ない。

 タタラもその大勢の一人であり、そして彼は誰よりも警戒していた。

 

 知識は持たずとも、彼にはとても身に覚えがあるゆえに。


 だがルミナは意外そうに口を開く。


「タタラ、嘘は嗅ぎ取れなかったのかい? であれば、どうやら盗賊たちは本気で魔物がまじないを使えると信じてるようだね」

「信じてなかったのかよ、その話」

「ああ。だって村を滅ぼすでもなく、誰かを支配するでもなく、自分より弱い盗賊の酒池肉林の場として放置するだけ。魔物にしては異質だろう」

「じゃあ魔物は本当はまじないなんか使えねェと?」

「確実とは言えないから、一応対策は取るけどね」


 ルミナにとっての不可解な疑問はまだ存在していた。

 村一番の猛者ですら戦線離脱を余儀なくされる始末だ。だというのに何故魔物は占拠した村で部外者を拒むだけに留まっているのか。

 しかもマルフィックは聞く限り、人間の盗賊の味方をしている。人間を糧とする魔物にしては異質だ。

 

 だが彼女の疑問を解決するには、この面子では役に立たなかった。


「対策って何すンだよ」

「目には目を、歯には歯を、まじないにはまじないだよ」

「ハァ?」


 あまりまじないに馴染みの無いタタラはルミナに聞き返した。しかしそれを無視した彼女はレティへ声をかける。


「レティさん、藁ってあるかな?」

「わ、藁ですか? まあ、ありますけど……」

「なら束でもらえるかな。必要なんだ」

「構いませんが……藁でどう対処するおつもりですか?」

「それは追々話すよ」

「そ、そうですか……」


 イマイチ要領を得ない返答に困惑を隠し切れないレティだが、力強く力説するルミナの圧には勝てなかった。

 彼女は家を出て藁を探しに行く。残されたルミナは、ベッドで未だ背筋を伸ばして座るレティの母親と再び対峙する。


「……まだ何か私に聞きたいことがあるようですね」

「うん。魔物の狙いはきっとキミの娘だよ。でなければ、わざわざ港町から盗賊を使って連れ戻さないだろうし」

「そう、でしょうね。……マルフィックが私の足を切断した際、『まずい』とおっしゃっていました」

「明けの一族の女に何かしてもらいたかったが、キミが歩けなくなったことで、後継者のレティさんが連れ戻された。そんなところだろうね」

「そもそも明けの一族って何なんだよ?」


 空気を読まずに質問するのがタタラという男である。彼は我が物顔で適当な椅子に座ってくつろいでは、ダラダラと話を聞いていた。

 その素朴な疑問に答えるのは、なぜか当主のセンリュシアではなくルミナだった。


「まあ由緒正しき女系の一族とでも思ってよ。彼女たちの先祖がいなければ、この島は無いというほどに重要な役割を果たしたんだ」

「……あなたはどうやら我々一族について知っているようですね。島の人間でないにも関わらず」

「ツテがあったもので」

「ツテ……そうですか」


 センリュシアは心当たりでもあるのか、合点がいく様子を見せて頷いた。


「とにかく、魔物は動ける明けの一族の女――すなわちレティさんが必要としている。それで、本題はここから」


 ルミナはパンと手を叩き合わせた。


「彼女は回復魔法のエキスパートだろう。見ればわかる。ボクも回復魔法こそ使えるが、生憎と使い物にはならない。だから彼女に戦闘時の回復役を頼みたいんだ」

「彼女がマルフィックに狙われていると知ってもなおですか」

「それでも彼女の魔法によって生存率と討伐の確実性が上がる。だからキミに許可をもらいたいんだよ。同行の許可を」


 ルミナなりの誠実さとして、危地へ連れていくにも親の許可を必要としていた。ルミナから見ても、もちろんセンリュシアから見てもレティはまだ可愛い子どもである。

 我が子を戦場へ送る親の苦悩は、当人にしかわからないものだ。


 ゆえにセンリュシアは再び苦渋の決断を迫られていた。


「安全は保証する――とは断言しない。しかし最優先で守ると約束しよう。彼女に何かあった時点で敗北と同義。そう捉えて死力を尽くすよ」


 ルミナは迷う一人の母親を説得する。センリュシアはシワを深く刻み、熟考する。


 その時、ちょうど藁を持ってきたレティがノックの後で勢い良く入室した。


「お母様、私にも行かせてください! この方たちが敗北した時点で私たちの終わりも同然ですっ!」


 強い口調と意思を持ってしかと戦意を表明する彼女が現れたことにより、センリュシアの雰囲気は棘のように剣呑としだす。

 

「……しかしレティ、あなたはまだ戦場も知らないのに」

「ではこのまま黙って見ていろと!? そもそもこの方々には、自分の命を危機に晒してもなお魔物退治を買って出ていただいているんです! 私だけ安全地帯で大人しくするなんて、そんなのできません……っ!」


 レティの悲痛な叫びは真っ向からセンリュシアの迷いを切った。

 彼女は己の無力が恨めしかったのだろう。近頃たび重なる不幸に彼女が手も足も出たためしがない。

 それゆえに決死の覚悟で母親を説得にかかる。

 自分は困難に対して無能ではないと。

 

 明けの一族の総領娘として、村を守れる立派な人材であると証明することに命すら賭ける心持ちであると。


 その意志を目撃したセンリュシアは静かに瞑目した。彼女自身も覚悟を決めるようにして、重い息を吐く。


「ルミナさん」

「何かな?」

「約束してくださりますか? レティシアは……レティシアは絶対に無事に返すと。そう約束してくださるならば、私は……」

「約束しよう。そして保証しよう。ボクたちに任せてくれるなら、彼女は安全だ」


 毅然とした態度は過剰なまでに自信にあふれ、凛とした声には感情が一貫して揺らぎが無い。

 いっそ確信すらしている口ぶりは、センリュシアの不安そうな眉の下がり具合を和らげた。


「……私も戦えたら。そう思うと歯がゆいです」

「お母様の無念の分まで、私は戦います」

「ええ。応援しかできない母を、どうか許してちょうだい。そして――どうか無事に帰ってきて」


 親の顔をしたセンリュシアは威厳を取っ払い、心配を露わにした。それに反してレティは、誇らしげに決意を口にする。


 その光景は、村の者から見れば気高く見えただろう。


 ただルミナは笑顔を貫き通し、タタラはそれを胡乱気な目で見ていた。

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