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呪われた星々  作者: 三角形
明けの明星編
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四話『美少女のニオイを嗅ぎ取るショタ』

「――で、ボクを置いて二人で魚を食べに行ったんだね。美味しかったかい?」

「おいしかった! やきざかな!」

「そうか、良かったね。羨ましい限りだよ」

「テメェは起きねェから置いていったんだよ」


 時刻は九時を回る。

 市場で捕れたて新鮮の魚を見繕ってはその場で焼いて食べたタタラとルガは、腹を満たしたのちに宿へ戻った。

 帰宅後に彼らは既に起床していつものローブと三角帽子を装着しているルミナを目撃する。


「ボクはボクで宿のご飯を食べたし、別にいいけどさ」

「ひもの、もらった。あげる」

「いいのかい? ありがとう。いただくよ」


 ルガは朝の市場で猫可愛がりされたお陰でもらった干し魚を、仲間外れにしてしまったルミナへ差し出した。


 ルガはまだまだ幼い子ども。市場で目を輝かせながら腹を空かせて魚を見る様は、人々の庇護欲をくすぐられたのである。ゆえに彼は気前の良い人たちから餞別をもらった。

 

 喜んで干物を受け取るルミナはそれをかじりながら、適当な場へ視線を向けるタタラに首を傾げた。


「何かあったようだね。……ふむ、女の子が悪漢たちにさらわれかけたところを阻止したのか。偉いね、人助けしたんだね」

「うん!」

「見てねェのにわかってンのキメェ」

「そう気味悪そうなカオをしないでくれ」


 ルミナは右目を閉じ、薄っすら微笑む。現場に居合わせていないにも関わらず、まるで見てきたかのように見知った素振りを見せながら。


「まあ、それよりボクも妙な情報を宿の女将さんから聞いてね」


 ルミナは右目を開いて話を続ける。


「なんでも、北西にある村の様子がおかしいらしい。つい昨日、あそこに行った人が追い払われた」

「何がおかしいんだよ? 閉鎖的な村にゃよくある話じゃねェか」

「基本、この大陸の人たちは気性が穏やかだよ。それはどの集落もそう……最近どうやら、魔物の数が増えているみたいだけど」

「クラーケンもその影響か?」

「かもしれないが……」


 ルミナとタタラの推測が重なり合う。

 だがルガはますます置き去りにされてまばたきを繰り返した。


「人のせいかく、まもの、かんけいある?」

「ん? ああ……ルガには少し難しい話だけど、するかい?」

「して!」


 ルガとてまだまだ幼い。だからこそ背伸びしたがる。

 彼の保護者が理解できない話をするならば、例え彼がその話を上手く噛み砕けなくとも、それを理解したがるのも無理はない。

 ルガは仲間外れには敏感なのだ。

 

 今朝はルミナを置いて食欲を優先してしまったが。


 そんなルガにルミナは解説口調を交え出す。


「魔物は人の悪い感情から生まれる。これは昔、話したね?」

「うん」

「つまり人の悪い感情が多ければ多い場所ほど、魔物は生まれやすいんだ。怒りやすかったり、悲しみやすかったり、悪いことを考える人がたくさんいる大陸は総じて魔物が多い」

「そっか! ……じゃあ、えっと」

「うん?」


 ルミナはルガにも分かりやすく、比較的簡単な言葉を選んで説明する。ルガもなんとなく把握したらしく、その証左に理解した上での新たな疑問が生じた。

 タタラへ視線を寄越したルガ。


「タタラのいたとこ、まものおおかった。そのせい?」

「そうだね。タタラのいたところは治安がとても悪くて、だから魔物が多かった。魔物のせいで悪感情に陥る人間も増えて、更に魔物は増えて、悪循環だった」

「……? ルミナ、きゅうにむずかしい」

「ああ、ごめん。とにかく魔物が多かったよねってこと」


 詫びのつもりかルミナはルガの頭に手をやり、そのふさふさな頭を撫でた。心地良さげに顔を綻ばせるルガは目を細める。

 一方で話の関係者であるタタラは、興味無さげに聞き流していた。


「話を戻そうか。キミたちが助けたあの少女、北西の村に向かったよ。気になるなら追ってみるかい?」

「うん!」

「動向まで分かるのかよ……ま、オレも気にならんでもねェな」

「キミは鼻の下を伸ばしてたらしいじゃないか。まったく……キミも連れていくが、面倒事はよしてくれよ」

「へいへーい」


 タタラの雑な返事を皮切りに、彼らは荷物をまとめ始めた。


「そういえば、テメェの目的はいいのかよ?」


 いち早く支度を整えたタタラは、ふとベッドへ置いた荷物を背負うルミナへ声をかける。


「噂の星の魔女を探してンだろ?」

「ああ、いや、ね……」


 タタラの指摘にルミナは歯切れが悪そうに言葉を濁す。

 話を逸らすでもないルミナに含み笑いが向けられた。


「へェ……その様子だと、今朝のことはわかっても、探し人の居場所は分かんねェみてーだな。相変わらず、何を知れて何を知れないんだか」

「……何にせよ、キミの悪事はいつでも分かるからね」


 ルミナの鋭い横目に、タタラの爽やかな顔はすぐさま嫌悪に歪んだ。







 本日も天気は良好。雲一つ無い青空はどこまでも晴れ渡り、そよ風は優しく草原を薙ぐ。澄んだ空気は生物の肺を綺麗にし、ざわざわとした木のざわめきは自然の一端を感じさせる。


 だが優美な自然に似つかわしくない、おどろおどろしい化け物が原っぱを荒らす。


 身体がどろどろとしたヘドロのような液体で構築された、ボールと同等の大きさの魔物がいた。一般的に『スライム』と称されるその魔物に目や口、手足は無い。

 あるのはただ生まれ持った本能と消化器官のみ。


 スライムは飢えていた。欲を満たし、空いた腹を満足させるべく、肉のついた生物を感知するなり襲いかかる。それが奴らの性質である。

 厄介なことに、奴らに基本的に物理攻撃は効かない。持ち前の液体でできた体は殴られても斬られてもそもそも皮膚が無いので傷つくことはなく、その流動性から元の形に戻ってしまうのだ。


 スライムは獲物を探し求め、草原を徘徊していた。


 そしてスライムは感知した。己のテリトリーに入ってくる生き物を。スライムより図体が大きく、二足歩行の三匹を。

 それが人間という種族だと知るや否や、スライムはよだれ代わりに消化液を垂らした。

 彼は生物の中でも特に人間が自分の舌に合うことを知っていたのである。


 襲撃の準備は必要無い。スライムは体そのものが武器である。ひとたび獲物を丸呑みすれば、あとは溶かして栄養分にするだけ。

 スライムは意気揚々と、空腹に従って獲物の前へと現れた。


 ――が、次の瞬間。


 元々流動状態だったハズのスライムの体は弾け飛び、そのまま個体としての意識は一瞬で散った。




「こんなモンか。拍子抜けだな」


 サーベルについたスライムの残骸を一振りで飛ばし、タタラは剣を鞘にしまう。後ろで見守っていたルミナは「流石だね」と本心かも分からぬ抑揚で告げ、その横で不服げにスライム退治の終始を見ていたルガは口を尖らせる。


「……ルガもスライム、たおしたい」

「ルガは魔法が使えないからね。大量の物量エネルギーをぶつければ、スライムの体が元に戻りにくいようにあちこちに飛ばすのはできるけど……」

「じゃあルガ、スライム、たおせない?」

「手段が無いワケじゃないけど、素手じゃあねぇ」


 思い立ったが吉日、と早速宿のチェックアウトを済ませて港町を出た一行は、道中で立ちはだかった魔物を一掃しながら、例の少女がいる北西の村へその足で向かっていた。


「でも今、タタラ、まほうつかってた?」

「あ? 毒の魔法使ったんだよ」


 スライムの百パーセントは独自の液体で構築されている。常に同じ形質を保つことで存在する奴らだが、弱点が存在する。

 そのうちの一つこそ急激な形質変化。奴らの液体に許容出来ない濃度の不純物が混じると、たちまち形質が変わり、形成維持が立ち行かなくなる。


 スライムにとって未知である物質を急に取り込んだ結果、樽に入ったワインに一度泥水を入れてしまうとワインでなくなってしまうように、その存在が保てなくなってしまうのだ。


 タタラはその性質を利用して、魔法の毒を含ませた一閃でスライムを薙ぎ払い、その液体に毒を混ぜて倒した。

 

「ルガは殴るか蹴るしかできねェ暴力装置だもんな」

「うがぁッ! ちがう!」

「二人ともどーどー。タタラだって、ボクが教えるまでは魔法の使い方も下手くそだったろう」

「テメェから見たらの話だろそれ」


 幼い子どもといい年した男の喧嘩。激しい身長差から見ても、人生経験の差から鑑みても、ルガがタタラに敵う道理は無かった。


 だがルガは自らが頼りなくとも、頼れる味方がいる。

 ルミナは口下手なルガを庇いながら、タタラを横目で見た。


「ボクより年食ってるクセに、キミはいつも大人げないな」

「あ? 自分の年なんか知るかよ。つーか、ババくせェからババアだと思ったぜ」

「キミって女だったんだ。初耳だよ」

「テメェの話だっつの!!」


 なんやかんやで道中は賑やかし。

 その道のりは時折魔物の邪魔こそあったものの、連中に特別語るような障害も無かった。




 しばらく進んで途中にある、大きな川に架かる橋が大破していたこと以外は。


「こわれてる」

「壊れてんな」


 岸と岸を繋ぐ大きな石橋は破壊されていた。上から岩石でも落とされたかのように向こう岸に近い箇所が大破しており、人の跳躍力では例え助走をつけても届きそうにない。

 橋の下で流れている、海に続くであろう川は水深がそこそこある。水流の勢いは激流とはかけ離れていたが、ルミナたちは入水できない。

 単に泳げない者がいるのである。


「ルガ、およげない……」


 ルガはシュンとして尻尾と耳が垂れる。

 唯一タタラは服装的にも気軽に着水できるが、泳ぎながら荷物としてルガを向こう岸まで運ぶのは、タタラに負担を強いる羽目になる。ルミナも同様だった。


「……それにしても妙な壊れ方だ」


 ルミナは現存する橋のふちまで進み、壊れた箇所の一部を指でなぞる。

 橋の残骸の下、川の底では瓦礫が散らばり、ゆるい水流のせいで川に流されないままに放置されている。


「……この橋は向こう側から人に破壊されたようだね」

「例の盗賊の仕業か?」

「うーん」


 ルミナは首をかしげた。


「盗賊の攻撃手段に魔法はあったかい?」

「剣だけだ」

「なら違うね。この橋が壊れたのは強力な風魔法が原因だ。壊れた箇所からほのかに魔力を感じる」

「盗賊が犯人なら、橋を壊せるほどの実力があるのに、オレに撃たずに逃げるたぁ考えらんねェな」


 犯行現場から犯人像がますますあぶりだされる。どうしたものか、とルミナがローブの内側で腕を組んでいたときだった。

 話に入らずに黙り、ひたすら何かを嗅ぐ素振りを見せていたルガがようやく声を上げた。


「おねえさん」

「あ? さっきの女がどうしたよ」

「はし、おねえさん、こわした」


 突拍子もなく橋破壊の犯人を告げるルガ。

 一見すると子どもの無鉄砲な発言だが、彼には確たる証拠があった。


「におい、する」

「変態かよお前」

「それタタラ!」


 すかさず不名誉な汚名を着せられそうになり、ルガは必死に否定する。


「体質をいじらないでおくれ」

「ま、そのおかげで可愛い()に会えたしな。許してやるか」

「へそがたつ……」

「『腹を立つ』か?」

「はっ……!」


 尊大なタタラの態度を気に障ったルガだが、これ以上茶番を続けても進展はない。脱線した話を無理矢理戻した。


 獣の人と書いて獣人。その実態は先祖に獣を持つ半人半獣だ。

 彼らの特性は先祖となる獣の特徴を受け継いでおり、人間と先祖の獣の外見を引き継ぐ。

 ルガも見た目の例に漏れずその獣人なのだが、彼の先祖は狼の一種だった。ゆえに嗅覚に優れており、獲物の追跡にはうってつけの能力である。


 それを思い出して合点がいったタタラは、次の疑問へと思考を移した。


「もし盗賊から逃げるために落としたとしても、橋を落とした風魔法で倒した方が手っ取り早い。となると――」


 ――何らかの別の意図があって、橋は落とされた。

 

 タタラは推測を重ねに重ねるが、具体的な理由についてまで辿り着くことができない。

 彼は何かとつけて物知り顔をするルミナへ視線を寄越した。推理の手助けとなるもの、もしくは答えを期待したのである。

 

 だがルミナは今、別の考え事をしていた。視線に気づいたすまし顔はニッコリと笑う。

 

「向こう岸にわたる手段で一つ思いついたんだけど、試していくかい?」

「絶対にロクでもねェだろ……」

「でもこれじゃないと生態系に迷惑をかけてしまうし」

「オレたちの安全って見ず知らずの生態系以下だったのか」

「どんなに小さくとも命は命だからね」

「これほどまでに説得力の無ェ正論は初めてだ」


 せっかく切り替えたタタラの思考も、ルミナの手によって瓦解してしまった。ふてぶてしく笑う端正な横顔は自信たっぷりに正論を吐くが、タタラにとってはたまった主張ではない。

 ルミナの策を察したタタラは忌々しげに睥睨する。


「どうせテメェの風魔法で飛ぶ作戦だろ。あのザコタコとの戦闘じゃ上に飛ばしてもらったが、あんな高さから地面まで落っこちるとタダじゃすまねェぞ」

「ルガはたのしい」

「黙れ、わんぱく害悪人外小僧。ルミナの魔法については知ってんだろ」

「まあボク魔法の天才だったしね」

「コントロールできねェ特大災害のクセによく言うよなァ」

「ふふ、そこまで言われると照れるな。どうもありがとう」

「なんで今褒められてると思った?」


 ルミナは誇らしげに笑って返す。賞賛したつもりが全く無いタタラは調子を崩された。


「ザコタコを一発で倒せるほどのあんな大規模な爆発、無言ノータイムで唱えられるのは災いの方の天災だろ」

「キミにしては褒めるじゃないか」

「もしかしてオレって人間じゃないヤツと話してンのか? 意思疎通の難易度が高けェ」


 ――公言こそしなかったが、ルミナもナナ・チャリオットと同じく魔法使いである。


 しかしルミナの場合、特殊な事情のある魔法使いだった。


「ま、方法はそれしかないわけだし、我慢しておくれ」

「……オイ、まさかとは思うが、もう魔法の準備が終わったとかは……」

「終わったからさっさと心の準備を済ませてくれ」

「簡単に言うな!」


 タタラの焦った叫びとルガのはしゃぎ声は空に溶けた。

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