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呪われた星々  作者: 三角形
幼き天狼編
34/34

三十四話『事件』

 草木も眠る丑三つ時。

 東洋で時間を表すとしたらそんな時間の深夜帯。すっかり街は静まり返って明かりも全体に比べると猫の額ほどの比率になった頃。

 与えられた部屋で子どもの寝息を聞きながら欠伸をするタタラは、部屋に近づく足音に気づいた。


 足音は扉の前で止まると、部屋内にいる人物に許しも無く開かれる。


「やあ、起きてるようで何より。起こす手間が省けるよ」

「テメェこそ一生寝ててもいいんだぜ」

「おや、キミが一人で解決してくれると言うのなら、ボクはその言葉に甘えて休ませてもらおう」

「人使い荒すぎだろ」


 相変わらずタタラに対して温情の乏しいルミナだが、今回の案件はまだマシな部類だろう。タタラに全て丸投げしていないのだから。


「ルガもぐっすり眠っているようだ。レティさんもすっかり夢の中だから、朝まで起きないだろうね」


 ルミナはベッドでぐーすか眠るルガを横目で見る。レティはこの場にいないが、隣の部屋ですよすよと安眠しているのだった。

 

「男女で部屋を分けなくて良かったろ」

「キミはレティさんに何するか分からないし、彼女も異性に寝顔を晒すのははばかられるだろう」

「テメェがそんな配慮の利く人間だとは思えねェな。後者は後づけだろ」

「正解」


 二人は深夜ということもあり、小声で会話している。ゆえに誰も二人の企み事に気づく人間はいないのだった。


「さて、では行こうか。ナナさんが囚われてる洞窟へ」

「……いつもの()()()()知れる気味の悪りィ能力で、大体はお見通しってワケか。どこまで分かってんだ?」

「言っては面白みが無いよ。行ってからのお楽しみさ」

「情報不足でオレが死んだら、責任取ってくれるんだろうな?」

「もちろん。死んでも『搦め祟り』でこき使ってあげるよ」

「死人に対しても有効なのかよ、そのまじない……」

「生前にかけていれば、死後も操れるよ」


 さりげない鬼畜な発言にタタラはぞっとした。自分が死人となってもなお、ゾンビのようにルミナに従える自分を想像したがために。


 タタラはかの邪智暴虐なイカれクソ魔女のまじないを取り除かなければならぬと決意した。だがタタラにはまじないは分からぬ。

 そしてそんな魔女に振り回され、彼は深夜徘徊に付き合わされるのだった。


 二人は窓から飛び降りて静かに着地すると、ルミナは先導して歩く。

 もう街は寝静まっており、耳をすませば微かに虫の音が聞こえる程度だ。街灯の頼りない明かりを頼りに、彼女はそびえ立つ街の外壁へと足を進める。

 その方向に、街の出入り口となる門は無かった。


「オイ、どこ行くんだよ。洞窟に行くんじゃなかったのか?」

「今から門に行ったって、不審がられて追い返されるだけさ。それは分かってるだろう」

「だったら何だ? この街によく来る盗賊は実は街の誰も知らない外への抜け道を使ってるから、それを利用して外に出るってか?」

「……時々、キミはエスパーなんじゃないかって思うよ」

「魔法使いな上にたまに妙に知りすぎるテメェに言われたかねェな。当たりなのか?」

「いや、違うけど」

「何なんだよテメェ……!」


 間違った予想がさも当たりかのように扱われ、そして裏切られたタタラは自分を翻弄してきたルミナに苛立った。


「確かに盗賊は誰も知らない抜け道を使っている()()()。でも使わないよ」

「その言い方だと抜け道である確証は無いし、仮にあったとしてもどこに繋がってるのか分かんねェんだな? テメェのその妙ちきりんな調べ方でも」

「そうだね」


 あっさり認めたルミナにタタラは顔をしかめる。


「……あっさり認めるんだな。ほんッと、気味悪りィ。態度は嘘くせェのに、言葉から嘘のニオイを感じねェ」

「ボク自身からは常に嘘のニオイがするんだっけ。うーん、正直、そうなった心当たりは無いなぁ」

「オイ、ニオイ濃くなったぞ」


 またタタラは一回からかわれた。それに気づき、彼は不機嫌そうに顔をしかめた。


「本当に便利だねぇ、キミのその能力も。ボクは相手の心までは分からないから」

「だろうな。分かってたらオレが何企んでるのかいちいち理解できるだろ」

「違いない。何も知らずにキミの罠にかかる方が驚きが強くて楽しいから、いいんだけどね。それに人の心が分かっていたら、最初から何も苦労は無い」

「…………本当にそう思ってんのか?」


 タタラにはどうも何か引っかかるようで、足を止めてまでルミナに尋ねる。


「キミがどう思うにせよ、ボクはそう思っている。――だから今のボクの言葉に関して、キミの鼻は何も感じていないのだろう?」


 それに呼応してルミナも足を止めれば、顔だけ僅かに振り返った。


「……まーな」

「キミの鼻はどうやら嘘を吐いてる自覚が無ければ、仮に誤りだったとしても何も感じ取らないようだからね。だからこれはボクの本心なのは理解できただろう」

「人を分かったような言い草がムカつくな」

「まあまあ、落ち着いてくれ。短気は損気だよ」

「誰のせいで気が短くなってると思ってやがる」


 タタラは随分とイライラした様子で答える。そしてルミナがまた歩き出すと、タタラもその後ろを面倒そうに追従した。


 二人は高くそびえる街の外壁前へ辿り着くと、共に見上げた。

 例え周りの建物を使って跳んだとしても、壁を乗り越えることは難しいだろう。ましてや伝って登るには石でできたこの壁は無骨だ。

 ルミナの無茶苦茶な風魔法で空へ上昇するにもここは街中。もし制御に失敗すれば風に巻き込まれた家屋は吹き飛び、大事になりかねない。そうなれば洞窟へ行く以前の問題である。


 タタラとしては街に被害をもたらした罪でルミナが捕まっても一向に構わないのだが、どうもルミナには壁を飛び越える術が風魔法以外にあるらしい。

 ゆえに何をするのか見守っていると、タタラは不意に浮遊感を覚えた。


「どわぁっ!?」

「しー、静かに。こんな時間にも自警団は見回っているようだから、大きな声をあげると見つかってしまうよ」

「急に自分の身体が浮いたら驚くに決まってんだろ……!」


 タタラの身体はひとりでに浮遊していた。制御の行き届いた不可思議な術はルミナの魔法にしてはコントロールがよく効いており、タタラは支障の無いスピードで空へ浮上する。

 ルミナも同じようにローブをはためかせながら、重力に抗って上昇していた。


 ルミナが何かしたのは間違いない。だがタタラはその術を見破れぬまま外壁の高さを追い抜くと、今度は逆にゆっくりと壁の外に向かって下降が始まった。


「オイ、何だよこの魔法。使えるなら使えよ、壊れた橋を渡る時に」

「それはつまらないし」

「テメェは命の綱渡りにスリルを求めねェと死ぬ呪いにでもかかってんのか?」


 少なくとも空中で重力に従って放物線を描くような強引なやり方よりはよっぽど安全である今回の術だが、ルミナは易々と使いたくないようだ。

 タタラは記憶を巡らせる。彼の記憶の限りでは空へ浮上する魔法と言えば風魔法のみだが、今回はそれ特有の周りへの風は無い。全くの無風で悠々と重力を無視している。


「……重力を操る魔法か?」


 タタラはまた未知の魔法でも使用されたのかと仮定した。

 だが彼はそれでは納得がいかないようだった。


 そこで彼が記憶の隅から引っ張ってきたのは、ルミナを殺しかけた時だった。


 ――タタラの掘った穴からルミナが出る時、彼女は浮いて出た。

 その魔法らしき術は、二度目にタタラたちが壊れた橋を渡る時にも、恐らくタタラたちの目を盗んでルミナは行使した。

 そしてルミナはこの術についてこう発言した。


『全員に対しては使えないものだ』


「……いや、違うか」

「何をぶつぶつ呟いているんだい?」

「今使ってるこれ、そもそも魔法か?」


 ルミナは黙りこくる。タタラの質問に回答したくない姿勢の証なのか、それともただ単にまたタタラをからかっているだけなのか、タタラには区別できない。

 だが彼は予想を続ける。


「テメェの魔法はこんな綺麗に制御が効くハズが無ェ」

「そんなキッパリ言われると傷つくね……」

「嘘つけ。それに、何で使えるヤツが限られてんだ? 使う魔力の量が多すぎて全員使う分の魔力が無ェ、っつーのは無理がある。テメェは魔力の量とその威力に関しては化け物じみてるからな」

「お褒めに預かり光栄だよ」

「態度をコロコロ変えんな気色悪りィ」


 わざとらしく傷心した素振りを見せたかと思えば、急にご満悦な笑顔になるルミナ。そんな彼女にタタラは早口で引いた。


「魔法じゃないなら、何だと言うんだい?」

「これは魔法じゃなくて、まじ――いぃぃあぁぁああああッ!?」


 タタラは己の予想を口にしようとした瞬間だった。

 あともう少し下降すれば街の外、という脱出まで軒並みになると突如としてタタラは自由落下に従って落ちた。どすん、と鈍い音が地面から響く。


「テメェ、いきなり落とすんじゃねェよッ!」

「いやぁ、タタラくんは昼に魔物と戦ったのに夜も元気だね。その調子で洞窟までよろしく頼むよ」


 幸いにもさほど高さは無かったために尻餅をついても骨に響くことはなかったが、タタラは尻から着地すると未だ空中にいる怨敵へ怨念を叫んだ。

 ルミナも遅れて無事にふわりと着地すると、タタラも腰に手を当てながら立ち上がる。


「く、クソが……今夜はオレに荒事を任せるつもりだろ。ちったァ労えよ」

「ボクから労ってもらうと嬉しいのかい?」

「愚問だな。嬉しかねェ」

「だろうね。まあこれが終わったら今日と明日は休みでいいよ。……何も無ければ」

「オイ、最後に余計なモンつけ足すなよ。お前がそう言うと何か起こりそうで休まらねェ」

「トラブルなんていつ起こってもおかしくないからね。身構えておくのも大事さ」

「テメェの場合はオレたちを引っ張ってトラブルの渦中に放り込むじゃねェか」

「洞窟は向こうだよ。数十分も歩けば見えるだろう」

「無視すんな、腹黒陰険ヘンテコ帽子」

「《命令、罰を与える》」

「ッぐ、ぎ、ィイ゛ッ! ……っ、テメェ、悪口の時だけ耳良くなってんじゃねェよ……!」


 ルミナの命令により、タタラは膝を突くほどに全身に突き刺すような痛みが襲いかかる。それに冷や汗を垂らして痛覚に耐えれば、恨めしげにルミナを睨みつけた。


「さあ、行こうか。一番望ましいのはルガたちが起きる日の出前には戻ることだね」

「……戻れなかったら探しに来るんじゃねェか?」

「書き置きは残してある。だから大丈夫さ」

「相変わらず用意周到なこって……」


 ルミナは洞窟があるらしい方向に向かい、進み始める。タタラとしては面倒極まりない厄介事の香りがして進むのにためらったが、ルミナの命令により抵抗は無駄となった。

 

 二人は夜半へと消える。その行方を知る者は二人を除いていない。



 

 ただ、二人はルミナの理想通りに朝までには戻れなかった。







「レティー!」


 早朝、宿屋の一室に幼い声が響く。それに釣られて起きたレティは朝日を浴びて目を覚ますと、わざわざ女子部屋へやってきたルガを見た。


「おはようございます、ルガくん。どうかしましたか?」

「ルミナとタタラ、いない!」

「え? ルミナさんでしたら、窓辺の椅子に腰かけて寝て――」


 四人は二つの部屋を男女で分けて寝た記憶のあるレティは、ルミナが椅子でくつろぐ様を眠る前に見たことを思い出し、窓辺へ視線を向けた。


 だがもぬけの殻である。


「い、いない……?」

「うん。こっちのへや、ふたりのニオイ、あった。で、まどからぬけた」

「私たちが寝ている間に、二人で窓から抜けてどこかへ行ったということですか?」

「たぶん……」


 ルガは耳と尻尾をだらりと下げ、寂しげな様子を見せる。


「……あら?」


 ふとレティは、ルミナが座っていた椅子に一枚の紙が置いてあることに気づく。少し雑な字で書き殴られたメモを手に取る。


「書き置きのようですね」

「レティ、よんで。ルガ、じ、あんまりよめない」

「そうなのですか? 分かりました。ええっと……『これを読んでいるということは、朝までには戻れなかったんだろう。少し野暮用で出ているだけだから、適当に二人で街をぶらぶらしているといい』」


 そこまで読み上げると、ルガはふてくされたように頬を膨らませる。


「……ルミナ、たぶん、タタラをたよりにした」

「タタラさんを?」

「うん。だってたまにルガにないしょでどっかいく。で、すぐもどって、『なんでもない』って」


 ルガの機嫌があからさまに悪くなった。どうやら自分が頼られなかった現状に不服を持っているようだ。


「ま、まあまあ。あ、手紙に続きがありますね……『レティさん、悪いけどルガの面倒を見てやってくれ。それと、ルガから離れないでくれ。何があっても。ルガもレティさんから離れるんじゃないよ』」

「ちょーきょーしてる」

「調教? ……強調ではなく?」

「あ、うん、それ」


 幼子の間違いはひとまず置いておいて、レティはくすりと笑む。


「ルミナさんも案外、ルガくんのことが心配なんですね」

「そうかなぁ」

「そうですよ。だって親がするような心配じゃないですか、これ」


 レティには身に覚えがあるのか、どこか懐かしむようにルガへ笑いかける。

 だが彼はどこか腑に落ちない素振りで首を傾げていた。


「……まー、いーや。ルガ、おなかすいた」

「でしたらご飯にしましょうか。確か、おじさんも早起きする方なので、今からでも朝食を頼めますよ」

「ほんと? じゃあたべる。あとね、そのあと、さがしにいこ!」

「探しにって……ルミナさんとタタラさんをですか?」

「うん! あのね、ないしょでどっかいくの、たまにある。でもこんかい、なんかヘン」

「変、ですか? まあ確かに……内密に窓から出て、どこへ向かわれたのでしょうね」


 レティは窓から明るくなってきた空を見上げ、心配そうな素振りを見せる。


 やがてルガが空腹に耐え切れずに訴えをあげたため、朝食をいただこうと朝の支度を整え始めた。







 支度を整え、朝食を食べ終えた二人は朝の空気を吸いながら街へ出ていた。

 ルガは時折すんすんと鼻を鳴らしながら、ルミナとタタラの跡を追っている。


「本当にすごいですね、ルガくんの嗅覚は」

「でもニオイつよいと、ぎゃくにわかんない……あたまいたくなる」

「び、敏感なのも考えものですね……」


 二人は取り留めのない会話をしながら歩く。街にはまばらながらも表に出る人が徐々に増えており、数時間後には活気を見せるだろうと誰もが予想できた。


 不意にルガの耳や尻尾が明確に立つ。


「どうかしましたか、ルガくん? お二人を見つけましたか?」

「……ううん」


 ルガは確認するように何度も嗅ぐ素振りを見せると、段々と顔を青褪めさせた。それははたから見ていたレティに不安を抱かせるほどに、異様であると思わせる。


「つよい、ニオイ、する…………ちの、ニオイ」

「血ですか!?」

「うん」


 カタカタと震えるルガは地を蹴り出した。レティも慌てて小さな背を追い、死人がいるらしき現場へ向かう。


 そこは人気の少なさそうな、少し狭い道だった。レティですら分かるほどに鉄臭さがむわっと広がるその道は、赤い血がこびりついている。


 その血を辿ると、一人の男が建物の壁にもたれかかって浅く呼吸をしていた。


「え……な、なんで……」


 レティとルガは息を呑む。

 出血して倒れ伏す男の頭には犬の耳が生えており、血に塗れた尻尾が地面にだらりと横たわっていた。


「おじさんっ!」

「ジャッジさんッ!」


 二人は同時に誰かに刺されて重傷を負うジャッジの元へ駆け出した。レティは慌てて回復魔法を施すが、ルガは途中で足を止める。


「る、ルガくん?」

「レティ、おじさん、かいふくしてて」

「はい、もちろんですが……どうしたのですか?」


 ルガの表情は神妙だ。その顔をジャッジから逸らせば、彼は近くの家の扉を開けた。


 扉は容易く開き、ルガはその中へと消えていった。


「ど、どうしたのでしょう……それに、一体どうしてジャッジさんが」

「……ぐ、ぅう……っ」

「じゃ、ジャッジさん!」


 回復途中、気がつくジャッジにレティは安堵を漏らす。命はまだ繋がっているようだ。


「だ、大丈夫ですか? あまり動かない方がいいです、出血が酷いので……」

「れてぃしあ、様……私のことはいい、それより、彼が……!」

「か、彼?」


 ジャッジは決死の様相で、ルガが入っていった扉を睨む。そこに何かあると悟ったレティは、ジャッジを安静にさせるなりルガに続いて突入した。


「ルガくん! 大丈夫ですか!?」

「…………だいじょうぶ、じゃ、ない」

「大丈夫じゃないって、一体何が――っ!?」


 ルガは玄関の前、土足で立ちすくんでいた。その視線の矛先をレティも見た途端、口元を押さえる。


「きっ――きゃぁぁああああっ!!」


 彼女たちの視線の先には、昨日ルガたちに綿菓子をご馳走した青年が背中から血を流し、うつ伏せで倒れていた。

 その出血量は、誰が見ても致命傷だと察するほどのものだった。


 レティの甲高い悲鳴により聞きつけた周りが警備隊を呼び、重傷のジャッジは病院へ送られ、この事態は警備隊に預かられるのだった。




「レティシア様の処置のおかげで、ジャッジさんは致命傷に至らずに済みました。しかし、もう一人は……」


 レティにそう告げる医師は首を横に振る。その意図を察した彼女は、「そうですか」と短くて返して眉を下げていた。


「あの、ジャッジさんのご容態はいかがでしょうか……?」

「流石、獣人と言いますか……放っておけば致命傷にすらなり得た大怪我なのに、もう普通に会話できるほどに回復してますよ」

「よかったー……」

「そうですね……あの、今ジャッジさんにお話を伺うことってできますか?」

「できますよ。今は警備隊の方々が事情聴取なされていますが」

「ルガたちもきく!」


 ルガはやる気を見せて奮起している。レティも頷けば、医師は二人をジャッジの病室へと案内した。

 数人ほどがジャッジの見舞いに来ているようで、ルガとレティの姿を見た彼らは興奮した様子を見せた。


「あの、ジャッジさんを助けていただきありがとうございました! それで、見つけた時の状況を聞きたいのですが……」


 自警団の一人はジャッジがやられて憤慨しているようで、しかしジャッジに聞いてもなお依然として犯人を特定できていないようだ。


「ルガくんと仲間を探していたら、彼が濃い血のニオイを感じたようで……向かったら、ジャッジさんが死んだ男性の家の壁にもたれかかってて、中で彼が死んでいたのです……」

「そうですか……あ、すみません、まだ落ち着いてもないでしょうに、慌てて聞き出したりなんかして……」

「いえ! 私も犯人探し、したいですから! ぜひご協力させてください!」

「ねーねー、おじさんははんにん、みてない? だっておなか、さされた」

「はい、犯人はきっとジャッジさんを正面から斬られたのでしょうが……」


 自警団の一員は顔を曇らせる。


「ジャッジさんいわく、『タバコのニオイがするかと思えば、気づいた時には腹を裂かれていた』と……姿を見ていないようなのです」

「す、姿を見ていない……? 妙ですね、それは」

「ええ、まるで見えない風が切り裂いたようでして」

「風魔法でしょうか……?」


 一同はうーんと首を捻る。


「ねえねえ、おじさんとはなし、したい」

「ジャッジさんと? あの人の容態にもよるが……まあ、無理させない程度なら」


 ルガの提案により、彼らは面会を許された。自警団の一員は引き続き犯人探しに没頭するようで、目をギラギラとさせながら病院から抜けた。


「それにしても、ジャッジさんが気づかないほどだなんて……相当な手練れのようですね」

「おじさん、そんなつよい?」

「はい、それはもう! 私より強いですし、戦闘経験も豊富です。なので、彼が相手に気づかずにやられるだなんて、想像もしにくいですが……」


 犯人は相当強そうだ。レティは顔を青褪めさせる。


 二人はジャッジの病室に着けば、そこでは点滴台と腕をチューブで繋がれたジャッジが朗らかに笑って出迎えた。


「おお、レティシア様。それにルガ。聞きましたよ、二人が助けてくれたのでしょう。礼を言います」

「いえ、一命を取り留めたようで何よりです。それで、その……」

「ああ、犯人についてですか」


 察しのいいジャッジに対し、レティは頷く。


「……実は私もよく分からず。見知らぬタバコのニオイを感じ取ったと思えば、次の瞬間には胴体を裂かれてました。その後、家に入っていくのが見えて……」

「す、姿が見えなかったのですか?」

「ええ。暗がりゆえに見えなかったわけではなく……本当に、まるで透明人間にでも攻撃を仕掛けられたかのようでした。ニオイ的には、結構近くにいたのに」

「ヘンなの」


 犬の獣人の嗅覚は優れている。そもそも犬の祖先は狼であるため、狼を祖先とするルガの嗅覚が優れているとすれば、犬を祖先とするジャッジもまた同類だろう。

 生憎と五感は人並み程度のレティに、鋭敏な嗅覚の世界にいる二人の感覚は分からないので、その辺の話にはついていけなかったが。


「ものかげにかくれて、こっそりなにかしたんじゃ?」

「いいや、本当に視界に映る範囲内でニオイと気配がしたんだ。なのに周りには誰もいないから、警戒していたら風を切り裂く音と共に切られていた」

「風魔法で切られた……ということですか?」

「恐らくは。しかも、ああも洗練された魔法はセンリュシア様と同等……いえ、それ以上のものかもしれません」

「そんなにですか!?」


 病室に驚愕の声が響く。


「推測ですが、犯人はこの島の者ではない――よそから来た強者かと」

「納得です。お母様と渡り合えるほどの方なんて、島内でそういませんし」

「じゃあ、とうぞく?」

「かもしれないが……にしても強すぎるな。今まで何回か盗賊と戦ったことはあるが、敗北すらしたことが無かった。……いや」


 ジャッジはどこか考え込む。


「私たちは盗賊のボスを見たことが無い。もしかしたら、そいつかもしれないな……今まで仲間の盗賊を叩きのめした恨みかもしれん」

「さ、逆恨みじゃないですか……! 酷いです!」

「あくまで推測ですが、私が考えられるとしたらそいつでしょう」

「ボコボコにしよう!!」

「ぼ、ボコボコって……ですが私も懲らしめるのには賛成です」


 敵意で毛並みを逆立てた橙色の尻尾が天高く立つ。それはルガが義憤に駆られていることを如実に示唆していた。


 だがジャッジは冷静に首を横に振る。


「レティシア様、それにルガ。この件に首を突っ込むのはやめた方がいい。危険です」

「なっ、だ、だってジャッジさんも危うく死にかけたのに……」

「姿の見えない相手にどう立ち向かうおつもりですか」


 その指摘にレティは言葉を詰まらせる。ルガと同じく義憤に息巻くも、対策は無いのだった。


「だったらルガのはなで――」

「だが、まだ君は子どもだ」

「まもの、たおせるもん!」

「ああ、確かに君は強いんだろう。それでも子どもに任せられるものじゃない」

「じゃあ、どーすんの。だれがぶっとばすの!」

「それは自警団の皆と話し合おう。少なくとも君たち子どもが関わるのは危険だ」


 断固として拒否するジャッジと、譲らないルガ。

 ぶつかる主張は折り合いを知らない。


「ジャッジさん、私としてもこのままでは安心できません。街に被害者が増えたら大変ですから。……現に、昨日私たちに綿菓子を振る舞ってくれた彼も殺されてしまいましたし」

「ああ……さっき聞きました。……私がいながら、不甲斐ない」

「いえ、悪いのは犯人ですから! なので私たちも犯人探しします!」

「は、犯人探しって……しかし、姿も分からない相手にどうやって」

「ええっと……とりあえず、まずは第二の被害者が出ないようにパトロールしましょう。ね、ルガくん!」


 レティとて見知った間柄の相手が一方的にやられ、黙っていられる性格ではない。ゆえにルガに賛同し、彼へ呼びかけた。


 が、ルガはその言葉に肩を跳ねさせる。


「……ルガくん?」

「え……あ、……だ、ダメ!」

「ど、どうしたのですか、ルガくん?」


 途端にルガはレティにしがみつき、ふるふると首を横に振って彼女を制止する。さっきまで敵討ちに燃えていた彼らしくない怯えっぷりであり、流石の異常にレティもしゃがんで豹変の理由を問う。

 ルガは辿々しい口調ながら、突如として恐怖に苛まれたワケを説明する。


「れ……レティから、死ぬニオイ、した……」


 そして病室の空気は凍りついた。


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