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呪われた星々  作者: 三角形
幼き天狼編
33/34

三十三話『悲報、仲間内でDVが行われてる模様』

「あまいものっ、あまいものっ!」

「ルガくんは甘い物、お好きなのですか?」


 ウキウキ気分で街中を歩くルガと、それを微笑ましく見ながらお店に向かうレティ。ルガに関しては大量の魔物を相手にしてもなお体力が有り余っているようで、スキップすらしていた。


「うん! ほっぺた、とける! しあわせ!」

「ふふ、私も大好きなんです。小さい頃はナナ――友人とポルトバ街でよく食べていました」

「あまいもの? なんの?」

「綿菓子です。ザラメ――あ、砂糖を煮詰めたものを溶かして細い糸にして、雲のように作るのですよ。とてもふわふわで、でも口の中に入れると甘く溶けて美味しいんですよ!」

「じゅるり……!」


 レティの説明に興味津々といった様子でルガは涎を垂らしかける。慌てて拭き取った彼の手を引いて、レティは案内する。

 だがいつまで歩いても辿り着かない。レティも辺りをキョロキョロとしながら店を探すが、どうやら見つからないようだ。


「……おかしいですね。昔の記憶だと、ここら辺にあったような……」

「でもあまいニオイ、ここらへん、ないよ?」


 ルガが鼻をすんすんと鳴らすが、彼の鼻に引っかかるものは無い。

 二人して不思議そうにしていると、その様子を見ていた第三者が近寄った。


「ん? レティシア様と先ほどの少年か。こんなところでどうした?」

「あ、ジャッジさん!」


 背に斧を携え、どうやら見回り中らしきジャッジと出会い、レティは一礼した。


「あの、ここに綿菓子を売っているお店があったと思うのですが……」

「ああ、最近主人の旦那が腰を悪くしてな。しばらくは閉店しているんだ」

「そうなのですか? 大丈夫でしょうか……」

「まああの人も高齢だ。無理も無い」


 ジャッジとレティは他愛もない会話をして、今は綿菓子が食べられないことが判明する。レティは「そうですか」と肩を落として、仕方なさげに納得した。


「ルガくんに綿菓子を食べさせてあげたいと思ったのですが……」

「旦那の息子さんなら綿菓子の材料と作り方を知ってるから、彼に頼んでみるといいんじゃないか? ――ああ、ほら、あそこにいるぞ」


 そう言ってジャッジは指を指す。その方向には、確かに成人男性がいた。

 レティたちが自分を見ていることに気づいた彼は首を傾げながら声をかける。


「あの、どうかしました?」

「ここで綿菓子屋を開いていた主人の息子さん……でよろしいのでしょうか?」

「そうですけども……」

「実は私たち、綿菓子が食べたくって。お願いです、どうか作ってはいただけませんか?」

「そういうことでしたらお安い御用ですよ」


 男性は朗らかに笑いながらレティのお願いをあっさりと承った。


「ちょっと店の鍵を取りに帰りますね。待っててください」

「わざわざすみません……」

「いいえ、いいんですよ。ただ、味は父の綿菓子には及びませんので、ご容赦くださいね」


 男性が踵を返そうとしたその時だった。

 レティの近くで黙りこくっていたルガは、一旦家へ帰ろうとする男性の服の裾を掴んで足止めした。掴む強さに引き留められた男性は困惑気味にルガを見下ろす。


 ルガはどこか顔を青褪めさせて、ふるふると首を横に振っていた。


「る、ルガくん……? どうしました?」

「や……い、いっちゃダメ」


 何かに怯えるように男性の帰宅を拒むルガは、明らかに様子がおかしかった。

 やがてルガはジャッジへ目を向ける。


「お、おじさん! このひとと、いっしょにいてあげて。ぜったい目、はなしちゃダメ!」

「きゅ、急にどうした?」

「いいからっ!」


 ルガは必死の形相で男性の服を掴み、ジャッジへ呼びかける。尋常じゃないルガの呼びかけに何かあると察したジャッジはその血気に押されながら頷けば、混乱する男性の元へ駆け寄った。


「すまないが、私も同行しよう」

「は、はぁ……まあいいですが」


 ジャッジのボディガードつきで店と家を往復することになった男性は、渋々頷いて帰路を辿るのだった。


 二人の背中をジッと見守るルガに、レティは声をかける。


「る、ルガくん……? 急にどうしたのですが?」

「……ヤなニオイ、した。あのひとから」

「い、嫌なニオイ……ですか?」

「うん」


 ルガの顔が曇る。一体どんなニオイを嗅ぎ取ったのかは定かではないが、彼の表情からロクなものではないとレティは悟る。


 二人が帰ってくるまでの間、ルガは時折周りを警戒するような素振りを見せながらもその場から動かなかった。レティは不思議そうに首を傾げたが、ルガの言葉には子どもの戯言と一蹴するには真に迫るものがあったため、ルガと同じように心配そうに二人の帰りを待つのだった。


 やがてしばらく経ってから二人が無事に帰ってきたことを確認すると、ルガとレティは同時にホッと胸を撫で下ろす。


「おにーさん、ぶじ」

「そんな大げさな……家まで鍵を取りに帰っただけだよ。まさか道中で盗賊が待ち伏せしてたわけでもあるまいし」

「だな。護衛中に怪しい人影が無いか見回ったが、特にそれらしきものは無かった」


 ルガの行動は奇行に終わり、男性は早速店へ入ると綿菓子を作り始めた。他の三人も特別に店へ入らせてもらうと、次第に店内に甘い香りが漂い始める。


「ビックリしましたよ、ルガくん……急にあんなに怯え出すものですから」

「だって……ヤなニオイ、ホントにしたんだもん」


 ルガは少しふてくされたように頬を膨らませる。そこにジャッジがテーブルに頬杖を突きながら横やりを挟む。


「はは。まあ、天狼は人の死期が分かる種族だと言われてるからな。私も、もしや彼の死期が近いのかと思って焦ったよ」

「そ、そうなのですか?」

「さぁ。図書館で昔、天狼の生態について本で読んだくらいだから、詳しいことは……死期が近いとそんなニオイがするとか、曖昧な話くらいで。実際そうなのか、少年?」

「うーん……よくわかんない。けどたぶん、そんなかんじ?」


 ルガは首を捻る。


「あのね、ルガのいたむらね、よくこども、しんでた。しぬまえ、みんなおなじニオイ、してた。さっきのおにーさんも、おなじニオイだった」

「まさか……ルガくんのお鼻って、人の死期が分かるほどにすごいんですか……?」

「……念のためだ。私は彼の周辺を見回ることにしよう」

「うん、そーして。……だれかに、ころされるかも」


 不安そうな幼子の表情を安心させるべく、ジャッジはルガの頭を撫でながら頷いた。


「任せてくれ。なぁに、センリュシア様ほどではないが、私も強い方だ」

「ジャッジさんがついているなら安心ですね。ジャッジさんは自警団の中でも一、二を争うほどお強い方なのですよ!」

「だったら、いいけど……」


 レティは胸を張ってジャッジを頼りにする。


「……おじさんいる間はニオイ、いっしゅんうすまった。でも、まだニオイ、する……」

「薄くならない? 何かしたらニオイが薄くなる時があるのか?」

「うん。だって――」


 と、ルガが続きを言おうとした時。カウンターから二本の棒に雲のようなふわふわとしたものが巻かれたお菓子を持って、先ほどの男性が現れた。甘い香りを放つ綿菓子にルガは言おうとしたことも忘れて目を輝かせる。


「なにそれ! くもみたーいっ!」

「これが綿菓子なんですよ。いただいてもよろしいでしょうか?」

「いいんだいいんだ。そんなに求められると照れるな」


 言葉の通り、男性は少し頬を赤く染めながらお菓子をルガとレティの二人へ差し出した。早速一口思いっきり頬張るルガに対し、レティはもったいぶるように小さく一口食む。


 二人して笑みを浮かべ、綿菓子への満足度を垣間見た男性はニッコリ笑った。


「お口に合ったようで何よりだよ。本当は父もお菓子作って振る舞いたいようなんだけど、ぎっくり腰が辛いみたいでなぁ……」

「そ、そうなのですか……診ましょうか? 医者ではありませんが、気休め程度にヒールをかけることくらいはできますよ」

「いやいや、とんでもない。ただの歳だから、気にしないでもらって。……ん? よく見ればお嬢さん、明けの一族の方かい?」

「はい、そうです」

「どうりで。そのー、なんていうの。東洋風の服? を着るの、この島じゃあなたたちくらいですもんなぁ」


 レティが明けの一族の人間であると知るや否や、男性は少し畏まる。だが変わらず少し気を抜いた様子で接しており、明けの一族と島民で信頼関係が築かれているようだった。


「そうですね。どうやらご先祖様は東洋にルーツがあるようで……代々受け継がれているんです、この型の服」

「ははぁ、東洋ですか。確かに東洋風だ」

「ごちそーさまでしたっ!!」

「えっ!? もう食べたのですか……お早いですね」

「うんっ、おいしかったから!」


 突如声を上げたかと思うと、ルガは何もついていない棒を見せた。それを見た男性はふと笑みをこぼす。


「おかわり、いるかい? 特別サービスだ」

「いいのっ!?」

「いいっていいって。ほら、棒貸してくれ」


 気前の良い男性は手のひらを差し出すと、ルガは意気揚々と渡した。尻尾をブンブンと壊れたメトロノームのように振っているところを見ると、大層綿菓子が気に入ったらしい。レティは心が癒される感覚を覚えて、思わずくすりと微笑むとまた綿菓子を口に入れた。

 だがジャッジは浮かない顔でルガを見る。


「……少年。死期のニオイの話だが、ニオイがした人間は必ず死ぬのか?」

「たぶん……でもね、しぬのをとおざけると、ニオイ、きえるかうすまる」

「な、なんだか不思議な能力ですね。まるで神様が教えているみたいです」


 天狼という種族はよっぽど特殊な生き物らしい。ますます深まる謎にレティは興味津々になる。


「ニオイが薄まった前例は今回以外であるのか?」

「うん……うすまるげんいん、バラバラ。だからさっきのおにーさんも、なにかしたらニオイ、うすまるかも。おじさん、ちゃんと見ててね!」

「わ、分かった。……おじさん、か……」


 人知れずルガの無邪気な「おじさん」呼びに傷つくジャッジは、それを悟られぬように気丈に振る舞って頷いた。


 なお、レティはジャッジの心中をお察しして慰めた。







「やあ、お帰り。楽しかったかい?」


 レティとルガはそれからしばらく綿菓子や談笑を堪能すれば、日暮れが近くなったがゆえにジャッジとは別れて宿へ帰ることとなった。太陽が東に沈みゆくせいか辺りはもう暗いため、ルガは立ちながらも船を漕いでいる。

 そして宿へ戻れば、ひと足先に買い物を済ませていたルミナが待ち構えていた。


「はい、綿菓子を食べてきたので」

「それはいいね。美味しかったかい、ルガ?」

「うん……あのね、くもみたい。すごくふわふわ、あまあま」


 ルガは睡魔に襲われながらもふわふわした意識の中で返答する。その回答にルミナもルガのご満悦ぶりが伝わったのか、「良かったね」と頷く。


「ルガも眠いようだし、ボクも少し休むかな。ご飯は翌朝に食べるよ」

「えっ、晩ご飯は食べないのですか?」

「ルガに合わせてたらボクも晩ご飯を食べなくなってね。悪いけど、誰かと晩ご飯を食べたいのならタタラと食べてほしい」


 うとうとするルガをルミナが誘導しながら部屋へ向かう。残されたレティはルミナから部屋の場所だけ聞き、タタラの姿を探した。

 が、宿にタタラはいない。宿の主人に聞いても、どうやらまだ戻っていないようだった。


「レティシア様たちの少し後に一人で宿を出たのは見たんだけどなぁ」


 宿の主人が顎に手を添え、思い出しながら答える。レティには不安がよぎった。


「……もう夜ですし、大丈夫でしょうか、タタラさん……」


 一度ルミナに相談しようかと、彼女が二階へ向かう階段に足を向けた矢先だった。


 不意にレティの鼻腔を甘ったるい香りがくすぐる。

 気を抜けば見逃してしまいそうなそのニオイは街には不釣り合いだった。お菓子の香りにしては不快感が織り混ざっていたのだ。


「……何でしょう、これ?」


 一度気づくとレティは気になりだした。ルガの真似をしてすんすんと鼻を鳴らすが、やはり気のせいではない。嫌悪を見出す嗅覚に鼻をつまみたくなったレティだが、それよりも己が人生において初めて嗅ぐニオイに興味を引かれ、宿を出た。


 空から街へ降る光は星と月のみとなり、街灯や建物の灯りが主な光源に取って代わっている。まだ夕飯時の時刻であるためにある程度賑わった様相を呈するが、それでも人の通りはまばらになり始めていた。

 

 レティはニオイの正体に惹かれ、少し宿を離れる。そこは建物と建物の間にある人気の無い路地裏だった。レティがごくりと唾を飲むほどに暗いそこには、光を受けつけぬ人影がゆらりと動く。

 ニオイの元はそこにあった。それは紫煙となって天高く昇っていく、有害な物質なのだった。


「あ? こんなトコで何やってんだ、レティサン」


 そのニオイを撒き散らす人物――タタラがタバコを咥えながら、今しがた何事かとやってきたレティを不思議そうに見る。


「いえ、不意に見知らぬニオイを嗅ぎ取ったので、一体何かと……」

「ただのタバコだぜ。なんだ、嗅いだことなかったのか?」

「存じてはいますが、実物を見たのは初めてです」

「見たことすらなかったのかよ。流石、お嬢サマって感じだな」


 タタラは一度タバコを吸うと、煙を空へ吐く。空気に溶けるその煙はレティの鼻には刺激が強いようで、レティは耐えきれず咳き込みながら煙を手で遠ざける。


「タバコって、お身体に障るのでしょう。やめた方がいいですよ」

「勘弁してくれよ、数少ねェストレス発散法なんだぜ。あの女から解放してくれるっつーなら、禁煙を考えてもいいけどな」

「……ルミナさんのことですか」

「ああ。しかもルガの鼻が良すぎるせいで、アイツの近くだったりアイツが起きてる時はタバコを吸うなってよ」

「副流煙の影響はお強いですから、ルミナさんの判断が正しいかと……」

「正しい、ねぇ……」


 タタラは虚空へ再び煙を吹きかけると、持っていたタバコを腰に携えたサーベルの柄へと押し当てて火を消した。そして吸い殻を懐へしまうと、レティのいる方へ少しずつ歩みを進める。


「なァ。正しいことって、そんなに大事か? 命を懸けるほどに?」

「あ、当たり前ですよ。人は正しくあるべきです。誰も傷つかないために」


 暗闇のせいか、レティからタタラの顔はよく見えない。どんな表情を浮かべているのか分からず、レティは様子をうかがえなかった。


「……正しいと誰も傷つかないってか?」

「はい。誰かを傷つけることが正しくないことですから、その逆である誰かを傷つけないことは正しいことだと思ってます」

「その『誰か』って、自分も入ってんのか?」

「入ってますよ。自分だけ傷つきながら生きていくなんて、そんなの辛いじゃないですか」


 レティにはタタラの質問の意図が読めなかった。だが少なくとも、レティはタタラを悪人であると認識している。だから悪人より正論を唱えることができると思って反論した。

 そう()()していた。


「そうか。なら、少なくともオレはアンタの言う『正しい人間』にゃなれねェな」

「……どうしてですか?」


 レティは少し身構えた。タタラは過去に一度レティを騙し、利用した。その経験からタタラは悪人であると学び、彼女は警戒する。


「誰かを蹴落とさないと生きられなかった。そんな環境下に置かれた時、大抵の人間は他人を蹴落とすことを選ぶ。オレもその大抵の一人だった。アンタはどうなんだ?」

「どう、とは……」

「そうだなァ。例えば虫すら食いモンとして見ちまうほどに腹が減った時、目の前でカビも無いパンを食おうとしてる餓死寸前のガキがいたとする。どうする?」

「そんなの、そのまま食べさせてあげるに決まってます」

「自分が食わないと死ぬとしても?」

「だってその子も食べないと死ぬじゃありませんか。それに、そのパンは元々その子の物です。取って食べる権限など、私にはありません」


 タタラはレティの横を素通りして追い抜かすと、数歩先で止まった。レティの鼻をつんざくニオイはどうしても彼女の記憶に残る。


「つまんねェな。その上、間違ってるじゃねェか。さっき言ったよな、アンタ。『正しいと誰も傷つかない』。『誰かは自分も入る』って。食わなきゃ死ぬのに食わねェなら、自分を蔑ろにしてんじゃねェか」

「そ、それは……その。食べてその子どもをみすみす死なせてしまった方が、私が傷つきますから!」

「でも結局傷ついてるな。そう、アンタの正しさっつーのはあんな状況では通用しねェ。それともパンを分け与えてもらうか? 腹減って死にそうなガキが渡してくれるとでも思ってんのか?」


 レティの思想はタタラが提示した状況下ではどうしても破綻する。言葉に詰まったレティは黙り込んだ。

 静寂が流れる間、タタラは振り向いて溜息を吐く。そしてその手をレティの頭へポンと乗せた。


「悪りィな、ちィっとばかし言い過ぎた。今のは忘れてくれ」


 不意に見せたタタラの慰めにレティは戸惑う。


「い、え。……急なので、驚きはしました」

「だろうな。ただ、正しいことが大事だとのたまうんだったら、アンタはアレを見てどう思うんだ?」

「アレ、とは?」

「ルミナによるルガのしつけだ」


 レティの間近にいるお陰か、彼女はタタラの表情がぼんやりと伝わる。その顔はまるで嫌厭しているようだった。


「しつけ……? 普通に仲が良いように見えますが……」

「仲が良い? バカ言うな。オレの目にはどうしたって飼い主としつけられた犬にしか見えねェよ」

「なっ、そんなこと――!」


 無い、とまで断言はできなかった。タタラには確固たる証拠があるような、ハッキリとした物言いだったため。そしてレティは思い返せば、意外にも心当たりがあったためだ。


「ガキに魔物と戦わせ、鞭の雨に晒された後に頭を撫でて飴を渡す。そりゃあのガキもルミナに依存するぜ、あんなやり口じゃ」

「そ、そんな言い方……」

「オレは間違ったことを言ったつもりは無ェ。それに同じ手を昔見た」

「お、同じ手……?」

「……あんま話したくねェけどよ」


 そう言うとタタラは顔を逸らす。どうやら嘘を吐いているからではなく、本気で過去を思い出すのを嫌がってるようだった。

 路地裏にギリィ、と歯ぎしりをこぼす音が響いた。


「オレは昔、犯罪組織にいた。アンタが毛嫌いするような、私利私欲にまみれた輩を寄せ集めた集団だ。その中にはオレを含めたガキがいて、組織のボスは極限まで追い込んで疲弊させた後に褒美を渡し、『テメェはこの組織に必要不可欠』だと洗脳した」

「……! そんな、ひどい……」

「ああ。洗脳が効いたヤツは都合の良い手駒にされて、いいとこ人間爆弾にされた。――やり方が同じなんだよ、ルミナがルガにやってることと」

「で、でも、ルミナさんはルガくんを大事にしてて――」

「そうだな、『大事な戦力』だ。本当に『大事なヤツ』なら、まず戦わせることに躊躇する。人情があるヤツは大体そうするだろ?」


 タタラの言い分に、レティは返す言葉を持たない。彼に反論できるほど彼女は弁が立たないのだった。

 完全に押し黙ったレティ。それを見て、タタラはわざとらしく溜息を吐いた。


「まああくまでオレの主観だ。アンタが鵜呑みする必要は無ェよ」

「その……」

「どうした?」

「さっきのって……経験談、なのですか? 飢餓状態の例え話、なども……」


 レティはおずおずと尋ねる。タタラは少しレティから顔を逸らすと首肯を返した。


「まーな。オレ、スラム街出身でよ。アンタの言う『正しくないこと』をしないと生きられなかった。その生き方しか知らなかった」


 続いてタタラは「だからだろうな」と付け加える。


「この街とか特にそうだが、のうのうと平和を享受してる能天気な奴らを見るとつい苛立って気が立った。そういう器の小さい男だぜ、オレは」


 自虐的な呟きはタタラらしくなかった。それを見てレティもとうとう心配を誘われる。


「……相談があれば乗りますよ。私で良ければ、ですが……」

「ああ、あんがとよ。……チッ、らしくもなく醜態晒したな。オイ、頼むからルガやルミナには言うなよ、こんなとこ。笑われちまう」

「い、言いませんよ」


 特に人の弱ったところを言いふらすなど、人の傷つく様を見たくないレティにはもってのほかな行動だった。ゆえにレティはこの件については固く口を閉ざす。


「そうか、助かる。んじゃ宿に戻るか。昼メシ食い損ねたから、晩メシは食いてェ」

「でしたらご一緒させてもらってもよろしいでしょうか? ルミナさんからはそう言われているんです」

「……あの女の言葉は気に食わねェが、まあいい。オレも可愛いヤツと一緒に飯食えるなら、文句無ェよ」

「な……っ、か、からかわないでください」

「からかってねェよ、本心本心」

「う、嘘くさいですよ!」

「疑り深いな。オレだって見境無く嘘なんか言わねェぞ」


 タタラは半ばレティに対して揶揄気味になりながら宿へ向かって歩く。レティもそれを追って宿を目指すが、その道中では顔を赤らめながら視線をさまよわせるばかりなのだった。

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