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呪われた星々  作者: 三角形
幼き天狼編
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三十一話『役割分担』

「がうッ!!」


 ルガは魔物たちに単身で突っ込むと、縦横無尽に駆け回っては数々のゴブリンや一等巨大な体を持つトロールの横っ腹を蹴り飛ばした。その衝撃は凄まじく、トロールが蹴りによろめいてすっ転ぶと何匹か魔物が下敷きになる。


「タタラ! スライムやって!」

「ヘイヘイ、しょうがねェな。テメェは倒せねェもんなァ?」

「うぐぐ、ムカつく……!」


 ルガはすばしっこく倒れたトロールの体の上に乗れば大きく飛び上がり、魔物たちの注意を上へと引きつけた。その間に少し離れた位置でサーベルの柄に手をかけるタタラは狙いを定めて魔力を練る。


 目標はルガがあえて攻撃しなかった複数のスライム。

 ルガでは倒せない、もしくは倒し損ねた魔物を狩るのがタタラの役目だ。


「《可惜蜘蛛ノ糸(あたらぐものいと)》」


 タタラは左足を引くと、右手でサーベルを抜いて刃を横に高速でスライドさせた。すると剣筋が白く光り、斬撃として具現化する。高密度の物量を誇るその攻撃はスライムたちへと一直線に向かうと、軌道上にいた全てのスライムを一刀両断した。

 スライムたちは必死に自分の体を崩すまいと抗うが、タタラの飛ばした斬撃には毒が含まれていた。よって彼らの液状の体は瓦解し、スライムたちは絶命する。


「でりゃぁぁああああッ!!」


 ルガも負けじと空で雄叫びを上げると、拳を構えて自由落下に身を任せた。位置エネルギーを莫大な運動エネルギーに変換させれば、拳を強く握り締めて人型の魔物の集団、その中心に向かって振り下ろす。

 地面に突き刺さった拳から放たれる衝撃波は周りの魔物を吹き飛ばし、物言わぬ骸へと変えた。


 大多数の魔物を屠ったルガだが、生き残って体勢を立て直した他の魔物や、空を飛ぶ魔物に目をつけられる。


「タタラ! そらのやつら、いける!?」

「今魔法使ったばっかだから時間くれ!」

「ルミナならすぐできるのに……」

「テメェはそもそも魔法使えねェクセに、よくそんな口をオレに利けたなァ!」

「うぐっ……うっさい!!」


 二人の煽り合いは戦場でも健在だった。互いに協力して魔物を掃討しながらも、相手の隙を突いては貶める。不仲さは改善の余地が無い。


 だがそれでも二人のコンビネーションは悪くはなかった。

 ルガが派手に暴れて魔物たちの気を引く内に、タタラは魔力を練って魔物の残党を狩る。そんな絶妙な役割分担が、タタラとルガの仲が険悪でも二人で戦える要因となっていた。


「……オイ、ルガ。そこで倒れてるトロールを踏み台にしたら、あの鳥の魔物まで届くか?」

「とどく。でもたぶん、パンチ、よけられる」

「だったらオレを担ぎながらトロール踏み台にして、空中で更にオレを上へ飛ばせ。それなら飛距離の短い斬撃で倒せるから魔力練る時間を短縮できる」

「それ、どーやってちゃくち?」

「オレが着地する方法くらい考えてあるっつーの」

「ルガは?」

「トロールの腹がいい緩衝材になってくれるだろうよ」


 要はルガは捨て身でタタラを空へぶん投げればならない。ルガは不服げに眉をひそめたが、無闇に攻撃を仕掛けるよりは確実性のある作戦である。


「ちからかげん、まちがえるかも」

「ルミナみてェなこと言うんじゃねェよ。失敗したら尻尾の毛ェむしり取るぞ」

「やめろ!?」


 途端にルガは尻尾を逆立ててタタラを警戒した。

 だが作戦のためには一旦タタラを抱えなければならない。二人は揃って横たわるトロールの腹の上へ向かえば、ルガはタタラにしがみついて踏ん張った。


 意外と硬いトロールの腹を蹴ると共にルガとタタラは大きく跳ぶ。


「おりゃぁぁあああああッ!!」


 上昇運動も鳴りを潜めれば、追い討ちをかけるかのようにルガはタタラを上へと放り投げた。


 タタラは再び短時間で練りに練った魔力を解放する。


「《曇り蜘蛛ノ糸(くもりぐものいと)》ッ!」


 毒も水も何も付着していない、しかし誰の目にも触れにくい細い糸のような斬撃が空を飛ぶ魔物たちを襲う。

 空の魔物たちは一羽を残してピアノ線をその身に通した豆腐のごとくスパッと斬られ、血を撒いて力無く地面へと不時着していく。


 仲間の死に狼狽えながら飛ぶ残りの一羽だったが、不意に首が締まる感触がして空中でジタバタともがく。


「安心しろ、切れ味は無ェ。が、このままゆっくり降りねェとその首捻じ切るぞ」


 生き残りの鳥の魔物の首には、タタラのサーベルの切先から伸びる切れ味の鈍い糸がいつの間にかぐるぐると巻かれていた。空も飛べぬタタラは重力に任せて落ちかけたが、鳥の魔物の首に巻かれた糸にぶら下がっているお陰で自由落下を逃れている。


「――ッ!? ギャーウッッ!?」


 鳥の魔物は首の糸に苦しみ、奇声を発しながらも糸を振り解こうと首を振って上へ飛ぼうとするが、タタラの体重で首を絞められ、段々と高度も下がる。

 皮肉なことに、鳥の魔物の抵抗はタタラがゆっくりと地上へ降りることに一役買っていた。


 首を必死に横に振られてタタラも大きく揺れ動くが、彼は決してサーベルから手を離さなかった。やがて地上が近くなり、タタラが飛び降りても無事に済む範囲に収まる。

 すると急に糸の切れ味は増し、魔物の首はぼとりと地面に落ちた。タタラもそれに目もくれず、地面へ華麗に着地する。



 

 時は少し遡り、一方で無抵抗に自由落下へ興じる羽目になったルガは、全身に浴びる風に心地良さを感じながらも着地に身構えていた。

 太陽光から力を得て空高く跳ぶことを可能にした彼だが、それでも地面に落ちた際の衝撃に痛みが走らないワケではない。少し負担はかかるし、その少しの隙に魔物に取り囲まれれば大変である。


 一応、名目上、本当に不本意ながら、仕方なく仲間をやっているタタラが魔物を倒した後にわざと生かした一羽に糸でしがみついたことでルガも彼の着地方法を悟ったが、あれでは着地に時間がかかる。ルガの隙には駆けつけられまい。


 太陽の加護を受けたとしても痛いものは痛い。

 だが痛みを我慢しなければ自分が殺されかねない。


「うー……」


 ルガはタタラのように器用ではない。魔法も使えなければ策を考えるほどの知能も無く、あるのは有り余るほどの身体能力のみ。

 ゆえに彼が取れる行動は、衝撃が走ったとしても無理矢理身体を動かし、身体が回復するまで逃げ回るのみ。


 そのハズだった。


 不意にルガは着地寸前で視界の隅で何かが動いたことを捉えると、急接近してきたそれに横から担がれた。自由落下で肥大化したエネルギーが緩和されると、そのままルガを抱えた誰かは無事に着地する。


「大丈夫か、少年」

「う、うん」


 ルガを落下の衝撃からかっさらった相手は、犬の耳が頭から生えていた成人男性だった。


「あれ、おじさん……」

「お、おじさん……子どもから見ればもうそんなに年がいってるように見えるのか……」


 ルガからのおじさん呼びに勝手にショックを受けている男性はさておき、ルガは不思議そうに今助けてくれた犬の獣人の男性をまじまじと見ていた。


「自分以外の獣人が珍しいのか? 君だって獣人だろう。それもかなり強い。駆けつけるまでに君たちの戦闘を見ていたが、驚いた」

「めずらしーのも、そーなんだけど……」


 ルガは男性に地面へと降ろされ、首を捻る。一体何が彼に違和感を抱かせているのかは彼自身も定かではなかった。


 だが考え事をしている暇は無かった。


「ここぞとばかりに魔物が群がるな……少年、体力を消耗しただろう。あとは私たちに任せておくといい」


 ルガたちを囲んで、残りの魔物が臨戦態勢に入る。

 対する犬の獣人の男性も、槍を構えた。


 そこからはルガにとって圧巻のひとときだった。犬の獣人だけでなく、援軍に駆けつけた数人が残りの魔物をそれぞれ片づけていく。剣や斧、最後には魔法による火の海で街へはびこる敵は一掃された。


 魔物が全て倒された頃には、街からレティが遅れてやってきた。


「大丈夫でしたか、ルガくん、タタラさん!」

「へーき!」

「アンタが援軍呼んでくれたおかげで手間が省けたぜ」


 心配をありありと表情に浮かべたレティは先陣を切って魔物の大群に突っ込んだ二人の無事を確認すると、ホッと胸を撫で下ろした。


「自警団の皆さん、驚いてましたよ。たった二人で戦ってましたから……」

「いつもそう。だからフツー」

「いえ、普通のことではありませんからね!? というか、いつもそうなのですか……」

「ルミナが行く先々はいつもこうして魔物がうじゃうじゃいる。あの女の戦える場所が限られてる以上、必然的にオレたちが戦う羽目になってんだぜ」


 顔に「面倒臭せェ」と書かれているタタラは武器をしまうと、頭の後ろに手を組んで言い捨てた。すると魔物が進軍してきた方をじっと見つめ、黙りこくる。


「ど、どうかしましたか?」

「いや……妙だと思ってな」

「妙?」

「統率が取れすぎだ。魔物は同種族ならともかく、多種族間で争う時もある」

「そーいえば、まえにゴブリンとウマのまもの、たたかってたの見た。ひとのしたい、くうために」

「人間の死体!? る、ルガくん、そんなものを見たのですか……?」


 ギョッとして段々と顔を青褪めさせるレティ。だがルガは慣れっこな様子で頷く。


「街を襲うために徒党を組んだとしても、魔物同士でいざこざが無いなんざ考えにくい。そいつらに指揮官がいるなら、話は別だが……」

「かんがえすぎじゃ?」

「テメェが考えなさすぎなんだよ」

「なんだと!?」

「ま、まあまあ。お二人ともお疲れですよね、街へ向かいましょう!」


 突然始まった二人の口喧嘩をレティは仲裁しつつ、二人の背を押して街へと向かわせる。

 

 魔物の後片づけをした自警団の何人かも、消耗したであろうタタラたちを街まで送るために派遣された。その中には、先ほどルガを空中から助けた犬の獣人も混じっていた。


「ねぇおじさん」

「お、おじ……っ、な、何だ?」

「おじさん、どっかで会ってない?」

「……? いや、少年とは初対面のハズだが」


 ルガは獣人の男性に既視感を持っているようで、時折すんすんとニオイを嗅いでは小首を傾げた。


「……うーん? でも、なんか、なつかしいニオイ」

「鼻がいいんだな、少年。少年は何の獣人なんだ?」

「ルガ、てんろー。オオカミ!」

「天狼? そうか……まだ生き残りがいたんだな。てっきり淘汰されたものかと」

「とーた?」

「少年には難しい言葉だったか、すまん。私はジャッジ。見ての通り、犬の獣人だ」


 ジャッジと名乗った彼はルガたちを歓迎して街へ迎え入れた。


「ようこそ、ルキダリアで最も活気にあふれた街、ポルトバ街へ。この街の自警団として、魔物の大軍を街から守ったヒーローたちを歓迎しよう」

「ヒーロー……んへへ」

「まあ浮かれたどっかのクソガキはともかく、レティサン、街にルミナは来てないな?」

「ええ……見かけていませんね。今、どこにいるのでしょうか……ルガくん、あなたの鼻で分かったりしませんか?」

「うーん……とおくはないんだとおもうけど……」


 一行は門から壁をくぐり抜けると街の景色が出迎える。石造りの強固な家や建物が立ち並び、人の往復でごった返している様を見て、ルガはあまり芳しくない顔をした。


「ひと、おおくてわかんない! でもいきてる。大ジョーブ」

「チッ……いつどこから現れるか分かんねェな」

「そ、そんな敵みたいに仰らなくとも……」

「ん? 他に仲間がいるのか」

「あ、はい、ジャッジさん。ルミナさんといって、街に向かう途中で別れた仲間がいるんです」

「なるほど。ひとまず我々自警団の拠点へ向かおうか。それとレティシア様には話さなければならないことがある」

「どうかしましたか?」

「ナナが帰郷したのは知っているか?」

「はい、もちろんです。港町でお出迎えしましたから」


 ジャッジとレティは顔馴染みなようで、気心が知れた様子で話す。だが不意にジャッジが真顔になると、神妙に口を開いた。


「――ナナが昨晩から行方不明になった」

「な、ナナが!? 一体何故……」

「だれ? レティのともだち?」

「え、ええ。幼い頃からの友人――まあ、幼馴染です。つい最近まで、外界で魔法使いを目指して魔法の修業をしていたのですが……」


 レティは不安げに顔を曇らせる。その心情には焦りが渦巻いていたが、見かねたタタラが口を開いた。


「全部自警団の拠点で聞こうぜ。立ち話は情報の整理に向かねェ」

「……それもそうですね。一旦、冷静になります……」


 レティは自身が冷静を欠いていたことを自覚し、焦燥に駆られた心に明鏡止水の志を努めて深呼吸を繰り返した。


「ありがとうございます、タタラさん。少し落ち着きました」

「なんもしてねェよ、オレは。……ただ、さっきはオレも悪かったな。アンタと家族のことを罵倒して」

「い、いえ。むしろ私が熱くなってしまい申し訳ありません。確かにあの時の私の最善策は、いち早く自警団の皆さんを呼ぶことでした」


 タタラの謝罪に呼応するようにレティも己の愚行を反省する。

 そしてレティは、今朝ルミナが言っていたタタラに対する評価の一端を理解した。


『確かにタタラは悪人だ。けど正しいことを言える』


 ――それはタタラが危機を目の前にしても冷静を保ち、最善策を唱えることができるからだ。


 そう捉えたレティはタタラへの評価を改め、彼を見直すのだった。




 しかしルガは胡散臭げにタタラを見て、不機嫌そうに顔をしかめていた。

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