三十話『YOU!飛んじゃいなYO!』
「――レティシア様、道中はお気をつけてくださいね」
「はい、何があってもルミナさんたちがいますから大丈夫ですよ。必ず戻ってきます」
村の者たちに心配そうに見送られるレティの背にはそれなりの荷物があった。彼女は今から期間限定でルミナたちに同行するのだが、村人たちには別の言い訳を用意している。
「センリュシア様の代わりにどうか村を襲った盗賊どもを捕まえてください……!」
「任せてください、必ず捕らえて罰を下します!」
まさかレティシアが狙われていると知ると村に混乱が起きかねない。それを防ぐための方便として使われた言い分が、盗賊の捕縛だった。
「旅人さんたちもどうかレティシア様をよろしくお願いします」
「任せてくれたまえ。彼女は必ず無事に返すよ」
「五体満足でな」
「タタラ……キミってヤツは」
「あ? なんかおかしいこと言ったか?」
茶々を入れるかのごとくタタラがつけ足して言うと、ルミナはそれに呆れた。そのやり取りの意味を理解しなかった二人以外の人物は特に反応も見せず、ルガに至っては目に留まったちょうちょの行く末を見届けていた。
「レティさん、センリュシアさんに挨拶は済ませたんだろう?」
「はい。本当はお母様もお見送りに行きたかったらしいのですが……」
「今の彼女は休むことが最優先だからね。では行こうか」
「しゅっぱーつ!」
ルガの無邪気な合図で一同は村に背を向け、次なる街へと歩き出した。彼らが見えなくなるまで村人たちは手を振り、同時に旅人たちに幸運を願うのだった。
「にしたって、次の街……あー、名前何だっけ」
「ポルトバ街です。ルキダリア島で一番活気にあふれた集落でして、商業も盛んなのです!」
「へェ……そりゃいいこと聞いた」
「タタラ、わるいカオ」
タタラの口角がニヤリと上がる。それを見上げたルガは胡乱気な目を向けた。
「た、タタラさん、その……悪いことはなさらないでくださいね?」
「悪いことって何だ? アンタをそそのかしてルミナに嫌がらせしたことか?」
「や、やっぱり昨日のってタタラさんの方が嘘を――!」
「別にルミナが星の魔女うんぬんっつーのはホントだったろ。は〜ぁ、ワンチャンあの魔女と戦ってくんねーかと期待したが、途中でルガが来ちまうモンだからよォ」
「ルミナ、ルガがまもる! だからさせない!」
昨日までの好青年ぶりがまるで嘘かのようにタタラは本性を表し、レティにすら唾を吐きかねないほどの態度の悪さを露呈させる。それに嫌悪を募らせるルガとレティはタタラへ良くない顔を向けた。
「どーせまちでも、なにかぬすむ。タタラ、てあそび? てのくせ……? がわるい!」
「手癖か? まあ元々盗賊だしな」
「盗賊!? 前は傭兵と仰ってたではありませんか」
「ありゃ嘘だぜ、バーカ」
タタラは舌を出して煽ると、レティはムッとした。
「嘘吐かないでください」
「ヤだね。つーかそれ言うならルミナに言ってやれよ。なァ、ルミナ?」
固まって団欒に努める三人と違い、ルミナは先導して前を歩く。まるで道が分かっているかのごとくずんずんと進むそのローブの行き先に迷いは無い。
「ルミナさん……このまま進むと村に近い橋に着きますが、そちらは私が壊してしまいましたよ? ですから――」
「ああ、キミが壊した橋以外に迂回する道が東にあるんだろう?」
「え、ええ。確かにありますけど……」
「あんのかよ。だったらあの村に行く時にわざわざ空に飛ばさずに迂回すりゃよかったろ」
「時間がかかる」
不満そうなタタラの意見は切り伏せられた。タタラは顔をしかめたが、不意にハッとすると「オイ」とルミナに声をかける。
「まさかテメェ、また空を飛んで時間短縮するとか言わねェよな!?」
「同じことを二回するのはつまらないさ」
「んだよ、ビビらせやがって……なら何で橋に向かってんだよ」
「今度はレティさんの風魔法で着地してみよう」
「着地の仕方がオレからレティに任せられただけで結局また空飛ぶんじゃねーかッ!!」
「えっ!? わ、私の風魔法を使うって……ど、どういうことですか!? そもそも飛ばすって何ですか!」
さらっと告げられたルミナの案に、タタラとレティの二人は抗議の声を上げる。
「レティさんがどれほどの風魔法を使えるのか、念のために確かめておこうかと。マルフィックの時はゆっくり見てる暇なんて無かったからね」
「い、いえ、それにしてもやり方があるでしょう!?」
「そもそもただ進むなら迂回すりゃいいし、魔法の腕なら鍛錬でもして見りゃいいだろうが!」
「またそらとぶ? やったっ!」
ルガは目を輝かせて純粋に喜んでいたが、二人は絶対に納得の色を見せない。流石に上空へ飛ばされることには反対だと思っているらしく、さっきまでの険悪な雰囲気は空の彼方へと飛んで今は二人同時にルミナへ訴えていた。
だがルミナはにこりと笑う。
「大丈夫、死にはしないさ。……多分ね」
「多分ですか!? 多分って言いましたか、今!」
「て、テメェ、目を逸らしながら言うんじゃねェよ!」
「こわいのか? ルガはこわくない」
「テメェはどうせ陽に近くなるとタフになるからいいだろうが! オレはただの人間だぞ! 万が一高いところからこんな平原に落ちたら死ぬに決まってんだろ!」
「私もただの人間ですからね!?」
「まあまあ、二人とも落ち着いておくれ」
先を行くルミナはその先の景色を見て足を止めた。
「ボクだって鬼じゃない。今回は一人ずつ空に飛ばすから、まずはレティさんからいくよ」
「えっ!? いえ、一人とか二人とかそういう話ではなくって!!」
上擦ったレティの声が否定的に響くが、ルミナの耳には届かないのだった。
レティは気づく。ルミナの向こうにある、壊れた橋を。
そしてルミナの魂胆に気づき、さぁっと顔を青褪めさせた。
「る、ルミ――」
「いくよ」
瞬間、レティの足元で突風が吹く。
「きゃぁああああっっっ!?」
ルミナの魔法を合図に、レティは勢いよく浮上する。彼女が足をつけていた地から高く離れ、レティはバランスを崩しながらも空へ飛んでいるのだった。
「たっ、高いですよルミナさぁんっ!!」
「景色を堪能するのもいいけど、着地を忘れないようにね!」
「景色なんて堪能してる場合じゃありませんってぇぇえええっ!!!」
空中でレティの悲鳴が反響する。彼女の身体は綺麗に縦長の放物線を描き、こちらと対岸のちょうど真ん中まで上昇しきると今度は落下運動が始まった。
「――チッ、スカートの中はショートパンツ履いてんのかよ。つまんねェヤツ」
「タタラ、どこみてる? 目、きもちわるい」
「飛んだ拍子に見えたレティのスカートの中だ。男っつーのは女のチラリズムに反応する生き物なんだぜ」
「ルガ、おとこだけど、ぜんぜんわかんない」
「じゃあルガは男じゃねェんだろ」
「なんだと!?」
「ボクも結構チラリズムの余地はあるよ、タタラ」
「テメェは女じゃねェ」
「昨日まではあんなに女扱いしてボクを求めてくれたじゃないか」
「罵るあだ名とテメェの命を狙ったことを気色悪く受け取んな。気持ち悪りィ」
レティが危機に陥っているにも関わらず、他三人は呑気にやりとりする。レティは早速ルミナたちの旅に着いてきたことを後悔し始めていた。
だが後悔しても後の祭り。
レティは目の前に降りかかる命の危機から脱するべく、短い時間で魔力を練る。
「っ、《ヒュード》!」
彼女は着地寸前、制御を犠牲にして全力で自分の下に風を生む。重力に抗うように吹かれた突風により、彼女のスカートや髪が舞い上がるが、彼女にかかる重力加速度は減少を見せる。
「きゃ……っ!」
だが空中でバランスを崩していたせいか、彼女は背中から着地してはバウンドして少し転がった。衝撃が身体に降りかかるとレティは少しうめき、痛み混じりにのろのろと身を起こす。
「大丈夫かい、レティさん?」
「レティ! だいじょぶ!?」
「うへぇ。オレら、アイツに任せて飛ぶのか?」
タタラを除き、対岸から心配の声が届く。声に反応してレティはズキズキと痛む身体を無理に動かしてなんとか頷いた。
「ひ……《ヒール》。だ、大丈夫ですよ。治せる範囲だったので……」
よろよろと立ち上がって傷を魔法で癒すと、レティは壊れた橋の向こうに残る三人の方へ向いた。重力に抗う風魔法や精度の高い回復魔法のお陰で重傷無く対岸に渡れたレティだが、向こう岸に渡りたい人間はまだ三人いる。
不安げなカオをするレティは口を開いた。
「あの、今からでも迂回した方が良いのでは?」
「いや、この分なら大丈夫そうだ。今度はルガをそちらへ送るよ」
「わーい!」
「え? いえ、送るって――」
「いってらっしゃい」
レティは心の準備を済ませる前にルガの足元に突風を吹かせた。
弾かれたように空へと飛ぶルガは笑顔でキャッキャとはしゃぎながら、その身に浴びる風を一身に受け止めている。
「そら! たかーーーいっ! あははっ!!」
「怖いモン知らずかよ……大脳が麻痺してんじゃねェの?」
放物線の頂点へ到達し、落下を始めてもなお彼は興奮を抑えきれない様子で風と重力と戯れていた。タタラは呆れていたが、レティは慌ててしまう。
ルガが無事に着地できるかどうかは、彼女の魔法にかかっているのだ。
「《ヒュード》っ!」
ルガが地面へ到達する一秒前、レティはルガの足元に急激に上昇する風を吹かせてはルガを重力に抗わせた。
唐突にルガは毛を逆立てながら身体はふわりと浮き、腹から地面へ落下したが大した衝撃は無いようで、すぐに立ち上がる。
「ちゃくち! できた!」
「な、なんとかできました……良かった……」
ルガの着地を成功せたレティはホッと胸を撫で下ろし、安心から腰を抜かして地面へとへたり込んだ。
「お疲れのところ悪いけど、次はタタラを頼むよ、レティさん」
「え、えぇっ!? タタラさんもですか!」
「彼はルガより重いから今から魔力を練ってくれ。……あとタタラ、《影を薄めて逃げようとするな》」
「チッ、オレに命令すんなよ」
「嫌だね。キミが嫌がってくれるから」
タタラはこっそりとこの場を抜け出そうとしていたが、ルミナからは逃れられないのだった。橋に背を向けていた彼は動きを止め、無理矢理橋と向き合わされる。
「飛ばすよ、レティさん!」
「は、はい……こうなったらやるしかないですよね」
「がんばれ! あ、でもタタラ、ジョーブ。しっぱいしてもきにしないで」
「気にしやがれ! オレはテメェと違ってただの人間なんだぞ!」
「だってタタラ、おおけがするとこ、みたことない」
「だからって怪我しねェワケじゃ――」
言いきる前にタタラの赤い髪が風に揺れ、彼はぎょっとしたカオをルミナに向けた。
ルミナは満面の笑みを浮かべていた。
「キミもいってらっしゃい」
「まだ話してる最中だろうがこんのクソダボ災害魔女めェェェエエエエッ!!」
ルミナは魔法を発動させ、タタラは打ち上げられたように空へ上がった。立つ地面も無い空中で体勢を崩したタタラは肝を冷やし、焦燥の表情を浮かべる。
タタラの怨嗟の声が空中に響く。魔法に集中するレティはやや彼に同情的になりながらも、タタラに注意を向ける。
彼が落下し、地面へ近づくと着地地点に風が舞う。
「《ヒュード》!」
「どわぁッ!!」
レティの生み出した風は確かにタタラに襲いかかる衝撃を一部飛ばした。だがそれも全てではなく、体勢を崩したまま空に背を向けて地面へ落ちて少しバウンドしたタタラにその衝撃が走る。
「た、タタラさん、大丈夫ですか!?」
レティは心配そうにタタラに駆け寄る。が、タタラは数秒動かない。
ようやく身を起こした彼の口からは空気しか漏れてなかった。
「も、もしかして、みぞおちに響きました……?」
「……あの、まじょ……ぜってー、殺す」
「なんだ。ぶじか」
ルミナへの殺意をありありと瞳に浮かべるタタラの声は弱々しかった。特に骨を折るような怪我も無かったが、当たりどころが悪かったせいで息も絶え絶えといった様子だ。
彼は自分を空に飛ばした犯人へ殺害宣言をするが、彼の無事を確認したルガは特に気に留めること無くさらっと流した。
「次はルミナさんですね。一気に魔力を使い過ぎたのでそろそろ疲れてきましたが……」
「ああ、ボクならもう飛んだから大丈夫だよ」
「ひゃぁあああっ!?」
レティの背後で突如ルミナの声が聞こえ、レティは飛び上がるほどに驚いた。一同はレティの背後へ目を向けると確かにいつものネイビーブルーのローブが少しはためいて佇んでおり、村側の岸にはもう誰もいない。
「い、いつの間に飛んだんですか!?」
「キミたちが飛んでるタタラに夢中になってる隙にね」
「テメェ……まさか昨日の変な魔法で浮いたのか。だったらオレたちにも使えば良かっただろうが」
「あの魔法、ボクに対してしか使えないんだよね。だから無理だよ」
タタラは立ち上がりながらも何かに気づいたように顔をしかめた。
「……オイ、嘘のニオイがしたぞ」
「ああ、これ嘘になるのか」
タタラはルミナを睨み見るが、ルミナは平然と受け流して少し考え込む。
「なら言い方を変えよう。全員に対しては使えないものだ」
「テメェ以外にも効くヤツが最低一人はいるってことか?」
「だ、だったらその人も浮かせてあげれば良かったじゃないですか」
「ボクの制御不能な無詠唱の『ヒュード』を体験しておいて、まだそう言えるんだね」
「うっ……」
ルミナは魔法の力はともかく、制御に関してはレティすら擁護できないほどにすさまじく壊滅的だ。それを実感したレティはルミナの反論に黙り込むのだった。
「ったくテメェ、いい加減にしろよな……オイ、ルミナに魔法を教えてやれよ、レティサン」
「ルミナさんには釈迦に説法では……?」
「いや、馬の耳に念仏さ」
「聞き流してんじゃねェよ」
「シャカウマ?」
「ああ、まず釈迦に説法っていうのはね――」
ことわざを知らないルガにルミナが説明を始めながら街の方へと歩き出した。先ほどまでのてんやわんやも無かったかのごとく進もうとするルミナにタタラとレティの二人は不満げだったが、彼らは抗弁を諦めた。
過ぎた今、何を言っても無駄だとなんとなく悟ってしまったのである。
タタラとレティは同時に溜息を吐いた。
☆
一閃。
そして空中に残る剣筋の軌道は、少しまたたくと消えた。後に残るのは地面へ崩れ落ちる黒い液体でできた体。それはどろどろとして地面に吸い込まれ。やがて土壌を黒く汚した。
サーベルを鞘にしまったタタラは、今殺したスライムを見下ろした。
「……これで何匹目だ?」
「九匹目、ですね……」
タタラの問いにレティは顔を曇らせながら答える。
「さっきから、スライムばっか」
「なんだか多いね。村に行く道中で襲いかかったのは一匹だけだったのに」
一同がポルトバ街へ向かう最中、何度もスライムに遭遇したのだ。
ルガは有効的な討伐方法を持っておらず、ルミナはそもそも論外。太刀打ちできそうなレティも先ほど魔法を連発したせいで休憩を挟まざるを得ないため、消去法的にタタラが討伐することになり、彼は現在九匹目のスライム討伐に成功したところだ。
しかし面倒事に前向きでないタタラはやる気の無い様子でスライムの残骸を踏みつけた。
「山でもスライムが合体することがありました……こんなこと、今まで無かったのに。スライムが大量発生してるのでしょうか……」
「いや、スライムだけじゃねェな。ルガ、この辺りでスライム以外のニオイは?」
「えっと……」
ルガは自慢の嗅覚で辺りを索敵する。しばらくすると彼は進行方向を指さした。
「あっち。なんか、いろんなニオイする」
「ぽ、ポルトバ街の方からですか」
「スライムだけじゃなくて、また別の魔物がいるのか。道理でたまに妙な気配がするワケだ」
「気配って何ですか?」
「人型の魔物に虫型の魔物……鳥型も多分いるな」
「そこまで分かるものなんですね……」
「いやぁ、二人とも索敵にも心強くて助かるよ」
「ルガ、やくにたった?」
「ああ、立ってくれたとも。ありがとう」
「んへへ」
ルガの問いにルミナは首肯を返して頭を撫でると、彼は満足げに尻尾を振って頬を綻ばせた。その様はさながら忠犬とその主人のようで、はたから見ていたレティはほっこりとして緩やかに口角を上げた。
が、同じくその光景を横目で見ていたタタラは不気味そうに顔を歪めながら逸らす。
「それよりポルトバ街とやらから色んな魔物のニオイを嗅ぎ取ったっつーなら、まずくねェか?」
「あ……そ、そちらにたくさんの魔物がいるってことですか!?」
「だったらたいへんかも! いそご!」
タタラの一言に、ルガとレティの二人は反応して焦る。慌てふためいた様子で急ぐ彼らのつま先はポルトバ街へと向いていた。
だがルミナだけは右目を閉じてそっぽを向いていた。
「そうだね、三人は先に行っててくれ」
「……? ルミナさんは?」
「ボクは後から向かう。みんな、よろしく頼むよ。タタラも、これは命令だよ」
「いちいち命令すんなよ。チッ……倒せばいいんだろ、倒せば」
ルミナだけ別行動を取ることとなり、ルガとレティの二人は心配そうにルミナを見る。
「だ、大丈夫ですか? やっぱり貧血が祟ったんじゃ……」
「いや、ちょっとした調べ物をね」
「あとでって、いつ?」
「さぁ……キミたちが魔物を退けた頃には、ボクの用事も終わるんじゃないかな。まあボクの方は気にしないでくれ。それよりポルトバ街が危ない」
それじゃあね、と軽く告げてルミナは街とは別方向へと歩みを進める。その足取りは重度の貧血患者は真似できぬほどにしっかりとしたものであり、少しの間に三人にルミナが数日前に重傷を負ったことを忘れさせるほどだった。
「……ルミナさんも心配ですが、今はポルトバ街も心配です。ルミナさんの言う通り、先にポルトバ街へ行った方が……いいんでしょうか」
レティは去り行くルミナに不安がっていた。
ルミナの病状、そして頻繁に出没する魔物など、憂慮すべき点が多い。病人の単独行動は危険だ。
ゆえにレティは二の足を踏んでいた。
「いいからとっとと行くぞ」
「し、しかしタタラさん!」
ルミナを心配するルガやレティに催促するようにタタラは先を急がせる。反論しようとするレティだったが、一切ルミナを顧みないタタラはまっすぐと進行方向を向いていた。
「ルミナがこの程度でくたばるようなヤツなら、とっくにオレが殺してる」
「……タタラさんはルミナさんが一人でも大丈夫だと思ってるんですか? いなくなってくれれば嬉しい、とかではなく……」
「それもあるが」
あるんですか、とレティは訝しげにタタラを見る。
「困った時に肉壁にするオレたちから離れるってことは、それなりの理由があるってこった。なァ、ルガ?」
「…………たまに、そーゆーことも、ある」
ルガは至極不服そうにタタラの言葉に頷いた。
「要はいつもの企み事だ。それにオレたちが邪魔だから遠ざけたかもしんねェ。オラ、とっとと行くぞ。それとも、アレは無視していいのか?」
浮かぬ顔を浮かべるレティへの説得にルガをも巻き込んだタタラは更に説得力を持たせるために指をさした。
その指先には集落を囲うように覆われてる壁に対して侵攻しようとしている魑魅魍魎が行進していた。
「な――っ、魔物の軍勢……!?」
レティは視線の先の光景を見て、思わず愕然として口元を手で押さえた。
「いっぱいあのまちにむかってる!」
「あれがポルトバ街ってやつか。結構外壁高けェのな。んで、それに行軍してる魔物たちっつーワケか……」
魔物はスライムや醜悪な顔を浮かべるゴブリン、人の何倍もの巨体を持つトロール、獣の骨を被った人型の奇妙な人外、巨大なカマキリの形をした生き物や人を容易く屠れるほどに鋭く尖ったクチバシを持つ鳥などがいた。
その一匹一匹にマルフィックほどの格の高さをうかがえずとも数の暴力を体現している。
「ありゃむやみやたらと突っ込めねェな。オイ、出番だぞルガ。暴れてこい」
「さ、流石にこんな大群相手にルガくんも戦うだなんて危険ですよ!」
「じゃあ何だ? アンタがどうにかできんのか? 明けの一族だか負けの一族だか知んねェが、さっき魔法を連発したアンタがこの軍勢相手にどうにかできんのかよ」
「私の一族を馬鹿にしないでくださいっ!! 街には自警団がいるハズですから、彼らと連携して――る、ルガくん!?」
レティが安定の策を取ろうとすると、先にルガは駆け出した。昼を過ぎたこともあって絶好調な彼は電光石火のごとく平原を突っ切り、魔物の軍勢へ横っ腹から殴りにかかった。
「あ、危ないですよ! 一人で突っ込むなんて……!」
「いいからとっととアンタは街へ行け、レティサン。ルガの面倒はオレが引き受けてやるから」
「何を仰ってるのですか、タタラさん! ルガくんが戦地に――」
「今一番戦えねェのはアンタだ。そもそもまだオレらと連携取れる程の戦闘経験も無ェ。だからアンタが援軍を呼びやがれ。……ルガのことは心配すんなって。オレに任せろ」
「ま、任せろと仰られましても……」
過去にタタラに騙され、素直に信用できずにいるレティは言葉に詰まる。
「……は〜ぁ、こう言わなきゃダメか? アンタに心配されるほど、昼のルガは弱くねェ。つか今のアンタの方が邪魔。人の心配する暇あんならとっとと最善だと思う手段を取れよ。自警団とやらが街にいるんだろ?」
「……ッ、います、けど……」
「なら行けよ。それとも、『嘘を吐く人だから』と感情論でオレの言い分を否定するつもりか?」
二人の間にある空気は険悪になっていた。だが頭に血が昇っていたもののレティはそれ以上の反論をできず、街を覆う壁の方へと足を向けた。
「――すぐに私も向かいます! ルガくんを頼みました!」
「ルガがくたばったらルミナがうるせェからな。言われなくとも分かってる」
タタラはサーベルの柄に手を添えながら魔物の軍勢へ。
レティは全力で走りながらポルトバ街へと向かい、それぞれ魔物を対処するために自分の使命を果たそうと動くのだった。