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呪われた星々  作者: 三角形
幼き天狼編
28/34

二十八話『3+1はみそすーぷ』

「――で、あとはルガの強さを軍事利用しようとしてまるめこもうとした軍隊があったり、ルガが怪しい宗教に甘言で釣られかけたり、タタラに危うくさらわれて貴族に売られかけたり、色々あったね」

「ほ、本当に色々ありましたね……」


 ルミナからルガとの出会いについて耳を傾けていたレティはしみじみと返した。


「まあ驚いたのが……嗅覚でまじないを解かれかけたことだよね。プルースト効果を舐めてたよ」

「ぷ、ぷる……?」

「特定のニオイ――例えば思い出の香りを嗅いでその思い出がよみがえることかな。ルガの場合はどうやら彼の身体に微かに残ったボクのニオイのおかげまじないが解かれかかってたよ」


 おかしげに思う感情を薄笑いの口角に浮かべるルミナ。その表情はなんだかんだでルガを邪険にしている色は全く無く、むしろ楽しげだった。


「……ルガくんも話してくれました。私が子どもも戦いに繰り出すことに良くない顔をしたら、ルミナさんも同じようなことを言って、一度ルガくんを置いていったと」

「ああ、一人旅がしたくて口実としてね。けどあの子はどうしても置いていかれたくなかったようで」

「よっぽどルミナさんと離れたくなかったのでしょうね」

「それもあるけど……どうやら誰かに見放されることがトラウマのようで」

「トラウマ?」


 レティはおうむ返しで尋ねる。


「あの子は群れからはぐれて村に迷い込んだ獣人と、そこの村長の娘の間に生まれた。だが村長の娘はあの子を産むと、衰弱死した。身体の負担が大きかったようだ」

「そんな……」

「元々村長は娘が獣人を受け入れなければ害獣として邪険にしていた。だから娘が死ぬと『獣人のせいで娘が死んだ』として迫害するようになった」


 まるでその目で見てきたかのごとくルミナはルガの生い立ちを語り、目を伏せる。


「ルガがある程度大きくなるまではなんとか耐えていた父親だが、迫害を受け続けてとうとう耐えきれなくなった。ある日、ルガを置いて村を出たのさ。それ以来、ルガは気を許した人に置いていかれることに心底怯えている」

「な――っ、そんな……どうして一人で!」

「疲れたんじゃないかな」


 親が子を見放す。そんな状況を想像したこともないレティは顔を青褪めさせた。


「レティさんは周りに恵まれてるおかげで『あり得ない』と断じるだろうけど、その気になれば親は平気で子どもを捨てるものだよ。人間も獣人も、それどころかあらゆる生物もそう」

「無責任すぎます、そんなの……」

「それも一つの生存戦略ってことだよ。昔からある、自然界のね。なんだかんだで背負うものが無い方が身軽だから」

「ではルミナさんは今、三人旅になって悔やんでますか?」


 レティはそう問うとルミナはふと笑んで首を横に振った。


「そう悪い気はしない。それに明日からは期間限定だが四人旅さ」

「……そうでしたね」

「そういうワケだから、明日からよろしく頼むよ。出発は昼の予定だから、それまでには支度をしておくといい」

「……わざわざありがとうございます……では私はこれで失礼しますね。お母様とお話がありますから」

「うん。……ああ、そうだ」


 夜もすっかりいい頃合いになり、レティは話を聞いて憂鬱気分で屋敷へ戻ろうとした。だがまだ話があるらしいルミナの開口に、レティは足を止める。


「あまり今のセンリュシアさんには太陽の魔女について聞かない方がいい。彼女だって話したくないからレティさんには何も言わなかったんだろうし」

「え?」

「正確に言えば――トラウマかもしれないな。うちの師匠がセンリュシアさんとその先代の当主にとてつもない迷惑をかけたから、今はあまり思い起こさない方がいい」

「い、一体何が……?」

「気になるなら、ボクの口からそのうちね。でも今日はもう遅いからボクは寝かせてもらうよ」


 レティの興味を引くだけ引き、ルミナは「それじゃあね」と告げて先に屋敷の方へと戻っていった。


 残されたレティは悶々とさせられながらも、まずは母親と話をしてから湯浴みをして寝ようと彼女も屋敷へ足を進めた。







「おはよ!」

「おはようございます、ルガくん」


 ルガとレティの朝は早い。体質で目を覚ますルガと習慣で目が覚めるレティが誰よりも早く起きると、お腹を空かせたルガのために朝一番の朝食の香りを厨房に漂わせた。


「はよーさん。お? もうメシできてんのか」

「あ、はい。タタラさんのも用意しましょうか?」

「おう、頼んだわ」

「タタラ、ねぐせある。ぴょんぴょん」

「うっせーよクセっ毛が」

「タタラのかみのほうがヘン」

「お前の存在の方が変だろ」

「なんだとっ!?」

「ま、まあまあ、お二人とも落ち着いてください……」


 目が覚めたらタタラとルガは顔を合わせると、寝起きであることも関係無く喧嘩が勃発し、レティが仲裁する。


 次に屋敷の給仕が目を覚ますと、彼らはルミナの朝食を振る舞ってはそれをレティへと渡した。


「ではお願いします、レティシア様」

「はい、ありがとうございます」


 今回こそはちゃんと部屋で安静にしていることを願ったレティは、ルミナの朝食を受け取ると彼女が眠る部屋へと向かった。


「ルミナさん、レティシアです。起きていらっしゃいますか?」


 扉の前に立ったレティはノックを叩くが、相変わらず返事は無い。レティはもはや慣れた様子で扉を開くと、ベッドは(から)だった。


 が、窓の前にある椅子に座り、腕を組んで眠るルミナを見て、レティは肩をすくめた。


「またベッドで寝てませんね……身体、痛めないんでしょうか」


 レティは朝食を机に置きながら、不思議そうにルミナを見る。

 よく耳を澄ませば微かに寝息が聞こえるが、一見すると死んでいるようにも見える。何せ微動だにもしないのだから、呼吸をしているか疑われても仕方ない。

 だが相変わらず寝言でも口にしているのか、ぼそぼそと何か言っていた。


「ルミナさん、朝ですよ。あんまり寝すぎると朝食が昼食になってしまいますよ」

「ししょー……そんなとこ、さわっちゃ、……あぁっ……」

「ど、どどっ、どんな夢見てるんですかぁっ!!」


 肩を叩けば返ってきた何やら深い想像のできそうな寝言に、レティは顔を赤くして声を荒げる。


「る、ルミナさん、本当は起きてたりします……?」

「……みそすーぷ……」

「みゃ、脈絡がありませんね……本当に寝てる」


 たかが寝言に翻弄されたレティは、旅立ちの朝にも関わらずどっと疲れた。

 だがレティはルミナの顔色をよく観察すると、そのあまりの悪さに心配を露わにして手を伸ばした。


「……昨日は暗くてよく見えませんでしたが、ルミナさんの顔色、悪いですね……あんなに血を流してからそんなに経ってないので、当然ですが」


 レティは血の気の無いルミナの頬に手を添える。伝わる無い熱から無い生気を感じ取った彼女は思い悩む。もう少し休むべきと伝えるか否かを。

 しかしガランや村で好き勝手暴れた盗賊を放っておけないのも事実。


「あ、ポルトバ街から馬車を手配すれば……でも今から頼むと、出発は夜になってしまいますね。橋を壊したせいで結構な大回りをしなくてはなりませんし……」


 悶々と策を講じるレティだが、彼女が手を伸ばす先の人物がゆっくりと目を開けたことには気づかなかった。

 

 しばらくしてようやくルミナと目が合ったレティだが、挨拶を切り出そうとすると先手を打たれる。


「もしかしてボクにキスした?」

「きっ、きき、キス!? 何でそうなるんですかぁ!」

「いや、目が覚めたら頬に手を添えられてたから、ボクはレティさんのキスで目が覚めたんじゃないかと」

「してませんからね!? 寝ぼけすぎですよルミナさん!」


 あまりにも突飛な発想にレティは真っ赤な顔で手を離して言い返す。ルミナは寝ぼけ眼を少しこすると、朝食の存在に気づいた。


「ああ、朝食持ってきてくれたんだ。ありがとう」

「いえ……その、あなたがお母様にも私の旅の同行を申し出たのは確認しましたが、大丈夫なんですか? ルミナさん、顔色悪いですし。貧血が……」

「顔が悪い? レティさんが可愛いのは認めるけど、ボクの顔面を貶されるのは心外だな……」

「いい加減からかわないでください!? それに悪いのは顔()です、かおいろっ!」


 羞恥やら憤慨やらで感情の忙しいレティは呑気そうなルミナにジト目を向けた。


「……それより、体調はどうですか?」

「移動は問題無い」

「症状はどうなんですか?」

「嘘は言いたくないなぁ」

「じゃあ嘘吐かないでくださいよ」

「本当にただ移動する分には平気さ。それに何事も無い限りは街の方で休むよ」

「無茶しちゃダメですよ?」


 レティの心配の言葉にルミナは曖昧に笑った。


「ボクがご飯を食べて、少し休憩したらもう出発しようか。レティさん、荷物の準備は?」

「はい、問題無いです。昨日お母様に相談して、荷物もまとめておきましたから」

「なら盗られないように気をつけてくれ。特にタタラは手癖が悪い」

「えっ、は、はい……」


 仲間内までも警戒しなければならないという通告にレティは戸惑いを見せる。


「……タタラさんってやっぱり悪い方なんですか?」

「それはそれは堂々と嘘を吐く男だね」

「こう言ってはなんですが……どうしてタタラさんを無理矢理仲間に? 『搦め祟り』で命令すれば、もう悪行を重ねないようにして放置することも――」

「身体支配のまじないもそう便利じゃなくてね。命令するにも魔力を使うし、強大な魔力を使わなければ命令は完遂まで維持ができない。そもそもまじないを維持すること自体に魔力がいる」

「た、たくさん魔力を使うんですね」

「ああ。ボクのような馬鹿みたいな魔力持ちか、大量に魔力をかき集めて使うことが前提のまじないだよ。操っている人間の抵抗が激しければ、従えるための必要魔力量も増えるしね」


 テーブルに移動し、フォークを持ってサラダのレタスに突き刺したルミナはそれを頬張った。葉物特有の咀嚼音が何度か鳴って嚥下音がすると、ルミナの口がからになるのを待っていたレティが疑問を口にする。


「なんだか『搦め祟り』と『影縛り』って似てますよね。支配するのが身体か、精神かの違いがあるだけで」

「どっちも師匠が作ったからね」

「か、『影縛り』もですか!?」


 レティは驚きのあまり、口元を押さえて驚いた。

 自身の母に襲いかかった悪逆非道なまじないは、自身が尊敬する魔法使いが生み出したのだ。疑義を呈するのも無理は無かった。


「どうしてそんな酷いまじないを……」

「元は別のまじないを作ろうとしたらしい。その過程でできた失敗作が『搦め祟り』と『影縛り』さ」

「そ、その別のまじないとは一体?」

「さぁ? 師匠はそれを熱心に研究していたようだけど、全然教えてくれなかったな。……実際に失敗作二つのまじないを使うと推測はできるけど」

「え? な、なんです?」


 レティの好奇心に火がつくと、ルミナはニッコリ笑った。そしてルミナは口の前に人差し指を立てた。


「とてもボクの口から言うのは憚られるな。それほどまでに恐ろしく、おぞましく、悪魔に喧嘩を売るようなまじないだから」

「……興味を煽っておいて誤魔化すなんて、ルミナさん意地悪ですね」

「レティさんって反応がいいから、ついね」

「そういうところですよっ!」


 再び弄ばれたレティはとうとうへそを曲げた。不機嫌をアピールするためにそっぽを向いた彼女に、懲りたルミナは「ごめんごめん」と軽く笑いながら謝る。


「話を戻そうか。タタラを仲間にした理由は他にもある」

「それは?」

「彼は命令されるのが大嫌いだから、命令するたびにいい反応をするし面白い」

「やっぱりルミナさんも悪い方なのでは……?」

「――というのは半分冗談で」

「は、半分本気なんですね……」

「タタラと接してみるとよく分かるよ」

「結局誤魔化すじゃないですか!」


 せっかく折れた話の腰を戻したというのに、理由をはぐらかしたルミナにレティは再度不満げに声を上げた。


「確かにタタラは悪人だ。けど正しいことを言える」

「ど、どういうことですか? 悪人なのに、正しいことを言うなんて……」

「悪人だからこそ正しいことを言えるんだよ」


 レティはちんぷんかんぷんな様子で首を捻る。が、ルミナはその言葉の意味を説明しない。


「騙されてでも、タタラと話してみるといい。『嘘を吐く人だから』という理由で話を一蹴せずに、彼とも仲良くしてやってくれ」

「……昨日、タタラさんはルミナさんに攻撃を仕掛けたんですよ? それに、私がルミナさんを疑うよう仕組んで……」

「今はボクのことを疑ってないってことかい?」

「うっ……正直言えば完全に信用できてはいませんが……」

「正直で助かるよ」

「そもそも意地悪してくるのが悪いんですよ。信用させる気あります?」

「気分によるかな」

「気分!?」


 ルミナはレティの驚きにさして気にした様子も無く話を戻す。


「タタラがボクに向ける憎悪は当然だ。殺されかけるのも気にしてない」

「き、気にしてないって……自分の命を狙うような方を仲間にしてて、あなたは平気なんですか!?」

「彼が殺そうとするのはボク一人さ。ルガやレティさんの命は狙わないだろうから、大丈夫だよ」

「私が大丈夫でも、ルミナさんが大丈夫じゃないでしょう……!?」

「ん、このサラダ美味しいね」

「真面目に聞いてくださいよぉ!」


 レティの忠告を右から左に流し、ルミナは朝食を頬張る。タタラに命を狙われることなど些末なことだと言いたげな軽い調子に、レティは困惑した。


「レティさんは気にしなくてもいいよ。むしろボクも楽しんでる節はある」

「殺されかけるのにですか!?」

「それほど熱い思いをボクに向けてるってことだからね。いやあ、照れるね」

「熱い思いって殺意だと思うのですが……」


 まるでタタラに好かれてまんざらでもなさげなルミナだが、その実態は殺意を熱心に向けられているだけである。

 にも関わらず茶化すルミナ。流石のレティも少し引くのだった。


「ごちそうさまでした」

「……! それ、まじないですか? ルガくんが言ってました」

「ああ、これ? 師匠の癖でさ。……まあまじないに区分してもいいかもしれない」


 手を合わせてルガも唱えていた言葉を言うルミナに反応して、レティは少し目を輝かせる。


「どんなまじないなんですか?」

「食材を作ってくれた人と、ご飯を用意してくれた人に感謝を伝えるおまじないかな」

「そうなんですか……ステキなおまじないですね。道理で胸が温かくなります」


 レティは先ほどまでのルミナの態度も気にせず、柔らかく微笑んだ。

 それを見たルミナはレティから顔を逸らす。


「……やっぱりレティさんとタタラって相性悪いかもしれないな」

「きゅ、急にどうしました?」

「何でもないよ。さて、朝食も済んだしゆっくり支度するかな。レティさん、お皿片づけてくれるかい?」

「はい」


 急に憂うようになったルミナに戸惑うレティだが、ルミナがローブを手に取って支度を始めようとする気配を見せるとルミナの朝食用の皿を回収する。


「では失礼しますね」


 皿を片づけに行ったレティが部屋を出ると、ルミナはローブに袖を通した。

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