二十七話『やっぱり美少女?のニオイを嗅ぎ取るショタ』
ルガを追いかける獣人の青年は、倉庫からは少し離れたところでうずくまる小さな背を見つけると駆け寄った。ルガは近づく気配に尻尾を立てて驚いたが、誰が来たのか認識すると緊張はしつつも警戒を解く。
「……さっきの、聞いていたのか」
「うん……」
ルガは先ほど、倉庫内の会話を盗み聞きしていた。それゆえに彼は今、元気を無くしていた。
「……おねえさん、ルガ、キライ……しらなかった」
ルガは地べたに尻をつけると、膝を抱えて地面へ視線を落とした。
「ルガ、めーわく、いっぱいかけたし……やくに、たてなかった」
「……君は彼女の役に立てなかったから嫌われていると?」
「たぶん……」
「本当に役立たずが理由で嫌いなら、わざわざこの村に君を連れてくるほどのお節介を焼く必要なんて、彼女には無いと思うが」
獣人の青年は寄り添うようにルガの隣に座った。
「君、普段からワガママ言うことは?」
「……ルガ、ワガママ。おねえさん、こまらせるから」
「子どもが親を困らせるのは俺にとっては当たり前だ。そうじゃなくて、ちゃんと自分の気持ちを彼女にきちんと伝えているか?」
ルガはぼんやりとこの二週間を振り返る。その上で首を捻った。
「してる……ハズ? えっと、あたま、なでてって。あとリンゴあげたり、あとは……うーんと、さっき、おねえさんといたいって言った」
「二週間でそのくらいしか思い浮かばないなら、ワガママじゃない方だと思うが……」
「だって……こまらせること言うと、おいてくって」
「でも君は今ここまで連れてこられただろう。彼女は君のことで本気で困ったことは無いんじゃないか?」
ルガはまばたきを繰り返し、唇を震わせる。少し躊躇って、彼は期待の目を獣人の青年に向けた。
「……そう、かな」
「さぁ? 聞くためにも彼女とよく話し合うといい。二週間ぽっちしか一緒にいなかったなら、まだまだお互いのことなんて知らないだろう」
「たし、かに……ルガ、おねえさんのこと、なにもしらない」
思い返せばルガはまだルミナの名すら聞いていない。獣人の村に着けば聞く約束だったが、まだそれは果たされていない。
ルガはやることを決めると、立ち上がった。
「もう行くのか」
「うん。ちょっとおねえさんとはなす」
「そうか。一つ言っておくが、自分の意見はちゃんと言わないと相手に伝わらない。ワガママでもいいから自分の気持ちを吐き出した方がいいだろう」
「ワガママ……でも」
「自分の気持ちもぶつけずに相手の心は動かせないぞ。もしかしたら君がワガママを言えば、彼女も心変わりするかもしれない」
獣人の青年は小さな子どもを後押しした。
応援を受け取ったルガは目をぱちぱちとまばたきを繰り返すと力強く頷く。
「……うん!」
日差しの下、草を踏みしめてルガは握りこぶしを握り締めて駆け出す。
その足取りはあまり考えられない彼らしい衝動的な猪突猛進ぶりで、すぐに来た道を引き返すと見えた倉庫の扉すら蹴破って目的の人へと会いに行く。
「おねえさん! あのね、きいて!」
大きい音に対して金色の目が向く。未だ倉庫内にいたルミナは、ただ事ではない様子のルガに近づいた。
「どうかしたのかい?」
「お、おねえさん……あのね、その……」
ルガはルミナのローブを掴み、離さないように強く握った。真昼の光を浴びていたこともあってか力は相当強く、ルミナは逃げられそうにもない。
「えっと、ルガ、がんばる。まもの、きてもにげない。おねえさんがこまること、もうしない。だから、つれてって」
「うん、キミがボクに置いていかれたくないことは理解してるよ」
「そうじゃなくてっ! ううん、そうだけど……そうなん、だけど……」
「うん?」
ルガは拙く己の思いを伝えようとする。だが想定以上に言葉に表すことができず、四苦八苦する。
うんと頭を捻らせ、彼はとにかく胸の内からあふれる感情に見合う語彙を足りない脳内辞書から探す。
「おねえさん、ルガ、たすけてくれた」
「でもこの村もきっとキミを助けてくれるよ」
「ルガ、おねえさんがいい。だってたすけてくれたの、おねえさんがはじめて! それに、ルガ――おねえさんのこと、すき」
ルガは精一杯の好意の言葉と共に、ルミナに抱きついた。しがみつくような、すがりつくような愛情表現は流石のルミナにもよく伝わった。
「……ルガ」
ルミナはニッコリと笑い、ルガの名を呼んだ。ルガを村へ置いていくと言っていた時のルミナとは打って変わり、随分と友好的なその態度にルガは期待した。
「おねえさん!」
顔を輝かせ、自分の思いが伝わったのだと喜ぶ彼の頭にルミナの手が置かれる。
そしてルミナは上げた口角を動かした。
「《――――》」
その瞬間、ルガの視界がぐにゃりと歪んでは微睡みの中へと落ちた。
最後にルミナの口が微かに「さよなら」と動いたことを認識しながら。
「……彼に何をした?」
ルミナは意識の無いルガを倉庫で寝かせようとすると、二人の様子を見に戻ってきた獣人の青年がそれを目撃した。
ぐったりとしてルミナの腕の中にいるルガが目覚める気配は今のところ無い。
「まじないをかけただけだよ。彼がボクのことを思い出さないようにするための」
「まじない……? それは確か、東洋の……」
獣人の青年は訝しげにルミナを見る。彼女は腕の中のルガと獣人の青年を交互に見ると、ルガを青年へ差し出した。
「この子をよろしくね。ボクは村の獣人たちに存在を勘づかれる前に行くよ。倉庫を貸してくれたのもキミの親切心ゆえの独断のようだから、バレたらキミも困るだろう」
「……待て。そんなあっさりと別れて……それでいいのか。この子はとてもあなたに懐いていたんだ。なのに記憶を封じたのか?」
「この子にもうボクは必要無い。ボクよりキミたちの方がこの子の助けにもなれる」
「それでもこんな別れ方でいいのか! こんな、まるで情の無い別れ方で……!」
激情的になる獣人の青年とは対照的に、ルミナは至極淡々と告げる。
「仮にでも情が湧くと困るんだよね」
しばらく両者に静寂が流れる。獣人の青年はその間、悲痛に顔を歪めていたが、やがて息を吐いて顔に入れた力を抜くとルミナからルガを受け取った。
「……いや、すまない。この子に同情的になりすぎたが、あなたにも旅を続けなければならない理由があるのだろう」
「理解があって助かるよ」
「それでも、せめて話し合えば良かったんじゃないか」
「話し合ったところで互いに納得がいくまでの過程や、その結論を鑑みると気は進まない」
「だから聞く耳すら持たなかったと。それであなたはこの子を理解することを、向き合うことを拒んだのか」
ルミナは顔を背け、声を低くさせた。
「……向き合うことを拒んだ、か。そうだね。だって無駄だ」
「それはこの子を蔑ろにするということか?」
「どう捉えてもらっても構わない」
獣人の青年は鋭い目で人情的に訴えるが、ルミナは聞く耳を持たない。やがて彼女は自分の荷物を持つと、獣人の村に背を向けた。
未練も後悔も無く、ルミナはあっさりとした去っていった。後ろには獣人の青年の腕で眠るルガがいるというのに、全く後ろ髪を引かれる様子も無く彼女はまた己の旅を続けるのだった。
ルガは数分もせずに目覚めると、まだ半分眠たげな目を何度かこすっては獣人の青年に下される。
「んぁ……? ルガ、ねてた?」
「起きたか……具合はどうだ」
「ねむいけど……ヘーキ。でもヘンなの。ルガ、おひる、ねたことないのに」
ルガは覚醒すると不思議そうに首を傾げた。
「……君はどうやってここに来たのか、覚えているか?」
「え? えっと……あ、あれ、……よくわかんない……」
ルガは村へ来た記憶は曖昧になっていた。いくら彼が首を捻ってもルミナの存在すら出ず、それをどこか悲しげに確認した獣人の青年はルガの手を引いた。
「もう思い出さなくともいい。これからはここが君の住むところになる」
「う、うん。でも、おかしい。どーやって、ここに……」
「……あまり深く考えない方がいい。もう過ぎてしまったことだ。村を案内しよう。村の者たちにも挨拶するといい。きっと皆、君を受け入れるだろう」
ルガは腑に落ちない様子で眉を下げて不安がる。獣人の青年は過ぎた過去を振り返らず、ルガのこれからを考えて村へ連れていった。
ルガたちが村へ入ると、見渡して出会う限りの人物には皆、獣の耳や尻尾があった。中には人ならざる足や体毛の深い者、翼を持つ獣人まで存在していた。
「ここにいる者は皆、先祖の種族は違えど獣人だ。身を寄せ合って生きている。君と似た境遇の者もいる」
「みんな、じゅーじん……」
ルガは感慨深く村を見ていた。やがて獣人の青年に案内されて人の多いところへ向かう頃には、村民たちは新たな住人について知っていた。
「挨拶するといい」
「えっと、ルガ。てんろー? の、じゅーじん」
自分に指を指して挨拶するルガは幼い子どもの見目や、何より獣人の証である耳や尻尾によって村の輪に溶け込むのにそう時間はかからなかった。
「てんろーって何だ?」
「昔いた狼の一種だ。今見ることは無いだろうな……光と共に過ごすから暗闇に弱い」
「オオカミかぁ。かっこいいね」
内気に獣人の青年のそばから離れないルガに対し、若者たちは群がった。ルガはどうやら村で一番幼いらしく、年下ができて可愛がろうとする若者たちにはすぐに受け入れられるのだった。
「ルガくんは人間の村で育ったの?」
「うん」
「そう……可哀想に。いじめられたでしょ」
「え? う、うん。でも……」
ルガはその先の言葉を口にしようとしたが、何故か何も出てこずに開きっぱなしになった。
困惑して目が泳ぐ彼にトラウマを想起していると勘違いした獣人の一人が同情的にルガを見る。
「もう大丈夫だ。今日からはここがきみの居場所だよ」
与えられたルガにとっての初めての居場所に、何故か彼は素直に喜べなかった。不意にルガは後ろを振り返るが、浮かない顔をした獣人の青年がいるのみ。
「ルガくん? どうかした?」
「……なんか、わすれてる、ような。どーして、ここに……」
ルガは違和感が拭えぬ様子で尻尾を振る。
「ルガくん!?」
不意に彼は何かを探すように駆け出した。昼の彼に追いつく者はおらず、その足の速さに誰もが驚く。
が、ルガは村の外に出るでもなく、ただ不安で不安でたまらない衝動のまま村中を駆け回り、人影を探していた。
しかし探せども探せども彼の望む人物は見つからない。
やがて足を止めた彼がうずくまれば、小さくなったその背を獣人の青年が見つける。
「……どうかしたのか?」
「わかんない」
ルガの見る地面に大粒の涙がこぼれ落ちた。
「わかんない、わかんない、わかんないっ! なんで!?」
「どうしたんだ、一体」
「わかんないっ!! ……なんか、だいじなひと、いたハズ。なのに、ぜんぜんわかんない! なんで……?」
一粒落ちると堰が切れたように次々とこぼされる涙の正体は、ルガが喪失した記憶からくる激情だった。
ルガはわなわなと震えながら地面へと大声をぶつける。
「さっきまでおぼえてた。さっきまで! ぜったいいたっ!」
「……思い出せないのか」
「おもいだせない……わすれちゃダメなのに。わすれないハズなのに。なんか、おもいだそうとすると、あたま、ふわふわする」
ルガはクセのある自分の髪ごと掴んで頭に手をやるが、一向に思い出す気配は無い。
ルミナのまじないは、解けない。
「やだ……いやだ、なんで……」
「……思い出せないなら仕方ないんじゃないか」
「なにかしらない? ねぇ、ルガ、どうやってこのむら、きた?」
「さあ。俺にも分かりかねる」
「ぜったい、ルガだけじゃない。だって、でなきゃこんなとこ、これない!」
ルガは焦燥をありありと浮かべて首を横に振る。だがルミナを思い出す糸口は見つからず、彼はただ無意に涙を流す。
見かねた獣人の青年は同情気味に彼の頭に手を置いた。
「……あの人間は君を物珍しい獣人としか見ていなかった。思い出すだけ、君が辛くなるばかりだ」
獣人の青年はルガに善意からそう告げた。
ルミナのこれからの旅にルガはもう必要無い。ルガも過酷な旅に付き合うより、のびのびと同類たちと育つ方が彼のためになる。
そう判断したがゆえの言葉だった。
「やだっ!」
だがルガは一心不乱に現状を拒む。
「だ、ダメ。なんかわかんないけど、これじゃ、ダメ。だって、だってルガ……」
「何がダメなんだ」
「わかんない! けど、こうやって……たぶん、あたま、なでてくれるひと、いた」
獣人の青年の手にルガは既視感を覚えるが、それでも彼が望む記憶は手に入らない。
だが不意にルガは泣きじゃくってくしゃくしゃになっていた顔を上げると、あさっての方向を向いた。村の外の方面をまっすぐと見つめる彼は鼻をすんすんと鳴らす。
獣人の青年もルガと同じくそちらの方を向くと、何があるのか気づいてハッとした。そしてルガと視線を合わせるためにしゃがんだ。
「やめておけ。彼女と君では住む世界が違ったんだ」
「そんなのしらない」
「そっちに行くと君が傷つくばかりだ。彼女だって君の不幸を願ってないからこそこの村に預けたんだぞ。彼女の厚意を無下にする気か?」
「……まだ、かえせてない。なにも。おれい、してない。なまえもしらない。なにもしらない! でも、今いかないと、ずっとあえなくなる」
「分からないぞ。彼女がまたふらっと現れるかもしれないし、君が大人になってから彼女を探しに行けばいい」
「それじゃあおそいっ!」
ルガは青年の手を跳ね除け、駆け出そうとした。だがルガの行動を予測していた青年は小さな腕を掴み、ルガが感じ取ったニオイの主――ルミナがいる方へ向かわせることを拒む。
「人間と獣人は分けて暮らすべきだ。彼女も同意見だからこそ、君をこの村に案内したんだ」
「そんなの、ワガママ!」
「事実だ。人間と獣人は生態が違う。人間も獣人を受け入れないから、同じ輪に入ることはできない」
「はいろうとしないだけじゃん」
ルガの一言に青年は口をつぐむ。
「……受け入れられないから入れないんだ」
「ちがう。はいらない。おにいさんが」
ルガの赤目がじろりと青年を睨む。
「あのひと、たしかにルガのこと、じゅーじんとしてみてた。でも、なかまはずれにしなかった」
呆然とする青年の腕を振り払い、ルガは地面を蹴った。
「にんげんとか、じゅーじんとか、そんなんじゃなくって……こどもあつかい、してた!」
ルガはそれを不満そうに言いながらも満更でもないようで、駆け出して全速力でルミナを追いかけた。
獣人の青年は慌ててルガを引き止めようとしたが、脳内に彼の言葉がリフレインして二の足を踏む。
「……若いな」
青年の犬の耳が垂れる。どことなく哀愁漂うその姿は、子どもの純心に目がくらんだようだった。
「でも……そうだな。彼女のように、人間か獣人かなんて気にしない者もいるんだろう」
遠くへ消えていくルガを見送った獣人の青年は、そっと瞑目した。
ルガは駆ける。その小さな身体で懸命に。
獣人の青年のように自分の頭を撫でた人間を追って、自分の頭の残り香を頼りに探した。
まだルミナの顔を思い出したワケじゃない。ルミナとの思い出は封じられている。
それでも彼は確かに自分の頭を撫でる人間の存在がいたことはぼんやりと覚えている。
「はぁっ……はぁっ、どこ……?」
村を隠すような森を方向感覚も失ったまま突っ切る。もう獣人の村は見る影もないほど離れ、後には引き返せない。
ルガは人間のニオイを嗅ぎ取り、必死に足を動かす。
そのニオイはルガにかけられたまじないである記憶の楔を解くカギになっていた。
やがてルガは開けた場所へ辿り着く。
そこには、ルガの何倍もの巨体を持つ二足歩行の豚のような魔物が人の前に立ちはだかっていた。
「ブギャァアアアアッ!!」
「やれやれ……キミたち、急に気まぐれで裏切るよね」
魔物の前にはネイビーブルーのローブをはためかせ、金色の瞳を持つ右目を閉じて虚空に向かって話しかける青髪の女性がいた。
彼女は魔物に襲われかけており、魔物に突進されて向かわれてもなお迎撃する気配が無い。
ルガは全力で地を蹴った。
「そのひとに、て、だしたら……」
「……っ!? キミ――」
電光石火のごとく、魔物を大きく上回る速度でルガは魔物の横っ腹をぶん殴る。
「――メっ!!」
彼のグーパンチには痛々しいほどに鈍い音が大きく鳴り響き、魔物は小さく呻くと吹っ飛ばされる。
その魔物は木に激突すると、そのままピクリとも動かなくなった。
轟音が鳴り止んだ後の静寂が痛く響いたら、ルガの元に足を進める人がいた。
「……どうしてここにいるんだい? ボクは確かにキミに――」
「おねえさんだっ」
ルミナは怪訝そうに顔をしかめたが、そんな彼女の言葉を遮ってルガは嬉しそうにルミナに抱きついた。
「ルガのあたま、よくなでてくれたの、おねえさんでしょ? ニオイ、同じ!」
「……まさか、それでまじないが解けたとでも?」
「まじない……?」
「解けてるワケじゃないのか。……でも解けかかっている。このボクのまじないなのに」
ルガは彼の頭を撫でた人物について思い出せなかったが、撫でられた記憶は健在していた。それはルガがルミナをニオイでも覚えていたためだ。
ゆえにその記憶と同じニオイ――すなわちルミナのニオイを自慢の嗅覚頼りに追いかけることができた。
更にはルガへかけられたまじないも、ほぼ解かれている。魔力に自信のあったルミナは感心したように声を上げるのだった。
「……いくら太陽の力を借りたお陰で耐性がついているとは言え、ボクのまじないはそう簡単に解けるハズも無い。となれば、キミ……そんなにボクを忘れたくなかったのか」
「うん。だって、だって……やくにたちたい。ルガ、なんでもする。まものとだって、たたかえる! たたかう!」
「戦力になるのは分かったよ。じゃあどうしてボクがキミを嫌いだと言ったか、分かるのかい?」
「……えっと、ルガ、きもちつたえるの、ヘタクソだから」
「それはちゃんと分かってるんだね」
ルガはしっかりとルミナを見上げる。その表情に以前までのおどおどとした彼の面影は無い。
「これからは、ホントにちゃんと、ホントのこと言う。ワガママ、言うかもしんないけど……でも、ホントのことだから!」
「……ボクはハッキリ言われないと分からない。だから口下手なキミとの会話は難航しそうだ」
「がんばる。がんばって、つたえる」
「そもそもキミとの旅では良識人ぶることはあったが、ボクはキミが思うほどいい人間じゃない」
「でもルガをたすけた」
「助けたのはただの好奇心。それもこの二週間で尽きたよ。ボクの手駒として使われて傷つく覚悟があるなら、ついてきてもいいけどね」
「じゃあいい。ついてく」
「口ではなんとでも言えるさ」
頑なにルミナの旅に同行しようとするルガはルミナから離れる気が全く無かった。彼はしっかりとローブにしがみつき、ルガを置いてルミナが先に行くことを全力で拒んでいる。
「いい。いたくたって、こわくたって、おねえさんについてく。ヤダって言ってもダメ!」
ルガの駄々にルミナは溜息を吐いた。
「……仮に夜、キミをどこかへ置き去りにしても朝には嗅覚で場所を悟られて戻ってきそうだね。拒むだけ時間の無駄か。どうしてそこまでボクにこだわる?」
「だって、ルガたすけたの、おねえさんがはじめて。だから、こんどはルガ、おねえさんたすけたい。あとね――」
ルミナの質問に対し、二つ目の理由を答えるルガのカオは悲しげだった。涙ぐみそうになるほどに。
その回答を聞いたルミナは、その表情を強張らせる。
「そう、かい。――師匠の言う通り、星は皆、悪魔らしいね」
「どーゆーこと?」
「こっちの話だよ。……で、キミはどうしてもボクについていきたいと」
「うん」
「なら条件がある」
ようやく根負けしたルミナはルガに旅の同行を許した。条件つきとはいえ、許可を得たルガの笑顔に花が咲く。
「なに!? なんでもする!」
「何かあれば隠さずちゃんと正直に話すこと。そしてボクからお願いがあった時、必ず聞くこと」
二本指を立てて述べたルミナはルガの頭に手を置いた。
「この二つを守る限りは……しょうがない。置き去りにはしないであげるよ」
「うんっ! ぜったいまもる。さっきみたいにまもの、たおす!」
「そっか。期待しているよ」
ルガの頭にあるルミナの白い手はほんのりと温かい。その微かな熱はルガの記憶通りのもので、彼は心地良さげに目を細めた。
そしてルガの頭の中で、パキンと枷が外れた音がした。
「ボクの名前はルミナ。姓は無いよ。改めてよろしくね、ルガ」
「――うんっ!!」
ルガの脳内に二週間のルミナとの旅路が呼び起こされる。それはルミナがルガへかけたまじないを解き、ルミナは渋々ながらもルガを受け入れた証だった。
二人の旅は、順風満帆とは言いがたくも再び始まるのだった。