表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪われた星々  作者: 三角形
幼き天狼編
21/34

二十一話『嘘は無いな、ヨシ!』

 部屋で食事を取っていたルミナは、バタバタと小さな足音が駆けるのが耳に入った。その駆け足の主をおおよそ察した頃に、勢いよく彼女の元に来訪する少年が一人。


「ルミナー! おはよ!」

「おはよう、ルガ。タタラは?」

「……ルガと同じ速度で走れると思うなよ」

「なんじゃく! ひんじゃく!」

「黙れ、脳内花畑人型狼。テメェこそ落ち着きの一つや二つくらい覚えろ」

「なんだと!?」

「昨日の今日なのに朝から元気で何よりだよ」


 扉が開くと朝から満天の笑顔を見せるルガ、後から来てげんなりとしているタタラが室内に入った。

 煽り合って喧嘩の声を響かせる二人に、ルミナは皮肉をこぼす。


「二人とも昨日と一昨日はお疲れ様。今日くらいは休んでおくれ」

「うん!」

「っつーことは明日にはもう村を出るってワケだろ? だりィ」

「不満そうだねぇ。ご褒美をあげようかと思ったんだけど、無しの方がいいかい?」

「ごほーび!?」


 めざとくルガの耳がピンと立ち、目が輝く。


「ルガには……そうだね。次行く街で甘味でもご馳走しようか。路銀に余裕もあることだし」

「やったー! あまいもの! あまいものっ!」

「タタラへのご褒美は何がいいかな?」

「ハッ……そんなの決まってるだろ」


 ルミナの視線がタタラに向けられる。タタラはふっと笑うと、当然のごとく返答する。


「死ね」

「却下」


 タタラは中指を立て、ルミナへありありと見せつけていた。

 対するルミナもニッコリと笑みを浮かべては親指を下に向けて立てていた。


「テメェが死んでオレを解放してくれりゃあ、それ以上の褒美は無ェんだけどなァ?」

「キミに命を捧げろって? 熱烈だね……でも悪いんだけど、ボクには心に決めた人がいてね」

「ンなこと言ってねェだろ、曲解すんな。気色悪りィ」


 自身の頰に手を当てて困ったように演じるルミナはわざとらしく茶番に乗じている。タタラは心底引いた様子で思い切り顔をしかめた。


「タタラ、あきらめわるい」

「テメェだってもし嫌いなヤツに操られたらブチ切れるだろうよ」

「たしかに。タタラにそうされたら、ルガ、おこる」

「おうおう、オレだってテメェみてーなクソガキ嫌いだわ」

「ふんっ!」


 ルガとタタラの間の雰囲気は相変わらず芳しくない。両者共に歩み寄る気は全く無く、二人の仲の良好は見込めそうにない。


 だがルガが何かを思い出したように声を上げると、険悪な雰囲気も和らいだ。


「そういえばね、むらのひとたち、『おれい』したいんだって!」

「お礼?」

「うん! だからね、うたげ? するって! おてつだいさん、言ってた!」


 ルガは尻尾をブンブンと振り、宴に関して前向きな感情を見せびらかす。どこか期待する眼差しでルミナを見つめ、彼はルミナの返答を待った。


「そっか。宴はいつから?」

「えっと、きょう! ルガ、よるねむいって言ったら、おやつのじかんからやってくれるって!」

「大体十五時からか。……うん、分かったよ。楽しんでおいで」


 どこか他人事のように返すルミナにルガの耳が段々と垂れ下がる。

 

「……ルミナ、さんか、しない?」

「こう見えて重症者だから休まなくてはね。それに宴なんてガラじゃない。タタラ、ルガのことは頼んだよ」

「うげっ、またオレにお鉢を回す気かよ」

「嫌ならレティさんに任せてもいい。彼女なら喜んで引き受けてくれるだろう」


 そう言うと、ルミナは宴に参加しないと判明してしょぼくれるルガの頭に青白い手が置かれた。たちまちルガの機嫌は少しだけ直りを見せる。


「ルガも昨日彼女と一緒にいたようだったが、どうだった? レティさんは」

「レティ、いいひと。えーっとね、うーんとね……あれみたい」

「あれ?」


 ルガはその低い言語化能力を必死に活用し、足りない頭を回して最適な言葉を探す。


「――おねえちゃんみたい!」


 目を輝かせ、ルガは自分が一番納得のいく答えを出した。


「……お姉ちゃん……お姉ちゃんか。そうか……」


 ルガなりの答えにルミナは考え込む。彼女は思考をまとめるとすぐに穏やかな笑みに変わった。


「ルガから見てレティさんはお姉ちゃんのようだったんだね?」

「うん! こどもにやさしくて、なかいい! みんな、レティのこと、すき!」

「そっか。確かにレティさんはお姉ちゃんだね」


 ルガは昨日のことを思い出しては尻尾を振った。その様は忠犬のようで、タタラは口角を片端上げては鼻で笑った。


「ハッ。単純な犬っころが」

「うっさい!」

「……ルガ、レティさんと一緒にいるといいよ」


 二人の間がバチバチし始めるのを察知し、ルミナは告げる。

 

「ルミナは?」

「タタラには釘を刺して休むよ」

「わかった」


 ルミナの言うことを渋々ながら従ったルガは、最後にタタラを睨んだ後に扉から出た。

 小さな足音が遠ざかる。それを聞き届けたルミナは口を開いた。


「さて、釘とトンカチはどこかな」

「『釘を刺す』って比喩じゃねェのかよ」

「冗談だよ」


 カラカラと笑うルミナにタタラは大きく息を吐いた。


「んで? 次はオレをどうこき使うって?」

「ひどい言い草だな。むしろキミの負担を楽にしてやろうと思ったのに」

「何か企んでるだけだろ」


 タタラは口角を上げるルミナに胡乱気な目を向ける。翻弄されてばかりな彼がルミナの裏を疑うのは当然のことであった。

 旅の最中、何度もルミナの謀略に巻き込まれたがゆえに。


「今度は何に手を貸せと?」

「今後はルガと喧嘩しても強く咎めない。それだけだ」

「……はァ?」


 ルミナの言葉には意味が分からないと言いたげな疑問の声が上げられた。


「何でまたそんな……」

「レティさんは使える。だからこの島にいる間、ボクらに同行してもらう」

「……そういうことか」

「話が早いね。流石、悪巧みをさせたら一流だ」

「テメェもどっこいどっこいだぜ?」

「まさか! キミには遠く及ばないさ」

「ンなワケあるか」


 ルミナは珍しく謙遜を見せるが、タタラは否定的にいなす。


「昔のオレの悪名と、今のテメェの悪名。どっちもどっちだろ」

「いやぁ、それほどでも」

「褒めたつもりは無ェぞ、スプラッシュ災厄女。あとテメェの企み事には乗らねェ」


 朗らかに笑うルミナの顔が一気に意外そうな表情に変わる。

 それもそのハズ、タタラの言葉によれば、合法的に許されたにも関わらず、合法を笠に着て喧嘩するつもりは無いという宣言なのだから。


 ルガとタタラはひとたび顔を合わせると雰囲気が険悪になり、すぐ喧嘩になる。それは二人が不仲である証左だ。

 それを散々目の当たりにしているルミナは不思議そうにまばたきを繰り返していた。


「何でオレがルガのことを嫌ってんのか、分かってねェようだな」

「子どもが嫌いだからじゃないのかい?」

「そう思っておきながらこの三ヶ月、ルガの面倒を押しつけてたのかよ」

「ああ」


 あっけらかんと答えるルミナにタタラは青筋を立てた。が、怒るだけ損だと悟ると溜息を吐いて副交感神経を落ち着かせる。


「ガキはむしろ好きだぜ。何にも知らねェから、教えたことをホイホイと信じやがる」

「好きな理由が悪逆極まりないな。……ルガだって別に、キミが嘘を言っても信じる時はあるだろう」

「ああ。アイツ、バカだからな」


 さりげなく毒を吐くタタラだがルミナは顔色一つ変えない。それを不気味そうに見たタタラはルミナを見下し、更に吐き捨てた。


「オレがルガを嫌うのは至極単純な話だぜ」

「何だい?」

「テメェが大ッ嫌いだからだ。反吐が出るくらい気持ち悪りィからだ。――殺してェくらい憎いからだ!」


 タタラは懐からナイフを取り出すと、ルミナにありったけの殺意と共にその切っ先を向ける。彼の表情は嫌悪にまみれ、ルミナを見る目は据わっていた。


 一方、ルミナはナイフを向けられながらも自然体を崩さなかった。それどころかナイフへ目を向けることなく、まっすぐとタタラを見据えていた。


「……よく分からないな」


 ルミナはぽつりとこぼす。


「ルガが嫌いなのはボクが嫌いだから? でもルガはボクじゃない」

「なんだ。分からないのか?」

「キミみたいに人の感情に聡いワケじゃないんだ」

「だろうな。テメェは人の痛みに疎い化け物女だ」

「まさかキミがボクを女扱いしてくれるなんて驚きだね」

「そこかよ」


 見当違いの返答にタタラは調子を崩される。


「それに人の痛みに疎いと言うなら、キミの方がそうじゃないのかい? キミは一体どれだけ多くの人の心を傷つけてきた?」

「オレは分かった上で踏みつけてンだよ」

「性根が悪いね」

「テメェには劣るがなァッ!」


 タタラは床を蹴るとナイフを逆手に持って振り上げ、ルミナに急接近すると振り下ろした。その動作は手慣れており、普通の人間ならばまず見逃す速度だった。

 ルミナはそれを目で追わなかった。


 追う必要も無かった。


「……チッ」


 タタラのナイフはルミナに突き刺さる直前で静止する。震えるナイフはどうしてもルミナを傷つけまいと必死に落下を抑えていた。

 タタラは全身に力を込め、ナイフをルミナの肩に突き刺そうと試みる。だがいつまで経っても突き刺さらぬ刃にやがて諦めを見せた。

 

 ルミナに触れぬようナイフを下ろすと、タタラは元あった場所にナイフをしまった。


「無駄だって何度も言ってるだろう」

「とっととくたばれ、腐れ魔女が」

「キミが非協力的なのは分かったよ。それならそれでも構わない。じゃあボクは休むから、キミも宴を楽しんでおいで」


 ルミナは近くの窓辺に置いた椅子に座ると、開けた窓の枠に肘を乗せて頬杖を突いた。


「ああ、そうそう、《命令》」


 ルミナへ危害を加えることを諦めたタタラは背を向け、退室しようとする。そんな彼に思い出したかのように言霊が向けられた。


「《村で面倒事を起こすな》。特にキミの窃盗症(クレプトマニア)っぷりは目に余る」

「……クソが。そういう抜かりないところも癪に障るぜ」

「そうかい。ボクは大好きだよ、キミやルガみたいに正直に自分の気持ちを話してくれる人」

「そうか。オレは大嫌いだな、アンタみたいにオレに偉そうに命令してくる人間」


 相反する両者の感情は、清々しいほどに対照的だった。







 西洋館の庭には多くの人が訪れ、台所には料理が出来る者の多くが料理に手を割いていた。彼らは活気に満ちた様子で、人をもてなすために各々自分の得意分野をこなす。

 料理人は料理を。庭師は庭の剪定を。力持ちは場の準備を。残った者は彼らの手伝いに出た。


 その甲斐あってか、彼らは日が南中して一時間後には場は整うのだった。


 あとは彼らがもてなす相手――彼らの村とその当主を助けた旅人たちを招き、感謝の宴を開くのみ。


 だが招待した旅人と実際に来た人数は一人分合わなかった。


「ルミナ、やすむって。だからきにしないで」

「重傷だったもんなぁ、あのあんちゃん……大丈夫なのか?」

「へーき。レティ、なおしてくれた」

「レティシア様は回復魔法が得意だからなぁ。そうか、お大事に言っておいてくれよ」

「うん!」


 村人たちが主催の宴にルガとタタラは顔を出した。

 ルガは数々の美味な料理を口に運びながら、隣に座る男と会話していた。彼はルガがぱとろおる中にリンゴを差し出した男であり、どうやら血だらけのローブを着た人物の安否が気になっている様子だった。


「にしてもまだ夜じゃねェのに食うなぁ、ぼうず」

「つぎ、いつくえるか、わからない。だからいっぱいくっとく」

「そ、そうか……旅は大変なんだな」

「うん。でもたのしい!」


 ルガの食いしん坊っぷりは男の目を見張るものであった。

 目の前に出した料理はあっという間に平らげる。そのペースは落ちることなく、次から次へと食事を小さな腹の中に収めていた。

 

 が、一気にハイペースであれこれと詰め込みすぎたせいか、突如として彼は顔を青褪めさせる。


「んぐっ!? ぐっ、げほっ、ごほっ!」

「だ、大丈夫ですか? はい、お水です」


 喉に食べ物を詰まらせて自分の胸を叩くルガに、近くで料理を配膳していたレティはめざとく気づくと、コップを持って駆け寄った。

 咳き込むルガはそのコップを受け取ると、一気に水を煽った。


「ぷはー……ありがと、レティ!」

「いえいえ。慌てて食べてもご飯は逃げませんから、落ち着いて食べましょう?」

「うん!」


 諌めるレティに、嚥下が落ち着いたルガは素直に頷いた。


「……あれ?」


 気を取り直して料理にありつこうとする彼だが、目の前にあったハズの皿が忽然と消えていることに視線を落として気づく。

 キョロキョロとそのありかを探すルガの頭上で咀嚼音がした。

 

「メシは逃げなくとも誰かに取られるかもな。お、この肉うんめェな」

「あーっ! ルガのにく!!」


 その場にいた彼らは声の主に反応し、顔を向けた。

 黒い穴あき手袋をいつも通り装着し、皿を手にしてはタタラがその中の肉をフォークで食らっていた。

 自分の食べ物を横取りされたルガは憤慨し、タタラを睨んで見上げる。


「かえせ!」

「吐き出したヤツを食えるんだったらいいぜ? ああ、こういう時、テメェらはよく言うんだっけか。『ご馳走様』ってな」


 嫌味ったらしくタタラが皿の中身をルガにも分かりやすいように見せると、既に空になっていた。

 今しがた肉を奪った略奪者に対し、ルガは頬を膨らませる。


「むぐぐぐぅ……!」

「ま、まあまあ。まだ肉料理はありますから」

「それなら俺が持ってきますよ、レティシア様。レティシア様はお休みがてらご飯でも旅人さんたちと食っててくださいよ」

「いいのですか? でしたら、お言葉に甘えて……」


 ルガの隣に座って話し相手になっていた男は朗らかに笑うと席を立つ。料理を取りに屋敷へ向かう。

 レティは少し困った様子でタタラを苦言を呈する。


「タタラさん、あまりルガくんに意地悪しないであげてもらえませんか?」

「悪い悪い、ついクセでな」

「タタラ、いつもそう。いじわる」

「あ? テメェだってどっこいどっこいだろ。ルミナにしばかれるオレをいつも笑いやがって」

「だってじごーじとく」

「テメェのせいの時もあるだろうが。面倒事を押しつけられるこっちの身にもなれ」


 一旦はレティに諌められて矛をしまったタタラだが、ルガの言葉に再び喧嘩に火がつく。

 特にルガは顕著なまでにタタラを嫌い、唸りさえしていた。


「このまえのだって!」

「この前? どうかしたのですか?」

「きいてきいて! タタラ、だました!」


 タタラに敵意を向けながら、ルガはレティへ拙く話を始める。


 

 

 それはこのルキダリア島に来る前、三人で旅をしている時の話であった。ルガとタタラの仲はやはり悪く、時折ルミナが仲裁に入ることすらある日常茶飯事の最中のこと。


『おい、ルガ。テメェはルミナに魔法を叩き込まれたりしねェのかよ』


 草花もよく生い茂る鬱蒼とした森の中。旅路の途中の休憩として薪を燃やし、自身の頬へガーゼを貼るタタラは近くにルミナがいないことを確認すると、あぐらをかきながら不意にルガへと声をかけた。


『……ない』

『だろうな。魔法の才能がそこまであるワケでもねェオレですらアイツにこんだけ叩き込まれてんのに、テメェにはノータッチ。ガキ扱いにしては甘すぎる』


 焚き火に手をかざして光とその温度の恵みを受け取るルガへ顔を向けたタタラは、見下すように告げる。


『よっぽど魔法の才能が無ェか、もしくは魔力が無ェと見なされたんだろ』

『……でも昼はタタラよりつよい』

『パワーとスピードだけだろ、オレを上回ってんのは。テメェの戦い方は単調なんだよ』

『うっさい! まものたおせてるから、いいもん!』

『たまにテメェが討ち漏らしたのをオレが狩ってるけどな』


 タタラの反論にルガは「ぐぬぬ」と唸る。その様子からタタラの言い分は真実であることを物語っていた。


『でもてき、たおせる。だからいいもん』

『あのなァ、バカかお前。テメェはルミナの用心棒のつもりだろ? アイツはそうとは思ってねェだろうけどよ』

『……ルガ、ルミナのためにたたかう。それしかやくにたてない』

『だったら尚更だ』

『タタラ、なに言いたい?』


 訝しげにルガの目がタタラに向く。


『テメェは力任せの戦闘しかできねェ。相手を倒す戦い方しか知らねェ』

『でも、たたかうってそーゆーことじゃ……』

『騙す。威圧する。油断を誘う。周りを利用する。時間を稼ぐ。使う労力を減らす。被害を最小限に留める。……戦い方にも色々あるが、テメェはがむしゃらに敵を倒すことしか頭に無ェ』


 数々の戦闘方法を挙げるタタラに対し、ルガは傾聴する。普段は無条件でいがむ相手だが、今回の話は有用そうだと判断したために。


『別の戦い方を一つくらい知れ。そうだな……魔法がいい例だ。ルミナがオレに魔法を叩き込む時は耳にタコができるほど聞く言葉がある。知ってるか?』

『えっと、まほーは、てのかず……? おおいほど、ぶきになる? って、きいたことある。……あれ? ルミナ、て、いっぱい?』

手数(てかず)だバカ。あの暴君外道女の手がいくつもあってたまるか』


 ルミナに腕が何本も生えていることでも想像したのか、タタラは心底具合が悪そうに顔を歪めた。


『でもルガ、まほう、つかえない』

『あのクソ魔女、太陽の魔女の弟子だっただけあって魔法の知識は災厄級に豊富だ。その中にテメェでも唱えられるかもしれねェモンもある』

『ほんと!?』


 ルガは期待で目を輝かせ、普段タタラに向けない感情を抱く。耳と尻尾は立ち、輝かせるその表情には憧憬がありありと浮かんでいた。

 

 ルガのやる気を見たタタラは口角を片端上げた。


『一朝一夕じゃ身につかねェが、知りたいか?』

『うん!』

『そうか。なら見とけよ』


 あぐらを解いたタタラは立ち上がり、適当に生えている木の枝を標的とした。標的に人差し指を向けたタタラは大きく息を吸い、魔力と共に喉を鳴らした。


『カンピロバクター!』


 ハキハキとした発音が響くと同時に、枝は突如として切断されて地面に落ちた。タタラはそれを拾うと、振り返って焚き火へと放り投げる。


 焚き火の近くでは、赤い瞳をらんらんと輝かせるルガが興奮を見せていた。


『きれたっ!』

『毎日木に向かって唱えてみろ。その内、あっさり発動できるようになるかもな』

『ほんとっ!? れんしゅーする!』


 タタラの言葉を鵜呑みにし、ルガは魔法を使える自分を夢想しては声を弾ませた。


 ルミナはルガに魔法を教えない。その理由はルガには定かではなかったが、少なくともルガは魔法を使いたがっていた。

 自分でも使えるかもしれない魔法があるや否や、すぐに飛びついてご教授願うほどには。


 だが残念ながら、ルガは頭が足りなかった。そのために彼一人で思いつくことは無かったのだ。


 ルガでも使えるかもしれない魔法があるとして、何故今までルミナはルガにその魔法を教えなかったか――と。




「――でね、ルガ、タタラのいうとおりにした。まいにち」


 レティに舌っ足らずに説明するルガは拗ねていた。不満げに眉をひそめ、口を尖らせ、尻尾の毛を逆立てていた。


「か、カンピロバクターですか。それって……」


 一方レティは困惑気味に瞬きを繰り返していた。彼女にとってはルガの話のオチが見えたようで、しかし彼の口から続きを待つ。


「しばらくして、ルミナにみられた。『タタラのやってたまほーのれんしゅー』って言って、れんしゅーみせた。そしたらね……」


 ルガは次第に顔を赤くする。紅潮した頰の原因は羞恥のようで、言葉に詰まらせながらぷるぷると震えていた。


 一方、傍から聞いていたタタラは一度吹き出すと、堰が切れたように腹を抱えて笑い出した。


「ックク……アーッハッハッ!! いつ思い出しても傑作だぜ、テメェらの反応!」

「うがぁあああッ!」

「ま、まあまあお二人とも、落ち着いてください」


 嘲笑するタタラと席を立ってタタラに激怒するルガ。場は悪い意味で更に賑やかになり、レティを困らせた。

 ひとしきり笑ったせいでルガから非難の目を注がれているタタラは続きを口にする。


「必死に『かんぴろばくたーっ!』って叫ぶルガの頭に手を置いてよォ、あの女は珍しく困った様子で『そんな魔法は存在しないね……』って言ったんだぜ。あー、おもしれェ!」

「いじわる!」

「ただ糸魔法で枝を切ってそれっぽく叫んだだけだってのに、簡単に騙されるテメェが悪いんだっつーの。いい教訓にもなっただろ?」

「うがぁッ! タタラ、キライッ!」


 当の本人にとってはよっぽど恥ずかしかったのか、ルガは顔を赤くしたまま震えている。

 レティがなだめなければ、恐らくそのままタタラに殴りかかっていたことだろう。それほどまでにルガにとっては黒歴史となる思い出なのだった。


「た、タタラさんはルガくんをあまりいじめないであげてください。可哀想ですよ」


 流石にルガが不憫だと思ったのか、レティはタタラを咎める。

 タタラは笑いすぎで目尻に涙すら浮かべていたが、それを拭い取ると一旦大笑いは止んだ。

 

「言ったろ、『教訓』だって。人の言うことをホイホイ鵜呑みにして死んじまったヤツなんざ、オレは腐るほど見た」


 不意にタタラの顔に真剣味が帯びる。


「人を疑うことを覚えるために恥ずかしい思いすんのと騙されて死ぬのじゃ、どっちの方がいいと思うんだ?」

「そ、それは……」


 タタラはレティにキッパリと反論する。

 彼女はタタラの言い分を理解すると、それ以上タタラを咎める気を無くした。


 レティはタタラの表情も相まってか、あたかも彼が正論を述べているかのごとく錯覚し、それ以上何も言えなくなったために。


「……まさかルガくんのためを思って?」

「ぜったいちがう!」


 情に流されかけたレティにルガは声を上げる。旅を共にしてタタラの人間性についてよく知り、嘘であると確信した断言だった。


「信じるも信じないも好きにしろ。けどよ、テメェらは知らねェ」

「……なにが?」


 タタラが先ほどまで浮かべていた嘲笑は見る影も無かった。真面目な男の顔は見る者たちの気を張り詰めさせる。


「本当に怖いのは嘘を吐くヤツじゃねェ。嘘を吐かずに相手を騙すヤツだぜ」

「……? 本当のことを言うのに、騙すなんてことが……」

「できるんだよ。そういうヤツほど人にいい顔をするし、腹の内はドス黒い。オレは鼻が利くからそーゆーヤツも見抜けるけどよ。お前らも気をつけろよ」


 溜息を吐いたタタラは苦悩の表情を浮かべていた。ルガは胡乱気に見るも、今回のタタラの言葉を嘘と断じるほどのものはないと判断し、口は閉ざしていた。


 ふざけた雰囲気は間に入り込めず、三人の間ではどこかピリッとした空気が支配する。

 村が救われて浮かれる村人たちとは裏腹に十分に宴を堪能できぬ彼らだったが、皿を片手にやってきた男により剣呑な空気は壊される。


「おぉーい、ぼうずが食う分の肉、多めに取ってきたぞ」

「にく! いただきますっ!!」

「おうおう、食え食え」


 タタラに取られた肉の分も挽回すべく、男から皿を受け取ったルガは笑顔を咲かせて肉を食らった。


「ったく。呑気なヤツだぜ」

「……タタラさんって」

「あん?」


 たちまち機嫌を直したルガに皮肉をこぼすタタラを、レティはおずおずと見上げる。


「案外、優しいん……ですか? なんだかんだ言って、よくルガくんや私にも気にかけてくれますし……」


 レティは自信無さげに紫紺の瞳を揺らす。

 その視線に気づいたタタラはふと口角を上げる。


 それはレティの印象に残る頼りがいのある笑みだった。タタラの端正な顔立ちと堂々とした雰囲気も合わさり、まさに伊達男とも呼べるほどにレティの目を釘づけにした。


「オレはガキ相手によくイタズラを仕掛ける大人気ない大人だぜ?」


 茶化すような言葉に、何故かレティは説得力を感じなかった。

タタラ


弁が立つ悪人。

一見すると苦労人のように見えるが、本人は盗みを働いたり人を平気で罵ったりするので自業自得である。


そしてお察しの通り、今話ではレティをも騙しにかかってる。


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ