十四話『環境破壊は悲しいZOY…』
「ふぃー、ごちそうさま! おなかいっぱい!」
「私もごちそうさま。ふふ、いい食べっぷりでしたね」
食卓にある皿は全てからっぽ。腹いっぱいであることを強調するルガの少し張った腹を見て微笑んだレティは、再び魔法を振る舞って食器等を厨房へ運ぶ。
昼だったので、もう屋敷のお手伝いの方々は起きて自分の仕事を始めていた。現に彼らはレティから魔法で送られたものを水につけて洗っている。
「いつもありがとうございます」
「いえいえ、いいんですよ。これが仕事ですから」
レティは律儀にも礼を述べ、屋敷のお手伝いである一人の女も手慣れた様子で一礼した。
しかし顔を上げた女はどことなく憂う顔を浮かべている。
「……レティシア様、少々お話が」
「どうかなさいました?」
レティが尋ねると、女は段々と憔悴を見せる。におわされる非常事態にはレティも唾を飲む。
「――オリーブオイルを補充している時に気づいたのですが、実は一つ瓶詰めにしているオリーブの塩漬けから異臭が放たれておりまして……」
「異臭が?」
「恐らく、増えてはいけない菌が瓶の中で増殖してしまったのかと」
「もしや――ボツリヌス菌が!?」
レティは口元を手で押さえ、驚きを表す。
ボツリヌス菌――嫌気状態で増える、神経毒素を含んだ細菌である。生活に身近ながらもその毒素は非常に恐ろしいもので、神経障害を引き起こす。
通常、製造時の加熱が十分である場合はそれほど脅威ではなく、一歳にも満たぬ赤子でもない限りは免疫により跳ね除けられる。
が、加熱が不十分となれば話は別。
密閉された空間で増えた細菌は大人でも処理しきれぬ毒素を生み出し、ボツリヌス症――腸詰め中毒とも呼ばれる恐ろしい神経症状に見舞われるのだ。
「申し訳ありません、全て念入りに確認したつもりだったのですが……!」
「……まさかとは思いますが」
レティの顔が青褪める。
「タタラさん、それを口にしたのでは……」
オリーブこそ口にしたが、レティにもルガにもそれらしき症状は無い。恐らく、ボツリヌス菌が増殖した瓶のオリーブではなかったのだろう。
しかし昨夜、タタラはオリーブの塩漬けを食べた。それが起因してか、今朝から体調を崩して姿を見せていない。
「そう思いまして、お詫びを申し上げようとタタラ様の部屋に向かいましたが誰もおらず、屋敷中を探しても見当たらず……」
「お、おられなかったのですか? 一体何故……」
不安の輪が広がる。
体調悪化の原因は粗悪なオリーブの塩漬けで確定的だ。
もしボツリヌス症であれば嘔吐感、言語障害、更には重症である場合は呼吸麻痺にも襲われるハズなのだ。
だがタタラは忽然と屋敷から姿を消した。
「大丈夫でしょうか、タタラさん……」
「タタラ、さがす?」
「探してみましょう。……しかし村をあらかた回りましたが、タタラさんは見当たりませんでしたし……」
「ううん、タタラ、やま。あっちからタタラのにおい、する」
椅子から降りたルガが向いた先は、マルフィックとも戦った山。ルガは獣人としての特性を活かし、すんすんと鼻を鳴らして場所の特定をしていた。
「た、タタラさんがどこへ向かったのかご存知なのですか?」
「うん。でもきのう、ヘンなニオイのどく、わかんなかった……」
「確かにルガくんの嗅覚はすごいですし、何故昨晩にニオイを感知できなかったのかは気になりますが……とにかくタタラさんが心配です、追いかけてみましょう」
「アイツ、どく、へいきだけど……わかった」
ルガはちっともタタラの身を案じなかったが、レティが不安げに瞳を揺らすもので、感情が伝播して伝わったのだろう。頷いたルガは案内を開始した。
「こっち!」
☆
オリーブの木が立ち並ぶ段々畑にはそよ風が吹いていた。木漏れ日を揺らす木々は静かに音を立てて、穏やかな田舎を象徴する。
だが少し進めば平穏な畑から一転する。
マルフィックとの戦闘がどれだけ森に被害をもたらしたかは、木々が幹の中身を晒す光景を目撃すれば一目瞭然だった。
「……この山、私たちの一族が管理する山だったのですが……昨日の激戦のせいで、見るも無惨になってしまいましたね」
「しょーがない」
「ええ。むしろこの程度で済んだことをありがたがるべきですね」
一歩間違えれば、レティたちはあの魔物に支配されたままだったのだ。それに比べれば彼女は救われているだろう。
しかしそれでも、レティは荒れ果てた森を見ては悲観的な表情を浮かべるのだった。
「……レティ、ちょうじょう、いこ」
「頂上、ですか? そこにタタラさんが?」
「ううん」
ルガはレティの袖をグイグイと引っ張り、山のてっぺんに向けて足を進めた。
いざ頂上へ。その目的はタタラ探しであったハズなのだが、ルガは辺りを見渡す素振りも見せずに、ただ上機嫌に上を目指す。
「タタラのにおい、やまのはんたい」
「そうなのですか? でしたら、迂回した方が――」
「ううん、てっぺんいく」
ルガの意思は頑なだった。どうやら思惑があってのことらしい。
そう捉えたレティはルガの好きにさせながらも、タタラを探してキョロキョロと見渡した。
「てんもーかいかいよっこらしょー!」
「何の歌ですか、それ?」
「しらない。テキトー!」
もはやハイキングを堪能しているルガにレティは困惑を禁じ得なかった。
「ぜ、全然タタラさんのこと、心配してませんね……」
「タタラ、キライ。ムカつく」
「む、むかつく……?」
「アイツ、わるいヤツ。いじわる。いつもこまらせる」
「タタラさんがですか? とてもそうには……」
一日だけタタラという人柄を見たレティの判断と食い違うルガの意見は、レティの頭を悩ませた。
タタラはレティの目の前では気取った色男と化している。港町で、そしてその後にレティを追ってからのマルフィック討伐で彼は常にレティを敵からかばってきた。
時折見せるレティへの気遣う態度からも、レティはタタラを「粗暴な部分もあるが根は優しい男性」と認識しているのである。
だがルガはそのイメージを首をぶんぶんと横に振って必死に否定する。
「レティのまえのタタラ、なんかいつもとちがう! べつじん!」
「そ、そうなのですか?」
「うん!」
旅の仲間であるハズのタタラに容赦の無い言葉が並べ立てられる。
しかしレティとしては納得がいかないところがあるため、尋ねられずにはいられなかった。
タタラという人物について。
「……いつもは意地悪なのですか?」
「うん。ルガのヤなことばっかいう。キライ」
「そ、そうですか……」
尻尾の毛すら逆立てて威嚇するよう告げるルガの嫌いっぷりは尋常ではなかった。小さな体躯は全身で不機嫌を表現し、幼い顔立ちは可愛らしいしかめ面を強調させる。
「仲良くは――」
「ムリ! タタラ、ルミナがキライ。だからルミナにもルガにも、いつもイジワル!」
キッパリと断言するルガ、そしてタタラの関係性は一方面だけから見ても不仲である。
同じ旅の仲間だと言うのに、どうしてこうも怒色を募らせてしまうのか。
お節介にもどうにか仲を取り持ちたいレティは思考を巡らせる。
が、そもそもタタラの明確な悪意を目撃したことが無いレティに解決策は思いつかない。
一体何故ルミナとルガには意地悪なのか、その原因を究明しなければ、具体的にどうすればよいのか全く閃かない。
「タタラさんがルミナさんを嫌わなければ、解決すると思うのですが……」
「むずかしい。タタラ、むりやりつれてかれた。だからルミナのこと、きらい」
「げ、原因ってそれですか」
合意も無く旅に道連れにされれば、不満を抱えて当然である。あえなく判明した不仲の理由にレティは困惑の声をこぼす。
「ルミナさんは何故タタラさんも旅に巻き込んでいるのですか?」
「……かしこくて、つよくて、きよう。だからルミナ、よくタタラにたのみごと、する……」
ルガはしょぼくれて、垂れた耳と尻尾で悲しみを表現する。
彼からすればルミナの役に立ちたいというのに、実際に頼りにされているのはルミナを嫌悪しているハズのタタラの方。思うところがあって当然だった。
「……でしたらきっとルガくんも強くなってしまえば、ルミナさんもルガくんを頼るようになると思いますよ」
「そうかな」
「そうですよ。これから頑張って強くなって、色々勉強すれば、ルガくんだってとっても頼もしくなりますよ」
「……そうかも」
下がっていた耳や尻尾が段々と上がる。やがて上向きになった彼のアイデンティティはご機嫌に揺れ始めた。
「もっとつよくなる。がんばる」
「そのためには鍛錬が必要ですね」
「いっぱいしてる。よくルミナ、タタラとたたかわせてくる」
「そうなのですか?」
「うん。『何があってもいいように』って」
旅人ともなればやはり自衛は必要である。
魔物が襲いかかってくるかもしれない。盗賊が身ぐるみを剝いでくるかもしれない。大自然の厳しさに打ちのめされるかもしれない。
そんな『もしも』の危険性は、対処できるほどの力が無いほどに増す。
理不尽は例え子どもが相手でも容赦無く立ちはだかってくるものである。そんな時にいつでも大人が守ってくれる保証は無い。
だからルガも子どもながらに戦えるよう、鍛えているのである。
「レティ、なにかいいたげ」
「……ええ。旅は過酷でしょう。ましてや、昨日のように戦わされることだってあります」
旅は険しい。
レティですらその事実の想像は難くないが、それでも穏健な村で育つ彼女はルガを憂う。
「うん。でも、たたかいだけじゃない」
不意にルガは坂道を駆け出した。真昼を過ぎたこともあり、辺りはすっかり陽光で満たされている。
彼の元気が有り余る時間帯だ。
その限られた時間内ではしゃぐ背がレティから遠ざかる。
「ま、待ってください!」
レティがタタラから、そしてセンリュシアから任された任務はルガの面倒を見ること。ルガから目を離しては、どこへでも行きかねないルガに何かあっても助けられない。
ゆえに離れるルガにレティは慌てる。
坂道であろうとルガは身軽に上を目指す。それを追ってレティも急いだ。
「はやくはやく! タタラだったらすぐおいつく!」
「わ、私、あの人ほど体力は――」
「はーやーくー! すぐそこ、てっぺん! あははっ!」
談笑しているうちに二人は頂上付近まで登っていた。ラストスパートの距離をルガは易々と駆け上がるが、レティはそうもいかない。
坂を一気に進んだ彼女は息を上げた。
「わ……、私も、まだまだ精進、ですね……」
息も絶え絶えなレティと打って変わって、ルガは頂上できゃっきゃと興奮して駆け回っていた。
額に浮かんだ汗を二の腕で拭い、彼女は息を整える。肺いっぱいの空気が循環して喉を乾燥させた。
「たかいところ、すき。たいよう、ちかいから。あとね――」
陽だまりの下が似合う、少し焦げた小さな手がレティの袖を少し引っ張った。
「けしき、すっごくキレイ!」
弾む声に釣られて、レティは顔を上げた。その拍子に爽やかな風が彼女たちの頬を撫でた。
青空を下地に太陽は見る光景全てを照らす。
レティには慣れ親しんだ生い茂る木々は鮮やかにその緑を主張する。風に追われて奏でる葉っぱは風と共に視覚だけでなく聴覚を彩る。
森の緑色は村、更には最西端まで続いている。しかし村のレンガ屋根は対照的な色なので、互いが互いを引き立てる。
風はびゅうびゅうと鳴っている。レティが耳をすませば、その風に乗って平和な笑い声が聞こえてきそうだった。
更に顔を上げて右側。高い石の壁が立ちはだかるその向こうは、活気にあふれて色とりどりの三角屋根が立ち並んでいた。
村や港町より規模の大きい――島の中で最も大きい集落は最も栄えており、石造りやレンガのみならずコンクリートも垣間見えた。
左へ視線を滑らせると、無骨な石造りの建物が建ち並ぶ港町が相も変わらず佇む。潮風に強そうな建物はきっと海で仕事をする者たちの帰る場所になっていた。
距離のせいで豆粒程度にしか見えなかったが、漁港の船は今、悠々と海に向かって出発し始めたようだ。大海に向かって舵を切る様は冒険の始まりを連想させる。
レティから見て右に傾いた太陽の光は海全てを照らしては空にその青を反射させ、大自然の景色を構築する。
人の手では決して生み出せぬ自然の調和には見る者全ての感性に「美しい」と訴えさせ、脳髄を震わせていた。
「タタラ、よく『バカは高いところが好き』っていう。でもタタラのほうがバカ」
山の頂上から眺望し、やがてルガは人懐っこく笑う。
「こんなキレイなとこ、アイツ、しらない。ルガのほうがものしり!」
「……ふふ、そうですね。ルガくんの方が得してますね」
レティにとっては見たことのある景色だった。母親に連れられたが、当時はまだ今より体力も無く、登るので一苦労していた。
しかしそんな疲労もこの景色を見て吹き飛んでいた。
『私は、私たちはね、この島を守らないといけないのです。それが明けの一族の使命。先祖代々受け継がれてきた宿命。いいですか、レティシア?』
幼いレティの手を引くセンリュシアの引き締まった顔を、レティは鮮明に覚えている。
『守らなけらばなりません、この地を。そして西の泉にある封印の祠を。でなければ――』
かつて見たセンリュシアは、レティの母親は、己の全てを賭して正しい道を突き進むためにどこまでも品格にあふれた気高い顔つきをしていた。
幼いレティは当時、思わず背筋を伸ばしたことを覚えている。
現在の彼女も、あの時をなぞらえて姿勢を正していた。
「『明けの一族。それは守護の血族。巫となる女はその身は島のために捧げ、穢れを祓い続けねばならない』」
「んぁ?」
「お母様がいつかおっしゃった文言です。……お母様はいつも厳しく稽古をつけ、幼い私は『稽古なんて嫌だ、みんなと遊びたい』と泣いていました」
懐古するレティは穏やかに笑む。
「でも島の人々やこの山から一望できる島の景色、何より頼もしいお母様の背を見て、次第に『私も守りたい』と思うようになったのです」
「そっか。だいじ?」
「はい。みんな、全部、とても」
レティは間髪入れずに返答した。
風に揺れる銀髪は光を吸収しては星のごとく輝き、彼女は清々とした表情で島全体を視界内に収めていた。
使命感に駆られる彼女の顔はあどけなくも勇ましかった。
「じゃあ――」
それに対してルガが何か口を開いた時だった。
彼は耳と尻尾をピンと立て、何か信号を受け取ったような反応を見せた。
「ど、どうかなさいました?」
突然警戒するルガにレティは困惑して問う。
彼は時折鼻を動かしては鳴らしていた。赤い双眸は索敵するがごとくすぼめられ、緊急事態を予見させる。
「……ヘンなにおい」
「へ、変なにおいがしますか? 私は特に何も感じませんが……」
ぽつりとつぶやかれた言葉にレティも嗅覚を鋭くさせてルガの真似をするが、澄んだ空気しか情報は入ってこなかった。
となれば、獣人特有の過敏な嗅覚が仕事をしているのは間違いなかった。
「……きのうとおんなじの……こっち!」
「る、ルガくんっ!?」
深刻な顔をしてルガは駆け出してしまった。身軽な短躯を追いかけて、レティも下山する。
一体何を受信したのか、ルガは必死に草木をかきわけ、発信元へ急ぐ。
その様子は『非常事態』の四文字がレティの脳裏によぎるほどだった。
「はぁっ……、は……っ! は、早いです、ルガくん……」
「だってまもの! なんかつよいにおい!」
「魔物ですか!?」
そしてレティの予感は当たっていた。ルガは嗅いだことのある魔物のニオイに神経を張り巡らせ、すぐさまニオイの元へ向かっていた。
レティもルガの後を追って魔法を練る準備を整える。息を切らしながら頭に浮かべるのは清らかな水の魔法。
山に出没する魔物と言えば、スライム。それ以外の可能性もあったが、どちらにせよ水魔法を叩き込むのが最善だと判断した彼女は、魔力を練るのだった。
そして彼女の予想通り、少し下った先で見えた影は昨日も見た球体だった。
「スライム……っ!?」
「でかっ!」
黒ずんだ汚らしい丸々としたフォルムは弾力に富んでいそうだが、誰も触りたいとは思うまい。
何故なら木すら飲み込むその巨体の色は禍々しく、得体の知れない黒いヘドロは昨日ルガたちが見たスライムより悪臭を放っていたからだ。
流動状態のままうごめく魔物は草花を枯らし、這いずった跡として地面にぬめりのある黒い液体を残していた。
スライムはルガたちに気づくなり、彼らより背丈の高い巨躯を引きずってのろのろと向かう。
「っ、《モノ・ザバンタ》!」
レティは道中で練った魔力を解き放ち、スライムの頭上に浴槽二杯あたりの水を召喚しては刃のごとく振り下ろした。
しかしスライムを包み切れておらず、いつまで経ってもスライムと水の境界線が曖昧になって溶け出す様子は無い。
むしろ――
「うそっ……水が、吸収されてる……?」
スライムはレティの水を取り込み、やや急成長した。少し大きくなったその体で更に植物を取り込んでは体内で溶かし、糧としていた。
「まさか、吸収の方が追いついたとでも言うのですか!」
スライムの弱点は急激な形質変化だ。自分の体では吸収しきれぬ液体を取り込んだ時、彼らはその存在を保てなくなる。
逆に吸収が滞りなく間に合うと、取り込んで大きくなってしまう。
浴槽二杯分の水ではむしろ餌も同然なのである。
「ルガくん、下がっててください」
「でも……」
「取り込まれたら溶かされてしまいますよ。……今までこんな大きなスライムなんていなかったのに、急にどうして……!」
「たぶん、がったい」
「合体?」
ルガは心当たりを口にする。
「やまのスライム、がったいした。いっぱいなのが、いっこになった」
「それでこんなに大きくなったのですか!?」
彼らは同種族をも取り込むことで、自滅どころか力を増す。集団が強大な個になり能力が飛躍的に上昇した結果、スライムはレティにすぐ対処されてしまうような雑魚から脱却した。
レティは焦りを見せながら、ルガを庇いつつ後退する。自分の即席の魔法が敵を倒すどころか成長させてしまうのなら、何か策を考える必要があった。
「ルガくんは近接攻撃しかできませんでしたよね」
「うん……でも、おとりになら」
「そんなのさせられません! 危険ですから、私の後ろに下がっていてください!」
レティはルガの戦闘方法について思い出し、彼を後ろへ下がらせた。
ルガは不服げに頰を膨らませるが、ルガは物理攻撃しかできないことは事実。
スライムには格好の的なのだ。
「レティ、ルミナなら――」
「ルミナさんは病人です。それに……このスライムを村まで連れて行くわけにはいきません」
レティは再び魔力を練りながら思考する。
人間数人は飲み込める巨大なスライムを村へ誘き寄せてしまった場合、村には甚大な被害が出るだろう。
誰かをこの場に呼ぶとしても、このスライムを迅速に対処できそうな人物と言えば、ルガやレティに思いつくのは母親のセンリュシア、行方知れずのタタラ、そして屋敷で療養しているルミナだ。
だがセンリュシアは欠損した右足のせいでロクに動けず、タタラは居場所が分からず、ルミナも重度な貧血の重病者である。
誰も呼ぶにも心許ない。
ゆえにレティは早急に思索を巡らせる。
この状況を無事に打破する解決策を。
ルガ、何で「自分が囮になる」だなんて発想が真っ先に出たんですかねぇ(困惑)