十三話『ルガとレティのぱとろおる』
日が東から昇り始め、レティはパッチリと目を覚ます。彼女は背伸びをすると、ベッドから起き上がった。
「……よしっ」
ドレッサーの前にはあどけない少女が一人。やる気に満ちあふれた紫紺の眼差しはまっすぐと少女自身を見つめ返していた。
意気込む一言を自分に投げかけると、彼女は支度を始めた。
彼女は水桶に汲んだ水で洗顔し、厚手のネグリジェから普段着である襦袢と小袖――彼女の家に伝わる東洋風の服に袖を通した。
次に傷一つ無い銀髪を丁寧にくしでとかし、流れるような長髪を左右で一すくいずつ手にまとめ、それを頭に持っていくとお団子状にまとめた。
鼻唄混じりに瞳と同じリボンで結んで固定すると、いつものレティの完成である。
彼女は朝の挨拶として、まず母親に顔を出そうと自室を出た。寝室は隣り合っているために必要歩数は少ないが、部屋を出て数歩で彼女は母親以外の人物と出会う。
「あ、レティ! おはよ!」
「おはようございます、ルガくん。随分と起きるのがお早いのですね」
「はやねはやおき、いいこと。ルミナ、言ってた!」
「ふふ、そうですね。早寝早起きするなんてえらいです」
辿々しい言葉使いと、それを補うように精一杯の腕振りで存在をアピールする獣人の子どもが一人。
ルガはレティを見かけるなり、犬歯がチラリと見える笑顔で駆け寄った。歩くたびに臀部から生えている尻尾もぶんぶんと振られ、彼のご機嫌具合がうかがえる。
「それにしても、どうかなさいました? もしかしてお腹が空きました?」
「えっと、それもある」
「それ『も』?」
レティは小首を傾げ、ルガと同じ視線に立つべく膝を手を当てる。
「なんかタタラ、ぐあいわるい。ごはん、いいって」
「タタラさんが体調不良に? 大丈夫でしょうか……まさか、昨日の戦いで怪我を負ってたのでは……!」
「ねてればなおるって」
「そ、そうですか……念のため、後でお見舞いに行きますね」
「ううん、ひとりでやすみたいって。ルガ、おいだされた」
「お、追い出されたのですか……」
ルガが一人で二階の廊下をうろうろしていたのも、それが原因らしい。
しかし彼を追い払うほどの体調不良をタタラが患っているとなれば、レティは心配を表に出す。
ルガには関係の無いことであったが。
「それよりきょう、レティといっしょ。タタラ、そういってた」
「ああ、そういえば今日はルガくんの遊び相手になってもらうよう、仰せつかって――」
「ううん、『ぱとろおる』!」
「ぱ、パトロール、ですか?」
やけに気をみなぎらせて小さな握り拳を握りしめる彼は幼い使命感を見せた。
「タタラがね、むら、まだあぶないって!」
「村が危ない……? それはいったい……まさか、盗賊たちが報復をしに?」
「わかんない。でも、『ぱとろおる』するといいって!」
舌ったらずな拙い物言いだったが、彼は必死だった。村を想い、治安維持のために一役買う気満々である。
村を治める一族の総領娘として、『不安の芽があれば早めに摘むべし』と意気込むレティは、ルガに力強い首肯で返した。
「分かりました、同行いたしましょう。その前に、お母様に挨拶をしてきてもいいですか?」
「うん! あ、ルガもあいさつする」
「ふふ、一緒にしましょうか。お母様のお部屋はここですよ。……失礼します、お母様。レティシアです」
センリュシアの寝室への扉へノックの音を立てたレティは、中からの返事に扉を開け、彼女たちと同じく既に起床していたセンリュシアを目撃する。昨日と全く変わらない構図で、センリュシアはベッドに座っていた。
もう戻ることの無い右足を痛ましげに見て、しかしレティは無理に元気に振る舞う。
「おはようございます、お母様。お身体の具合はいかがでしょうか」
「おはようございます、レティシア。ええ、問題ありませんよ。わざわざありがとうございます。それで……」
「おはよ、せんるしあ!」
手を上げて元気よく、しかし滑舌悪く発音したルガを目が向く。彼は名前を呼べてないことも気にせず、部屋の空気を和ませた。
「おはようございます。ゆうべはよく眠れましたか?」
「うん! ベッド、ふかふか! ありがと!」
「こちらこそマルフィックを倒していただき、どうもありがとうございました。貴方も戦ったのですよね」
「うん。ルガ、ふっとばした!」
「最初に攻撃をお見舞いしたのはルガくんですからね。とってもカッコよかったですよ! マルフィックがよろめくほどのパンチでしたから!」
「ルガさんもとてもお強いのですね」
「んへへ……」
賞賛の嵐を一身に受け止めるルガは顔を赤くさせて照れ笑う。ぶんぶんと激しく動きを見せる尻尾はとても正直に彼の心情を表していた。
「それで、今日は村のパトロールをするおつもりでしょうか」
「んぇ!? なんでわかった!」
「まあ、お母様の寝室近くで話していましたから、会話は筒抜けだったでしょうね……騒がしくしてしまい申し訳ありません、お母様」
「いいえ、いいのですよ。子どもは元気が一番ですからね」
威厳ある雰囲気から一転、センリュシアは微笑を見せる。
その笑みは落ち着きがありながらもレティの面影があった。
「私のことは気にせず、どうぞその子についておやりなさい、レティシア」
「お母様は大丈夫なのですか? お一人で……」
足のこともあり、レティは心配を露わにする。
だが無用と言いたげにセンリュシアは首を横に振った。
「お手伝いの方々がいますから。それより、その子に付き合ってあげなさい。ルミナさんたちは安静にしなくてはならないのですから、あなたがその子を一人にさせてはいけませんよ」
「はいっ! では失礼しますね」
「ばいばい、せんるしあさん。えっと、おだいずに?」
「ふふ、はい、どうもありがとうございます」
お大事に、と言いたかったルガの意図を汲み取り、センリュシアは上品に微笑む。
ルガは間違えにも気づかず、手を振ってレティと共に退室した。
「さて、まずは朝ご飯にしちゃいましょうか。これから作るところなので、お待ちいただけますか?」
「うん!」
まさか自分よりもずっとずっと大柄な魔物に一撃を与えたとは思わせない大層可愛らしい返事に、レティはセンリュシアと同じ微笑みを返した。
☆
「おいしー!」
「良かったです」
パンとブラックオリーブのサラダ、更には牛肉のミルク煮をそれぞれ口いっぱいに頬張り、ルガはごくんと嚥下した。
まだ早朝ということもあり、規則正しすぎるレティやルガ以外で起床している者は滅多にいない。したがって、食卓にはレティとルガのみがついていた。
食事はレティが手がけたものである。ゆえにルガの端的な味の感想は彼女を喜ばせるのだった。
「昨夜はすみませんでした。今晩はルガくんのためにも、晩御飯は早目に準備しておきますね」
「いいの!? ここのたべもの、ぜんぶおいしい!」
両手を掲げて無邪気にはしゃぐルガ。レティも彼を微笑ましげに見ながら食事を進める。
「ええ、この島の食べ物は全部美味しいのですよ。港でしたら魚が、この村でしたらオリーブが、ここからは南西――港からはずっと西の街では甘味が名物なんです」
「じゅるり……!」
魚、そして現在オリーブを食したルガは、まだ見ぬ食べ物を夢想してはよだれを垂らす。
慌ててそれを手の甲で拭き、彼は料理にがっつく。とても上品と呼べるものではなかったがその食べっぷりをレティは痛快に感じたようで、始終ニコニコと上機嫌で同じ卓で朝餉を取った。
自分の分を完食したルガは、ゴシゴシと雑に口周りを拭いて手を合わせる。
「ごちそうさま!」
「……? それもまじないですか?」
「うん。ルミナ、よく言う」
「そうなのですね……私も使ってみたいです」
「えっとね、ごはんたべたら、こうやって手、あわせて」
「こうですか?」
左右の手を合わせて実践するルガの真似をして、レティも華奢なその手を重ねる。
「うん、そしたら『ごちそうさま』!」
「ごちそうさま! ……ふふっ、なんだか気持ちがいいですね。もしかして、そういうまじないなんですか?」
「たぶん?」
ルガは首をひねった。彼自身もよく理解していないようだ。
「今度からまたやってみようと思います。教えていただきありがとうございます、ルガくん」
「どういたしました!」
相変わらずルガは言葉がどことなく変である。
だがレティは指摘するどころかルガを見守るように見つめ、片づけのために立ち上がった。
「すぐ片づけてきますね。《ヒュード》」
レティが人差し指を宙でくるりと円を描かせた時だった。
厨房への扉はひとりでに開き、空になった皿たちもふわりと浮く。それらは意思を持ったように宙を漂っては、明確な目的地まで向かっていた。
ルガが視線を辿らせると、食器やカトラリーは厨房の方へと消える。
「まほう!?」
「はい、魔法です。手っ取り早くお片づけできますし、魔法の鍛錬にもなりますから、よくおやつを作ってはその食器をこうやって片づけているんです」
平然と告げるレティだが、その制御は一朝一夕で身につくものではない。
扉を開けるにもまず慎重にドアノブを動かし、物を壁にもぶつけぬように浮かす。これを全て綿密な風の魔法で行っているのだ。
真似するにはとても細い針穴に糸を通すような繊細なコントロール力が必要だ。慎重でセンスのある魔法使いにしかできない所業である。
「すごい! すごいっ!」
「ふふ……ありがとうございます」
凄技を披露されたルガは目をキラキラと輝かせ、ぴょんぴょんと飛び跳ねて興奮を露わにする。レティは満更でもなさげに照れ笑った。
「まあこれでも、自在に人を浮かすには足りないのですが……まだまだ精進です、私も」
浮かれそうになる心を戒め、彼女は謙虚な志を口にする。「では行きましょうか」の言葉を合図に、二人は食堂を出た。
日が出てからそれなりに経つ。村の人もまばらに起き始める時間帯の、誰から見ても気持ちの良い朝だった。
「――じゃあ『ぱとろおる』、かいし!」
ぱとろおるはルガの言葉を皮切りに始まった。
途端に真剣な表情で辺りを警戒し始め、ルガはキョロキョロと見渡したり、時折鼻をすんすんと嗅ぐような仕草を見せる。
レティも彼にならい、村に不審な影は見えないかどうか、時折出会う村の人たちに挨拶をしながら見回る。
まずは村の北側。屋敷から出て一番近い場所で、彼らはぱとろおるをする。
すると早速ルガが反応し、ハッと顔を上げた。
「ど、どうかしました? 何か見つけましたか?」
「あそこのいえ……」
ジッと彼が見つめる先は、何の変哲もない一軒家。
レティの記憶によると、ごく一般的な家庭のようだ。
――あの家で何か起こったのか。
彼女は固唾を飲んでルガの言葉を待つ。
「――パンたべてる。いいにおい」
「そ、そうですか……」
ただルガの食欲を刺激しただけであった。
ルガは至極真剣な表情をしていたが、ひとまず一大事ではないようだ。肩透かしを食らったレティは張り詰めた緊張を解く。
引き続きぱとろおるは進む。次は東に向かって進んでいた。
村の人たちは寝坊助以外は起き、ルガたちのぱとろおるに対して不思議そうに見ている。
「な、何かあったんですか、レティシア様?」
「ルガたち、『ぱとろおる』!」
「パトロール……?」
「村に危険が無いか、パトロール中なんです。ご安心ください、魔物が再び襲ってきたわけではございませんから」
村を治める長の娘が真剣な面立ちで村を回っていれば、村人たちも不安を煽られよう。その一人の男がレティに話しかけ、彼女は慌てて人の良い笑みを浮かべた。
レティの説明に納得がいった村人の一人は「そうなのですか!」と頷き、レティの横にちまっと佇むルガの頭に手を置く。
「ただでさえ村を救ってくれたってのに、ありがとなぁ、ぼうず」
「ううん! こまったら言って!」
「これ以上頼ったら申し訳なさすぎるが、その時はぼうずに言うかぁ。……あ、そうだ。こんなもんしか無いが、お礼にリンゴもらってくれよ」
男は一旦家に引き返すなり、お礼の品を持っては再び戻った。彼の手には誰もがよく知る丸々とした赤い果実があり、ルガは朝食を済ませた後にも関わらず食欲全開でもの欲しげに見る。
「いいの?」
「おうよ。むしろこれくらいしか手持ちが無くて悪いな。貴金属とかは盗賊たちに盗られちまってよ……」
「ううん! うれしい!」
勢いよく揺れる橙色の尻尾を見た男は朗らかに笑ってリンゴを差し出す。捧げられたリンゴは小さな頰の中に少しずつ、しかし恐るべきスピードで消える。
かぶりつき始めてから数分も経たぬ内に、リンゴは芯を残してルガの胃に収まった。あまりの豪快な食べっぷりに、男も喜色を浮かべて笑う。
「ははは、お腹空いてたのか?」
「レティのごはん、たべた。でもリンゴ、おいしかったから」
「おや、レティシア様の手料理をいただいたのか。羨ましいね。とても美味しかったろう?」
「うん!」
勢いよく首を縦に振られ、その近くの保護者役は頰をほんのり紅潮させてはにかむように笑う。
「じゃあパトロールは任せようか。頑張れよ」
「うん。リンゴ、ありがと!」
「おうよ」
男はルガからリンゴの芯と手振りを受け取るとルガに微笑み、レティへは一礼した。
引き続き二人はぱとろおるへと戻る。今度は村をぐるりと回るように南へとやってきた彼らは、子どもたちが原っぱでやいのやいのとはしゃぎ回ってるのを見かける。
ルガは楽しそうな声を惹かれて、一人の男の子に声をかけた。
「なに、してる?」
「あ、レティシアさま! と、お前……もしかして昨日の旅人か!?」
「うん。ルガ!」
自分自身を指差し、自己紹介を済ませるルガ。男の子は目を輝かせるなり、他の子どもたちを呼び寄せた。
魔物を倒した英雄の一人の噂は村中にあっという間に広まっていたようで、子どもたちはルガの周りに群がる。
「珍しー! 獣人だ! 犬の獣人?」
「オオカミ!」
「オオカミ? カッケー!」
「ポルトバ街以外で初めて見た!」
純粋な質問攻めがルガを襲うが、ルガは子どもの群衆に溶け込むのにそう時間はかからなかった。
ただ、村の子どもたちは獣人のルガの容姿は珍しいようで、勝手に触られたり撫でられる。
「こーら、あなたたち。獣人の耳や尻尾はとてもデリケートな場所なんですから、むやみやたらと触ってはいけませんよ」
「ううん、だいじょーぶ」
レティは首を横に振って触れ合いを中断させようとしたがルガは気にせず、むしろ心地よさげに笑顔を咲かせていた。
「さわられるの、すき。くすぐったいけど」
無邪気にそう言う彼は、誰よりも子どもらしく声を弾ませていた。
「なーなー、旅人なんだろ? 旅の話、してよ!」
「いいよ!」
一人の子どもがルガに話をせがむと、彼は即答してしまった。同年代と話せて嬉しかったのか、どうやらぱとろおる中であったことを忘れてしまったようだ。
どうしたものかと逡巡するレティだったが、彼女は見守りに徹した。
ルガのあんなにも楽しげな表情を崩すのは、子ども好きなレティには憚られたのである。
それに見回りしてない箇所はあとは西側のみ。
彼女がよそ見をして確認したところ、向こう側に問題の気配も無ければ盗賊らしき影も無く、いつもの平穏な日常を確認できた。
「どんなとこに行ったの?」
「えっとねー……えんとつのあるいえがいっぱい! えんとつ、いりぐちになって、サンタってひとがはいる!」
「煙突が入り口に? そこから『さんた』という方が家に入るのですか?」
「うん。サンタ、いいこにプレゼント、くれる! ルガもらった!」
馴染みの無い街並みや人物が語られ、島より出たことの無い子どもたちは未知に声を上げる。
「何もらったのー?」
「おなかいっぱいのごはん! すっごくおいしかった!」
なんとも食いしん坊な彼らしいプレゼントと相応の喜びが語られ、更に羨望の眼差しが向けられることになる。
夢想家な子どもたちはこぞって「自分なら」とほしいプレゼントを各々口にする。中にはあまりにも非現実的なもの、とにかく巨大なもの、ウケ狙いのおかしなもの等々、子どもらしく常識に囚われない案が次々と出た。
「レティシアさまだったらなにがほしいー?」
「わ、私ですか? そうですね……」
突然話題を振られたレティは少し戸惑いながら考え込む。
「……うーん、ほしい物は無いですね。強いて言うならば平和ですが……さすがに実物じゃないと、サンタさんも困りますよね」
「むずかしいとおもう」
「ですよね」
実に温室育ちのお嬢様であるレティらしい、夢にあふれた回答だった。
サンタ一人に願うには大きすぎるその夢は自分でも無茶な自覚はあるのか、レティは頰に手を当てて苦笑を見せる。
「まあ、村の平和はサンタさんに任せなくとも、私が頑張って守ります」
そう意気込むレティに尊敬の眼差しが集められる。
子どもたちからすればレティは力強く、お淑やかで、それでいて慈愛にあふれており、彼女が好かれないワケがなかった。
しかしレティの回答に首をひねる子どもが一人。
「……へいわ……あっ、ぱとろおるのとちゅー!」
ようやく自らの目的を思い出したルガは慌ててレティを連れ、子どもたちを置いてぱとろおるを再開しようとする。
「もう行くのー?」
「うん、ルガたち、ぱとろおるしてる」
「パトロール? そっか、頑張ってね!」
和気あいあいと話していた子どもたちに手を振られ、ルガたちもぱとろおるを再び始めるべく惜しみながらも別れを告げた。
同じ年代の子どもと仲良く話せて楽しかったのか、ルガもあふれ出る嬉しさを尻尾を激しく揺らしながら歩く。
「いいひとたち!」
「ふふ、そうなんです。村の子どもたちはみんな、いい子で……」
「たぶん、レティのおかげ。みんな、レティすき」
「ええ、子どもたちに好いてもらってます。とてもありがたいことに」
半日でレティの面倒見の良さを大体知れたルガは、村の子どもたちの人の良さについて当たりをつける。
村人は皆、善良である。ルミナたちに取った排他的な態度はマルフィックから守るためであり、ルガもそれを理解してますます村に好意を寄せていた。
「このむら、いいむら!」
だからルガは簡素にこの村をそう称した。
「……ルガくんが旅してきたところには、やっぱり悪い村もあったのですか?」
「うん。ルガのいたとこ、とくにそう。みんな、じゅーじんのルガ、キライ」
「ルガくんが育った村ですか? ルガくん、元は他の獣人たちと一緒に住んでたのではないのですか?」
「ううん、ひとのむら。ごはんすくなくて、こども、よくしぬ」
さらっと告げるルガに、レティは同情からいたたまれない気持ちになる。
彼は平然としていたが、話の一端から聞くの貧困具合にレティにはおおよそ察してしまった。
恐らく自分が想像も上回るほどの悪環境だったのだろう、と。
「……大変でしたね」
「うん。でもルミナにつれだしてもらった」
「そうなのですね。ルミナさんはやはり良い人ですね」
「うん」
「でも……ルガくんも戦ってて、痛いとか苦しいとか、ありませんか?」
ルガもまだまだレティの腰ほどまでの背丈の幼い子どもである。強さとしては年不相応に持ち合わせているが、戦闘というものは子どもが味わうには重い。
レティはつい先日、安全圏ながら苦戦というものを経験したために、あの張り詰めた空気を忘れられずにいた。
「いたい。でも、ルミナのやくにたちたい」
「何も戦闘じゃなくとも――」
「たたかうしか、できない。……でないと、やくにたてない」
ルガはルミナへの貢献に執着していた。それ以外では不器用な彼は、戦闘にしか自分の出番は無いと悟っていたのである。
自分より幼い子どもが傷つく。善良なレティにはそれが心苦しくてたまらなかった。
思わず、ルガの頭に手を置いてしまうくらいには。
「……これは私のただのワガママですが、聞いていただけませんか?」
「んぁ?」
「ルガくんは確かに強いです。しかしまだまだ幼い子どもを戦いに繰り出すこと。それは……あまり褒められるべきではないと思います」
レティは恩人のルミナに対して感謝はすれど、思うところがあった。
ルガはまだ年端もいかぬ少年だ。遊びたい盛りの子どもに戦わせ、旅に付き合わせることはレティの良心に疑問を抱かせる。
だがルガはレティの子ども扱いに納得がいかなかったようで、あからさまに不機嫌を露わにした。
「……だって。そうしないと、おいてかれる」
「置いていかれる? それは……」
「ルミナ、レティみたいなこと言って、いっかいおいてった」
どうやらルミナも子どもに平気で戦わせるほどの非道ではなかったようだ。しかしルガはそれを不服に思ったらしい。
頰を膨らませ、視線を落としながら彼は語る。
「でもおいてかれるの、やだ。だから、しがみついた。むりやり」
「それでルミナさんに同行しているのですか……」
「うん。おいてかれるの、もうやだ」
胸中を口にするルガは目尻に涙すら浮かべていた。慌てて二の腕でゴシゴシと雑に涙を拭き、ルガは無理矢理前を向いた。
旅において子どもは荷物である。
大人より免疫が無いためにすぐに病にかかり、小さな体躯では険しい道を進みづらく、戦闘時は足手まといになる。
ルガはその種族の特性ゆえか日中の戦闘には強いが、夜になるとすぐに眠ってしまう。昼間の戦闘以外に取り柄はない。
だからルガはルミナの旅に同行するため、そしてかけた迷惑の分を補うために尽力することに固執していた。
それでもレティはルガの言葉を全て肯定できず、しかし否定すると彼自身も否定してしまう気がして、言葉を探した。
「……ルガくん。あなたがルミナさんを好いているのは、痛いくらいに分かりました。でも――もし旅が辛くて痛くて苦しくなったら、いつでもこの村に来てください。私は、……ううん。みんな、あなたを歓迎します」
彼女の思考の末に出た案は、ルガの逃げ道を作ることだった。
ルガが戦うのはルミナの役に立ち、ルミナに置き去りにされまいと躍起になるためである。
だがルガとて戦闘は痛くて苦しいものと認識している。
ならば戦闘が嫌でどうしようもなくなった時、ルガがルミナの旅の同行人という立場にいづらくなった際には帰れる居場所を作ってやればいい。
必死に考えたレティの回答には、ルガも素直に頷いた。
「うん。ありがと、レティ」
「ふふ、どういたしまして」
ルガの納得を誘えたレティは上機嫌に微笑んだ。
が、突如鳴るルガの腹に少し目を見張った。
「……お腹、空きましたか?」
「うん」
「タタラさんから干し肉をタタラさんから預かっているんです。どうぞ」
レティは懐からタタラに渡された巾着袋を取り出すと、中から一つの干し肉を取り出した。
どうやらその肉は香りだけでもルガの食欲を誘うようで、彼のよだれが垂れる。レティから肉を受け取ったルガはそれにかぶりついた。
肉は一見固そうだが、ルガの犬歯と相性が良いために難なく噛み砕かれる。
「一旦休憩がてら屋敷に戻りませんか? 昼食も用意されていると思いますよ」
「ごはん!」
さっきまでの物憂げな顔はどこへやら、レティの言葉にパァッと顔が輝いたルガはレティの腕を引く。
「かえろ! かえろっ!」
「ちょっ、待っ……つ、強いですよ、ルガくん!」
時刻は昼に差し掛かる頃合い。
太陽の真下、絶好調と化したルガはレティを急かしては明るい声を村に響かせていた。