十二話『おとなとこども』
「――というわけで、マルフィックはルミナさんたちが倒してくださりました」
「そう……まさか本当に倒していただけるとは」
安堵をにじませ、嬉々としてセンリュシアに報告するレティの顔は綻んでいた。
センリュシアも村へ平和がもたらされた事実に安心して胸を撫で下ろしていた。
「ただ、ルミナさんは大きく負傷してしまい……重度の貧血ですから、治るまでしばらく屋敷に置きたいんです。もちろん構いませんよね、お母様!」
「……ええ」
レティは授かった恩を少しでも返すべく、奮起して提案する。
妙案に頷いた母には誇らしく目を向けていた彼女は、ふと歯切れが悪そうな母の様子に気づいた。
「お母様? どうかなさいましたか?」
「いいえ、何も。それで戦って、どうでした?」
「……命を賭けた戦闘の恐ろしさ。断片でもそれを理解してしまいました。一歩誤れば命を落としかねない恐怖……お母様はこんなものと戦いながら、マルフィックと対峙していたのですね」
改めてレティは尊敬の念を表に出す。
レティは幼い頃から母親に魔法を習い、実戦経験こそ無かったが村でも有数の実力者に育った。マルフィックとの戦闘ではデクの棒だったが、それでもルミナの見込み通り、将来の有望株である。
何せルミナの致命傷を一瞬で回復した。それは案外高度な技術であり、島を見渡しても同等以上の腕の持ち主はそういない。
だが命を賭けるほどの覚悟を決めたことは無かった。恐怖を乗り越える心意気は用意せども、それはあくまで恐怖を目の当たりにする前の話。
先日の戦闘にて恐怖を目の前にして躊躇を覚えた彼女は、憧れた背にはまだまだ遠いと実感させられる羽目になった。
「私、これからはお母様の分まで頑張ります。この村の守護者の後継者、そして明けの一族の巫女としてよりいっそう精進します!」
「……レティシア」
死線をくぐり抜けたレティは一日前より成長していた。トラウマこそ払拭しきれたとは言えないが、顔つきは前より締まっている。
だがセンリュシアは愛娘の成長を穏やかに見守れずにいた。
「貴女が無事で本当に良かったです。まずはそれを喜ばせてちょうだい」
「お、お母様……」
「……けれど、まだ貴女は子ども。血の香りなんて知らなくていいのです」
センリュシアはレティと同じ色の目を落とし、憂い顔を見せる。伏せがちなまつ毛は哀愁が漂い、彼女の心境を表した。
「ですから――」
センリュシアは小さく口を動かそうとした。その拍子に窓を開けていないのにカーテンが少し揺れる。
だが不躾にも親子の団欒を邪魔する闖入者がいた。
「邪魔するぜー。……ん? レティサンもいたのか」
「た、タタラさん! どうかなさいました?」
無礼にも唐突に扉を開けてセンリュシアの寝室へ入ったのはタタラ。彼はレティの存在に気づくと爽やかな笑みを向けた。
「いや、センリュシアサンに用があってな」
「私に、ですか」
用事があって訪れた彼にセンリュシアは伏せた目を開けた。
「……レティシア、少し外してください」
「はい。……あれ、タタラさん、そういえばルガくんは?」
「アイツなら干し肉食いながら日向ぼっこでもしてンじゃねーか? ま、放っておけよ。日が落ちたらすぐ寝るぜ」
「げ、元気ですね……」
レティは激戦の後だというのになんとも体力が有り余っている子どもに感心を漏らすと、一礼して退室した。
部屋には厳かな雰囲気が漂う。だが相変わらず軽薄とした佇まいのタタラは、雰囲気に飲み込まれることなくセンリュシアと対峙した。
「――それで、何の御用でしょうか」
「動けねェルミナの代わりにゴアイサツに。あとはまあ、アンタと話に来た?」
「マルフィックと戦った後なのでしょう。お身体を休ませるべきなのでは?」
「アンタよりは元気だぜ」
タタラの無神経な言動にセンリュシアは一瞬黙る。
「今は捕えてる盗賊をもてなしたらしいな」
「ええ……仕方なく」
「そうか。その中に盗賊の頭はいなかったか?」
「いませんでした。彼らはマルフィックの力の権威を笠に着るままに――」
センリュシアは淡々と告げる。
だがタタラは被せるように口を開いた。
「嘘だな。本当はいただろ?」
「いいえ。いませんでしたよ」
「はん……くせェな」
「入浴は毎日しているハズですが」
「ちげェよ。アンタからは嘘のニオイがする」
抽象的な存在を理由にタタラはセンリュシアの虚偽を指摘した。彼女は不快げに眉にシワを刻む。
「盗賊の頭を匿っていただなんて知ったら、村のヤツらはどう思うだろうなァ?」
「ですから、私にそんな事実はありません。一体何の証拠があって、そんな世迷言をおっしゃるのですか?」
「アンタが一番心当たりがあるんじゃないか? ……まあいい。ルミナの休養のためにこの屋敷で世話になる身だ、黙っておいてやろうじゃねーか。アンタだって、家を壊してまで黙らせたくねェだろ?」
あっさりと手を引いたタタラの思惑が読めず、センリュシアはますます顔をしかめた。
一体何の意図があってこんなことをするのか。不可解な言動を取り続けるタタラを睨みつけるように見るセンリュシアはため息を吐いた。
「……貴方たちにはマルフィックを倒していただき、感謝しています。屋敷に留まっている間は客人としてもてなしましょう」
「それくらいしてもらわねェと割に合わねェな」
「しかし――村を出たら、金輪際関わらないでいただけませんか」
強い語気の拒絶は、レティの母親から出たものにしては異質だった。
彼女の深刻げな声色は低かった。
「そりゃ、アンタ次第だなァ?」
タタラの碧眼はベッドへ座りっぱなしのセンリュシアを見下ろすと、踵を返してドアノブに手をかけて退室しようとした。だが少し待ち、自身に向けられた非難の視線へと再び向かい合う。
「ああ、そうそう。オレは口が軽いから、うっかり誰かに言っちまうかもな。アンタが盗賊の頭を庇い立ててた、なんて世迷言をよォ」
タタラが去り際に放った言葉は、誰もいなくなった扉にセンリュシアの厳しい視線を送らせた。
☆
「タタラ、たいへん!」
日が傾いた黄昏時。
与えられた部屋のベッドに横になり、疲労をにじませてあくびをこぼしたタタラの元へ、扉をバン! と蹴破って開けるルガが来襲した。
突然の派手な物音に一瞬ビクついたタタラは、自分の休息を邪魔する侵入者にギロリと睨みつける。
「あ? うっせェな、今から夕飯まで一眠りしようと思ったのに。なんかレティも手ずから作ってくれるらしいぞ」
「ほんと!? ……じゃなくて! とうぞく、にげた!」
「あー、まあだろうな」
せっかくルガとタタラの両名で無力化した、この村で好き勝手していた盗賊。彼らの身柄は村人たちによって麻縄でぐるぐる巻きにされたのちに小屋へ収監されたハズだった。
その彼らは小屋から姿を消した。たまたま村を散歩していたルガは騒然とする村人たちから騒ぎを聞きつけ、ルガは大慌てでタタラに伝えに来たのだった。
だがタタラには予想の範疇内の出来事であったらしく、当然と言いたげな態度で彼は体勢を変えない。
それを見てルガはタタラを胡散臭げに視線を送る。
「……タタラ、にがした?」
「ンなワケあるか。何でその発想に至った」
「おまえ、わるいやつ」
「オレだって見境なく悪事働くワケじゃねェよ。盗賊のボスもこの村にいたが倒した輩の中にはいなかったし、そいつがコソコソ隠れて仲間を解放したんだろ」
手を組んで頭の後ろにやり、リラックスするポーズを取って平然と告げるタタラは盗賊の逃亡など瑣末事と言いたげだった。
ルガはタタラのパーカーをグイグイと引っ張る。しかしその力はどことなく弱い。
「タタラ、おいかけよ!」
「嫌だ、疲れた、断る。それにもう日暮れだ、テメェだってそろそろ眠くなって力が出なくなるだろ」
「む……」
私情と正論が突き刺さり、ルガは黙り込む。
確かにルガの今の力は弱い。その証左に彼が今本気で引っ張ってもタタラはびくともせず、タタラの動かぬ強固な意思が晒されるばかり。
ルガは視線を落とす。
「……でもむらのひと、こまらせた」
「で?」
「こまってたひと、かなしませるの、ダメ」
「オレは手伝わねェし、テメェも追いかけンじゃねェぞ。面倒くせェけどオレはルミナの命令で動けねェし」
「ルミナ、たのみごと?」
「『頼み事』なんて生易しいモンじゃねェけど、あの盗賊たちを追いかける余裕は無ェよ。オレもお前も」
言動とは裏腹に明らかにくつろぐ格好のタタラにルガの不満は募る。
ルガの機微を悟ったタタラは面倒くさそうに言葉を並べる。
「まだ村は安全じゃねェってこった。だから遠くに行くな」
「どーゆーこと?」
「自分で考えろ。そんなに村を守りてェなら明日にパトロールでも何でもやってろよ」
ぶっきらぼうな物言いはまだ精神の幼いルガをイラつかせた。
頰を膨らませて今にも癇癪を上げそうなルガだが、後に部屋に来た人物に気づいて怒りは散開した。
「失礼します。あ、ルガくんもいたのですね、ちょうど良かったです」
開きっぱなしだった扉の向こうから、笑みを咲かせるレティが現れた。
「ご夕食が出来ましたので、お知らせに来ました」
「よっ、待ってたぜ。アンタも作ったんだってな」
「はい! 腕によりをかけてお作りいたしました。お口に合えばいいのですが……」
少し頰を紅潮させてはにかむように笑う彼女にタタラはベッドから身を起こし、靴を履いて支度する。部屋から出る準備を整えた彼にルガも後からついていった。
「こんな可愛いヤツが作ったんだ、マズいワケが無ェ」
「か、かわ……っ!?」
「タタラじゃないタタラだ、だれだおまえ」
「オレはいつだってオレだっての。いいから行くぞ、オレも腹減ったし。それともテメェは寝るか?」
「くう」
端麗な容姿を褒められ、レティは思いきり動揺する。真っ赤な顔は実にリンゴを彷彿とさせるものであった。
だがそう仕向けた犯人に対し、ルガは懐疑的な目を向ける。食欲の前では単純な彼は抗えずにはいられなかったが、元より好感度は最悪だがタタラへの不信感を募らせるばかりだった。
「レティー、よる、くる」
「ええ……もうすっかり夜になりますね」
三人はタタラの部屋を出て食卓へ向かう。その道中、ルガはあくびを一つこぼした。
「いっぱい、あかるくして。ねむい……」
「あんなにいっぱい動きましたからね。ルガくんも眠いでしょう」
「あー、コイツは天狼の獣人だから、暗いと眠くなっちまうんだよ」
「天狼? ……そういえば、マルフィックもルガくんに対してそうおっしゃいましたよね」
聞き慣れぬ単語にレティはおうむ返しで尋ねる。
「今は多分絶滅した昼行性の狼だ。浴びる光が強ければ強いほどに元気になって、逆に暗いと弱体化する。ま、太陽と一緒に生きてたヤツらってこった」
「そ、そんな種族が……初めて知りました。その狼と人間のハーフ、ということですか?」
「正確にゃ、そいつを先祖に持つヤツだな。先祖返りでもしたのか、ルガは天狼の血が強いみてーだ」
新たな知見を得たレティは改めてルガをまじまじと観察する。
昼には元気いっぱいで飛び回りさえしていたルガだが、今はまんまるな赤い瞳は半分しか露出しておらず、まばたきが増えている。表情のみならず狼の耳や尻尾も力なく垂れ、ハツラツさは見る影も無い。
「うぅ……」
「ね、眠いのなら無理しなくともよいのですよ……?」
「でもおなか、すいた。レティもつくったごはん、たべたい」
「そ、そうですか。お心遣いは嬉しいですが、眠たかったらいつでも寝て構いませんからね」
「うんー……」
ルガの返事は覇気が伴わなかった。レティは心配そうに彼を見下ろしていたが、そもそもそういう生態である。
ゆえにタタラは気にも留めず、素直に腹を空かせるのだった。
彼らの行き着いた食卓のある部屋には中央に肌触りの良いクロスの引かれた長テーブルがあった。その上には出来立ての魚介料理や山菜料理が散見され、視覚だけでも食欲を煽られる。
次に室内に漂う芳香な香りは空腹な人間のよだれを分泌させた。特にルガは嗅覚が鋭いために、そのにおいで少し目を覚ます。
「おいしそう!」
「お手伝いさん方と一緒に作ったんです」
テーブルから少し離れたところに待機していた朗らかに笑ってエプロンを身にまとう男女が、ルガとタタラへ一礼した。彼らはニコニコと椅子を引き、村を救った英雄をもてなす。
「さ、どうぞどうぞ」
「お、ありがてェ」
タタラは人の良さげな男に招かれ、漆の塗られた背もたれの高い木製の椅子に。
ルガは母性あふれる女の配慮で、その隣で脚の高い丸椅子に。
レティも彼らの向かいに着席し、料理を目の前にして手を広げる。
「どうぞ召し上がってください。ささやかながらお礼のご馳走です」
テーブルに並ぶ数多もの料理全てが村を脅かした化け物を倒した英雄へのお礼だった。島の郷土料理らしき食べ物を目の前に待ちきれないルガは、目を輝かせる。
「ん、このオリーブうめェ。こんなん初めて食ったぜ」
「山に面した段々畑にはオリーブの木を繁殖させ、その木から採れたオリーブを特産品として扱っているんです!」
誰よりも早く料理は手をつけたタタラは緑の実を塩漬けしたものを頬張り、その味を賞賛した。
ルガも慌てて手を合わせ、いつもの言葉を口にする。
「いただきます!」
「……? ルガくん、それ何です?」
ルガのクセはレティには奇怪な動作に見えたようで、彼女は不思議そうに尋ねる。
一番近い魚介のスパゲッティに目をつけ、フォークを拙く使って食べながらルガは質問に返した。
「おいしくなるおまじない。ルミナ、おしえてくれた」
「ま、まじないなのですか? 中にはそのようなまじないがあるのですね……」
まじないに馴染みの無いレティは声を上げて驚く。感心したように脳内にまじないの言葉を反芻させた彼女だが、タタラは野暮にも突っ込んだ。
「そのまじないはまやかしだろ。ルミナのただのクセだぜ。東洋人がよくやってるらしい」
「そうなんですか? ……あ、もしかして」
ふとレティは心当たりを思いつく。
「太陽の魔女、トウコ様も東洋人と言われてましたから、修行中に生活を共にしていく中で師匠からクセが移ったのでしょうか」
「かもな」
「……でも、ほんとにおいしくなるもん」
己のまじないを否定され、ふてくされるルガ。眠たげな表情も相まり、どことなく不機嫌さが増していた。
「し、信じてないワケではありませんから、ね?」
「にしてもアンタ、太陽の魔女に詳しいんだな」
「それはもうっ! 私はお会いしたことはありませんが……」
レティはルガの機嫌がよろしくないことを悟ってなだめようとしたが、タタラから振られた話題に満面の笑みで頷く。
ルガの意識も信じてくれない怒りから逸れ、太陽の魔女の話題へと向いていた。
「太陽の魔女――トウコ・テンガイ様。あらゆる魔法に留まらずまじないや医療にも精通し、メルデ大陸の各国が頭を悩ませた魔物の対処を一人で引き受け、平和をもたらした偉大な人物です!」
無邪気にはしゃいで熱く語るレティは誰がどう見ても太陽の魔女に強く焦がれた信者であった。
彼女の熱弁はタタラが目の前の一皿分、ルガもウトウトしながら半分食べ終えてもまだ続く。
「東に行けば街を呑むほどに巨大な魔物を街に一切傷をつけることなく倒し、西に行けば魔物の群衆を一蹴して人々を助けるという、天からの使いのようなお方で――」
「レティサンは食わねェのか? 冷めるぞ」
「あっ、そうでした……では私も失礼して」
自分がいかに熱く語っていたか、指摘を受けてようやく気づいたらしいレティは反省し、顔を赤くしながらカトラリーを手に取る。
ルガやタタラもフォークやスプーンは使えど、その作法は拙かったり雑だったりとマナーが身に染みていない。
それに反してレティは幼い頃からの母親の教育もあってか、食卓上でも所作は上品だった。
「……もー、ねむい……」
「おっと」
三分の二減ったペスカトーレのトマトソースを口周りにつけ、眠気に抗えずに睡魔に飲まれたルガはガックリとテーブルに伏せた。
ルガの顔の犠牲になりかけたペスカトーレは、隣のタタラが皿を寄せたことで事なきを得た。
食べかけの略奪品を我が物顔で食らいながら、タタラは食事を続ける。だがレティは眉を下げ、眠ったルガを見た。
「もう少し早くお作りすればよかったですね……」
「いいっていいって。コイツは夜になるとこうだからいつもは夕飯抜きだし、変わんねェよ」
「そうなのですか?」
「代わりにちょくちょく間食を口にしてるけどな」
「もしかして作戦会議前にあげてた干し肉ですか」
「おう。ルミナはよくオレにルガの面倒を丸投げするから、ルガ用の干し肉はオレが預かってンだ」
タタラはおもむろに懐から巾着袋を取り出す。中には縦長に割かれた乾燥肉が現れる。それを見せつけるなり、彼は巾着袋ごとレティへ放り投げた。
すかさず彼女はキャッチする。
「アンタが良けりゃ、明日はルガの遊び相手になってくんねェか? オレは休みてェのに、アイツは日が昇るとずっと元気で手を焼いちまう」
「お任せください! お母様のこともお手伝いの方々が見てくれますから。……あ、ただ、村から盗賊が逃げてしまい、その調査が――」
「それも追々こっちでやっておくぜ。気にすんな」
「し、しかし、村を救っていただいたのにこれ以上お世話になるなんて」
「いーんだよ、ルミナの目的の一環だ。ついでなんだから、気にすンじゃねーよ」
ガツガツと食欲のままに貪りながらもレティの一助を申し出るタタラは、レティの好感を稼いだ。
綻ばせたレティの頰がほんのりと赤みを乗せる。
「……タタラさんもとても頼もしい方ですね。面倒見が良くて、お強くって……ルミナさんも含めて、あなたのような方は初めて見ました」
「ま、よくルミナにゃ使いっ走りにされてっけどよ。アイツは人使いが荒いんだ」
「た、確かに少々ルミナさんのタタラさんへの扱いは雑なような気はしますが……」
「雑なようじゃなくて雑なんだよ。……ああ、これ、ルミナとルガには言うんじゃねェぞ?」
茶目っ気たっぷりに口角を上げ、オフレコを頼んだタタラの顔はまさしく町中の生娘たちの誰もが振り向く伊達男そのものだった。
彼のアウトローな雰囲気も合わさり、レティは未知の人物に興味を惹かれる。
「タタラさんは、旅人になる前は何をしていたのですか?」
「あー、商売しながらシマを守っててな」
「島をですか……! お母様と一緒ですね!」
恩人と尊敬する人の共通点を見出した彼女は目を輝かせる。
タタラが意図的に生んだ齟齬があることに彼女は気づかぬまま。
「アンタの母親ほど立派なモンじゃねェけどよ」
「誰かを守ることは立派なことですよ。そこに大小や貴賤はありません!」
「……へェ、そうかい」
レティは無垢な正義感を口にする。手垢のついていない純粋な思想に対し、タタラはふっと笑う。
意味ありげな視線を含ませレティを見るタタラのその心情は、彼にしか分かるまい。
だがレティの思想がキッカケか、はたまた別のものが起因したか、彼はテーブルを立ち上がってルガを背中に背負った。
「悪りィな、もう腹いっぱいだ。オレ一人じゃ食いきれねェわ」
「いえ、むしろ張りきりすぎて、作りすぎたもので……」
「なら尚更残すのも憚られんな。残りはルミナに食わせてくれ」
「ルミナさんにはまたのちほど新しい料理を運びますよ」
「いや、残飯がもったいねェからいいぜ。それにアイツは食いモンを粗末にするのキライなんだ。むしろ残飯の方が喜んで食うだろうよ」
「そ、そうですか? なんだか申し訳ない気がしますが……ルミナさんがそうおっしゃるのなら」
レティはタタラの言葉を鵜呑みにして頷いた。もう一人の恩人であるルミナに対して冷めかけのご飯を出すのはためらわれたが、タタラから語られたルミナの性格に従うようだ。
「ほんじゃオレたちは先に失礼するな。アンタも今日はあんな一日だったんだから、ちゃんと休めよ」
「はいっ、お気遣いありがとうございます!」
タタラは親切な労いをレティへかけ、食卓を後にした。背には寝息を少し大きく立て、穏やかに眠るルガを乗せて。
しかしもしルガが起きていたら、タタラの親切な姿を見て困惑し、ぽつりとこぼしていただろう。
「おまえ、だれ」と。
屋敷の照明こそあるものの、廊下の窓から見える夜の世界に光は少ない。
真っ暗な景色の中、空の星は明るくまたたき、月は儚く輝く。淡い月光はぼんやりと山を照らし、なんとかその輪郭を視覚的に伝達させた。
山の下部、段々畑がある方を眺め、客室へ戻る道中を辿るタタラは唇を舐めた。
「――腸詰め中毒かよ。クソ不味ィな」
いびきをかき始めたルガを客室の一つのベッドへと放り投げると、タタラもその隣の空いた客室へと消えた。