十一話『化け物』
「……死んだようだね」
マルフィックの死を確認したルミナは地面へとへたり込む。
膝を突き、ドバドバとあふれる血を見下ろした彼女は取り繕っていた仮面を外し、浅く呼吸を繰り返した。
「テメェも後追いするか?」
「ごめん、だね。……おしゃべりが過ぎたな。血を、流しすぎた……」
ルミナがマルフィックに見せた強気な態度はハッタリであった。
その証拠に彼女の息を荒く、顔面からは血の気が段々と引き、瞳からは少しずつ生気が消え、虚ろになりつつあった。
敵の目がもう無い以上、彼女は張った虚勢を解く。冗談では済まないタタラの言葉を流し、彼女はレティへ目を向けた。
「レティ、さん、……悪いんだけど、《ヒール》を……」
ネイビーブルーのハズだったローブはルミナの血と返り血によって乗算され、ほとんど黒く染まっていた。裂傷からは今でなおとめどなく血が流れ落ち、地面には血溜まりができる。
ルミナは冷や汗を額ににじませて回復魔法を待つ。しかしいつまで経っても、彼女の身体が癒されることはなかった。
不思議そうに振り返り、ルミナは見る。
「……ぁ……う、あ、あぁあ……っ」
マルフィックに対して狂気的とも取れる尋問と、血だらけで瀕死のルミナにショックを受けて混乱し、震えるレティを。
「レティ、さ、……っぐ、ぅ゛……」
ルミナはレティへ何か言葉を投げかけようとしたが、彼女の大怪我がそれを許さなかった。身じろぎするだけでも寿命を縮めるほどに身体が悲鳴を上げ、呼吸も虫の息である。
ついには喀血し、彼女の口内は血の味で占められた。
レティとてルミナを治癒しなければ死ぬと頭では理解しているのだ。だが彼女の脳裏には大怪我を負わされてもなお不敵に笑い、マルフィックをゴミ虫のごとく見下ろすルミナの姿が目に焼きついてしまった。
ルミナの蛮勇は、レティには恐怖の対象として目に映ってしまったのである。
ルミナの精神性は確かに常軌を逸しているだろう。致命傷にすらなり得る傷を無視し、涼しい顔を魔物の命が尽きるその時まで保った。
だが少なくとも彼女の身体はれっきとした人間である。
その証拠に彼女は虚勢の代償が祟り、死に瀕していた。
このままではルミナは死ぬ。
「――やだっ!!」
子どもの癇癪が戦場の跡地につんざいた。
「やだ、ルミナしぬの、やだ! レティ、なんとかして! おねがいッ!」
ルガはレティの服の裾を掴んで揺らし、彼女に懇願していた。その目に浮かぶ大粒の涙は痛々しいほどに切実な思いが込められていた。
ルガにとってルミナは大切な保護者である。
マルフィック討伐のために一旦別行動を取る際には、いの一番に声を上げて残念がるくらいには、彼はルミナにとても懐いていた。
まだ数年としか生きない子どもにとって、親とは自分の世界の多くを占める存在だ。
ましてや現在、ルガの親代わりの保護者となっているルミナとの決別は、幼い彼には耐えがたいものであった。
ルガの潤んだ目と訴えからレティは我に返り、ルガの悲壮なカオを見てやるべきことを実感した。
「も、《モノ・ヒール》!」
無我夢中で唱えた回復魔法だが、効果は正確無比だ。的確にルミナの傷は徐々に塞がって治りを見せる。
なんとかルミナの峠を越えることは避けられたが、ルミナの血がベッタリとこびりついたローブはそのまま。大量の出血は元には戻らず、彼女はロクに立てずにいた。
小さく肩を上下させる彼女に、レティは己の過ちを自覚して徐々に顔をゆがめる。
「あ――あぁぁああ、ごめんなさい、私、わたし、回復が遅れて――ッ!」
「いいん、だよ。驚かせてしまったようで、悪いね」
息も絶え絶えにルミナは告げる。口元にはいつもの笑みを描こうとして、しかしやや破綻していた。
ルミナは己の蛮行もあるが、レティの判断遅れにより死にかけた。にも関わらずレティを庇い立てて謝罪すらする。
レティはそれに余計に罪悪感を煽られてしまい、ギュッと痛む心臓を上から抑えた。
「《タタラ、おぶって、くれ》……」
「ハァ? 人使いが荒いヤツ。こっちだって疲れてンのによォ」
「キミ、なぁ……」
タタラは相変わらず空気を読まず、ルミナへの嫌悪を隠しもせずに、しかし命令だけは聞く。
ルミナを回収したタタラは暗い面々を引率し、村の方へ向いた。
「ほら、帰るぞ」
「は、はい……」
「うん!」
ルミナが一命を取り留めたことに安堵するルガだが、レティは暗い顔をして頷いた。
帰り道、魔物との戦闘で勝利を収めたにも関わらず、ルミナが小さく呼吸を繰り返すばかりなせいで空気は暗かった。
☆
下山後に来た屋敷の近くにいた村の人々は、激戦後の雰囲気を醸し出す一行に対して息を呑む。
もしや、と期待の空気が辺りでざわめいていた。
「レティ、さん」
「っは、はい!」
遅れた回復に負い目を感じているレティは呼ばれて大袈裟に反応する。タタラの背で弱々しく息をするルミナは少し微笑んで言葉を紡いだ。
「キミが、村の人たちを安心させると、いいよ」
「……はいっ」
ルミナの意を汲んだレティは一歩前に出る。
胸を張って、彼女はまず己が身の無事を主張した。
「皆さん、マルフィックは旅の方々が倒してくださりました。もうご安心ください!」
レティの言葉に、村人たちから歓喜の声が湧き上がった。
両手を上げて喜ぶ大人、子と抱き合って生にむせび喜ぶ母、安堵から脱力しきってしまいついには地面へへたりこむ者もいた。
魔物によって抑圧された自由が解放され、彼らは晴れて支配者に命を脅かされる非日常から解き放たれた。
「ああ、良かった……! レティシア様も無事で何よりです!!」
「旅人さんたち、本当にありがとうございま――ひ、一人大怪我をしてるじゃないか! 早く道を開けてやれ!」
浮かれかけた村の者たちは、血まみれのローブを着るルミナを見つけては屋敷への道を開けた。
「すみません、ありがとうございます。客室までご案内しますので、タタラさんはルミナさんをそこまでお願いします!」
「ヘイヘイ。オレは馬車馬じゃないんだけどな……」
タタラがぼそりと不満を垂らしたが、ルミナの処置に追われるレティの耳には届かなかった。
タタラたちは再び西洋館へ足を踏み入れると、正面の階段を登らずに脇にある通路から奥へ案内された。
案内人のレティは部屋の中心にある良質なシーツのベッドへルミナを下ろさせるなり、ルミナの三角帽子を傍に置いて腕をまくる。
「タタラさんとルガくんはお隣二つの部屋を使っていただければ……あ、お怪我はありませんか? あれば魔法で治しておきますよ」
「あーオレ、ちょっと怪我が――」
「たいしたことない! ありがと、レティ。ルガたち、となりでやすむ!」
「お、オイ、引っ張るんじゃねェよ!」
タタラが口角を上げて発言した瞬間、経験則に準じてめざとく何かを察したルガはタタラのパーカーの裾を無理矢理引っ張った。
大の大人だがタタラはルガには敵わず、彼は成す術なく道連れにされて退室する羽目になるのだった。
騒がしい二人が部屋を抜けたことを目視し、レティはルミナに向き合う。
「ルミナさん、具合はどうですか?」
「まあ、大丈夫さ。休む必要は、あるけど」
「……服が血まみれですから、まずは着替えてから休んでください。お着替え手伝いますよ。ローブ失礼しますね」
「ハレンチだね」
「はっ、はは、は、ハレンチ!? ち、違います! 治療の一環ですから!!」
外に出た血は放っておけば菌の温床になりかねない。ましてや傷を塞いだとは言え重傷人だったルミナは免疫力が下がっており、感染症を恐れたレティはまずローブに手をかけた。
が、戯言を抜かすルミナに一旦医療行為が中断された。
「冗談だよ」
「い、今はからかわないでくださいよ」
「すまないね、反応が面白いからつい」
「……ルミナさんって意地悪ですね」
頬を少し赤らめて恥じらいを見せた被害者は頬を膨らませ、行為を続行した。
ローブが脱がされたことで血のニオイが室内に満遍なく広がる。鼻腔をつんざく死の香りはレティには嗅ぎ慣れぬ種類のものだった。
取り上げたローブの血がレティの服について汚す。一瞬身体が強張った彼女だが、すぐに我に返ってはおずおずとルミナへと問う。
「ぜ、全部の服、脱げます? 恐らく血が付着していますでしょうし……身体も拭かないと」
「水とタオルと服さえ用意してくれれば、全部一人でやるよ」
「しかし……!」
「うら若き乙女の裸を見ようだなんて、レティさんなかなかやるね」
「いえっ、ですから! そうじゃなくってっ! ……っていうか、別に同じ女でしょう!?」
「……昔、同じ女に、ベタベタと身体を触られてね……」
ルミナは乾いた笑いをこぼしながら視線を虚空へ移す。
哀愁のある表情の背景には複雑そうな過去をがあると汲み取ったレティは、ハッとして居た堪れなくなって視線をさまよわせた。
「す、すみません……配慮が足らず。た、確かここのタンスにいつも客人用の服が……ありました! 水とタオルを準備してしますので、少々お待ちください!」
ドタバタと急ぎ足で整える彼女はベッドへ着替えを置くなり、部屋を出て駆け足で必要な物を取りに行った。
数分足らずで帰ってきた彼女は、水入りバケツにタオルを浸しては水を絞り、ルミナへ差し出す。
「私は外で待機していますから、終わったら呼んでください」
「うん、ありがとう。迷惑をかけるね」
「め、迷惑だなんて、そんな! ……私の方こそ……」
途端にレティの顔が暗くなる。憂う顔で退室した彼女に、ルミナは清められたタオルで身体を拭きながら困ったように笑みをこぼした。
「……うーん、触られた件、師匠と風呂でふざけ合った時のことなんだけども」
ルミナの口調は大怪我を負った割には非常に軽いものだった。
ルミナはおぼつかない手取りで貧相な身体を拭き、レティとのふざけた応酬をした隙にローブの中から布団へ隠した物品たちを一瞥すると、血も汗も柔らかいタオルに吸い取らせた。
全身を湿らせた頃にはタオルも変色し、バケツの中は赤く濁った。中から鉄臭いニオイが立ち込めるが、ルミナは気にせず用意された服へ袖を通す。
「レティさん、終わったよ」
「はい、失礼しますね」
ルミナが部屋の外で待機していたレティを呼ぶなり、律儀に待機していた彼女は再度入室する。流石に血のニオイが強すぎたせいか、彼女はバケツの赤い水を深刻そうに見つめた。
「……血がこんなに……よく意識を保てますね」
「朦朧としてるけどね」
「えっ!? よ、横になって休んでください……!」
「うん、そうさせてもらうね」
急激に大量の血液を放出したことによりルミナの血圧は低下し、顔は青白くなっていた。
ルミナは飄々とした態度からそうとは感じさせないが、貧血の重症者である。
異常性を見せつけてマルフィックやレティを怯えさせたが、それも所詮は虚勢。やはり休息は必要だった。
前開きの白いブラウスと、広がりのある丈の長いズボンに着替えた彼女はベッドの上で横たわる。それを確認したレティはバケツを回収した。
「ありがとう、レティさん。いやぁ、申し訳ない」
「いえ! お礼を言うのはこちらの方です。あなたがいなければ、マルフィックにいいようにされていたでしょうし、むしろ……」
レティの瞳が揺れる。
ルミナを直視することもせず、しかし様子をうかがうように彼女をチラチラと視線を寄越していた。
レティは言葉に詰まって何か逡巡していた。やがて彼女は決心したのか、勇気を振り絞って口を開く。
「……怒っていないのですか、ルミナさん」
「うん? 裸を見ようとした件なら、別に」
「いえ、そちらではなくっ」
的外れな発言はレティの否定の声を上ずらせた。
「あなたに回復魔法をかけることを……ためらってしまった。あってはならないことなのに」
ルミナが今、重度の貧血に見舞われているのはレティが治癒を躊躇したからだ。
レティの意志の弱さでかの英雄を殺しかけた。その懺悔から、レティはルミナの看病に積極的だった。
だがルミナは朗らかに笑い、更には礼すら述べる。
レティにはそれが果たして底無しのお人よしゆえか、それとも逸脱した精神性ゆえか判断がつかないままだ。
しかし彼女は「ルミナを殺しかけた」という罪悪感に苛まれていた。
「ためらった理由を聞いてもいいかい?」
「……それは」
「別に怒らないよ。何はともあれ、ボクはキミに助けられたんだから」
ルミナは過程を無視し、現状に注視する。
叱られることを覚悟して萎縮しているレティだったが、肝心のルミナが憤慨する様子は全く見せない。
結果を理由に怒らない彼女を信頼して、レティは口を開く。
「…………『モノ・ヒュード』で切られてもなお、平気で動くあなたが。血だらけになってもマルフィックを尋問するルミナさんが。死にかけてもなお不敵に笑う様が、恐ろしく、見えて――っ」
レティはその心境を吐露する。
「まるで――まるで、『化け物のよう』と思ってしまい……っ! あなたはむしろ助けてくれた恩人にも関わらず、私はあなたにとても失礼な思いを抱き、あまつさえあなたを殺しかけた!」
「そっか。ごめんね、ビックリさせたか」
レティは実力者の娘として育てられはすれど、のどかな島でのびのびと力をつけただけの温厚な娘である。
センリュシアはレティを「戦場を知らない」と称した。
その言葉の通り、レティは戦場の苛烈さを身に染みて経験したことはなかった。十七年もの人生のうち、それほどまでの窮地に追い込まれた生活とは無縁だったのだ。
レティシアは見通しが甘かった。
自分がいかに戦場の威圧感に、血が飛ぶ光景に、命がさらわれる状況に対しての意識が低かったか思い知った。
穏やかな島で命の危機に瀕することなく育ったお嬢様は、血生臭さを知らなさすぎたのだ。
「血は怖いかい?」
「はい……とても。今でも正直、この部屋に充満するニオイだけで、手が震えるほどに」
「なら余計に悪いことをしたね。あの時はあえて攻撃を受け止めた」
「……えっ?」
ルミナの被弾は捨て身による産物だった。レティの困惑と驚嘆の声は置いていかれて説明は続けられる。
「だって、ボクが避けたらキミに当たるじゃないか」
「そ、れは、そうですが……まさか、私を守るために被弾なされたのですか……?」
「センリュシアさんとの約束もあったしね。まあそれだけじゃないから気に病まないでおくれ」
レティの顔が泣きそうなほどに歪む。己を守るために身を挺した結果、ルミナの胴体は切られて惨事と化したのだ。
自分のせい、と自責的になるには十分すぎる理由だった。
だがルミナはけろりとしてレティの自責を拒む。
「いかに魔物に知性があれど、所詮は人間の感情からなる存在。だから感情――本能に忠実なんだよ、ヤツらは。一度恐怖を煽れば、簡単に怯む」
普通より浅い呼吸で解説するルミナは、一度は倒した身を起こした。
「素直になってもらうには、ヤツが怯えるような化け物のフリで怖がらせる方が、手っ取り早いと思って。回復ならレティさんがいるから、って気を抜いてたけど……」
「も、申し訳ありません……」
「いや、考慮できずに勝手な真似をしたボクの判断ミスだよ」
計算で動いた己に責があるとしてルミナはレティの謝罪を受け取らず、非難する素振りすら一向に見せない。
ルミナは確かにレティが畏怖するほどの精神の持ち主だ。
化け物じみたフリを見せたのはただの作戦であり、ルミナの本性ではなかった。
しかし少なくとも命の瀬戸際に立たされようとも他者の恐怖を認め、咎めぬその精神――レティが『寛大さ』と捉えた彼女の器の広さは本物だった。
レティの恐れは段々と薄まる。むしろ先ほどより尊敬の念を強めて、ルミナをまっすぐと見ていた。
「……ルミナさんは強いですね」
「だから言っただろう、ボクは強いんだよ」
茶化して強さをアピールする病床人に、レティは少し気を緩めて微笑む。多少の畏怖はあれど、それ以上の頼もしさが上回って彼女はルミナに気を許した。
「あなたは……類を見ないほどに心がお強くて、思慮深くて、魔法も強くって。あなたたちに助けを求めて、本当によかった」
レティは足手まといにすらなった。
しかしルミナは呆気なくその弱さを許し、村まで救ってしまった。
レティの目から見たルミナの印象は初対面時とガラリと変わった。尊敬する母と同じく、レティはルミナへ心の底から敬意を払うようになったのだった。
「しかしやはりこのままでは忍びありません! 何かあなたにお礼とお詫びをしたいのですが……」
「へぇ、なんでもしてくれる?」
「わ、私にできることなら!」
尊敬と、胸につっかかる申し訳なさ。それが彼女を安易に頷かせてしまった。
「ならここで二日間休養させてくれ。その間、ルガとタタラに食べ物を与えて休ませてくれるかな」
「そ、そんなことでいいのですか……?」
元よりそのつもりであったレティは困惑するが、ルミナは肩をすくめておちゃらけたように頷く。
「彼らは大食漢だよ。果たしてもてなしきれるかな?」
「――ええ。アーシェント家の名にかけて、保証しましょう!」
レティは育ち盛りな胸を張り、自信満々に告げた。恩人のためなら張り切る彼女は実に誠実で、それがルミナの口角を上げさせた。
「じゃあボクは休むから、レティさんも休むといいよ。疲れたろう」
「あなたほどではありませんが……わかりました、ではお言葉に甘えて、お母様にご報告した後に休ませていただきます。静養なさってくださいね」
「どうも」
水入りバケツを両手で抱えてレティが退室すると、部屋には静寂が訪れた。
ルミナはしばらく扉を眺めていたが、小さく嘆息すると視線を落とす。
「――いるんだろう、タタラ。盗み聞きするなんて相変わらずだ」
「暇だったモンでな」
「ならルガの遊び相手にでもなってやるんだね」
「アイツの相手なんざ、オレが二人いても足りねェ」
窓がルミナの助け無しで開けば、外からぶっきらぼうな男の声が響く。窓から部屋内へタタラが顔を出し、彼はケラケラと嘲笑してルミナを見下す。
「一番安全圏にいたクセに重傷とか、だっせェ。いい気味だぜ」
「キミなぁ……」
病人を揶揄しに来たタタラに呆れた声が向けられる。
「それにレティのヤツも哀れだな。ルガと同じくテメェに騙されやがって」
「キミはボクの身体に障ることを言いに来たのかい?」
「ああ、そうだぜ?」
「変態。身体を触りに来たんだ」
「誰が無乳ゲス娘なんかに欲情するか」
言葉の綾で弄ばれたタタラはたちまち毒を吐いた。窓の枠に頬杖を突いた彼は、上半身をベッドへ倒すルミナに対して貶すために口を回らせる。
「ドン引きだぜ。テメェはたまにしか嘘は吐かねェが、あんまりにも言葉足らずが過ぎるだろ」
「何のことだか」
「別にテメェ自身も回復魔法は使えるだろ? 使い時が限られてるだけで」
「……キミに使ったこと、あったっけ?」
「忘れたとは言わせねェぜ。オレは一回それで死にかけたんだからな」
人を癒す力のハズの回復魔法だが、ルミナのそれは凶器になる。その威力を己が身をもって体験したことのあるらしいタタラは忌々しげに歯ぎしりをこぼす。
「レティの回復なんざ受けなくとも、テメェは死に損なったワケだ。だがわざわざレティからの回復を待ってこのザマ。すると回復の遅れたレティはテメェへの罪悪感と恩をより強く感じる」
タタラはベッドで力無く横になるルミナに対して目を細めた。
「村でも、マルフィックとの戦闘で軽傷で済んだオレたちの引き立て役となったことでオレたちが目立ち、まさかテメェがオレたちより強い魔法使いであることは誰も考えない」
「そこまで考えるなんて、流石」
「『そこまでは思いつかなかった』なんて言うなよ。どうせ他にも言ってねェ企み事はたくさんあンだろ?」
「そうだね」
「断言されるとそれはそれで癪だな」
あっけらかんとした肯定にむしろ不満が募らされた。
タタラは嫌悪に顔を歪める。ひどく不愉快げなカオは唾すら吐きかねなかった。
「相ッ変わらず、腹の黒い腐れ魔女だこと。気持ち悪りィ」
「素直な人は大好きさ。ボクに向ける感情がどんな好悪でも」
「ゾッとするからやめろ。とっととくたばっちまえ」
剣呑とした会話はタタラの足音を合図に終わる。
去り際にタタラが罵倒を吐き捨てて。
「――こんの化け物がよォ」
遠ざかる気配と共にルミナは薄く笑う。
旅の仲間であるタタラに罵られ、だと言うのに彼女はどこか誇らしげに天を仰いでいた。
「追加で《命令》だ、タタラ」
彼の罵倒を歯牙にもかけず、遠慮もせずにルミナは言葉をかける。言霊の伴った命令は彼に一瞬足を止めさせた。
「……ほんッと、人使いが荒いな」
ルミナがタタラにかけたまじないは、しかと作用した。タタラは渋い顔をしながらも拒否することなく――拒否できずに、ガシガシと後ろ髪をかきながら承諾したのだから。
それを確認したルミナは酷使した身体を休めるべく、静かに目を閉じるのだった。