表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/20

音速獰帝<マッハ・ボウイ>②

突然の童貞宣言。しかも目の前でこんなに大声で。訳がわからなかった。

さっきまで圧し掛かってくるようだった空気が一気に軽くなった。


気づくと、目前には白い桜のような形をした花弁が舞い、タバコのわずかな残り香だけ。彼の姿が消えていた。


「ここだ。」

背後から声。私は振り返る間もなく男に膝裏に蹴りを入れられ。

「うわっ。」

体勢が後ろに崩れる。

次いで左前方に一瞬で移動すると男の右肘は私の前胸部を突いた。転倒が決定的になる。そして瞬く間に背後を取るとそのまま私の前頭部を掴み、力いっぱい地面に向かって押し込んだ。まるで分身したのかと錯覚するほどの速度。膝を曲げて仰向けに押さえつけられる。

視界の上から逆さまに顔を覗き込んでくる男。先ほどの無表情から一点。怒りと拒絶が人の面を被ったような威圧感に私は息をのんだ。


「このチカラはな、散々女共にバカにされてきた俺に、神様が与えてくれた光なんだよ!自分の為に使って何が悪いんだ!!」

不敵な笑みも交えて表情はより混沌となっていく。

「お前ら売女に身も心も売らねぇっていう矜持を叫ぶ!声が届く範囲なら何処までも!指も手も足も!俺は人智を超えた速さに至る!!これが、俺のチカラ!音速獰帝<マッハ・ボウイ>だっ!!」


SNSで噂されていたイカサマのカラクリが分かった。変な独り言は今の童貞宣言のことか!声が小さくてもカードゲームのテーブル上なら十分悪事が働ける。異常な速度のシャカパチも、バレちゃいけないイカサマで満たされない、チカラの顕示欲が形になったものだったのか!

そしてカラクリ以上にマズい事実が発覚した。

この男の能力、とんでもなく戦闘向きじゃないか。私の手に負えない相手というのは今の体勢が既に物語っている。

腕力こそ長けている様ではなかったが、女子高生上がりの私が逆らうには及ばなかった。シャカパチスタの腕を掴み返して振りほどくことも、上体を起こすこともままならない。

「あっちを見てみな。あの女、お前と一緒に昨日気持ち悪そうな顔して俺たちの部屋覗いてたよな。」

男が私の首を力づくで90度右に向ける、先ほどまでサークル棟の角に立っていたが、仰向けに倒れたため広場の様子が見える。姿は見えずともシャカパチスタの大声が届いた様子で、すこし皆ざわついている。その中で、灰色で薄手のパーカーを羽織った女性が目に留まる。昨日サークル棟を案内してくれた先輩だ。

「変な空間に呼び出してきたあの男も言ってたよ。俺のチカラで人助けしろって。何が面白くてそんな慈善活動しなきゃいけねぇんだ。そんなのはお前ら偽善者だけでやってろよ。ハハッ。折角だから仕事でも用意してやろうか。」

シャカパチスタは左手に持っていたタバコを私に見せつけた。さっき火をつけて一回吸っただけだからかなり長さは残っている。そのまま思いっきり吸ってみせる。先が勢いよく燃えて灰になる。悪意のある笑顔を覗かせた後、白い花弁を残し再び男が消えた。私は姿勢を取り直そうとすると同時に、男があの女の先輩の背後に瞬間移動したのに気付いた。首の後ろに垂れるフードに何やら左手を伸ばしている。先輩が振り向くより一瞬早く、男は私の前に戻ってきた。向こうにも花弁は舞っているが、先輩はそれにすら気付かない。私にしか見えないのか?

「愛煙家には肩身が狭い大学だと思わないか。灰皿の一つもありゃしない。マナーを守るためには、ああするしか無ぇよなぁ?」

この野郎。私に危害を加えるだけ飽き足らず、お世話になった先輩のフードにタバコの灰を捨てやがった!説得で押そうとした自分の甘さも含め、完全に堪忍袋の尾が切れた。

「灰とはいえ今日は乾燥してるし風もない。もしかしたら首の裏が火事になっちゃうかも知れねぇなぁ?さっさと助けてやったらどうだ?」

先輩は気付く様子がない。私が声を掛けないと。

「ま、大人しくして欲しけりゃ俺に今後構ってこないことだ。なに、好きにさせてもらうが直接迷惑は掛けねぇよ。じゃあな後輩ちゃん?」

またしても一瞬で花弁を残して男は消えた。叫び声が届く範囲の瞬間移動ならそう遠くには行けないはずだが、先輩を助けてからじゃ完全に見失う。

「クソ!!」

男を逃がすのはもうしょうがない。私は先輩の元へ駆け寄った。


「あら、昨日の新入生の子ね!どう?入るサークルは…

「ちょっとすみません!」」

私は挨拶も後に先輩のフードを大慌てで失敬した。僅かに燻っているものの、火種を起こす事なくタバコの灰が残っている。汚いとか熱いかもとか、そう考える前に灰を摘んでフードの外へ放った。

「アハハ。どうしたの急に?」

「遠くから先輩のフードにイタズラされてるのが見えて、変な物でも入れられてないか気になって走ってきちゃいました!」

「あらそうだったの。フフ、ありがとね。でも危ないから走っちゃダメよ。」

先輩は能天気だったが大事にならなくてよかった。

「犯人逃げられちゃったみたいです。」

「気にしなくていいのよ〜ありがとうね〜」

先輩は手を振ってサークル棟に戻っていった。大したことなくてよかった。

 ただ先輩が思ってる以上に事は大きい。男の能力については判明したが、一度逃げられると今後のアプローチは困難だ。一応チカラの詳細という手土産は出来た。一旦引き返すか?

 思考を巡らせいると、目の前に白い粒子が漂っている、それにこの臭い。

 私が取り除いたアイツのタバコの灰。さっき地面に捨てたはずだが風もないのに意志を持ったように一定の方向へ立ち上る。よく分からないが男のチカラの影響か?サークル棟とは正反対、本学棟の屋上へ向かっていった。視線をそちらに向けると、赤いシャツの男が屋上のフェンスにもたれているのが見える。シャカパチスタだ。どうやらこの灰は持ち主の元に戻ろうとしているらしい。私は本学棟へ急いだ。



本学棟屋上、ほぼ終わりかけのタバコを吸いきろうとする男がいた。一服終えたら立ち去るつもりでいた彼だが、こんな時に限って普段よりタバコが長く味わえている気がした。

急いでもいないしあの女も撒いた。焦る事はないし寧ろ得した気分に浸っていると、昇降口の扉が勢いよく開いた。



「見つけたわよクソ野郎!!!」

 シャカパチスタは驚いて私の方を向いた。何故ここがばバレた?という表情をしている。タバコを捨て、大きく息を吸う構えを私は見逃さなかった。

「逃げても無駄よ!」

男は吸った息を堪え切れず吐き出した。

「私のチカラでアンタはもう補足してる。逃げようが今みたいに永遠に追跡してやるから!」

 私はハッタリをかました。本当はこれ以上逃げられたらどうしようもない。博打だが心理面で枷をかけるしかなかった。

サークル棟の裏で見たのと同じように、男の顔がまたみるみるた歪んでいく。

「ああもう本当に意味が分からないよお前ら女はさ。俺の思い通りになった試しがない。」

 しまったな。逃げる様子はないけど、無力化どころか取っ捕まえるプランもない。タバコの灰を辿ってこれるからって勢いに任せてここまで来てしまった。色々後悔が押し寄せたが遅い。

「もういい。もういいよ。追って来るならやってやるよ!」

今度は男は叫ぶ事はなく、だがハッキリと私に聞こえるように、

「俺は、童貞だ。」

そう口にした。視界の外、左から突然胸倉を掴まれ、そのまま屋上のフェンスに叩きつけられる。押さえつけられた私の上体はフェンスの外。一歩間違えば本学棟4階から真っ逆さまだ。

「お前ら、ちょっとでも足が早けりゃ、顔がよけりゃ、優しくされりゃあ男にホイホイ節操もなく集るくせによ、俺にはゴミみたいな視線をくれやがる。ずっとムカついてた。挙句今度はチカラの事にまで横槍入れてきやがってよ、もう訳わかんねぇよぉ、なぁもう何なんだよ全く、あぁあ?」

怒りと共に、男は涙を流していた。情緒が破綻している。いや破綻しているのは情緒だけじゃない。呼び出した時、この男は最初明らかに嬉しそうにヘラヘラしていた。女への態度の一貫性もない。

 女の子と仲良くなりたい。あわよくば付き合いたい。でも思い通りにいかない。コイツのチカラの根源はそのコンプレックスにあるのか?

そう考えた時、男のチカラを封じる1つのプランが浮かんだ。荒っぽいがやる価値はある。

 こう考えている間も男の独語は止まらなかった。胸倉の手を離さず押し付ける一方、顔と台詞は悲壮なまでに崩れている。もうシャカパチスタ自身ここからどうしていいのか分からなくなってないか?だが屋上はまだコイツのチカラのテリトリー。背後、地上に目をやる。本学棟の裏庭は広葉樹が茂っており、地面は見えないが確か芝生になっていた。学内の動線からも外れており人はまず立ち入らない。


コンディションはいい。あとは一言。

「私だけじゃ死ぬかもしれないからさ。アンタ助けに来てよね。」

この一手で、お前を、


幸せにしてやる。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ