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音速獰帝<マッハ・ボウイ>①

チカラの面倒事に自ら首を突っ込むことを決めた翌週。大学の入学式が催された。

 中学高校時代のような高揚感はなく、式はスーツで座っているだけで恙なく終了した。学部が違うメガ美とは離れた席だったが、式が終わった後に会場の外で話すことができた。一年目はメガ子も他学部と同じ講義を何個か受けて単位を取るらしい。大学でも一緒に過ごす時間があると知った私は少しうれしく思う一方で、ズべ乃も元気にやっているか気になった。


『式は明日だよー!避難とバイトの生活からやっと解放されるわ!』

様子を聞くとすぐ返事が来た。元気そうでなによりだ。

『サークルとかそっちは充実してそうでいいよねー!』

 ズベ乃が言う通り、スーツ姿で校内を歩いているだけで先輩方から勧誘の声が四方八方から掛かってくる。サークル棟も近いらしい。なんとなくスポーツ系を考えていたが、一緒にいたメガ美は文化系の活動を見たいと言ったので棟内の見学に付き添うことにした。勧誘の1人が文学部の方だったのでそのまま案内してもらう事に。

「入口に近いところから、奥に行くにつれ音が賑やかになっていきますね。」

 メガ美が部屋の並びに感心している。確かに最初は静かな部屋が多いと思っていたが、徐々に演劇の台詞や歌唱で賑わってきた。

「そーなの。活け花、茶道、文学、囲碁将棋、映画研究、演劇、コーラスって部屋の並びで、互いの活動に極力障らないようになってるんだけど、」

コーラスサークルの部屋を通り過ぎる辺りで先輩が言い淀んだ。

「おっしゃ神引きキター!うぉツエー!」

先程までとは異なった活気、というか奇声が廊下に溢れた。

「はぁ。こっから先がカードゲーム、TVゲーム、アニメ、漫画の同好会よ。」

 手前の窓から部屋を覗くと、脂ぎった洒落っ気皆無の男が箱から小袋?を出しては包装を剥いてブツブツ言ったり叫んだりしている。

 ゲ、奇声の主と目が合った。男は眉を潜めると、再び小袋を剥き始めた。先輩の言葉以上にここから先は空気が淀んでいるのが伝わってきた。

「避難明けだからサークル活動で発散するのはいいんだけど、この先の人達は普段から変な声出してる印象かな。別に偏見とかじゃなくね。気になるなら奥も見ていく?漫研とかなら女の子も一応いた筈だけど。」

 私たちは首を横に振った。アニメや漫画も嫌いじゃないけどわざわざ集まらなくても1人で楽しめばいいと思うし、描く側には興味がない。最深部に進む勇気は尚更持ち合わせていなかった。



「いろいろ凄かったね、サークル活動。」

沢山の勧誘ビラを眺めながらメガ美と一緒の帰り道。

 あの後付き合ってもらって屋外のスポーツサークルも何ヵ所か回ったが、サークル棟の奥から響いた奇声がまだ耳に残っている。

「今年は避難があったから例年通りか分からないけど、だいたい皆1ヶ月以内にどこに入るか決めるらしいよ。ナキちゃんはもう候補決まった?」

「文化系なら昔習ってたピアノが弾けるサークルか、運動系で大学らしさがあるってなると、テニスかなーって思ってたけど。」

「けど?」

 ここであのネトスト野郎がふと頭に過った。協力してくれと言ってたけど、どれくらいの頻度で手を借りるつもりなのだろうか。このままだと私大学生活全力でエンジョイしちゃうけど、あの男の依頼と両立できるのかな?

「まぁゆっくり考えるよ。明日のオリエンテーションとか講義の組み方も抑えて、活動時間と両立できるかも見定めないとね。」

 自宅に帰り今日の出来事を母に話す。主に入学式とサークルについて。ゆっくり決めるのはいいけど後悔しない様に慎重に選びなよ、と当たり障りのないアドバイスを貰った。


夕食後、スマホの通知が鳴った。画面は開かなくても内容がロック画面に表示される。内容は見ずともこのアプリでの連絡という事で大体察しがついた。


『早速だが頼みたい事がある。』

ネトスト野郎からだ。また前にみたいに異空間に連れて行かれるのか?ちょうど風呂を沸かすところだった。入浴後に昨日の様な長くて疲れるやり取りはゴメンだと思い、ため息混じりに自室に戻った私はやむなくSNSを開いてやった。



 前の教会とは違う、机と椅子が何台も、向かい合うようにして並んだ無機質な部屋に飛ばされた。私とネトスト男は対面して座っている。近い。

「君はカードゲームについてどう思う?」

 男は唐突に切り出した。悠長に話す時間があるなら帰って入るサークルでも考えるわ、と言いたくなったが、仕方なく答える。

「昨日まではただの男子の遊びだと思ってた。今日大学でカードゲームのサークルを覗くまではね。今の印象はイマイチかな。ゲームそのものよりも遊んでる人の雰囲気がね。」

私は率直に述べた。

「一重にカードゲームといってもトランプのお遊戯、商用のホビー、カジノではポーカー等のギャンブル。最近はデジタル媒体のものもある。共通してるのは、強さと品性あるプレイヤーは相応の名誉を手にすること。分野の発展には新規、弱者の参入も歓迎されるべきだが、素行の悪い者は是正、若しくは淘汰されるべき。サークル活動もそうだろ?」

この男は相変わらず喋り方がどこか鼻につくな。

「このカードゲーム界隈でチカラの悪用を働くヤツがいる。SNS上での報告から犯人を割り出した。」

そう言うと男はあるアカウントを私に見せてきた。

『シャカパチスタ』という名前。いわゆる美少女キャラをアイコンに、自己紹介文には何やら優勝歴だの○○使いだのと自慢気な語句が並んでいる。

「こいつがどうかしたの?」

プロフィールだけでは当然判断できない。男に尋ねると、今度は別の画面を見せてきた。『シャカパチスタ』の検索結果だ。

『キモい独り言からの超キモい速さのシャカパチ。シャカパチスタって言ってたな。こういう人がいるからカードゲームイメージ悪いんよ』

『シャカパチスタとか言うヤツ大会で絶対墓地のカード抜きやがった。イカサマの瞬間は全く分からなかったけど状況的に間違いない。指摘しても無視。証拠ないから失格にも出来ないって。皆さんコイツまじ気をつけて下さい』

『シャカパチスタ←この人イカサマします。発言も不快!公式試合来たら要注意です!』

名前を晒されるとは余程悪質なプレイヤーらしい。

「このシャカパチって何?」

 知らない単語について男に確認する。男は薄いプラスチックで一枚ずつ保護されたカードの束を取り出し、5枚ほど手に取ると、パチパチ威嚇音を立てながら異常な速さでシャッフルした。

「カードもスリーブも痛むから僕は普段あんまりやらないんだけどね。カードゲーマーのペン回しみたいなものかな。手癖になってるプレイヤーは結構多いよ。」

その前にお前もカードゲーマーなんかい。心の中でツッコんだ。

「君と同じ様に彼をココに呼び出したんだが、態度からしてやはり何かチカラを得た様だった。手際のいいイカサマもその所業だろう。ただ残念なことに我々に協力してくれるような人物じゃなかった、チカラの詳細も教えてくれなかったし関わるなと言って出て行ってしまったよ。」

 正直シャカパチスタとやらが取ったその反応も無理はないと思った。私は言われるがままこの男に従って、チカラも把握されている。けど自分の新しい能力に戸惑う中で、冷静に考えたら敵か味方かも分からんヤツの誘いを、報酬有りとはいえホイホイ受けて良かったのか。私自身まだよく分かっていないのも事実だ。

「彼がこれ以上悪事を働かない様に説得、無力化して貰いたい。」

ん?このマナーの悪いカードゲーマーをしょっぴくのが私の初仕事ってこと?面倒はある程度覚悟していたが、内容的に乗り気になれない。

「もっとこう、悪者から誰かを守ったり、事故現場で救出したり、なんとなくヒーローっぽい活動を期待してたんだけど。」

やるからには気分が乗る仕事をしたいもんだ、と思ったが、

「もしそんな案件があったとして、綿が出るだけの君に務まるとは思えないけどね。」

はっきりと言われてしまった。こればかりは確かに男の言う通りだ。

「現実の彼の情報も大まかに把握してある。彼の性格的にも、イカサマ程度の能力なら武闘派とは考えにくいから君に頼んだ。やり方はひとまず任せるから、送ったデータを参考に上手いことやってみてくれ。相談は乗るしこちらも出来る協力はさせてもらう。」

大事な手段についてはまさかの全投げだった。今の私は、この男が言うようにちょっと手品が出来る程度の一般学生だ。取れる作戦もそうない。

「まぁ、頑張ってみるけど期待すんじゃないわよ。」

私は扉から現実に帰った。



 標的に接触を試みる。手紙とかで回りくどくアプローチするのは性に合わないので直接訪ねることにした。驚いたことに、シャカパチスタの正体はウチの大学、サークル棟見学で覗いたカードゲーム同好会で目が合った奇声の主だった。会うのが楽な反面、私がアイツを呼び出すことで変な噂にならないかが心配だった。昨日と同様、爽やかなサークル活動が響く廊下を通り過ぎ、粘っこい空気漂う目的の部屋の扉を開ける。


「すみませーん、武藤先輩ってこちらにみえますかー?」

 シャカパチスタの本名を呼んで尋ねた。さっきまでガヤガヤしていた男子しかいない部屋に私の声が通ると、水を打ったように静まり返った。少し間があいてヒソヒソと、

「見ない顔だな、新入生か?」

「え、何、あいつ女に呼ばれるようなことあった?」

「イヤイヤあんな陽キャそうな子に?ないない!」

不安の通り、さっそく色めきたっている室内に居心地の悪さを感じていると、

「昨日ウチの部屋覗いてた子だよね?俺になんか用?へへっ。」

奥の席に座っていたシャカパチスタが、にやけた顔で歩み寄ってきた。

「お話したいことがあるんですけど、ここじゃなんなので来てくれますか?」

「お、おう。じゃあそういうことだからお前ら。」

シャカパチスタを連れ出すことには成功した。今のところ警戒はされていないみたいだ。むしろ変な勘違いを起こされている気がしなくもない。サークル棟の裏の角、表の広場の視界が通らない場所で私達は立ち止まった。

私が連れ出してここに来るまで、終始にやけっぱなしだった男から口を開いた。

「で、俺に用って何かな。」

似合っていない赤いシャツの胸ポケットからタバコを出すと、ライターで火をつけて一服決めだした。かっこつけているのか?ていうか、学内禁煙。

「聞きたいんですけど、最近自分の身におかしな事とかありませんでしたか?」

私の話を聞いて男は突然無表情になった。極力刺激しない聞き方をしたつもりだったが。

「君、あの男の使いか何か?」

 やばい。ネトスト野郎との関係を疑われている。でもチカラに関する説得だ、こう聞かないとどうにもならなかった。

「単刀直入に言います。チカラを使ってイカサマとか悪いことしてますよね?協力してほしいとまではいいませんけど、悪い事するのは止めてくれませんか!?」

 私は覚悟を決めて男に言った。率直すぎたか?抵抗される!と内心身構えたが、男の反応は予想と少し異なった。

呼び出した時の笑顔は消え、無表情で私の目、その奥を見られているような気がした。カードゲームサークルの雰囲気とはまた異なった、不穏な空気が重く纏わりついてくる。この男が放っているのか?そう思うと、気味悪いほどか細い声で男は囁きだした

「これだから女は、また僕の気持ちを踏みにじった。いつだってそうだあの時だってそうだ昔からそうだ、女はダメだ女は許せない女は」

 ブツブツと、独り言のように、喋る速度を速め女への憎しみを溢れさせる。男の纏う空気はさらに重く冷たくなる。右手のタバコから上っていた煙は、彼が放つ瘴気のようなものに流され真横に伸びて消えていく。

男の独語が突然止まった。空気も一気に引き締まる。

何かチカラで仕掛けてくる。直観を信じ私は彼から一歩距離を取った。

男は息を大きく吸う。空気の重さがピークに達する。


「俺は童貞だっ!!!!!!!!!」


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