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透明な少年②

 一転窮地に追い込まれ身を引く私。その拍子に、掴まれた肩と逆側に抱えていた鞄が揺れる。

タイガーが何かに気付いた。私の鞄を見ている。

「あ…。」

 厳密には、私の鞄にぶらさがるぬいぐるみストラップを注視していた。少し間があって、タイガーの威圧感は立ち消えたかと思うと、私の肩から離した手で後頭部を掻きソワソワしている。

「ひょっとして、私がファンだから、なんか優しくなってくれた?」

依然一言も語らぬ彼だったが、細かく頷いたりする仕草がなんだか可愛らしく見えてきた。トントン、と私の肩を優しく叩き、鞄のポケットに指を指し、手を差し出す。そこにはスマホが入っている。

「ツーショット撮ろうぜ、って言ってる?」

 なんだかつられて緊張がほぐれた私は、特に警戒することなくタイガーにスマホを渡す。タイガーは後ろに隠れていた少年の帽子をちょんちょんと突つくと、脇の下に伸ばした片手でひょいと抱き上げ、逆の手で持っていたスマホのインカメでこちらをパシャリ。

やさしくスマホを返してくれるタイガー。私と、神獣ワンダータイガーさんと、透明な少年の3ショットが完成した。背景コインランドリーの。

「はは、嬉しいけど、誰にも見せらんないなこれ。」

 いつの間にかタイガーに肩車されていた透明の少年もこちらの画面を覗き、タイガーと顔を見合わせる。英雄が体をゆらし、少年は両手を上げはしゃいでいる。私に追われて怯えていた様子はもうない。

ふと、肩車の中心、タイガーの首元に目が行った。全身タイツで今までわからなかったが、タイツと覆面の隙間、本来首が露わになる部分が、少年と同様、透明になっている。

そっとタイガーの首に触れようとする。公園で少年の腕を掴めなった時と同じように、タイツの襟とマスクの間の空間は、何も触れることができない。

さっきから何もしゃべらないし、そもそもコインランドリーの洗濯機から出てきた時点でおかしいとは思った。


ひょっとしてこのチカラの正体は。


 この後、鞄に入っていた色紙にサインまでしてもらい、私と少年へのファンサービスがひと段落したところで、神獣ワンダータイガーはじゃあ。というジェスチャーを残してコインランドリーの外、街のどこかへ行ってしまった。少年と一緒に手を振る私。塀の角を曲がって姿が完全に見えなくなってから、しまったと思った。緊張感がほぐれすぎて、透明人間。というか見かけ上は全身タイツに覆面の不審者を1人野放しにしてしまったことに気付いた。

 しかし少年とタイガーさん。2人同時に対処は出来ない。仕方ないと割り切る。

透明な少年に、こんどはゆっくり優しく、姿勢を落とし、肩に手を置き、見えない目を合わせ、問いかけた。

「チカラの持ち主に、会わせてくれるかな?」

少年はゆっくりと、一回、深く頷いた。



 公園と、コインランドリーとそう遠くない一軒の民家。少年に連れられて敷居を跨ぐ。玄関を開けると、ジーンズにエプロン、眼鏡をかけた大人の透明人間が少年を迎え、次いで私という来客があることに気づいた。服のシルエットや仕草から、少年の母親にあたる存在らしかった。

客間に通されお茶を出される。さっきまで手には何も付けていなかった様子だったが、お茶の準備の際につけたのだろうか。両手にはゴム手袋を付けている。

やはりだ。


公園で私が少年の腕を掴めなかったように、彼らもまた透明なままでは物には触れず、また触られる事もないのだ。ボールにせよ、湯飲みにせよ、何かに触れるには手袋、衣類を介さねばならない。少年も母も、それを理解している様だった。(もっと)も、透明と言うよりはーー。

お茶を用意した後、透明の母は立て続けに紙と鉛筆を用意し時計の絵を描く。示す時間は17時。今がその10分前だからそれまで待てと言うことだろうか。敵意もなく、もてなしも受けた。今私がするべきは、その時間を待つのみである。

部屋の時計が約束の時を指し、ゆっくり5つ鐘を鳴らす。程なくして、玄関の方からドタドタと慌てた様子の足音が客間に近づいてきた。

「真紀!?」

勢いよく扉が開くと共に、30代中頃のスーツの男が、息を荒げて入ってきた。今までの住人と違い、私と同じように声と肌を備えたごく普通のサラリーマンだった。

「お父さん、いえ、このチカラの持ち主の方ですね。」

挨拶も他所に私は問いかけた。


「今でも思い出すと胸が張り裂けそうです。悲しい事故でした。真紀と裕也に先立たれた私は、一時は死んでしまおうと思う程の絶望の底に叩き落とされました。このままじゃいけないと必死の思いで立ち直り、再び前に進むために、2人の遺品を整理をしていた時のことです。手に取った息子の服が突然光ったかと思うと、まるで衣類に魂が宿ったかの様に、シャツやズボンが裕也の姿と心を持ったんです。更に裕也が手を触れると、今度は同じ現象が真紀の遺品にも起こりました。私の未練がそうさせたのかもしれません。」


 真紀さんと裕也くんのお父さん。故人にもう一度会いたいというネガイが、衣類に持ち主の振る舞いを宿すチカラとなって現れ、伝播した。今回の騒動は、厳密には透明人間によるものではなく、意思を持って動き、チカラを拡散する衣類が引き起こしたものだった。コインランドリーで現れた神獣ワンダータイガーさんは、たまたま巡業中のプロレス団体が残した洗濯物に裕也くんが触れたことで魂を宿したのだろう。

 衣類がチカラで動いていただけ。どうりで透明な腕や首には実体がないわけだ。


「勝手に外でちゃダメだって言ったよな裕也。…いや、お前の年で外で遊ぶなと言う方が無理な話か。真紀はどこか自分の在り方を(わきま)えていたみたいだったんですが。…やっぱり、このままじゃいけませんね。」

 おいで、と手招きしたお父さん。駆け寄る裕也くんを優しく抱きしめ床に寝かせると、柔らかな手つきでTシャツを、ズボンを、畳んでいく。裕也君の襟や袖から光が溢れ、泡となって空中に溶けていく。さっきまでそこにいた透明の少年は、何の変哲もない、綺麗に折り畳まれた子供服へと戻っていた。


「お父さん…。」

「いいんです。寂しいのは確かですが、もう裕也はいないんですから。それに、最後にお姉ちゃんと遊べて楽しかったよ、そう言っている気がしたんです。」

 お父さんは続けて真紀さんの名前を呼び、静かに抱き寄せた。部屋は静寂に包まれていたが、2人が何か特別な想いを交わしているようにも見えた。真紀さんからも、淡い光がシャボン玉の様に浮かんではそっと弾け、先程と同じく、ただの畳まれた衣類へと還っていく。

「よかったです。真紀と裕也と過ごせる喜びはありましたが、今まで誰にも相談できず、一人で抱えていたので。いつか今回みたいな騒ぎになるんじゃないかと思っていました。ナキさんもその様子だと、何か特別チカラをお持ちなんですよね?ご理解がある方の協力のお陰で騒ぎが大きくならずに助かりました。裕也も、真紀も最期にナキさんに会えて報われたと思います。」


玄関の外でお父さんの見送りを受けて、私は門を出た。

厄介なチカラは、根源となるネガイを叶えるか、解消するか、潰す。

今のお父さんの場合、チカラの存在は悪でも不幸でもなかったはず。

けれど遺族への、言い方は悪いけど未練の様な物を、私が関わる事で解消する助けになった。

特別何かした訳じゃないし。遺族との2度目の別れを目の当たりにして辛い気持ちに襲われもした。けど、


チカラを知ってる私だからこそ、誰かの助けになれる。そんな気がした。


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