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街が灰になった日③

 私自身が光を放ったように感じた直後、一瞬遅れて爆炎が私を包み、煙の柱を巻き上げた。また死ぬんだ。こんな訳も分からないまま。

 ただ、おかしなことに己の不運を呪う余韻は随分長かった。それに熱も痛みも何も感じない。煙が晴れて、周囲を見渡す。地形の変化はないが、私の身を何かが包んでいる。

「これは…?」

全身を包むようにフワフワと、カラフルな綿が私を守るように広がっている。空爆の中身がコレだったってこと?いや違う。混乱している私に男が声をかけた。

「それは…綿か?君がチカラで生成したのか。そうか。ふむ。」

一人称が「あーし」じゃなかった時の比ではない程男は落胆したように見えた。

男が指を鳴らすと、避けた天井は戻り、黒煙は晴れ、一瞬で来た時と変わらぬチャペルに元通り。

「いや諸々悪かった。そっちの方が聞きたいことだらけだよね。どうぞ、答えられる範囲でよければ。」

散々な目に遭わせてくれた割には悪びれ方が弱い。だがやっと、ターンを私に回してくれたらしい。


「今何が起きたの!?」

まずは今頭に一杯の疑問を思いきりぶつける。

「全部ボクの作った仮想現実だよ。この空間もそうだけど、実体はあるが危害を加えることはできない。君のチカラを見せてもらうための茶番さ。」

質問の答えにはなっているが理解ができない。いくら詳しくない私でも、ホログラムの技術がこんなに進んでいる訳がないのは分かる。本気で言っているのか?

黙って睨んでいると、

「チカラについては最後に説明するよ。まずはあの日の出来事から、時系列に沿った内容で聞いていこうか。」

男の方が誘導してきた。溜飲が下がることはなかったが、質問まみれの脳内が少し整理された気がした。

「あの日の空爆、街が全部焼けちゃったの。私は確かに記憶にあるんだけど、本当に現実だったの?」

日常がずれ始めた日。熱と爆炎で街を覆った光の球。

話は卒業式の翌早朝まで遡る。

「そうだ。公開はされてないが当時の衛星動画の記録がある。3月20日午前5時58分。S市上空に突然光の球が現れ、街が黒雲に包まれた。爆撃に遭ったとみて間違いない。」

男は言い切った。

「それが朝起きたらニュースでは不発弾だって言ってた。街も損害はほぼないみたいだったし、間違いなく爆発したっていうのならなんで?」

「同日午前5時59分、衛星の映像では分からないが、広がった爆炎の中から発現する別のチカラを確認した。最初は極小さいものだったが、そこから広がるように、一瞬でS市は爆撃前の姿に修復された。その小さいチカラの出処が君の家だった。だから君を特定してここに呼んだ。」

相変わらず説明は現実離れしている。

「特定して呼ぶってどうやって?」

「ド根性人参。良く出来てただろ?」

今日帰った時のアレか。なんでウチの敷地にって思った。まさか。

「避難指示が出た翌日。人っ子一人いない街にさ。ちょっと敷地にお邪魔して種を撒きに行ったよ、手入れも水やりも欠かさなかった。今は何かと便利な世の中だ。園芸系の動画は実に参考になったね。そろそろ収穫時かな?立派に育ってくれて嬉しいよ。」

そんなこと聞いてない。にしても家まで特定しといて、なんてまどろっこしい。

「あぁそう。でも家までわかってるなら直接家に訪ねてこればいいじゃん?」

少し苛立ちが語気に乗ってしまう。

「そんなリスクは極力避けたい。相手の素性が分からん内は、まずコレに頼る。」

男はスマホの画面をトントンと叩いて見せた。私が呟いたのと同じSNSだ。

「最近の子はネット上でもセキュリティ意識が強くて参っちゃうよ。その点君は楽だった。アカウントと住所が繋がる情報を嬉々として発信してくれたからね。」

間違いなくチョロいと思われている。チョロいギャルだと。

ん?ちょっと待った。ひょっとしてコイツ、

「私の部屋のベッドとぬいぐるみと、あと、あの~、パジャマ!空爆の朝に全部無くなってたんだけどあれもアンタがやったの!?」

ネトストの目的は私の私物か!確信して問い詰めたが、

「いや、それは知らない。ごめんね、なんか大変だね。」

 肝心なところで白を切られた。とぼけやがって。しかし証拠がなければ水掛け論だ。時間ももったいないし、まだ質問もある。

「で最初に質問してたこの場所。僕のチカラについてと言えばいいかな。SNSのDM(ダイレクトメール)を仮想現実に置き換え、僕の返信を見た相手をこの空間に引きずり込むことができる。今の君がそう。レイアウトは僕の自由だし、ここだとお互い危害を加えられないから初対面でも安心して話ができる。大体分かったかな?」

100歩譲って今までの流れは分かったことにしていい。だが言葉じゃ納得できないことがまだ残ってる。

「爆撃で壊滅した街が戻ったりとか、突然異空間に呼び出したりとか、非現実的なことはどう理解したらいいの!?」

私は核心に踏み込んだ。

「それについては僕にも説明できる点とできない点がある。僕の知る限りを今から伝えるからよく聞いて。」

少し思慮した後。男は口を開いた。


「世間のみんなの(ほとん)どが知らないだけで、僕や君みたいなチカラが様々な人に芽生えている。この異変がいつから起こって、誰に宿るのか、それは分からない。だから地道だけど、今君を呼んだみたいに、チカラの気配を辿りその詳細を持ち主に直接聞いて情報を集めている。可能なら僕のチカラで、ネットで繋がれなければ使いを寄越して。

街を空爆から救った人物を探すのも今の仕事の一つさ。チカラが発現したタイミングから見て君の仕業だと確信していたんだが、さっきの様子を見る限り、君のチカラは綿を生成する能力。どうやら人違いだったみたいだ。」

チカラとやらについてはもう散々見せられた以上飲み込むしかなかった。

空爆を再現して私を脅した後の落胆も理由が付いた。街の救世主を探していたのか。ムカついた反面、男の手間を思うと少し、同情…できなかった。まだ私物窃盗の容疑は晴れていない。ていうか間違いなくクロだろコイツ。


「一通り分かってもらえたところで、だ。本題に入るんだけど。」

男が切り出した。今のが本題じゃないの?

「どのような能力になるかは、チカラの持ち主の好みや性格が根強く反映されている。ネガイの具象化と言ってもいい。さっきぬいぐるみを失くしたと言っていたが、チカラの様子からして、君はフワフワしたものが好きなんじゃないか?。」

 確かにその通りだ。ここに呼び出されなければ私はフワフワしたものを買いに行く予定だった。だから綿を出す能力になった?そんな単純なことってある?


「続けるよ。ネガイといっても君みたいに純粋なものばかりじゃない。自己顕示欲そのものだったり、コンプレックスの裏返しだったり、悪意の塊だったりもする。厄介な能力の持ち主ほど話は通じないし、僕のチカラじゃ奴等を全員正せない。この空間も招くことは簡単だが、お客さんが出ようと思えばいつでも出れる。別に拘束力があるわけじゃない。」

話が見えてきてしまった。

「率直に言う。協力してほしい。チカラは警察政府じゃ介入できない。悪い奴ほどそういう使い方をしてくるから。一般人がチカラの餌食になる前に、同じチカラを持つ僕達でなんとかしないといけないんだ。」

元から大きかった話がこれ以上手に負えなくなるのか。

「ちょっと待ってよ、急にそんなこと言われても…」

 その続きがなかなか出てこなかった。急なのは空爆も、この空間も、今に始まったことじゃない。

「協力ってどうしたらいいの?悪人の説得?チカラを取り上げる?やり方もよく分かんないし、どっちも一介の女子大生に務まるとは思えないよ。」

「説得が一番だけど、まずそうはいかない。いいかい。チカラの根源はネガイだ。内容は人それぞれだけど、要はそいつを叶えるか、解消するか、ぶっ潰してしまえばいい。チカラを使う必要がない、チカラを使わなくても満足、チカラに頼っても勝てないと思わせるんだ。そうすれば、チカラを喪失させることができる。」

男の眼光と口調が強くなった。

 うん、要するに悪いやつと戦えって言ってるの?さっき身体から綿が出ただけの私に。人助けは結構だけど、リスクを背負ってまでコイツの役に立つ義理が私にはない。 

悩んで俯く私に男はさらに畳みかける。

「あの空爆も、誰かのチカラによるものだと僕は確信している。」

 思わず男の顔を見た。あの悪夢が、どこかの国ではなく個人により招かれたとでも言うのか。

だとしたら今後も、そいつの気分で街一つが消滅するかも知れない。それを知ってて怯えながら生きていくのは、なんというか許せなった。

「もちろん何も知らずに生きる権利だって君にはある。君と話して、チカラを見て分かった。君は誰かを困らせるようなことはしない。だけど一度君の骨身を、この街を灼いた巨悪を、見て見ぬふりできるのか!?」

本心なのだろう、訴えに男の魂がより一層籠っている。



卒業式の日まで。私は何をすべきか分からなかった。

空爆の朝。平和ボケとオサラバした。

そして今。非現実からのお誘いを受けている。

その先に何が待ってるのか、私の頭には期待や冒険なんて気持ちは1ミリもなくて、ただただ不安と恐怖に足がすくんだ。

チカラの練習は要るの?他にどんな能力者がいるの?チカラでケガしたり死ぬ可能性は?チカラの使い手を無力化するには、ネガイを叶えるか、解消するか、潰すかって言ってたけど、


私にそれが務まるの?


「ゴメン。少し考えさせてほしい。」

こんな機会を前にしても、私はモラトリアムに、自己嫌悪の中に帰ろうとしていた。


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