街が灰になった日②
「ねー、おかーさーん。ちょっと色々聞きたいんだけどさ。」
ドアを開けて待っていたのは、神妙な顔でTVにかじりつく父、いそいそと普段触らない戸棚を漁る母。概ねいつもと同じ朝、ではないらしい。
『・・・繰り返します。今朝5時58分頃、G県S市に直径約3mの物体が確認されました。詳細はまだ分かっていませんが、形状から不発弾と見られ、周囲の地形から恐らく上空から投下された物であると見て、現在県警と自衛隊が対処に当たっています。現在S市全域及び周辺複数の市町村に避難指示が出ており・・・』
TVが映すのは、いつも通り遠い国の戦争の話。ではない。報道ヘリが我が家から西に1キロ半の市役所近くを映している。昨日眺めたアレと同じ方角だ。
「なにこれ‥。」
理解出来ない事がもう山積みだ。
昨日何も考えずに寝たツケにしては少しヘビーすぎやしないか?
「お母さんもお父さんも同感です。でも私達に今できるのは避難することだけだから。ほら!避難バック出しといたから、準備できたら行くよ。」
私は我が家と、平和ボケに別れを告げた。
不発弾の解体が終わり次第帰れる、せいぜい数日の生活だろう。避難所の皆はそう口にしていたが、世間の想像以上に不発弾への対処は慎重に進められていたらしく、避難指示解除は何カ月も先になるとの報道に私達は肩を落とした。
メガ美やズベ乃とはLINEで互いの無事と近況を報告しつつ、とんだ春休みになったと共に嘆いた。すでに通っているはずだった大学もしっかり避難区域に指定されていたため、入学も当然延期。やる事もなかった私はズベ乃に勧められて今更SNSを始めた。しかし避難所での生活なんて特に呟くこともなく、検索機能で不発弾について調べても勝手な意見ばかり。どこの国が攻撃してきたとか、自衛隊が秘密裏に持ち出し誤って落としたものだとか、根拠のない言い合いを見てSNSというものに私はすっかり萎えてしまった。肝心の政府からの情報は、ネットの野次とは真逆で一切公開されていない。国のお偉いさん達でも何も分からないなんてことがあるのだろうか?
望んでいない非日常に揉まれ続けた私は、あの不発弾が不発弾じゃなかった光景のことも、次第に考えなくなっていた。
同年初夏。不発弾撤去の完了と避難指示の解除が発表された。マイナスが0になっただけと言われればそうだけど、この数ヶ月で1番嬉しい知らせだった。
帰り道なんて卒業式の日以来。まさかこんなにも日が開くとは。避難は徒歩だから帰りも徒歩。今さら不発弾について両親と話す事もなく、会話の内容はほったらかしの冷蔵庫の中身の予想とか、誰も住んでなかった家に埃は溜まってるのかとか、下らないことばかりだった。でも避難所で蹲ってた日々より、両親も、私も、同じように周りを歩く人達も、幾許か笑顔が戻っていた。
門を開き玄関に続く石畳の隙間。踏む前に気が付いてよかった。見覚えのある特徴的な葉をつけて、太く橙に色付いた根が僅かに顔を出している。
「あら、ど根性人参」
母が言ってる事を理解するのに少しかかった。アスファルトの隙間とか、本来生えてこない場所で育つ野菜に『ど根性』と名付けて愛でる文化がそういえばあったっけ。
言われてみると確かに珍しいし、見守りたくなるのは共感できる。ただなんでウチの玄関の真ん前に?
「人がいない中でもまぁ立派に育って、なんだかほっこりするわね〜。」
そんなんでいいのか?と思ったが、我が家に帰って来れた安心感の大きさに私も絆されていた。
『どうせ始めるならタイムライン眺めるだけじゃなくてさ、ちょっと変わったコトや嬉しかったコトなんかを呟くといいよ!』
SNSを勧めてくれたズベ乃の台詞がふと思い浮かぶ。避難中はそういうのめっきり無かったからな。
『久しぶりに家帰ったらど根性人参が出迎えてくれた』
写真は載せ忘れたが、私の第一号の呟きが世に放たれた。
自室の扉を上機嫌で開けた私は、あの朝起きた異変を一つ思い出した。しまった、ぬいぐるみとベッドが消えたままだ。
急いで母に報告したが、私の伝え方が要領を得なかったのか、避難中に変態火事場泥棒が女子高生の私物を盗み出したんだろうというおかしな解釈をされてしまった。一応被害届を出すとか言っている。まぁ、避難する朝には既に無くなっていたことをしっかり伝えても謎が深まるだけか。私は説明を諦めた。
いろいろ思い出の詰まったぬいぐるみだったんだけどな。
盗まれてないんだから取り返せるはずもない。落胆して椅子に腰かける。
今日届かなくとも、今から家具屋さんにベッドを見繕いに行くくらいはできるだろうか。寂しいから新しいぬいぐるみも探したいな。でもそっちは自腹だ。大学生活もお小遣い何かと必要そうだしバイトも探さないと。
部屋の時計を見る。昼の12時25分。まだ余裕はある。
出かける準備の最中スマホが震えた。誰からの連絡だろうか。ズベ乃じゃない、メガ美でもない、たださっきの呟きに反応があったみたいだ。知らない相手からのリプライ。
『xyz』
ただそう記されていた。アカウント名『貴方の悩み伺います』?
何これ気持ち悪。SNSなんてやっぱり変な人しかいないじゃん。
そう思ったと同時に、意識が画面に吸われてどこかへ飛んだ。
*
薄暗く、幅はないけど奥行きのある空間。左右に長椅子があり何列も並んでいる。最奥には逆光の刺す壁一面のステンドグラス。チャペルと思われる空間の真ん中に私は立っていた。
「こんにちは、ギャルのお嬢ちゃん。」
講壇に長身やや痩せ型、ローブを纏った男が立っている。声と雰囲気からして三十路くらいか?逆光で顔はよく見えない。
「ギャルって、私の事?」
「その年でサイドテールはギャルって相場は決まってるだろ?ってか、『私』かぁ。」
どこの相場の話だ。それに何かがっかりしているように聞こえる。ため息もついてないか?ローブの男は続け様に
「ごめんごめん。見た目からして一人称は『あーし』かなぁ〜っと思って。」
なんだコイツ。会って早々失礼にも程があるだろう。
「そもそもココどこ?アンタ誰!?一体どうなって
「先日S市を爆撃から守ったのは君かな?」
言い終わるのを待たないどころか質問に質問で返された。普段の私ならキレて帰ってるところだったが、その内容にフリーズした。今爆撃と言った?不発弾じゃなく?ひょっとしてこの男、私の記憶に関して何か知っているのか?でも分からないこともある。私が守った?何を言ってるんだコイツは。
「沈黙は肯定と取るよ。」
沈黙は困惑と取ってほしかった。
そんな私の気持ちもつゆ知らず、男は私から目を逸らさぬまま右手を天井に翳し、何やら力を込めた。
「悪いけど、君にはここで死んでもらう。」
男が手を伸ばす先、チャペルの天井が割け、空が広がる。それと同時に、見覚えのある小さな光がこちらめがけて落ちてくるのが分かった。
おいおいおいおい冗談じゃない。あの日街を灼いた空爆を、いま頭上に呼んだっていうの!?
迫り来る悪夢に成す術なく、目を閉じ耳をふさぎ縮こまる私に、悪夢の主が声を荒げた。
「今だ!チカラを使え!!」
爆発の直前、声に応えるように私の全身が輝いたような気がした。
エタるという概念を今日知りました。
折角最後の方も考えたのでこの作品はエタらないように頑張ります。