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アコガレサマ①

「爺や。観測状況は?」

高層ビル屋上。コンクリートの頂にそぐわぬドレスに身を包んだ女性は、用意させた赤絨毯の上、腹ばいに寝そべり下界を眺める。背丈ほどまで蓄えられた頭髪は気品に溢れる艶を放つ。

「高度160 距離約800。午後3時現在、気温27℃、湿度30%、南西2mのそよ風にございます。アフタヌーンティーにはやや暑いですかなお嬢様。」

 背後の老紳士は手にした懐中時計を閉じ、執事服に仕舞う。女性の左隣に立ち同じくビルの下を見下ろしていた。

「仕事中よ爺や。おふざけは後にして頂戴。」

姿勢を変えず仕事道具を構える彼女。手元から真っすぐ、黒く艶やかに伸びる銃身は、地上にできた群衆。その中心を捕えようとしていた。

「標的の背後を視認。ワタクシ謹製の麻酔弾さえ撃ち込めば一丁上がりですわ。」

昂っているのか口調が僅かに荒れる。周囲の人々をなだめすかし、軽い足取りで歩く男。スコープは男の後頭部に標準を重ねた。


バッ!!

 

地表から遥か屋上にまで音が届いたと錯覚する程、勢いよく突然振り返る標的。ありえないことだが、標的がこちらを認識している。屋上の令嬢はスコープ越しにそう直観した。

――と同時に、全身に張り巡らせていた緊張は糸を切ったように立ち消え、姿勢だった銃の構えも覚束なくなりその場にへたり込んだ。

「お嬢様!?お嬢様―!!」

老紳士の叫び声が街の天辺に木霊した。



「あぁ~やっちまったぁ~。」

 高層ビル立ち並ぶ雑踏。屋外から駅前広場を望める二階通路の手すりに私は背を向けもたれた。天を仰ぎ、己の愚行を悔いる。今日解禁されたプライズ限定のぬいぐるみ。蓄えていた軍資金を携え私は意気揚々と駅前のゲーセンに赴いた。

 白と透明の樹脂で組みあがった電光瞬く監獄。愛しい子等が物憂げにこちらを眺める中、カンダタの糸が如く鉄のアームを垂らし、1人でも多く憩いの我が家に。迎え入れるはずだった。

はずだったのだが、

「まさか収穫0とはねぇ…。」

 嘆いても何も変わらない。今は帰りの電車賃に手を掛けなかった自分の賢明さを褒めてやるしかなかった。帰る気力も身体から抜け落ち、背中と手すりがいつまでも別れを告げられない昼下がり。


ふと気が付くと、下の広場から轟く数人の黄色い歓声が耳に届いた。


 どちらかといえばミーハーな方の私。普段なら誰か有名人でもいるのかと手すり一杯に顔を出すところだが、大敗を喫した後で気も体も重い。今の今まで私の隣でいちゃついていたカップルも下の騒ぎに気付いたようだ。ちょうど二人の声も聞こえる距離だ。今はここを動きたくない。彼らの会話から下の異変も伺えるだろう。そう思い聞き耳を立てた。

「ねぇ、なんか下で凄い騒いでるよ、今日何かあったっけ?」

「知らんよ、イベントなんてこの時期特にないし、インフルエンサーか何がチヤホヤされたくて人集めてるんじゃないの?」

「あ、あの真ん中の男の人がそうかな、あ、こっち見た。けどなんかパッとしない人だな。じゃぁどうでもいい…や…」

女の喋りが止まった。

「おい、どした?」

彼氏の呼びかけにも反応しない彼女。口とは逆に立ち止まっていた足が一歩、二歩と動き出し、階段を駆け下りていく。あの黄色い歓声の一部になってしまったのか?

「全くよぉ、今パッとしないって言ってたじゃねぇかよ。ったくどこのどいつだよ。」

横目で様子を伺うと、男も台風の目を目視しようと身を乗り出している。

「いや普通に顔ブスやん!はぁもう興味持って損した。おい郁美もう置いて…くぞ…。」

今度は男の口が止まる。十数秒前の彼女の足取りを再現するかのように、彼も緩やかに、歩みを早めて階段を下って行った。


…気になる。聞く限り騒ぎの主は顔がそれほど良くなくパッとしない男。じゃあなんであのカップルは降りて行った?下手なイケメンや有名人じゃないと分かった分、代わりに何が周囲の心を惹くのか。

 ゲーセンから纏わりついていた敗北感は薄れ、好奇心が体を軽くする。手すりと背が漸くサヨナラを告げ、右足を半歩引き、まわれ右を。決めかけた途端。電話が鳴った。


「080.んん?」

 知らない番号だ。かつては登録外の番号は無視するタイプだった私だが、そのせいで部活の打ち上げに参加しそびれ疎外感を感じたことがあった。以降、幸せの報せを断ってはなるまいと、一応電話には出るようにしている。今もその心がけを守ることにした。


「もしもし、私だ管理人だ!」

やっぱり知らない人だった。

「管理人?」

いやこの声、そういえばアイツ自分の事を変な役職名で名乗ってたな。

「あーもう、いい!分かった!!ネトスト野郎!ド根性人参の!これでいいか!!」

珍しく自ら男が折れた。何やら焦っているみたいだ。

「今S駅の前にいないか!もしそうなら極力誰とも目を合わせないように真っすぐ自宅まで戻れ!」

コイツ私の事見てたのか?自他共に認めるレベルのストーカーっぷりだなこれは。

「ちょうどS駅前で人の顔を確かめようとしてたとこだけど、それって業務命令?」

腹が立つから少し抵抗してやると

「いいよいいよもう仕事扱いでいい!時給やるから!すぐにだ!!」

今日はやけに聞き分けがいいみたいだ。気分も少し晴れたことだし仕方なく目を少し伏せながら急いで岐路に着いた。



「どうしたの急に。番号はそもそも教えた覚えなかったけど、電話なんて珍しいじゃん」

最初の連絡手段こそ普段と違ったが、男の異空間に来るのはいつもと変わらない。

最初出会った時と同じチャペル。背を向けステンドグラスを触れる男は、こちらを向くと暗い顔で口を開く。

「今日15時2分、S駅前で、僕の協力者がチカラによる攻撃を受けた。」

 また唐突な報告だった。正式に知らされた事はなかったが、やはりネトスト野郎には私の他にも協力者がいたみたいだ。そして相手のチカラに不覚を取ったと。その時刻は私が駅前の手すりで項垂れていた時刻と一致していた。

「驚いたよ。たまたま現場を観察してたら呼んでもないのに君がいたんだから。被害に遭う前に退避させたんだ、約束だから時給はあげるけど、少しは感謝して欲しいものだね。」

 それであんなに慌てていた訳か。まさか私の身を案じてくれていたとは。空爆の朝のフワフワ窃盗容疑はまだ晴れてないけど、とりあえずアレ以降は私の為に位置を把握してくれている。そういう事にしておいてやった。

「にしても現場の私には調査や待機じゃなくて、退避を命令してくれたんだね。協力者さんのケガは大丈夫なの?」

シャカパチスタの一件でこそ力量を見誤っていたが、ネトスト野郎は一応私と相手の強弱を測って仕事を振っている節があった。駅前の敵は一体どんな武闘派なのだろうか。

「それが攻撃を受けたと言っても戦闘が起きた訳ではないんだ。」

ん?どういう事だ?

「話は4週前に遡る。今回の現場の隣駅、G県I市O駅周辺。週末の白昼堂々、十数人の成人男女が何者かに連れ去られる事件が発生した。その日の翌週、翌々週。つまり今日から遡って先々週と先週、近隣のショッピングモールで同様の連れ去りが発生。目撃者達の証言から犯人の顔は確認出来なかったが、背格好からして一連の連れ去りはおそらく単独、同一犯の仕業。被害者達は嬉々として男に着いていく様子だったと述べている。ここまではネットニュースにもなっている。」

男はタブレットをこちらに寄越した。『現代に蘇るハーメルンの笛吹き男!?』などと面白おかしく騒ぎ立てられている。

「ちょっと待って!アンタの電話の直前に人だかりが出来てたのは!」

「危ないところだったな。間違いなくこの事件の犯行現場だろう。」

固まる私。ネトスト野郎は淡々と説明を続けた。


「そして事件はもう一つ。こちらも4週ほど前から、同じくG県の山奥に宿舎のような建造物が建てられ、十数人の成人男女が共同生活を始めたとの情報が入った。アコガレサマという人物を崇め、彼のために働いている様子らしい。」

この流れで触れるってつまり。私は男の顔を見上げる。

「そうだ。前述の事件の被害者達だ。週単位で増え続け現在80人近く。田畑を耕し、宿舎を拡充し、勢力を増している。」

そんなカルト教団染みたことが起きていたとは。

「僕が連れ去り事件と共同生活との関連を疑ったのはここ1週間の話なんだ。もとは共同生活の件のみ調査していた。宗教法人としての立ち上げを狙っていたらしく、御丁寧にHPには教祖、アコガレサマらしき人物の顔とメールアドレスまで載っていた。2週間前、そこに私のチカラでアクセスして、問題の男をこの空間に呼んだはずなんだが…。」

電子媒介ならチカラを行使できるのはSNSだけじゃないのか。しかし、ここまで淡々としていたのに急に歯切れが悪くなった。


「恥ずかしながらよく覚えていないんだ。


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