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掏摸<ピック・ポケット>①

「「あ。」」

バッタリというのは今みたいな状況を指すのだろう。大学の帰り、バス停に向かう道だった。

「お、お、お前!」

シャカパチスタに鉢合わせてしまった。こいつがどんな奴か。簡潔に言うと、私が女の子関係で世話をしてやった大学の男の先輩だ。あの一件以降初めての再会だった。。

「アンタまだ悪さしてないでしょーねぇ!?」

右手で男の両頬を挟んで問い詰める。

「なにもしへまひぇんっへ。」

フガフガ言ってるがどうやら大人しくしているらしい。仕方なく解放してやる。

「よく分かんないけど良い意味で気が抜けたって言うかさ、余裕を持って何事も考える様になったら、チカラに頼る気も無くなっちまったよ。」

 先日の荒療治は面白い程効いたらしい。かつては私と喋るだけでも情緒が狂うくらい女性へのコンプレックスが募っていた彼だったが、こう語るシャカパチスタの顔つきは、一皮剥けた漢のソレと言っていいだろう。

「ふぅん。まぁそれなら良いんだけどさ。今日の外出も何かカッコいい理由があったりするの?」

何気ない会話のつもりだった。一瞬でも心を許した私が浅墓だった。

「よぉく聞いてくれた!」

ビシッ!っとこちらを指差し答えるシャカパチスタ。

「ちょっと、急に大きい声出さないでよね!」

私の声など耳にも入っていない様子で彼は語り続ける。

「裏の情報でね、あの『甘煮はるか』の金箔シリアルナンバー付きの限定カードがね!ようやく!市場に現れたと聞いて!今しがた確保してきたところなんだよ!!超大手企業の人気Vライバー!いやもちろん全員推してるよ!でも彼女は特別!最推し!!その甘煮はるかの限定一点物が!今僕の手に!」

 さっきほんのちょっと上がったばかりの男の好感度が、早口と共に落ちてていった。好きな物を語るのは悪い事じゃないが、相手の理解度を見てトークの歩幅を合わせるべきだ。『甘煮はるか』が誰だか知らないが、その人物の情報にはもう食傷気味である。

「見たい?見たそうな目をしてるね!しょうがないなぁ、今出してやるよ、あでも、流石にローダーからは出せないよ、あ、ん?アレ?」

ウェストポーチをガサゴソしていた手が止まる。と同時に滝の様な汗が男の額を伝う。あ、こいつまさか、

「…ない。」

あぁ。やっちゃったね。可哀想に。そう思うと同時に、このままだと面倒が起こる予感に襲われた。

「いやー大変だね、じゃあ私はもう帰るから

「待て待て待て待て待て待て!!」

立ち去ろうとするもシャカパチスタにしがみつかれる。しまったな。逃げ遅れた。彼の顔はもう汗とも涙とも鼻水ともつかない液体でビチャビチャだ。

「頼む!探すの手伝ってくれ!」

予想通り生きた面倒事が頭を下げてきた。

「言っときますけど私がアンタの探し物手伝う義理なんて」

「この前のアレ、立派な逆レイプだからな。」

痛い所を突かれた。思わずヴッとうめき声が漏れる私。

「綿で雁字搦めにされたとこまではもういいよ。俺も迷惑かけたし。ただホテル連れられて以降についてはチカラ関係ないから警察にタレ込んだらお前普通にブタ箱行きだぞ。」

まさか箱推し豚野郎にこんな脅迫を受けるとは。

「アンタでも楽しんだでしょ。」

「うるせー。見つかったらチャラにしてやるよ。」

思わず、はぁ。とため息が漏れた。仕方なく協力する方針に切り替えたのだった。


「んもー。最後に確認した場所は?」

「買ってからココで出そうとするまで荷物は触ってない。店はそう遠くないから落としてないか2人で探しながら引き返そう。」


冴えないオタクと下を向きながら歩く道のり。なんと気の乗らない仕事だろうか。シャカパチスタが言った通り店には程なくして着いたが、例のはるかちゃんとの再会は叶わなかった。

「…。」

塞ぎ込むシャカパチスタ。

「しょうがないよ、聞いた感じ一応金銭的にも価値あるんでしょ。だったら警察に届け出て、誰か拾ってくれるのを待つしかないよ。」

まぁそうだな。としょぼくれる彼と共に、近くの交番に2人で歩いた。

署の前に何やら群衆ができている。

「早くして頂戴、財布なくして来たら何でこんなに混んでるの全く!」

「アンタだけじゃないよ、俺もその前の人も、みんな貴重品失くしたみたいだ!」

「俺もや!オッサンもオバハンもこの辺で同時に財布失くすなんてことあるんか!?」

聞こえてくるのは貴重品の紛失被害者の声ばかり。

「参ったなぁ。遺失届の対応だけでこんなにも人が来るなんて。ウチじゃ対応する場所も人も足りないよ。」

群衆を整理するお巡りさんも困り果てている。

「なんか、おかしくない?アンタ含めて同時にみんな物を失くすなんて。」

「ああ、俺もおかしいと思ってた。」

珍しくシャカパチスタと意見があった。

「店で受け取ってからさっきまで、ウエストポーチは一切開けてないし、後生大事に抱えてたんだ。ポーチに穴も空いてない。落とすことも盗られることもあり得ないんだって!」

前言撤回だ。結局こいつは自分の事しか考えてない。

「そうじゃなくてさ。誰かのチカラの仕業なんじゃないかって事よ!」

ハッとした表情でこちらを向くシャカパチスタ。

「なんだよそれ。通行人のカバンから物を取り寄せるチカラってことか?俺のチカラより悪用向きの能力じゃん。それに、」

シャカパチスタは青ざめた。

「そんな犯人、どうやって捕まえるって言うんだよ。」

…確かに。ここら一帯包囲網でも敷いて、全員手荷物検索でもしないと見つけようがない。そんな規模の布陣を、今遺失届だけでてんやわんやの交番が取ってくれるとはとても思えなかった。そもそもチカラの関与なんて警察には考えも及ばないだろう。八方塞がりだ。呆然としてし街のど真ん中に立ち尽くす私達。


チリーン。


時が止まった。そんな錯覚を受けるほど、街の喧騒は一瞬にして途絶え、風と鈴の音が響く。

「お困りかい?」

齢を重ねた、静かで、それでいてどこか頼もしい声が背後から響く。声質からして、どうやら私達は老婆に背後を取られたらしい。街は以前静かに、そしてなんだか通行人の一挙手一投足が、いつもよりクリアに視界に入り、脳まで情報が届いてくるのが分かる。

「街のみんな、貴重品を失くして困ってます。きっとチカラの使い手に盗られたんじゃないかと思って。」

「俺も大事な物を無くしました。でも、どうする事もできなくて。」

どういう訳か、チカラの事まで素直に喋ってしまう。更に不思議な事に、背後の老婆の顔を見るどころか、振り向く事さえ叶わない。スリとは別の、チカラの使い手に、私達2人して無防備を晒している。そうとも取れなくはない状況だが、不思議と嫌な感じはしなかった。


「観察を。怠っちゃあいけないよ。」

老婆は再び口を開く。

「まだ奴さんは近くにいる。交番に被害者が溢れる状況を、遠巻きに見て嘲笑ってるさ。」

この混乱を全て見透かした様に語る老婆。

「そうは言ったってよバァさん!」

「なんたってあたしゃ、万引きGメンをやってたからね。あの兄ちゃんを見てみなよ。」

私達の間から萎びた手が伸び、正面を指差す。そちらを向くと、店と店の間の小道からニヤニヤ、そしてソワソワした痩せ型小柄、私より少し年下かと思える男が見えた。私達と彼の間を行き交う人々。それを品定めしているようだ。

「あの兄ちゃん、やるよ。見てみな。」

現場は抑えられなかった。というより、抑えようがなかった。あの男から目は離さなかった。スナップを効かせて右手首を振り、握る。そんな動作を何回か繰り返していた。視線を通行人に遮られたその一瞬。次に男を目にした時、ピンクでゴテゴテした、明らかに彼の持ち物とは思えない長財布が、その手に収まっていた。

「今の、分かったかい?」

私達は首をぶんぶん縦に振った。

「君ら若者はすぐ、行き詰まった。そう錯覚することが多い、アタシに言わせればね。重ねるべきは経験。努めるべきは観察。他は若さがなんとかしてくれるよ。それを忘れた坊ちゃん嬢ちゃんの側にアタシが現れるさ。そう。」

再び戦ぐ風。チリーン。と響く鈴。


「必要のババアがね。」


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