街が灰になった日①
某年2月。
東の大国が南西の隣国に戦争を仕掛けた。その遥か東の島国に住む私達。みんな他人事ではないと口にはするが、内心どこか対岸の火事だと思っている。平和ボケってやつだ。
私の街にアレが落ちてくるまで、私もそう思っていた。
開戦から約一か月。もはや日常の一部にすらなりつつある戦争のニュースを今日もTVで眺めながら、私はいつも通り制服に袖を通した。鏡の前で髪を右に纏め、サイドテールを結って、卒業式に赴く。
仰げば尊しを合唱して、担任のありがたい話を頂戴して、友達とゆっくり語らって帰る。
今日で学園生活も一区切り。そう思うと普段の帰り道も少し悲しくなる。
「にしても偉いよねーメガ美はさ。医学部でしょ。医学部!友達がお医者さんになるなんて頼もしいよー。」
私は笑って言った。
「そんなことないよ。たまたま推薦の枠で運良く入れただけ。」
私達の中で唯一眼鏡だったからメガ美。ちょっと背が低くて黒髪ボブ、頭良くて優しくてカワイイ子なのに。あだ名というのは気が利かないものだ。
「ナキちゃんと一緒の大学に通えるのはほんと心強いよ。同じキャンパスに友達がいるって、やっぱり安心感が違うよね!」
学部は違っても私が同じ大学に合格できたのは日頃からメガ美に勉強見てもらってたからだよ。口に出すといつも彼女は謙遜するから、今日は胸にしまっておいた。
「いいよねアンタ達はさ。大学でも一緒で。」
ズべ乃がジトっとした目で私達の顔を覗き込んでくる。金髪セミロング、緩いウェーブをかけた髪のこの子は美容専門学校への進学が決まっている。
「コッチの大学じゃネイリストの資格とれないでしょ。メガ美もそうだけどズべ乃もいいじゃん。夢が決まっててさ。実力以上の大学入れたとは言っても、私はモラトリアム真っ只中だよ。はぁ~。」
いい大学入っておけばやりたいことは後から付いてくる。まずは努力だ。そんな綺麗事で受験期を突っ走ったものの、現状は将来設計の先延ばしとも言える。
「ウチはちょっと忙しくなるけどさ、ナキは進学してからゆっくり自分のやりたいこと考えなよ。」
美容専門学校ってのは意外と金がかかるらしく、親御さんに負担をかけまいと生活面は完全に自立するらしいズベ乃。メガ美には秘密みたいだが昼は学生、夜は水商売の二束わらじで生計を立てるつもりらしい。彼女のバイタリティと自立精神には頭が上がらなかった。
「ま、今日でウチら卒業だけどさ!春休みもあるし、大学もお互いそう遠くない。今後も会える時は会えるよ!」
「そうだね。勉強忙しいとか言い訳しないように今から頑張らないと。」
「私は多分この3人で1番ヒマになるだろうからさ。会う時は合わせるよ。」
分かれ道、手を振ってそれぞれの帰路に着いた。とりあえず軽く旅行くらい皆で行けたらいいなとこの時私は思っていたが、そんな平和な春休みなど1日たりとも訪れることはなかった。
*
自宅に着いた。食事と風呂を済ませ、自室に戻る。
素晴らしい夢に向かってこれから頑張るであろう二人。新しい大学生活は楽しいだろうけど、彼女達と比べ、今も今後も、何をしていいか分からない自分の未来にメランコリーを禁じ得なくなった。
毛糸のパジャマを纏い、沢山のぬいぐるみが待つ柔らかいベッドにダイブ。
時間はまだ22時前だが今日はもう寝ることにした。
一番大きい、人並みサイズのテディベアを抱きしめ床に就く。
フワフワしたものはいい。憂鬱も不安も包んでくれるから。
睡眠はいい。何も考えなくていいから。
目が覚めるまでは。
*
朝5時半。早く寝たから早く目が覚める。至極当たり前の事が起きた。さてどうしたものか。二度寝は夜ふかしした次の朝じゃないと捗らないんだよな。父の部屋のマンガを借りるか?当然まだ寝てるよな。今部屋入って起こしたら悪い。
昨日帰って何もせず、何も考えなかったツケが、無駄に目が冴えた今朝の私に回ってきた。
ベッドの中で逡巡すること20分。昨日までの私と決別すべしと心機一転を誓い、顔を洗って日の出を拝む事にした。
改めてテディベアを抱き抱え、ベッドから雲一つない空を眺めて5分。今顔を出している自室の窓が西向きだったのに気付いたのは空が逆から白み始めてからだった。
もういいや。そう思った。
春先とは言え早朝の風に当たって冷えた顔を部屋にしまう直前、空から落ちてくる何かに目が止まった。
空のてっぺんから、豆電球よりも小さく、とても強く瞬く光がゆっくり、真っ直ぐ、一定の速度で降りて来る。なんだアレは?距離感こそ湧かないが相当遠くてデカい気がする。十数秒眺めてようやく首が疲れないくらいの高さまで降りてきた。
ピカッッッッ
明け方の空が一瞬で昼になった。いやそれどころじゃない。白く眩しい光が視界全てを包んだ。再び明け方に戻ったかと思うと、アレが落ちてくるまで何もなかったはずの西の空に立派な太陽が現れた。いやそんなはずはない。今は明け方、窓は西向きじゃないか。
太陽と見間違うほどの火の玉は轟々と膨れ上がり、赤黒く光る雲の柱を纏うと仰ぎきれない高さまで立ち上った。
ああ、そうか。私の街に、爆弾が落ちたんだ。
数秒遅れて届いた熱線が全身を貫く。
視覚の恐怖に続き、痛覚と温覚が悲鳴を上げた。
痛い。熱い。全ての皮膚が灼け爛れていく。
黒煙が地を這い猛然と私の家に押し寄せる。
イヤだ。
一緒にいる家族も、医者になるって決めたあの子も、夢の為に大変な道を歩むあの子もみんな、この街ごとなくなっちゃう。他にも仲良くしてこなかった学校の同級生や後輩。まだ見ぬ大学の同期や先輩。まだ会った事ない人ばかりだけど、きっと誰1人、こんな簡単に消し炭になっていい訳がない。それに私、まだ何もできてない。
イヤだ!!
眼も耳も肌もすっかり灼け焦げてしまった後、遅れて届いた爆炎と豪風を、私は五感ではなく体で受け取るしかなかった。無力なまでに崩れ去って、我が家共々物言わぬ灰になったところまで、私はハッキリと憶えていた。
*
コンコン。
ノックの音で目が覚める。二度寝した覚えはなかったけど。
「ナキちゃん起きてー!大変なコトになってるんだから!」
母が起こしにきた。やや慌ただしいがいつも通りおっとりした声色が少し落ち着く。ドアを少し開けてこちらを覗いてきた。
「なんでナキちゃん床で寝てるの?しかも素っ裸で。早く服着て降りてらっしゃい。すぐ出かけるよ!」
私は自分が窓の直ぐそばの床に全裸で横たわっているのに気づいた。町内放送が何やら恐ろしくゆっくりした喋りで流れている事にも。そんなどうでもいい事態を認識した最後に、自分が五体満足で、母も街もちょっとうるさい以外、概ねいつもと同じ朝を迎えているらしい。空爆をこの身に浴びた非現実的でリアルな感覚は、今朝を迎えた限り夢だと考えざるを得なかった。
いや待てよ。もう一つおかしな異変に気付いたぞ。なんで母は気付かなかったんだ。私のベッドとぬいぐるみ、全部無くなってるんですけど。
分からない事だらけだが、母はすぐ出かけると言っていた。素直でいい子の私は言われた通り一応外出できる服に着替え、一階のリビングに降りた。
なろう作品好きの女性に最近フラれたのをきっかけに初めて筆を執りました。
面白い作品にして彼女を見返せるよう頑張ります。
しばらくほぼ毎日更新予定です。