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第31話 「雪見」

 久しぶりに視界一面に広がる白い雪。銀世界を見たティタニアが思わず感嘆の息を吐けば、冷たい空気の中で白い息が漏れた。


(そうだった。忘れてた……ここでは、温かい息が白くなってしまうんだわ……同じ国なのに、真逆と言えるくらいに、全然気候が違うんだもの。本当に不思議ね)


 スノウの兄二人のニクスとネージュの二人が母親オルレアンの末妹が嫁いだ地方へと遊びに行くのに同行しているので、いつものように一人だけ取り残されてしまったプリスコット辺境伯シュレグが多忙だと三人目の末息子へと泣きつく手紙を出した。


 イグレシアス伯爵家に既に婿入りをしているが、家族思いのスノウは父を手伝うために帰りたいと、義父へ希望を出し快く許可を出して貰った。


 だが、スノウはティタニアが一緒でないと自分は帰らないと言い張ったので、何故かティタニアも同行して雪国プリスコットへと来ることになってしまった。


 一度離れた際に彼女が危険な目に遭ったこともあり、ほんの一時だとしてもスノウはティタニアから離れることを嫌がるのだ。


 雪を踏み締める音が聞こえて来て、後ろからゆっくりと歩いて来る人を振り返りティタニアは微笑んだ。


「スノウ……息が白いわ。プリスコットは、本当に寒いわね」


「そう? 俺はここで生まれ育ったから、もう寒いという感覚が薄いのかもしれない。これでも、あったかい方なんだよ。けど、俺は獣化すれば雪の中だとしても眠れるし……このまま夜までここに居ると凍死確実な人のティタニアとは、考え方が違うかもしれないけど」


 スノウは手に持っていたお弁当を入れていた荷物を、無造作に雪面に下ろした。柔らかな雪は少々の衝撃を吸収してしまえる。


 彼が獣化した姿は、もふもふとしていて美しい毛並みを持つ雪豹だ。あのふかふかでみっしりとした毛皮を纏えば、雪の中でも寒さを感じることは少ないのかもしれない。


「それは……確かな事実ね。私はこんな場所で眠っていたとしたら、すぐに凍死してしまうもの。だから、寒いという危険を生存本能でスノウよりも感じているってこと?」


「そういうこと。俺が君を世界で一人だけの運命の番だと、感じているような当たり前の感覚だ。俺は寒さでは死なないのなら、低い気温自体にそれほどの脅威を感じないから」


 生来の甘え上手スノウは、当たり前のような顔をして雪の中で一人立っていたティタニアに体を寄せて擦り寄った。そして、それを自分では出来ないティタニアは、何も言えないままでじっとして彼の仕草をただ嬉しいと思った。


 そして、二人で笑い合って、踏みしめられていないふかふかの雪の上へと倒れ込んだ。


 運命の番。


 スノウには運命の番と言われる相手が、ティタニアを一目見た瞬間に彼女であるとすぐにわかってしまったらしい。ただ人であるティタニアには、そんな感覚は持たないために彼がそうだとはわからなかった。


 最初は何故、こんなにも素敵な人が何も特筆すべきところを持たない自分へ愛を語るのだろうと、ティタニアは不思議に思ったものだ。


 けれど、一緒に過ごす月日が経つにつれことある毎にティタニアには、スノウが自分にとって欠かせない半身のように思える時が幾度もあった。


 一人っ子で真面目なティタニアには、誰かに甘えるという感覚自体が罪悪感を伴うことなのだが、三兄弟の末っ子で周囲から甘やかされて育ったスノウには誰かに甘えることを、息を吸うように出来てしまう。


(それに、慣れているから甘え加減が絶妙なのよね。私が無理だと思うことは、そもそも絶対に言って来ないし……スノウは、本当に要領が良すぎなのよ……)


 雪上に倒れ込んだままで二人して薄い色の青空を見上げていたが、スノウはくるりと体勢を変えてティタニアの視界を防ぐように体を覆い整った顔を見せた。


「ねえ。ティタニア。せっかくお弁当持って来たしさ。木の上で食べる?」


 スノウは強靭な体を生まれ付き持つ獣人で自分が身軽だから、高い木の上にだってなんなく登ることが出来る。そして、ティタニアが高い場所が苦手ではないと知ると、彼女をやたらと高所へ連れて行きたがった。


「駄目。今日は、シェフが特別に作ってくれた温かいスープもあるのよ。手を滑らせて何かを落として、下に居る誰かに当たったらどうするの?」


 年齢で言うとスノウの方が年上なのだが、幼い頃から厳しい家庭教師に貴族令嬢としてしつけられたティタニアの方がしっかりしている性格なので、こうして彼の軽率な行動を叱るような状況になることはままあった。


 けれど、スノウはティタニアから怒られることも、嬉しそうにして笑うのだ。


「うん。俺は自分がそうしたら楽しいかなってことしか、考えてなかった。心配して言ってくれて、ありがとう。ティタニア」


 叱られたというのにお礼を言って罪のない笑顔でにこにこと笑うから、彼から何をされたとしてもティタニアは渋々許してしまう他なかった。


 自分がどう振る舞えば、相手に好印象を与えることが出来るのかスノウは熟知していて、その上に彼は何の悪意も持たないのでほぼ大多数の人に好かれる。


 何かひとたび気分を害すれば、隠したり我慢を出来ずにわかりやすい。けどそうして貰えると人の気持ちの機微に疎いティタニアだって怒っているからこうしようと対処がしやすい。


 結局のところ二人の夫婦生活自体、自由奔放に思える彼の思い通りになることが多かった。


「……スノウは、ずるい」


 ティタニアはすぐ上にあった彼の固い両頬を引っ張って、半目になった。


(何してたって皆に好かれるし、明け透けに気持ちを出しても、可愛いからまぁ良いかで許されるし……もう……なんて、羨ましい……)


 母親が幼い頃に失踪して、貴族になったばかりで慣れない父親を必死で支えて来たティタニアには、甘え上手のスノウのように振る舞うことは絶対に出来ない。


「……え? 何がずるいの? 俺、ちゃんと謝ったよね?」


 スノウはティタニアの発言の意図を掴めず、不思議そうな表情をしている。頬をみっともなく左右に引っ張られても、ユンカナン王国でも有名な美形三兄弟の末っ子の顔は常人より整って見える。


(なんなの……こんな風になっても、可愛いの……)


「そういう、悪気なく可愛いところがずるいの……スノウは良いなあ……」


 真面目で融通が利かない面倒な性格であることを自覚しているティタニアは、何をしたとしても許されてしまう得な性分の夫が羨ましかった。


「何言ってるの。俺なんかより、ティタニアの方が絶対可愛いよ」


 少し拗ねてみたかっただけかと妻の意図を正確に見てとったスノウは、頬から手を離してもらい端正な顔を綻ばせた。


「……スノウは皆に甘やかされていることについて、自分はどう思ってるの?」


 末っ子で家族中誰からも愛されて、すくすく育ったスノウは甘え上手で、自分だってそれを知っているはずだ。ティタニアは、誰よりも近い彼に前々から聞きたかったことを聞いてみた。


「え? 俺が? そう見える? いや、普通でしょ。それに、ニクスもネージュも別に、そんなに優しくないよ。ティタニアは、騙されてるんだ。小さい時は結構使いっ走りやらされたり、男兄弟なんてそんなものなんだよ」


 愛されることが生まれた時からの当たり前過ぎて、本人には全く自覚がなかったらしい。


「あ……ニクス様って、スノウにそっくりなのに性格が全然違う……ものね」


 久しぶりに名前を聞いたスノウの長兄ニクスは、何年か後の彼の姿を映したような姿を持っている。ティタニアは、いつも彼を見る度に未来の夫の姿を見ているようで、なんとも不思議な気持ちになるのだ。


「ニクスは、確かに俺にそっくりだけど……俺の方が良いよね? ティタニア」


 スノウの頭の上にある小さな丸い耳がしょんぼりと項垂れたように見えて、ティタニアは必死で笑うことを堪えた。


(感情が本当に、わかりやすい……厳しい貴族社会で、やっていけるのかなって思ってしまうけど……スノウならきっと、何だって許されるのよね)


「ふふ。ニクス様。今回お会い出来なくて、残念だったな」


「……ひどい……」


 この話の流れで敢えて自分の兄を褒めた妻に、目に見えて涙目になって抗議したスノウの耳を触って、ティタニアは微笑んだ。


「だって……スノウの何年か後は、こんな風になるんだなあって思うもの。今もとっても格好良くて可愛いけど……あんな風に頼り甲斐のある男性になるのも、楽しみだな……」


 兄をネタにして揶揄っている妻の言葉を聞いて、スノウは不意に挑戦的な目付きになり不敵な笑みを浮かべた。


「ねえ。ティタニア。獣人の耳を触るってどういうことだか、前に教えたよね?」


「……雪の上は駄目!」


 自分が危険な立場にあると察し慌てて彼の下から離れようとしたティタニアを、スノウは良い笑顔で抱き締めた。


「大丈夫だよ。ほら。プリスコットは雪あるって言っても、お日様がある昼はあったかいから……ね?」

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