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第29話「落雷(side snow)」

 スノウは久しぶりに引っ張り出した正装の襟のあたりが、きつく感じて眉を顰めた。


 周りに居るのはデビュタントと呼ばれる白いドレスを着た女の子たちと、その手を取るパートナーの男たち。本当なら、今夜はユージンと飲みに行く約束をしていたのにと思うとますます表情を渋くしてしまう。


(どうこう言っても仕方ない……二曲だけ踊ったらアナベルに上手く言って、さっさと帰ろう)


 何故か何の関係もないはずのスノウが、兄の婚約者アナベルの社交界デビューのエスコートをすることになった。


 長兄ニクスは王の勅令の任務でどうしても外せない用事で現在この国にはいない。


 次兄のネージュのエスコートは絶対嫌だとアナベル本人が泣いたから、結局お鉢が回ってきたスノウが今ここに居る。


 憂鬱な気分を誤魔化すように頭を振ると、チラチラとこちらを見ている女の子と目が合って、曖昧に会釈してさりげなく目を逸らした。


 自分たち兄弟が年頃の女の子たちにどんな風に噂されているかは、流石にこの年齢になるともうわかっていた。


 スノウは気楽な三男の身分のせいか数え切れない程に縁談はあったが、どうしても、自分にとっての唯一の人じゃないと嫌だという気持ちを誤魔化せず、全部断っていた。


 両親もスノウを政略のための結婚をさせる程、何かに困っている訳でもない。王の信任が厚い父のシュレグは、この国の貴族社会で絶大な権力を持っているからだ。


「ねえ、スノウ。ちゃんとしてよ」


 手を持ったまま待機していたはずなのに、明後日の方向を向いてしまっているスノウを見てアナベルは口を尖らせた。


「まだ時間あるだろう?」


 壁に掛けられた時計を見てスノウがそう言うと不満そうな顔をして、アナベルは横を向いた。


 上位に位置する貴族から名前が呼ばれるはずだし、プリスコット辺境伯家の傍系であるとはいえ、彼女と連れ立って出ていくのはまだまだ先のはずだ。


 スノウは幼なじみでもあるアナベルは、正直苦手だった。


 自分の思い通りにならないとすぐに泣く。若い女の子は面倒くさいところのある、そういうものだとわかってはいたが、彼女はそういう性質が強くて顕著だった。


 過去の親の不始末を引き受けるかたちになった長兄には悪いが、アナベルの結婚相手が自分でなくて良かったと、心からそう思う。


 隣に立つ自分にしきりに話しかけているアナベルの話に相槌を打ちながら、ため息を噛み殺す。



 何気なく視線を動かした時に運命は、可愛い女の子の姿をして現れた。



 雷に撃たれた感覚と、いうのだろうか。


 それを見た一瞬で心を攫われる、そんな経験などもちろん人生の中、はじめてだった。


 彼女は隣の男と、楽しそうに話している。


 あとほんのひとさじのプリスコット辺境伯家の三男としての理性を失えば、すぐにこの場から走り寄り、彼女を連れてこの会場を出ていたはずだ。


 運命の番という獣人特有のまるで伝説のような話を聞いて、それはどんなものなのかと他人事のように面白く思っていた。


 だが、それを一度味わってしまうと言葉には表せない程の衝動がスノウの心の中を占めていた。


 彼女を抱き上げ、自分の部屋へと連れ去りたい。


 隣の男を獣化して噛み殺したいどす黒い気持ちも心のどこかに産まれてきた。


 そうしたら、あの可愛い彼女はきっと悲しむだろう。スノウを恐れ憎むだろう。あんなに幸せそうな笑顔を向けているのだ。きっと自分の入る隙間などない。


(俺は諦めるしかない)


 恋に落ち、次の瞬間、それに破れた。


 どうしても欲しいものは絶対に手に入らないという、絶望に彩られた心を持って、これから先ずっと生きていくしかない。



◇◆◇



 ばっとスノウは上半身を起こした。暑い季節柄、大きな窓を開いているせいか、外のひやっとした風が素肌に触れた。


(……夢? あの時の)


 すぐ隣で寝ているティタニアの姿を確認して、ほっと大きく息をついた。


 あの時から始まる三年間の記憶はもう思い出したくない。彼女のことしか考えられないのに、彼女には決して会えないのだ。まるで生き地獄のようだった。


「……スノウ?」


 折よく目覚めたようで、ティタニアは億劫そうに瞼を開いた。そして、今の自分の状況を確認して、ふうとため息をついた。


「また、したくなったの?」


「うん」


「もう、スノウ」


 眉を顰めながらも、ティタニアはしないでとは絶対に言わない。ティタニアはもうしないでとは絶対に言わない。


 いつものように頭をすり付けると仕方なさそうな顔をしながらも、髪を撫でてくれた。要するに彼女は甘えられたいし、スノウは甘えたい。


(これぞ需要と供給の一致だよな。ティタニアは俺にとって最高の番、そう妻なんだ)


 今日もまた、自分にとって代わりのいない唯一の彼女と居られる幸せを噛み締める。そのためなら、どんな試練でも立ち向かえるとそう思った。


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