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第28話「epilogue(side neige)」

「初夜に酔い潰れる弟もまた一興だね」


 やたらと飲まされていた酒に弱い弟は、もう今は夢の中だろう。


 ネージュは自分が先に涼みに来ていたテラスに、酒の瓶片手に現れた兄のニクスに言った。


「……スノウに先を越されたな」


 ニクスはくるくると表情の変わる良く似た弟のスノウとは違って、無表情が標準だ。


 なぜかと言うと、次期辺境伯となる者が明け透けに感情を出してはならぬと幼い頃に教師に言われて、ずっとその通りにしているからだ。要するに、冗談の通じないクソ真面目な兄なのだ。


「……不思議はないんじゃない。僕らの中で幼い頃から一番あいつがモテたからね」


 寡黙で何を考えているかわからない長男やいかにも扱いが面倒くさそうな次男に比べ、感情表現豊かで甘え上手は三男は女の子たちによく好かれた。


 なので、一番最初にスノウが結婚してもおかしくはあるまい。


「俺なりにはアナベルを大事にしているつもりだったが」


 柵に手を当てて夜空を見上げて呟くように言ったニクスに、あの底抜けにバカな女のことをまだ気にかけていたのかとネージュはため息をついた。


「どうせ、辺境伯夫人になるなら、これくらい出来るようになるべきだとか正論ぶちかまして、嫌われたんでしょ。ああいう子はただ甘やかされたいし、自分は、何の努力もしたくないんだよ。兄さんがこの先どれだけ苦労していても、自分のことしか言わないと思うよ。そもそも、周囲に羨ましがられたい以外何も考えていないアナベルが、方々に気を使って面倒くさいことばっかりしなきゃいけない貴族の奥方になるなんて、到底無理なんだけどねえ」


 一気に持っていた酒瓶を飲み干すと次の銘柄は何にするかと、元商人だったイグレシアス伯爵カールが気合を入れて用意してくれた酒の産地を確認した。流石にそれを飯の種にしていた目利きの彼はお目が高い。これは美味しいとよく話題に上がる酒の瓶が、まるで高級酒の見本市のようにズラッと並べられている。


「……だが、将来苦労するのはアナベルだと思って……」


 ニクスは、眉を顰めて言った。


 兄も傍目からはわからないがかなり酔ってはいるようだ。普段、こんなことを弟と言えど口にしたりしない。融通の利かない堅苦しい兄もたまには愚痴もこぼしたいのかと、ネージュは肩をすくめた。


「ニクスの言いたいことはわかるけど、絶対にわかって貰うのは無理だよ。根本から自分とは違う世界の生き物だと思った方が良い……兄さんは嫡男で跡継ぎだし、頭の中を全部を恋愛ごとにする訳にはいかないからねえ。そういうことを理解してくれる子じゃないと上手くいかないよ。ティタニア嬢みたいな子が良いと思うよ。責任感もあるし、頭も良いし情も深い。そして何より、可愛いよね」


 なぜか良いなと思う女の子は、三兄弟これまでずっと一緒だったなと遠い目をしたネージュは、やっと次に飲もうと選んだ酒の栓を抜いた。


「なんで二年間も放浪していたんだ?」


 きっと今までも聞きたかったのだろうが、真面目なニクスは本人が言い出すのを待っていたのだろう。そして、お酒も入ったので我慢ならなくなったというところか。


 同じ色をした瞳を向け視線を合わせて、兄は聞いてきた。


「たった一人の弟が一生苦しむのはまぁ、見てて楽しいものでもないからね。なんとなく、助けてあげようかなって」


「スノウのことか? 運命の番のことで苦しんでいたのは知っていたが……」


 後継ぎのニクスの背には二人の弟とは比べ物にならない程の重圧がかかっている。


 スノウのことを心配してはいただろうが、ニクスにはそれを解決できる時間はなかっただろう。


 だから、もう一人の兄ネージュが旅に出たのは必然ではあったのだ。


「幼い頃、街を歩いていたら、運命についての話をいきなり語り出した変なおじさんが居てね……なんとなくだけど、その時に思ったんだよね。あ、この人本人が、多分運命変えられる人だなって。ある日、それを思い出したから、気が向いてちょっと探してみようかなって思っただけ。まさか幼い頃に見た寸分変わらない姿の彼が、下町の酒場で転がってるところを見つけられるとは思わなかったけど」


 その時の安酒場を思い出して、ネージュはなんとも言えない気持ちになった。今飲んでいるような高級酒など、絶対に置いてないそういう場所だ。


「よく見つけられたな」


「まぁね。なんとなく、勘だよ。この方向に居るんじゃないかと思って、旅してたら居た。多分なんだけど、あの人、この世界の神様じゃないのかなあ。ただの勘だけど」


「……それで結局、運命とは変えることは出来るのか」


「兄さん、運命とは誰かに決められたものじゃない。いつかなんとなく歩いて辿り着く場所でもない。生きていく中で、幾千もの選択を繰り返し、どんなに苦しんでも、本能が欲しがる魂の半身。運命の番というけれど、あれって単なる予知みたいな、そんな感覚で、将来の自分の伴侶となる異性がわかるだけなんじゃないかな。父さんやスノウは、それが獣の本能でわかっただけだと思うけどね」


「予知? ……なるほどな。でも、それだと、未来が決まってるってことじゃないのか? 決まったものがわかるってことだろう?」


「違うよ。未来は可変で決まってないよ。でも、最終的には、必ず彼女に辿り着くんだったら、決まっていることと同じことなのかもしれないね。その辺りは、考え方次第なんじゃないかな。その姿を目にした瞬間に、必ず手に入れたいと思い、そうした選択肢しか選べなくなるなら、それは決まっているとも言えるし、決まっていないとも言える。そして、これは重要なことなんだけど、スノウがティタニア嬢を自分で選んだのは間違っていない」


「なるほどな。どんなに選択肢を用意されたとしても、必ず選んでしまうもの。それを選ぶのは、自分で決めているということか」


 ニクスはまた持っていた酒瓶をあおった。ちゃぽんと瓶の中の液体が鳴った。


 あれも高価な酒でとてもこうやって無造作に飲むような価格ではないのだが、酒豪が多い家系で誰に似たのか滅法酒に弱い弟の結婚のお祝いの日なのだ。


 たまには、こんな風に飲むのも良いだろう。


 いつも雪山に囲まれ空気のキンとした寒い地域に住んでいるせいか、湿気が多くむし暑いこの気候がなんとも不思議な感覚だった。


 兄と二人揃って甘やかした弟も爵位を持つのならそのための勉強をするのも大変だろうし、この場所に飽きるまでは当分は居てやるかとネージュはぼんやりと思った。


「父と弟に運命の番がわかるなら、僕にも可能性あるよね」


「お前、結婚する気あるのか」


「なにそれ、僕だって良いなって思う子くらい居るよ」


「……お前はわかりにくいからな。愛されたら大変だろうな。相手の子に同情するよ。いままで何にも執着しなかったお前の執着を一心に受けるなんて」

 

「兄さんひどいなあ。ちゃんと大事にするよ……僕なりにね?」


「ちゃんと好きになったら好きと言えよ。お前はお喋りなくせに本当に、大事な言葉が足りない。決定的なことを何も言わずに、いつの間にか子ども出来てましたじゃすまないぞ」


「はは。それ、笑える」



Fin

この後、ヒーロー視点が続きます。

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