第23話「構わない」
まるで物語の中に出てくる女神の姿、そのままの美しい女性はいきなり部屋に入ってくるなり、ソファに座っていたティタニアに駆け寄った。
驚いて目を丸くしたティタニアの手をさっと取り、とても感動したことを表すように、身振り手振りを大きくした。
「まあ! まあまあ……なんて可愛いの! この子が、本当に私の義娘になるの!? やだ。すごく嬉しい。でも、末っ子のスノウが嫡男を差し置いて、一番先に結婚するのは、やっぱり対外的にまずいかしら。でも、こんなに可愛い子だと、うかうかしてて他家に掻っ攫われたりでもしたら嫌だわ……もし良かったら、一番上のニクスじゃダメかしら。スノウと顔はよく似ているし、大して経歴は変わらないんだし」
彼女はソファに黙って座っているニクスを、ちらっと視線で示して微笑んだ。
「母さん! 何言ってるんだ。絶対ダメだよ。ティタニアは跡継ぎの一人娘だし後継ぎで嫡男の兄さんとの結婚は、イグレシアス伯爵が許さないよ」
慌ててティタニアの隣から立ち上がり、近づいてくるスノウを邪魔そうにして手を振りながら、その女性はニクスに聞いた。
「ニクスは良いわよね?」
「……ティタニア嬢が良いのなら、俺は構わない」
肩を竦めてニクスがそう言ったので、ティタニアの胸は跳ねた。
もちろん、彼はスノウに良く似た兄だとは頭ではきちんと理解はしているものの、年齢を重ねた彼にそう言われているように思えたのだ。
「母さん! ニクスも! 冗談でも絶対、許さないからな。もう、俺たちノーサムに帰る」
スノウは憤懣やるかたない様子で、座っているままのティタニアの手を取ろうと動いた。それを見た世にも珍しいほどの美貌を持つ彼女は、スノウの手をぱちんと良い音をさせて叩いた。
「お馬鹿さん、冗談よ。でも、私早く娘が欲しいの。三人も産んだのに、全員息子ばっかりでお腹いっぱいなのよ! ねえ、やっぱりイグレシアス伯爵にはもう少し頑張って頂いて、孫待ちで良いんじゃないかしら。二人の男の子を産んだら、どちらの跡継ぎ問題も解決よ」
うんうんと頷き、自分の考えを自慢するように、今まで後ろでその様子を見守っていた男性に振り返りながらそう言った。
呆れた様子で見守っている彼が、きっと現プリスコット辺境伯シュレグ・プリスコットだ。精悍な荒削りの顔立ちで、戦闘を生業とする騎士らしく、体は大きい。どちらかというと、ニクスとスノウは彼似のようだ。
「ダメに決まってるだろ! それに、ティタニアは俺の運命なんだ。やっと俺の手の中にいてくれている。絶対に手放さない」
「運命運命うるさい子ねえ、私に結婚申し込んだ時のお父さんみたいだから、やめてくれないかしら」
「オルレアン、スノウで遊ぶのはやめなさい」
シュレグはため息をついて妻オルレアンの物言いを窘めると、三人の息子たちに目で合図しながら空いている大きなソファへと座った。
「俺、遊ばれてねえから」
ティタニアの手を取り、むくれた様子のスノウはまだまだ色々言いたそうな顔をしているオルレアンから遠ざけた。
「父さん、久しぶりー」
「ネージュ。やっと帰って来たのか」
「うん。まあ、探し物も見つかったし、もう良いかなって。これからは、ちゃんと父さんと兄さん手伝うから説教は勘弁して」
久しぶりの両親の前でもいつも通りの飄々とした様子のネージュに、オルレアンは胡散くさいものを見るような顔を向けながらシュレグの隣に座った。
「何なの、探し物って。自分とか言わないでよ。気持ちわるーい。ネージュって本当に、そういうの絶対に似合わないんだから」
「はは。母さんこそ、その年齢で良いとこ見た目だけって言われないように、その辺で見つけてきたら?」
「ねえ、シュレグ。ネージュって本当にうちの息子なのかしら。いつの間にか家族に紛れ込んだ悪魔なんじゃないの」
自分を抱きしめるようにして震える真似をするオルレアンにシュレグは呆れたように言った。
「……一応は、君がお腹を痛めて産んだ子だろう。そろそろ、私にも未来の娘を紹介してくれないか」
そうシュレグが促したので、スノウは力強く頷き、隣に居たティタニアに紹介をした。
「ティタニア。俺の父親、現プリスコット辺境伯であるシュレグ・プリスコット。こっちのうるさいのが母親のオルレアン。父さん母さん、俺の恋人のティタニアだよ。とにかく、できるだけ最速で結婚したいから、相談したいんだけど」
そう勢い込んで言ったスノウを、なんとも言えない顔をしてオルレアンは見た。絶世の美女という噂は、どうやら大袈裟ではなかったようで、そんな顔をしていても芸術品のように美しい。
「焦る男は、嫌われるわよ。イグレシアス家の跡継ぎの一人娘っていうことは、やはりあちらで結婚式よね? どうせスノウは彼女と一緒にすぐにあちらに行くんでしょう? ティタニアちゃんの準備も手伝わなきゃいけないし、私は絶対長期滞在する! もう雪を見るの、本当にこりごりなのよね、プリスコットはどこ見ても真っ白だし本当に嫌になっちゃう。イグレシアス伯爵の治めるノーサム地方って噂で聞いたことあるわ。妖精の巨木群があるとこよねえ、話聞いてから、ずっと見たいと思っていたのよ。嬉しいわ」
嬉しそうに手を胸の前で組んで言ったオルレアンにティタニアは微笑みながら言った。
「もちろんです。いくらでも滞在してください。私には母がいないので、式の準備などいらっしゃってくださると助かります」
「……まあ! じゃあ、もちろん結婚式のドレスとかも……そう! 私と二人で、相談しなきゃね! 息子しかいなかったから、そういうのって夢だったのよ。ちょっと、ごめんなさい。私、失礼するわ。最高の品を揃えるなら、ドレスとか装飾品関係の予約は早すぎて困ることはないよね。むしろ今からだと、結婚式に間に合わないかもしれないじゃない! 方々にすぐ連絡しなくちゃ」
慌てて立ち上がったオルレアンに、ネージュが興味なさそうに言った。
「母さん、さっき自分で長男のニクスより先に、末っ子のスノウが結婚したらまずいって言ったんじゃないの」
「ニクスは婚約者を探すところからはじめなきゃいけないじゃない! ……例のあの子は、もう自滅したんでしょう。どうしようかしらねえ、面倒くさいからニクスと結婚したい子集まれ、みたいな舞踏会でも開催しようかしら」
その舞踏会の主役となるはずのニクスは、さっきから何も言わずに無表情だ。彼に代わるようにネージュは乾いた笑い声を上げた。
「はは。父さん、本当に母さんとよく結婚したね。俺は息子だからこの距離感で、楽しめるけどさ」
「黙りなさい。ネージュ。あんた二年も居場所もわからないままで放浪していた身分で、本当に態度大きいのよ! 聞いてる?」
「すまないな、いつもこんな感じなんだ」
シュレグは苦笑して、ティタニアに言った。
そして、オルレアンはそうだったと慌てて部屋の外に小走りで出て行った。
裕福な高位貴族であるプリスコット家の言う最高の品とはいくらくらいするのだろうかと考えて、ティタニアは目眩がしそうになった。
そして、すまなさそうな顔をしているシュレグを見つめて、頭を振った。
「いえ。私は父といつも二人だったので、賑やかでとても楽しいです」
そう言って笑ったティタニアの言葉に、ネージュは面白そうに首を傾げた。
「騒がしいの間違いじゃない? まあ、うるさいのは大抵母さんだけなんだけど。スノウ。母さんは興奮しすぎて面倒くさい感じになってるし、このままだと、絶対にお前たちに帰る時に着いていくから、さっさと帰った方が良いんじゃない」
「ああ、行こう。ティタニア」
本当はこの後、家族全員で昼食を取ってから、二人は帰る予定だったのだが、スノウはティタニアの手を取って素早く立ち上がった。
「スノウ、婚約の時に貴族院に提出する書類で私の印を押してあるものを用意しているから、受け取って帰りなさい。道中気をつけて」
父親の言葉を聞いて、スノウは喜色満面になってティタニアを見た。
そうして、嬉しくてたまらないという様子になっている彼に頷いた。両家の印のあるその書類を貴族院に提出して婚約となるから、カールに印さえもらえれば提出は可能となる。
「父さん、ありがとう。兄貴たちも」
各々頷いたり手を振ってくれたりしてくれた彼らに、慌ただしく別れを告げると、オルレアンに見つからない内にと急ぎノーサムへと出発することになった。




