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第22話「道程」

「はい」


 ティタニアが野菜の乗ったスプーンを差し出すと、スノウは嬉しそうな顔をして口を開いた。


 ゆっくり時間をかけて咀嚼すると、次なる希望の料理を口にした。


「次はシチュー食べたい」


 そう言われたティタニアは苦笑してから、ちゃんとシチューをよそってを差し出すとまた彼は、はにかんで嬉しそうな顔をした。


 この前の戦いで利き手を怪我してしまったスノウのために、彼が食事するのを手伝うことになったものの、使用人たちや周囲の生温かい視線がむずがゆい。


「スノウ、ティタニア嬢は給餌が獣人にとっては、愛情表現なのは知らないんだろう。まるで騙して自分を好きと言わせているみたいに見えるけど。しばらく見ない内にそういうところに頭が働くようになったんだね」


 今の今まで黙ったまま、同じテーブルに座り食事するその光景を見ていたネージュは食後の紅茶を飲みながら、淡々と言った。


 それを聞いてティタニアは、食事をしているだけなのに幸せそうな顔を浮かべるスノウと使用人たちの微笑ましいものを見る様子にようやく納得がいった。


 獣人にとってはこれが愛情表現になっているから、彼はこんなに嬉しそうな顔をしていたのだ。


「うるせえ、ネージュ。食事終わったならさっさと部屋に行けば」


 不満そうなスノウは、口を尖らせて次兄を見た。


 プリスコット辺境伯家の普段の晩餐はこの国の貴族にしては珍しく、庶民のように大きな丸テーブルを家族全員で囲むらしい。


 確かに魔物との戦闘を生業とする彼らだから、帰宅時間もまちまちだろうし毎日堅苦しい晩餐をするのは難しいだろう。


「食後のお茶を飲みながら、弟が鼻の下を伸ばしているのを観察しているだろう。別に何もしていない訳じゃない」


 そう言ったネージュは何かに気が付き、おろむろに扉の方を向いた。


「ニクス、怪我はどうだったの?」


 その名前を聞いて、ティタニアの心臓は一度大きく跳ねた。


 目の前の二人の兄にあたるニクスは、この前ティタニアが攫われてしまった時に、自身は怪我をしているのにも関わらずティタニアの捜索に参加してくれて、群れのボスを倒すのにも参加してくれていた。


 そして、全員で城にまで帰り、彼の人化した姿を一度だけ見たのだ。


「……いや。大したことはない」


 弟のスノウに似ているが、彼より少しだけ低い声。


 不思議な色合いの髪は弟二人よりも、かなり短い。けれど、ニクスの容姿は以前に聞いた通り、弟のスノウが何年後かにはこんな姿になるだろうと思う、そのままの容姿だった。


 王子様のような華麗で端正な顔立ちはより精悍になり、鍛えられた体付きもよりがっちりとしていた。


「……ティタニア。俺はこっち。あれは兄のニクスで、俺はこっちだよ」


 むっとした拗ねた口調でやってきた兄の姿に一瞬見入ってしまっていたティタニアに、隣に座っている自分のことをアピールすると、スノウはゆっくりとした動作でテーブルに腰掛けたニクスに言った。


「ニクス、なんで俺に似てるんだよ。俺の大事な番が気を取られて、物凄く迷惑なんだけど」


「いや、後から生まれたお前がニクスに似てるんだろ」


 ティーカップを持ったまま、ネージュがくっと面白そうに笑った。


 寡黙な性格だと聞いているニクスは下の弟の無茶苦茶な言いようには、何も言わずに控えていた執事に手で食事に開始を合図した。


「……ティタニア嬢は食事を済ませたのか」


「はっ……はい。お気遣いありがとうございます」


 いきなりニクスに話しかけられたティタニアは、顔を思わず赤くしてしまった。


 質問をしたニクスは答えを聞いて、そうかとただ頷いただけだ。


 なのに、自分の大好きな人の未来の姿を持つ人に話しかけられて、なんとも不思議な思いだった。


 辺境伯である彼らの父親がいない今、この家で家長代理でもあるニクスはただ単に客人であるティタニアの動向を、気にしているに過ぎないのは分かっている。


(本当に兄弟三人とも、眉目秀麗な完璧な容姿をしているのね。これは確かに国中の噂になるはずだわ)


 同じテーブルに座っている三兄弟が揃っていると、ただ黙って座っているだけなのに、何故か周りを圧する迫力があった。


 こんな人たちが独身で夜会に居たとしたら、結婚相手募集中の令嬢が色めきだって群がるのもわかる気がする。


 王都の夜会にはあまり姿が見えないはずだと、妙に納得してしまった。


「ねえ。ティタニア。何度も言って悪いけど、あれはニクスで俺はこっちだよ」


 なんとなくその場の流れで、スノウの二人の兄をぼんやりと見ていたティタニアの自分の方へと気を引きたいのか、スノウは手を取ってぎゅっと手を握った。


 ふふっと微笑んで、その手を握り返して、ティタニアは笑った。


「ちゃんとわかっているわ。ごめんなさい。でも、ニクス様はスノウと本当によく似てて……何年後かにはこんな風になるのねって思っただけなの」


 むっとした拗ねた顔で、甘えるような仕草をする彼に苦笑してティタニアは答えた。


「確かに顔は似てるかもしれないけどニクスは真面目すぎるし、一緒に居ても楽しくないよ。それにネージュは意地悪で昔からよく女の子泣かすし。だから結婚するなら絶対俺が一番良いよ」


 傍に居る二人の兄をこき下ろしながら、自分の良さをアピールするスノウは何故か必死な様子だ。


「本当のこと言ったら、皆泣くんだよ。別に意地悪してる訳じゃない」


 ネージュはお茶を飲み終わったのか優雅な仕草で肘をついて、ティタニアに縋る形となっている弟を面白そうに見ている。


「本当のことって……ネージュはもう絶対ティタニアに変なこと言うなよ。俺がティタニアと居ることを選んだんだ。別に、運命の番だからじゃない。あんな余計なことして……」


 ティタニアが危機に遭った、この前のことを未だ根に持っているのか、スノウはネージュに噛み付いた。そうして、隣に居るティタニアを見た。


 綺麗な青灰の瞳に見つめられると、何も考えられなくなるのに。彼のこと以外何も。


「スノウ……困っているだろう。離してあげなさい」


 食事をしていたニクスが、助け舟を出した。


 長兄の言う事には逆らえないのか、スノウは拗ねた顔をしながらも何も言わずに手を離し、ティタニアはほっと一息ついた。


(こんなに美形な人たちに囲まれると、なんだか緊張しちゃう。これに、もうすぐ帰られるご両親も揃うのね)


 長兄ニクスが負った怪我もだいぶ良くなり、今はネージュも居るので、スノウとティタニアがここに居る必要はあまりないのだが、もうすぐ帰って来るのでせっかくだからと、プリスコット辺境伯夫妻が帰るまで待つことになったのだ。


 新しく家族になる人たちに、会うのが楽しみなような、怖いような、そんな心持ちだった。




◇◆◇



 日中の魔物退治の指揮は今現在ネージュがしていて、利き手を怪我しているスノウは戦闘に参加することが出来ずに城に居残ることになる。


 このままだと体が鈍るとスノウが言い出して、明るい昼間に街を二人で手を繋いで歩いていた。


「あれ、美味しいんだよ。俺すごく好き。今は食事後でお腹いっぱいだし、また今度食べよう」


 にこにこ笑いながら道にある屋台を指さすスノウは、ティタニアと一緒に街を歩くことが出来て本当に楽しそうだ。


 それに頷いて、ティタニアは街を見回した。プリスコットの街は魔物の住む雪山から近いとはいえ、絶対的強さを持つ辺境伯が居るという安心感があるせいか、人口は多かった。


 獣人たちも多く住み、賑わう街にはたくさんの人たちが歩いている。


「ノーサムでは、こんな風に街を歩くことなんてなかったの。だからこうやって一緒に歩いて、出掛けられるの嬉しい」


 貴族令嬢で厳格な家庭教師からきちんとした教育を受けているティタニアは、自分が街に出て起こりうる危険性や家への評判を気にして、こうしたことがしたいなと思っても我慢していた。


 そう告げると、スノウは面白そうに笑った。


「ティタニアはこれから何をしたい? 何でも出来るよ。未来はわからない。自分が出来ると思えばいつかは叶う。俺はそう思うよ。ティタニアを好きで、諦めなければとずっと思っていた時も、俺は心の奥の何処かでこうなりたいと、強く願っていた。だから、今叶ったんだと思う。願うことは無駄じゃないよ」


 そう言って笑ってくれた彼の手を握って、ティタニアは微笑み返した。


 願うことが無駄じゃないなら、今隣に居る彼とずっとずっと一緒に居たいと思う。そうして、願いを叶えていくのはいつも自分自身なのだ。最初から諦めていたらきっと叶わない。


 すぐ隣に居る人の手を握り続けることも、簡単なことじゃないのに。


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