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第18話「寄り添う」

「長い間、連絡がつかなくて、ずっと不安だった。けれど、役目や立場上、どうしてもここから離れることが出来なくて……会いに行けなくて本当にごめん。俺とユージンが本当に魔物との戦闘に追われて忙しかったのもあったんだけど、まさか両親の留守に乗じて、アナベルがあんなことをするなんて想像もしていなかった」


 二人はベッドにそのまま横になって、体を寄り添わせた。彼の温かな体を感じて、今まで感じていた不安や辛さが全部とけていくのを感じた。


 プリスコット辺境伯の役割は、雪山の魔物を食い止めること。


 どんなに彼がティタニアに会いたかろうが、その役目を放棄する訳にはいかないことは、自身が貴族であるティタニアにもわかっていた。


「……無事で良かった。ずっと心配してた」


 ティタニアが万感の思いを込めて言った言葉を聞いて、堪らないと言った様子で彼は額を擦り付けた。


「本当にごめん……不意打ちだったとは言え、今のプリスコット家最強のニクスが大怪我するほどの強いボスが今出現しているから、それを食い止めるので精一杯になっていた。けれど、手紙が届かないから、俺もすごく不安だった。もしかしたら、不在の間に俺より良い条件の奴が出て来たんじゃないかと。ずっと不安で。一刻でも早く会いに行きたかったんだけど、流石に貴族としての役目を放棄する訳にはいかないし、ニクスが戦闘に出られるまでに回復するか、父親が帰ってきたらすぐに会いに行くつもりだった」


 ティタニアが何気なく目の前にある彼の頬に触ると、スノウはその手を取って手のひらに口付けた。久しぶりの柔らかな感触に、思わず背中に甘い何かが走って行った。


「スノウにどうしても会いたくて、雪山に居るなら会いに行こうと思ったの。そこでお兄さんに助けて頂いて……」


 それを聞いて、スノウは目を見開き、ティタニアの顔に両手を当てた。間近まで顔を近づけると必死な様子で早口で言った。


「雪山に!? なんで、なんでそんな自殺行為を……! あの場所がどれだけ危険なのか、わかってる? あの場所に居るのは、か弱いティタニアなんか、一噛みで殺せるような魔物ばかりなんだよ! 偶然とは言え、ネージュに会えて良かった……本当に良かった……」


「……でも、どうしても。会いたかったの。ごめんなさい」


 謝りながら彼の勢いに目を伏せたティタニアの唇を、いきなり彼は奪った。驚いて何か言おうと口を開くと、熱い舌がぬるっと滑るように入り込んで来た。


 豹の獣人スノウの舌の表面は、少しざらっとしていた。


 二人の唾液が混ぜ合わされて、それを美味しそうに彼は何度も飲み込んだ。部屋の中にくちゅくちゅとした水音が響いて、久しぶりに味わうあまりの気持ちよさに頭の中が何も考えられなくなってしまった。


 手の甲で唇を拭いながら彼が離れてくれた時には、慣れないキス中の息継ぎが上手く出来ずに、足りなくなった呼吸を求めてティタニアは熱い息を何度も吐いた。


「……ティタニア。本当に可愛い。俺に会いたくて、それで、自分が死ぬかもしれないのに雪山に行ってくれるなんて、思わなかった。けど、今度からは絶対にそんなことをしたらダメだよ……これからは、ずっと一緒に居る。今回みたいに俺がどうしてもプリスコットに行かなきゃいけない時には、絶対連れて帰る。イグレシアス伯爵にはちゃんと俺が説明する。もう離れたくないんだ」


 切々と語るスノウは、もう離したくないと言わんばかりにぎゅっと抱きしめた。


 ティタニアのお腹の辺りに固くて熱いものが当たり、その大きな物の一部分を思い出した。ティタニアに反応していることを悟られていると思ったのか、顔を赤くしているスノウを見つめた。


「……しても、良いよ? どうせ、私たち結婚するんだし」


 それを聞いて、スノウは唇をぎゅっと固く結んだ。一瞬躊躇うようにすると、泣きそうな顔になって言った。


「したいよ!! したいけど……それは、貴族令嬢でイグレシアス家を継ぐティタニアにとっては、大事なことなんだろう? 順番とか、覚悟の準備とか、俺はそういうのを、出来るだけ大事にしてあげたいんだ。ティタニアは今までそのために、ひどく辛い思いをして、たくさん言葉にならぬほどに頑張ったんだ。俺は、俺だけは絶対にそういう気持ちをわかってあげたい」


 そう言ってくれた彼の頭を抱きしめて、ティタニアは心から言った。


「……スノウ。ありがとう」


 そのまま見つめあって、二人抱き合った。彼のまっすぐな青灰の瞳には、ティタニアしか映っていなかった。


 ティタニアにとってそれで、十分だった。


 もう会えないとまで思い詰めていた人と、今こうして抱き合っている。


 もしかしたら、今この瞬間にも男性の彼は言葉にならないような我慢を重ねているのかもしれないが、今まで頑張ってきた自分の気持ちをわかってあげたいと言ってくれた彼の言葉を尊重してあげたかった。


 静かな部屋の中で呼吸が響き、安心感と彼の体温にうとうとしはじめたティタニアの頬にスノウはキスをしてから言った。


「……ごめん、次兄のネージュが帰って来てるけど……あの人、本当に昔から何考えているかわかんないし、また、いついなくなるかもわからない。役目を引き継ぎするにしても時間がかかる。どっちにしても、明日も魔物退治は俺が指揮を取らなきゃいけなくて……ティタニアが朝起きたら、いないかもしれないけど、絶対、俺が夕方に帰ってくるまで、何処にも行かないで。お願いだから。ここにいて。もう一緒にいられないの耐えられない」


 強い力で抱きしめられながら、その必死な言葉に頷いて、ティタニアは目を閉じた。



◇◆◇



 やはり、彼の言葉通り、ティタニアが朝起きたらスノウはいなかった。


 昨晩眠りにつく前に予告されていたので、特に不安に思うこともなく、上半身を起こすと大きく伸びをした。


 昨日は今まで深窓の令嬢として、大事に育てられてきたティタニアに珍しく雪山まで大冒険をしたので疲れもあったのか、遅い起床時間だ。


 気持ちも新たに、すっきりとした目覚めだった。


 やがて頃合いを見て扉をノックした使用人に頷いて、用意してたドレスに着替えると、朝食を共に取ろうと言っているネージュが待つという場所へと案内されるままに向かった。


「やあ、おはよう。ゆっくり休めた?」


 窓から差し込む光に照らされて輝くような美貌の持ち主の言葉に頷いて、執事が引いた椅子へと腰掛けた。


「ネージュ様、昨日は本当にありがとうございました。いくら必死になっていたとは言え、どれだけ自分が危険な目に遭っていたのかと思うと、本当に身震いがします」


 頭を下げてそう言ったティタニアにネージュは苦笑した。


「……良かったよ。今、弟たちが苦戦しているというのは、街で聞いていたからね、そこに行って加戦したら少しはスノウの怒りが和らぐかなあ? ぐらいに思っていた程度なんだけど、まさか、雪の中にお姫様が寝ているとは思わなかったからね。最初見た時は、幻かなと思った」


 面白そうにくすくすと笑い、バツが悪そうなティタニアの後ろに居る使用人へと食事の開始を合図した。


 ネージュは食事を取りながら、淡々とアナベルが引き起こした騒動の顛末をティタニアに説明し出した。


「あ、アナベルは早々に、城から追い出したから。君はもう何も、心配しなくて良い。まあ、親の代から続く、ちょっとした事情があってね。あの子はニクスの婚約者になったんだけど、何かある訳でもない。別に分家の有力者の娘ってだけだし、こちらとしてはあいつじゃなくても別に良いんだよね。幼い頃からアナベルは辺境伯夫人になると言われてきたし、本人もそのつもりで居たみたいから、あまり恋愛事に興味のないニクスも両親もまあ良いかっていう具合だったけど、今回は決定的にバカなことをやらかしてくれたからねえ。こういうことは人の口に戸は立てられないから、大きな問題にならないうちに、適当な所にでも嫁に出されるんじゃないの」


 ネージュは興味なさそうに話した。貴族であるならば政略婚は当たり前のことだが、婚約者であることを傘に着て傲慢な態度で主家の使用人を振り回したということであるならば、すぐにそれを解消されるのも仕方のないことかもしれない。


 出された野菜スープをじっと見ているティタニアにネージュは声をかけた。


「……君が社交界デビューした時に、スノウは君を見つけてね、聞いた?」


「はい」


 いきなり変わってしまった話題に、戸惑いながらもティタニアは頷く。


「そう、あいつの求めていた、待ちに待った運命の番に出会って天国に居るのかと思えば、そうでもなかった。逆に地獄にいるかのような、そんな様子でね。どうしても欲しいものがあって、それが絶対に手に入らないものだったと知ったのは、同時だったからかなあ。そう、本当に絶望していた。可哀想にね」


 独特のテンポで語られているそれを聞きながら、ティタニアはネージュの試すような視線から、目を逸らすことが出来なかった。


「でも、それは君だからじゃない。運命だからだ」

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