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第14話「知らせ」

 まるで身軽な猫のようなしなやかな動きで、いとも簡単に二人は巨木の木の上へと行ってしまった。


 今日は城館の近くの巨木の下で、お昼を食べようと言ったのはティタニアだ。


 彼らの種族である豹は木の上に居ることを好んでいるという記述を図書館の本で見つけたので、そういえば彼らがここに来て初めて見かけた時も二人は木の上だったと思い出したのだ。


(楽しそう……きっと、本能的に木の上に居るのが好きなのね)


 身体能力はただの人間の比べ物にならない獣人の彼らは、それ故に戦いの最前線に居る。


 ユンカナン王国の三人の辺境伯がすべて獣人なのも、それを良く表していた。豹の獣人一族プリスコット家が戦うのは雪山の魔物だが、他には草原の蛮族や建国以来の敵国から国境を守っている。


 頭に手を乗せて見上げるティタニアに大きく手を振ると、スノウは立っていた高い枝から一気に飛び降りた。その行動に驚き過ぎたティタニアは、危なげなく降り立った彼の胸を思わず押した。


「……もうっ……びっくりした! あんなに高いところから飛び降りるなんて、信じられない。怪我したらどうするの」


 そう言って怒った声を出したティタニアに向かって笑顔を見せると、続けて降りて来たユージンの方を一度見てから向き直って笑った。


「大丈夫だよ。このくらいの高さで怪我していたら、とてもあの雪山で魔物退治なんて出来ないよ。プリスコット地方もノーサムの森のように、巨木がたくさんあるんだ。その枝を使って戦うこともあるし、俺たちは高所には慣れているから」


「それでも。わざわざ危ないことしなくて良いのに……」


 むっとした顔をするティタニアを見て、スノウは面白くてたまらないという顔をして笑った。


「ティタニアは本当に真面目なんだな……ずっと想像していたのと違った」


「……どういうこと? がっかりした?」


 今までの想像と違うと言われて、不安になってしまった。


 もしかしたら、彼が想像していた理想とする女の子ではなくて、がっかりされたのではないかと思ったのだ。表情を曇らせたティタニアに慌ててスノウは近寄った。


 そうして不安に顔を曇らせたティタニアの頬に手を当てて、宥めるように言った。


「してないよ。そういうところも、すごくかわいいなってそう思っただけ。不安に思わせたならごめん。そうやって、真面目でちょっと損するんじゃないかなって思うところもあるお前が好きなんだ。拗ねた顔しないで……ね?」


 スノウは甘えるように優しく囁くと、頬にキスをした。


 なんとなく彼は生来の甘え上手であることは、ティタニアにはもうわかっていた。


 当初ここに来てから不機嫌そうな顔をしていた時も、それだけ感情を素直に表しても許される立場と環境にいたという証明ではないだろうか。


「誤魔化されない」


「誤魔化してないよ。俺はティタニアが好きだし、実際に会って話してみて、想像していたよりも、外見も中身も可愛くてすぐ夢中になった。真面目で自分を持ってしっかりしているところも好き。俺が何かいけないことしてたら怒ってよ」


「いけないことするの?」


「うん、構って欲しかったらするかも」


 にこっと悪びれない笑みを見せると、スノウは視線をユージンへと移した。彼は二人が話している間、もくもくと昼食を食べるための用意を済ませると立ち上がって何も言わずに歩き去ってしまうところだったからだ。


「あれ、ユージン。どこに行くんだよ」


「……あのね。僕は恋人たちの間に、一人挟まれて気まずいから、気を使って席外してるの! 見たらわかるだろ。付き合ったばっかりの恋人同士と単身一緒に居るなんて拷問でしかないからね。もう、僕のことは良いから、ティタニア様と存分にいちゃついてろよ」


「悪いな。あ、そのまま部屋に帰るんだったら俺の制服、洗濯出しといて」


 遠慮のないスノウの言葉に息をついてなんとも言えない顔で頷くと、ユージンは素早い動きで近くの木の枝へと飛んだ。


「……良いの?」


 心配になったティタニアがスノウの顔を見上げると、彼は涼しい顔をして肩をすくめて頷いた。


「こんなことで怒っていたら、俺と今まで一緒にいないから大丈夫。ユージンはこの程度のことで、いちいちそんなこと気にしないよ。さ、食べよ」


 そう言ってスノウはティタニアを座るように促した。


「すごく信頼してるんだね?」


 スノウはティタニアの隣に腰かけて、卵の入ったサンドイッチを手に取ると大きな口で一口齧った。


「あー、まあ。本当に産まれた時から一緒に居るし? 兄貴たちも実の弟の俺よりユージンの方を頼りにしてるよ。あいつは目端もきくし要領も良い。それに、面倒見は絶対良いな。俺も見捨てないくらいだし」


 苦笑しつつ、ティタニアにも食べたらと目で促した。それに頷いて、ティタニアは目の前にある彩りの良い野菜のサンドイッチを取った。


「そっか。スノウはお兄さんが二人、居るんだね」


 もちろん有名なプリスコットの美形三兄弟は離れた場所でも噂が鳴り響くくらい有名だが、あまり王都に行かないティタニアは実際には見たことはなかった。


 代々魔物からこの国を守る騎士一家の彼らは、その役割もありあまり王都にいないのもあるだろうが、どうやら夜会に出ると毎回その場に居る令嬢達から追いかけまわされるのに、辟易していると噂で聞いたがそれは本当なのだろうか。


「うん。一番上のニクスはなんか……真面目で堅物。もちろん嫡男だし跡取りだから、一番期待かけられていたし実際そうあろうとしてきた人だよ。跡取り娘のティタニアと同じだね。責任感がすごく強いんだ。すぐ上の二番目の兄ネージュは飄々として捉えどころがない感じ……かな。実はネージュは二年前から出奔してて、長い間、会ってないんだ。すごく気まぐれなんだよ。捉え所がないっていうか、何考えてるかわかりにくい人だね」


 何か思い返すようにして、スノウは近くにある大きな木に視線を向けた。物言いたげなその青灰色の珍しい色彩は、不思議だった。


 国中であれだけ騒がてしまうほどなのだ。その容貌は整いすぎていると言えるくらいに整っていた。


 まるで、彼は女の子がこんな人が居たら良いなと言う理想の姿形をしているとティタニアは思った。


「……二人とも、スノウに似てるの?」


 ティタニアの質問に、スノウは苦笑した。


「うーん。ニクスとは、確かに似てるかも。多分俺が、あの年になったらこんな感じになるのかなって思うよ。ネージュはあんまり似てないな。女顔なんだよ。母にそっくり。気になる?」


「うん。だって、プリスコット家の三兄弟は有名だったから」


 そう言ったティタニアの言葉にスノウは変な顔をした。そして、首を傾げて言った。


「……まあ、俺たちが……何か、色々言われているのは一応知ってる。ティタニアはそれ聞いてどう思った?」


「え?」


「まだ会ってない時に俺のことを、どう思っていたか気になる」


 真剣な顔でそう聞いたスノウを見てティタニアはきょとんとして見つめた。


「どうって……その、私にはずっと婚約者が居たし、プリスコットの美形三兄弟は話は聞いたことあったけど、直接見たことなかったもの。スノウたちも、あまり夜会なんかには出てなかったよね?」


「あー……そうだね。うん。なんか、ああいうのに出ると、色々めんどくさくて……ティタニアが、出席するってわかっていたら、出たかったとは思うけどそれはもう俺には事前にはわからないから」


「……言い寄られるから?」


 からかうようにそう言ったらスノウは眉間に皺を寄せて嫌な顔をした。


「俺は三男だから……なんていうか、婿入りさせるにはちょうど良いんだよ。ニクスはもう婚約者が居るし、ネージュは一応はスペアなのもあるんだけど、あんまり女の子に優しいとは言えないっていうか……良い性格してるから。なんか、紹介とか、本当に面倒くさくて。立場上、どうしても断れないものだけは参加していただけ。俺はティタニアしか絶対嫌だったし、親も別にもう無理に結婚しなくて良いって言ってたから、あまりああいう場には出なかった」


「ふふっ……私しか嫌だったんだ?」


 そう言って笑ったティタニアにスノウが手を伸ばしかけたその時、彼はばっと勢いよく城館のある方を振り向いた。


「……ユージン?」


 さっき去って行ってしまったはずのユージンが帰って来たのだ。急いでこちらまで帰って来たのか、血相を変えている。


「どうした? 何があった?」


「……スノウ、ニクス兄が大怪我をした。すぐに戻ってこいって、手紙が」


「……は? なんで。ニクスが怪我したって言っても……父さんは?」


「辺境伯は王に呼ばれて、今プリスコットにいないらしい。とにかく、スノウに急いで帰って来いって。緊急移動用の魔法陣も既に用意されている。荷物はそのままで良いから」


 ユージンの顔は険しく、それは事態の大きさを伝えていた。


 スノウは難しい表情をして、躊躇うようにティタニアの手を取った。


「……ごめん、さっきネージュが出奔した話をしたけど、後継ぎのスペアは……暫定なんだけど、今は俺ということになってる……魔物退治の指揮を取るのはプリスコットの主家の雪豹だけだと決められていて、ニクスが怪我をしていて、父上が事情で戻れないのなら、代理が出来る俺が戻らなければならない。少しの間、離れるけどごめん。ついでにティタニアとの結婚についても話し合ってくるよ」


 真っ直ぐに自分を見つめる目を見て、何も言う言葉が見当たらなかった。役目を果たすために戻る彼のために、今何か、言うべきなのに。


「必ず帰る。ここで待っていてくれ」


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