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第13話「許し」

「まぁ、いつかこうなりそうだと思ってはいたよ。私が思ったよりかなり、早かったな」


 いつも仕事をする書斎に繋がる応接室で、カールは目の前で緊張しながら座っている二人を見て苦笑した。


 ティタニアとの結婚の許しを得るのを急ぎたいからと、スノウがどうしてもと強情に言い張って、港町での旅行は結局二泊だけしてとんぼ帰りすることになった。


 完全に振り回された形になったユージンは苦笑いだったが、二人が番になったことを話すと、おめでとうと言って嬉しそうに笑ってくれた。


「……それじゃあ、出来るだけ早く結婚の準備を進めることにしよう。前回はストレイチー家からの婚約解消の申し出だったので、こちらが気を使うこともないだろう。イグレシアス家としては特に問題もなく、話を進めていきたいとは思っているが、婚約に関してはスノウ君の父君、プリスコット辺境伯は承知されているのかな?」


 カールの問いかけに、スノウは力強く頷いた。


「ティタニア本人から番となる了承を貰って、すぐに報告の手紙を出して、その返事も既に貰っています。実家の両親は、この上なく喜んでいます。出来れば僕とユージンの二人はこちらのノーサムにこれからも残り、イグレシアス伯爵の元で領地経営などを学びつつお手伝いしたいと思っています」


 ティタニアは、彼の行動のあまりの早さに驚いてしまった。


 確かにネブラアートを発つ前、慌ただしく何処かに行ったりしていたようだが、あれは彼が自分の両親に報告の手紙を送っていたのだろう。


 そして、その返事も今来ているということは、高額な料金のかかる遠方移動用の魔法陣を利用したに違いなかった。


 彼の言葉を聞いたカールは目に見えて嬉しそうな顔になり、満足そうに大きく頷いた。


「そうか。それならば、こちら側としては何の異論もない。君の評判や仕事振りはよく聞いているし、スノウ君本人とご両親が入婿になっても構わないというのであれば、願ってもないことだ。今君たちが居るのは客室だから、急ぎ自室を用意しよう……ティタニアの部屋の近くが良いかな。なんだって、相思相愛の婚約者同士だからね。まあ親としては、結婚式を挙げるまでは節度は守ってほしいが」


 浮かれた様子でそう笑うとカールは執事へと目配せをした。明け透けに父親に婚前交渉を匂わされ、ティタニアは顔を赤くした。


「ありがとうございます……獣人は番を得ると、片時も出来るだけ離れたくない性質なので、ご配慮して頂いて本当に有り難いです」


 背筋を伸ばしたスノウは真面目な顔をして、カールに礼を言った。


「あの、お父さま……」


 緊張していたティタニアは、いつか言わねばいけないなら今言おうと口を開いた。カールは笑顔で頷き、首を傾げて先を促した。


「……旅行先のネブラアートで、お母さまに、似た人を見かけたの」


 慎重に切り出したその言葉にカールは、ほんの少し目を見開いたが、続けて何かを言おうとしたティタニアを手を上げて制した。


「そうか……ルドヴィカは、彼女は笑っていたか?」


 ぎこちなく小さく頷いたティタニアに微笑むと、カールは間を置いて口を開いた。


「彼女には本当に可哀想なことをした。元庶民という肩書きで身分の違う人達に囲まれ、人には決して言えない、つらい思いもたくさんさせたと思う。何度も何度も、もう自分は限界だと訴えていたのに、慣れない仕事や自分のことで必死でその叫びを無視したのは私だ。娘のティタニアには幼い頃に母がいなくなり、寂しい思いをさせてしまったが……私は遠いどこかでルドヴィカが笑っていてくれたら、それで良いとそう思っていた。この世界には、すべてのことが上手くいくことは少ない。今、若いお前たちも、この先そう感じることが多くなるだろう。人生は選択の連続だ。私は父から引き継いだ領地や爵位とルドヴィカを秤にかけて手放した訳ではない。けれど、どうしても、複数のものからひとつだけを選ばざるを得ない状況が、待っていることもある。その時に後悔しないように、自分はこれだけは手放せないと、思えるものを決めておきなさい。それは、選ばなかったものを捨てるんじゃない……自分の元から、手放せる勇気を用意しておくんだよ」


 そう言ったカールの顔は、晴れやかだった。きっと去ってしまったルドヴィカのことを愛していたはずなのに、自分のことは捨てられる形になってしまったはずなのに、それでも、相手の幸せを願っているのだ。


(……お父さまは、いなくなってしまった後も、決してお母さまを悪く言ったり、責めたことはなかった。自分たちを取り巻く事情も、何もかもをわかった上で、その手を離したんだ。だから、探しもしなかった。愛していた人の消息すらわからない。それは、どんなにつらかったんだろう)


 貴族であるということは、その名を持っているというだけで、様々な責任を伴う。


 だからこそ、様々な特権を享受しているのだ。父は自分の持っている責任を踏まえて愛する人の手を離した。


 自分にそれが出来るのかと、ティタニアは考えた。隣に座っている好きな人を手放せる勇気を持つことは、どんなに心が痛いだろう。


 彼のためだと、そう自分に言い聞かせなかったら、とてもそれは耐えられそうになかった。



◇◆◇



 湯浴みを済ませベッドに入り、傍付きの侍女ミアもとうに去ってしまってから、温かな上掛けに包まれてティタニアはうとうとしていた。


 もう少しで眠りに落ちてしまいそうな時、廊下から聞き慣れた二人のよく通る声が聞こえてきたので、一気に覚醒してしまった。


「……明日になって、どうして止めなかったんだって言ってきても、僕はもう知らないからな」


「今、俺はティタニアの婚約者も同然なんだ。後は時期を見て貴族院に書類を提出するだけだし、別に良いだろう。ティタニアの同意も得て、やっと番になったんだし、どんな時も離れていたくない。一緒に居たいんだ」


「いや、まだ結婚してないし、どう考えても一緒に寝るのは流石にダメだろ。なんでまたお酒飲んだんだよ……いつも失敗しては、落ち込んでる癖に。その後始末していつも世話する僕の気持ちにもなってもらえる?」


「未来の義父に薦められて、飲まない訳にもいかない」


「いや、弱いから程々でって断れば良いだろ。本当のことなんだし。明日、こんなことをしてティタニア様に嫌われたらどうしようって、泣いてももう慰めないからな。勝手にしろ」


 あきれたようなユージンの声がして、ひとつの足音が遠ざかる。そして、カチャリと扉の音がして、スノウが入って来たことを知ってティタニアは身を起こした。


「……スノウ、どうしたの?」


「ティタニア」


 彼はまた、酔っ払っているようだ。


 ふらふらとした足取りでこちらに近づいて来て、どさりとベッドの上に体を倒しティタニアの膝の上に頭を乗せた。


 ふわっとした香ったお酒の匂いは、かなりきつい。今夜も上機嫌なカールにかなりの量を飲まされたみたいだ。


 甘えてふわふわの頭を擦り付けるようにすると、スノウは顔を上げてじっと見つめた。その髪を撫でると嬉しそうにして目を細めた。


「……どうしたの?」


「好きすぎてつらい」


「え?」


「今まで手に入らないと諦めていたものが、やっと……やっと自分のものになった。もしかしたら、これは夢じゃないかと思う時もある。都合良く自分の望むように改変された現実に似た儚い夢の中なんじゃないかと。そうして、目を覚ましたら心から絶望するんだ。でも、どんなに暗闇の中にいたとしても。何度どんな試練を繰り返しても、この場所に辿り着くために知恵を絞る。俺は、きっとそうすると思う。だから……」


 途中で言葉を途切らせたスノウにティタニアは首を傾げた。


「スノウ?」


 その頬に涙が伝うのを見て、驚いて目を見開いた。それも、一筋ではなかった。溢れるように流れてくる幾筋の涙に、ティタニアは思わず息をのんだ。


「絶対に、いなくならないで。ティタニア。俺は、何と比べたとしても君を一番に選ぶよ。富も権力も要らない。他でもないお前が贅沢を望むならそうさせてあげられるように、いくらでも努力するから、どうか……」


 次から次にこぼれ落ちる涙をティタニアはベッドサイドに置かれていた柔らかな布で拭った。そうして、頭を撫でてあげると彼はその手に頭を擦り付けた。


「……スノウ、もう泣かないで。まだ未来はわからないけれど、きっと私も貴方を一番に選ぶと思う」


 ティタニアにとって、スノウは救いの光であり、何もかもを諦めきっていた冷め切った心を温かな大きな手で包みこんでくれた、希望という言葉そのものだった。


「どうか泣かないで。貴方がもし、私が泣いているのを見てつらいと思うなら、それは私にとっても同じことなのよ。泣かないで、スノウ。私の大好きな人」


 結局スノウはその言葉を聞いて、涙を流してもっと泣いてしまった。


 ひとしきりティタニアの胸で泣き疲れて眠ってしまったその彼の筋肉質な腕を抱きしめて、深い寝息だけが響くその部屋の中で、今までの人生にない満たされた思いでいっぱいになった。


 自分の好きな人が想いを返してくれることが、どれだけ幸せなことだと、そんなことも今まで知らないままだった。


(……運命。スノウの運命の人が私なのは、いつ誰が決めたんだろう?)


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