温かいご飯
「さて、お前ら準備は良いか?」
空から村を見下ろしていた女性が声を発する。
その者は頭から二本の角が生えており、服の間から覗く肌は薄い青みを帯びていた。
そして細長い右足からは紋様が刻まれており、その紋様は右頬まで伸びている。
身長180もある長身、全身から発する禍々しいオーラ。
彼女こそがこの世界の魔王だ。
魔王の声と共に、その背後に5つの影が現れる。
「いつでもいいぜ」
「仰せのままに」
「いつでもいけますよ~?」
「いっちょあばれますかー!」
「………」
魔王は5人の姿を確認すると、小さく頷く。
「うむ、では始めようではないか」
魔王は禍々しく口を釣り上げて笑うと、右手を伸ばして手のひらを村に向ける。
「────侵略開始じゃ」
魔王の言葉と共に、手のひらから眼球ほどの大きさの小さな火の玉を放つ。
─────ドゴオォォォォン!!
火の玉は着弾と共に大爆発し、村の半分を火で埋め尽くす。
それを確認した5人は一瞬でその場から消え、村へ駆け込む。
「さて…と」
その様子を見ていた魔王は小さくため息をつく。
「予想はしてたが、兵士の1人もおらぬのか。こりゃ一方的な虐殺じゃのう…」
魔王は小さく笑うと、村へと降り立つ。
そこはもう先行した5人が荒らし回った後であり、そこらじゅうに肉片が散らばっていた。
「こうも呆気ないと面白くないのう…」
魔王はやれやれと首を振ると、近くに転がっていた死体から目玉をえぐりとり手の上で転がして遊ぶ。
「た、助けてくれぇ!」
「おっ?」
その時、崩れかかった家から人間の男が飛び出してきた。
その姿を見た魔王は転がしていた目玉を放り捨てると、男へ近づく。
「ひっ、ひいぃぃ!」
男は魔王の姿を見るやいなや、悲鳴を上げて尻餅をつく。
「どうした、我が怖いのか?」
「た、助けて下さい…お願いしますぅ!!」
男は頭を下げて懇願する。
「どうしようかの~?」
魔王はニヤつきながら顎に手を当て、男に背を向ける。
「おらあああああ!!」
その瞬間、男は立ち上がり隠し持っていた包丁を魔王の背中に突き刺した……!!
かと思われたが、その刃は魔王の肌に通ることは無かった。
「おいおい、そんなもの持ちおって……痣ができてしまったらどうするんじゃ?」
魔王は後ろに振り返るが、男は既にそこにいなかった。
いや、正確に言うと男だったものはそこにあった。
「てめぇ…魔王様に何してんだ…!」
「この世で最もしてはいけないことをしてしまいましたね」
「あらら~これは許されませんね~?」
「おまえ、ぜったいにゆるさない!」
「……殺す」
今回の作戦に同行してきた5人が同時に攻撃し、男は原型を留めることなく粉々になっていた。
「おいおいお前ら、そこは我が格好良く首を跳ね飛ばすところじゃろう」
魔王の言葉に5人は我に返ると、その場に跪いて頭を下げる。
「申し訳ございませんでした、魔王様のお考えを理解する前に動いてしまい…」
魔王は軽く笑うと、5人に声をかける。
「よいよい、どうせあやつでは我を楽しめることはできんかったからの。して、状況はどうじゃ?」
魔王の言葉に5人のうちの1人、紫色の目をした銀髪の女性が返答する。
「村は制圧致しました。生存者は0人、なのですが…」
「ん?どうしたんじゃ?」
女性の歯切れの悪さに、魔王は疑問を抱く。
「村の外れの方に小さな小屋があるのですが、そこに1つ僅かな気を感じます」
その言葉に魔王は辺りに気配を集中させる。
すると、確かに少し遠くで弱った気を感じた。
(この短時間でそこまで逃げれるとは思えぬ…元々死にかかってたんじゃろうか?)
ふむ、と魔王は顎に手を当てる。
「少し気掛かりじゃな、見にゆくぞ」
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魔王は馬小屋に到着すると、入り口の扉を開ける。
すると、そこには今にも死にそうな少女が横たわっていた。
「くっせ!なんだこの小屋!?」
「はながとれそう…」
二人が悪臭に悶える中、魔王は少女に近づく。
「もう長くはないようですが、念の為トドメを刺しておきましょうか?」
銀髪の女性が魔王に声を掛けるが、帰ってきた答えは5人が予想もしていないことだった。
「城に連れて帰るか…」
「「!?」」
……………
………
…
「魔王様、そんなの持って帰ってどうすんすか?」
村からの帰路で、5人のうちの1人が魔王に話しかける。
少女は魔王に抱きかかえられていた。
「妙にこやつの事が気になったのでな、まぁ気のせいかもしれんがの」
魔王は腕の中で眠っている少女の顔を見る。
前髪で両目が隠れているためちゃんとは見れないが、見た目は普通の人間の少女だ。
「では不要になったら私が食べてもいいですか~?」
「お前こんな臭いやつ食うのかよ!?」
「勿論洗うわよ~、なんていったって人間の少女は絶品だもの~」
「でもこのにんげん、ほとんどほねとかわしかないよ?」
「貴方達、魔王様の前です。言葉を慎みなさい」
銀髪の女性が注意し、三人は話すのをやめる。
その間魔王は少女を見つめ、何かを考えているようだった。
「ティア、帰ったらこやつを治療して綺麗にしてやれ」
応急処置として回復魔法をかけたが、かなり危険な状態だ。
本格的な治療を行う必要があるだろう。
ティアと呼ばれた銀髪の女性は頭を下げる。
「了解しました」
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────2日後。
「我は少し出かける、あと2時間もすれば起きるじゃろうから頼んだぞ」
「お任せ下さいませ」
魔王がそう言い残すと、姿を消す。
持って帰ってきた少女はとにかく状態が酷かった。
特に中身だ。
栄養失調に免疫低下、内蔵はボロボロだし筋肉もほとんど付いていない。
こんなので生きれるものなのかと関心するほどだった。
ティアは胃に優しいものをと、お粥を作りながら考える。
そもそもなぜ魔王様は人間なんて拾おうと思ったのだろうか。
長く仕えてきたが、今まで見逃した人間だっていなかった。
人間は必ず殺す、それが残虐非道な魔王様だったのだが…
ティアは首を振って考えるのをやめた。
(魔王様の思考はいつも私達の遥か上を行く、私が考えたところで答えに行き着けるはずもない)
ティアは完成したお粥をトレイに乗せ、少女が寝ている部屋へと向かう。
「おっ、ティア!何やってんだ?」
「おいしそうなにおいがするー!」
部屋へと向かう途中、二人に声をかけられた。
1人の名はガルゥ、160cmもある巨大なバトルアックスを片手で振るう怪力の持ち主だ。
かなり荒々しいが、意外と面倒見が良くて頼りになる。
見た目に反して可愛いものが好き。
もう一人はリリィ、見た目も幼く言葉遣いも子供っぽいが歳は私達とあまり変わらず100年以上生きている。
先端に返しの付いたギザギザの剣を愛用していて、相手を即死させずいたぶるえげつない戦い方をする。
めちゃくちゃ腹黒い。
二人共魔王軍トップの実力者であり、4人いる幹部のうちの二人だ。
残りは少女を拾った村での侵略に同行した二人なのだが、その姿は見えなかった。
ちなみにティアはこの四人の幹部の総括であり、同時に城の管理、運営を任されている。
「魔王様が拾ってきた人間に食べ物を届けに行く所です」
ティアの言葉に、二人が一瞬固まる。
「あ、あー!そういや魔王様拾ってたな!」
「そのにんげんっていまどこにいるの!げんきしてる?」
二日前の出来事を忘れていた二人に対してティアは溜息をつく。
「貴方達は全く……東棟で寝ていますよ、そろそろ起きる頃合いです」
「ほう…」
「ふ~ん」
二人が何かを考えているのを見て、ティアは目を鋭くさせる。
「間違っても変な気は起こしてはいけませんよ、彼女は魔王様の所有物ですから」
「だ、大丈夫!なんもしねぇよ!」
「しないしなーい!」
(この子達…魔王様の物って事すら忘れていたようね…)
ティアは再びため息をつき、ご飯が冷めていないかと心配しながら少女のいる部屋へと向かうのだった────
部屋の前にご飯を置き、ティアは扉を開ける。
「あら、目が覚めましたか。魔王様の言う通りですわね」
魔王様の言ったとおり、少女は既に起きていた。
私を見て驚いているのか、おろおろしている。
ティアはベッドの横の椅子に腰を下ろす。
「軽食を作ってきましたので、お食べ下さい……と思いましたが、その状態だと厳しそうですね」
少女は病み上がりなうえ、回復魔法で強引に命をつなぎ止めたようなものだ。
お椀を受け取る力もスプーンを口元まで持っていく力もないだろう。
ティアは立ち上がると、部屋の前に置いてあるお粥を取りに行く。
(食べさせるとなると…ある程度は冷ました方がよさそうね)
ティアはお粥をスプーンで掬い、息をかけて熱を冷ますと少女の口元へとスプーンを移動させる。
しかし、少女は中々口を開かなかった。
警戒しているのだろうか…
ティアが考えていると、少女がこっちを向いた。
「わたし…食べていいの…ですか…?」
その言葉に、ティアは首を傾げた。
食べてくださいって言ったはずなのだけど…
「ええ、勿論ですよ。ほら、どうぞ?」
少女のたどたどしい言葉に少し疑問を覚えたが、ティアはもう一度スプーンを少女の口元へと移動させる。
すると、やっと少女は口を開けてくれた。
ティアは誤って喉奥まで入れないよう慎重にスプーンを口に入れる。
すると、少女が驚きで目を見開いた。
まぁ、目は前髪で隠れていて見えないわけなのだが…
(口に合わなかったかしら…?)
ティアは少し不安になりつつも、掬ったスプーンを再び口元へ移動させる。
「食べて…いいのですか…?」
少女は今にも泣き出しそうな声でティアに問いかける。
「……?ええ、こちらのお粥は貴方に作ってきたのですから。」
なぜわざわざ聞いてきたんだろう…
ティアは疑問に思いつつも、先ほどと同じくスプーンを口に入れた。
一口、二口と食べさせていくうちに、ティアはとある異変に気付いた。
なんと少女の頬を大粒の涙が伝っていたのだ。
それも少しだけではなく、次から次へと溢れ出てくる。
もしかしたら二日ぶりのご飯で胃が受け付けなくて痛みが出ているのではないだろうか…
「大丈夫ですか?どこか痛みますか?」
ティアはハンカチを取り出し、少女の涙を拭う。
少女は首を振ると、ぽつぽつと話し始めた。
「こんな…美味しいと…温かいのごはん…初めて食べた…から…」
(ただのお粥で…?)
ティアは首を傾げる。
別にこのお粥は特別高級な物は使っていない。
普通の水と、一般的なお米、そしてただの塩だ。
そして少女の喋り方がどうもたどたどしい…
緊張して…とか、喋る気力が無くて…とかそういう感じではない。
まるで言葉を覚えたてのような…そんな感じなのだ。
「まだ身体は完全に回復しておられません。もう一眠りしてください」
考えても仕方がない。
ティアは少女の頭を撫でると、軽く胸を押してベッドに寝かせる。
「おやすみなさいませ」
ティアは軽く会釈をし、部屋から退出した。
(それにしても…)
どう見てもあの子はただの人間だ。
何か特別魔力が強いわけでも特殊能力があるわけでもない。
魔王様はどこを見て連れて帰ろうと思ったのだろうか…
ティアはふと少女の頭を撫でた手を見る。
「………」
まだ温もりの残っている手をティアは優しく握ると、食器を片付けにキッチンへと戻るのだった────。
少女視点はコチラ!
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