白雪姫ネージュ・キュートは『女王様』を愛しすぎている
「アンタとはもう──もう婚約破棄よ!!!!アタシより美しい女の顔を毎日見てるなんてもうやってらんない!!!なーにが一万年に一度の美少女よ!!!!きぃーっ!!!」
舞踏会中、三時間──白雪姫ばかりを褒められた『女王様』。
麗しの美貌の、オネエな王様は。
舞踏会でついに大声を出して炸裂した。
可憐な白雪姫は暫く言葉を失い、そしてきっと王を睨みつけた。
「──わたくし、好きでそのような名前をいただいてるわけではありません。他ならぬあなた様に、あなたさまに、そのように言われる謂れはございません」
彼女はドレスの裾を優雅に持ち上げた。
裾から、ばらばらと何かがいっぱい落ちてきた。
*
30分ほど前。
花咲くようなドレスがあちこちに鮮やかに舞い踊る舞踏会。
その真中で、花も恥じらうような美少女が、人の輪の中にいた。
真っ白なアラバスターの肌。夜のような黒髪。そして林檎のような赤い瞳のご令嬢。
通称『白雪姫』──ネージュ・キュート姫であった。
ネージュ・キュートは隣国から来た姫である。
あまりに美しいこの国のオネエ王……通称『女王様』の結婚相手になりたがる姫がどこにも国内にはいなかったため、隣国から呼ばれた婚約者だった。
なにせこの国の王は目が潰れるほどに美しく、隣に立つとありとあらゆる美少女がじゃがいも化したのだ。
『じゃがいもになりたくないですわよわたくし!』
『陛下の隣に立つと己の美しさが木っ端微塵にされるからイヤです!婚約破棄ですわ!』
『顔面偏差値の暴力を受けたく有りませんわ!これはDVですわよ!自主的追放ですわ!』
そんなわけで、美少女であればあるほど彼の横に立つのを嫌がり。
その結果、隣国で発掘された『一万年に一度の美少女』が、彼の婚約者となった。
ネージュ・キュート。隣国男爵家の末娘である。
今も軒並み老若男女が目を奪われているし、なんならめっちゃ磁石みたいに引き寄せられてるし、それはもう舞踏会の蟻地獄のごとき吸引力があった。人にめちゃくちゃ群がられている。
彼女が麗しの白いドレスで歩く度に、周りの男性陣からため息が溢れる。
「今日もネージュ様はめちゃくちゃに可愛いな……」
「あの面食い極まる鏡の精に『女王様より美しい』って断じられた唯一の美少女……」
「結婚してえ……」
「この場の全員が結婚したいわネージュちゃん相手なら…………」
(でもぜっっっったいに無理なんだよなあ……)
男たちはちらりと玉座を仰ぎ見る。
そこには、顔面偏差値この国一位の王様──否『女王様』がすらりとした足を組んで座っている。
(あんなかっこよくて美しい婚約者に勝てるかよ……)
めっちゃ美しい。肌はつやつや、金髪はさらっさら、紫の瞳は宝石でも埋め込んで上から妖精の粉でもまぶしましたか?みたいな感じにきらっきらしている。
そしてその婚約者、『白雪姫』は咲き誇る花も恥じらうような完璧な美少女。
あまりにお似合いすぎて割り込む隙がなさすぎた。
……はずなのだが…………
実は、見た目ほどお似合いの相性というわけでもなかった。
少なくとも、『女王様』の中では。
「ごきげんようアンジェロ陛下。本日もお美しいですな白雪姫は。いやまあアンジェロ様も大変にお美しいですが……」
「陛下、ご機嫌麗しゅう。麗しい白雪姫と並ばれると大変にお美しい」
「今日の陛下の婚約者殿は大変に可憐で……あっ、陛下もお美しいですよ!陛下も!陛下もね!」
とってつけたような賛辞を三時間ぐらい聞かされて、『女王様』は炸裂寸前だった。
まあそうなるわ。
(なに?今日の舞踏会は。アタシがこんなにも前髪を整えて衣装をキメキメにして全身手入れして美しいのに!!!!風呂に三時間かけたのに!!!!メイクに五時間、髪のセットに五時間かけてほぼ寝てない!!!これだけ完璧にやって!勝てないとか!ナニ!!!???)
「ところで白雪姫様……ネージュ様、本日のお肌は大変美しいですわね、化粧品はどこのものを……?」
「あら、うふふ、実はほとんどなにも……化粧水だけを少しつけて……」
「まあ!ではその美しい髪は何を?」
「いいえ、何も使っていませんの、できればいただいているお金は他の事に使いたくて……」
リンスもトリートメントもしてなくてその艶髪かよ。
(はあ!!!!???)
女王様は怒りで爆裂寸前になった。天然の美少女ってイヤ!!!!!!腹立つ!!!!顔がかわいい!!!!
この国の王、アンジェロ・ドゥ・ルミエールス──超、超、美意識の高い若きオネエ。
ネージュがこの国に来るまではこの国で間違いなく一番の美しさだった。
それなのに!
「ネージュ様の唇、とっても可愛らしい色ですわね……どこの化粧品を?」
「ああ、いえ、あの……これは特に何も塗っていなくて。化粧品は、お恥ずかしながらよくわかりませんの……それに、どうしてもつけてみたい口紅以外はつける気もあまり……」
(はあ???何その口紅へのこだわりは!天然で苹果のように美しかったらいらないでしょうけど!)
アンジェロはちらっと白雪姫の唇を見る。ちょっとだけ乾いた、花のような唇。美しい。何色を塗っても映えるだろうに。
「それなのにこんなに美しいなんて!ああ、本当にネージュ様はお美しくていらっしゃるわ!ねえ陛下!」
今日は舞踏会が始まってから三時間、一回もアンジェロ自身への賛辞をほぼ聞いていない。あれだけ頑張ったのに!!ほぼ水しか顔につけてない白雪姫に負けるとかありえないんだけど!!??
オネエ王は立ち上がりそして──
「もうイヤ!!ネージュ!アンタとの婚約は破棄よ!なんで毎日毎日アタシより可愛い女の顔を見続けなきゃいけないのよ!!!」
全ては冒頭のシーンに繋がる。
ーー
怒鳴られた白雪姫は目を見開いてから、そっと裾を持ち上げた。
カーテシー。優雅な舞踏会式の礼である。
そうしたら。
白いドレスの裾から。なんか、ばらばら落ちてきた。
裾からばらばら落ちてきたものを見て、王は普通に動揺した。
それは写真であった。
全部写真だ。
アンジェロの写真である。っていうかブロマイド。王室市販のやつ。
アンジェロが超美しく写っている、選りすぐりのSSR写真ばかりであった。
っていうかこれ、一枚1万ゴルドぐらいで売ってるやつじゃない?何枚持ってるの???
「え……なに、え…………?あ、アタシの……え……?」
「アンジェロ様」
急にネージュ姫にずいっと側まで寄られて、アンジェロはちょっと顔を引いた。
いや顔面めっちゃ眩しい。きらっきらすぎてイヤ。
「なによ。ちょっとアンタ、その顔面で寄らないでよ!!!化粧水だけで顔整えてる女のくせに!口紅塗りなさいよ、唇荒れるわよ!」
「わたくし、アンジェロ様の顔面が世界で一番好きです」
「えっ……え……何よいきなり……媚を売ろうってたって……顔が可愛くても許さな……」
「わたくし、あなた様の努力を尊敬しております。アンジェロ様がお風呂場で三時間体を磨き、美しくメイクをし、髪の毛を手入れし、毎日美容体操をし、糖質制限をし、適度な運動し、夜中中腹筋をし──……」
なんか、王様の暴露タイムみたいになってきた。
王は、誰にも認めてもらえなかったと思っていた努力を白雪姫本人に全肯定されてめっちゃ動揺した。なんでそんなところまで見てんのよ。っていうか夜中の腹筋とか誰にも内緒にしてたのに!!!!
周りの貴族たちが王を尊敬の目で見る。王様、すげー。ストイック、かっけー。
王は赤くなって目をそらした。
「ちょ、ちょっと、ちょっと、もういいわよ、やめなさい!」
「──はい。ではやめます」
一拍置いてから白雪姫は愛の熱量がものすごい口調で言った。
「そういったところを、わたくしとってもとってもとってもラブラブ大好きめちゃくちゃ愛しております」
「やめてないじゃない!!!!」
「アンジェロ様と初めてであった時、なんてお美しい方かと思いました」
白雪姫、王子様みたいなことを言い出した。
「やめ……化粧水だけで肌整えてる女に言われたくないわよ……」
「内面からにじみ出る美しさも含めてです。……圧倒されました。こんな美しい方が、世界にいたのかと。ここまで努力して己を磨くことができるあなたがわたくしには眩しかったのです。まあ化粧水だけで顔を整えている女なので……というかその、化粧品、よくわかりませんし」
「今の付け加える必要あった???処すわよ????」
顔面偏差値のすごい二人が揃って、痴話喧嘩からの口説きターンが発生しているので貴族たちは大人しく見守るターンに回った。なんかすごいレアなシーンに立ち会っている気がする。舞踏会でもこの二人ほぼ並ばないし、ほぼ100%アンジェロ陛下のせいで。
「──とにかく!アタシはねえ、アタシより美しい女が気に入らなくて……」
「でも陛下。わたくしは陛下が好きです。ブロマイドをすべて買いましたし、陛下の自伝もすべて買いましたし、保存用と観賞用と布教用を買いました。化粧品を買ってないのは大体陛下グッズにすべて費やしたからです」
ガチ推ししている。
「でもあの、アタシは…………」
白雪姫は暫く黙り込んでから、玉座の前に立つ。
そのまま問答無用で、そっと王と額を触れ合わせた。少女らしい可憐で、それでいて容赦のない距離の詰め方であった。
王は死にかけた。
「な、ななな、なに、」
「──陛下。わたくしの顔、好きでしょう」
「えっ、あっ、え、」
「わたくしは陛下の内面も含めて、全て愛しています。どれほど疎まれようとも、好きです。大好きです、らぶずっきゅんです」
愛情の暴力。
彼女の細く白い、可憐な指が、アンジェロの唇をそっと撫でる。
赤色の口紅。王の気に入っている美しい色。
「ところで、この口紅──以前から、どこのお店が作ったのかしらと……陛下と同じ色をつけたいと思っていたのです」
彼女は色づいた指で、自分の唇を触る。
指先でする、間接キス。
白雪姫は少女らしく、頬を染めてはにかんだ。
うん。
めっっっっっちゃくちゃ可愛かった。その顔はずるい。あと行動もずるい。同じ色をつけたくてリップつけてなかったってなに?可愛い。許せない。でも認めたくない!
「……陛下と、おそろいが良くて」
可愛い。
(っあー…………惚れてないわよ!まだ!!!!)
白雪姫の麗しの瞳から、『女王様』は目をそらした。彼女には、そして彼女の発する言葉には、毒林檎のような誘引力があることを──これだけ愛されれば、さすがのツンデレオネエ女王も認めざるを得なかったのだった。
「……あの、後から……アタシの部屋に遊びにくるぐらいなら、いいわよ」
「推しの部屋ですか?」
息を荒げると美少女でもちょっと変態に見えるんだなあ。
ところで、この舞踏会の二人のシーンをさる画家が絵画として残し、麗しの『女王様』と彼をガチ推しする白雪姫の波瀾万丈恋物語は長々と語り継がれるのだが──それはまた、別の話である。
正月一発目の短編でした、今年の書き初めです!強い女の子が好きだったので、今回は強くて可憐な女の子を書きました。ツンデレオネエ女王様と愛情だだもれ白雪姫のラブコメでした。楽しかった~!と思っていただければ幸いです、評価やポイントをいただけたらお年玉だ~!と思います、最後まで目を通していただいて嬉しいです、ありがとうございました!