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明るい島  作者: 雨世界
8/12

8 野良猫の涙

 野良猫の涙


 プロローグ


 ……見つかっちゃった。


 本編


 ある日、家の近くで、一匹の野良猫が涙を流して、泣いていた。

 なぜその野良猫が泣いているのか、僕にはその理由がよくわからなかった。僕は猫ではないし、あるいは、そこで泣いているのが誰かほかの人間であったとしても、僕にはその人が泣いている理由が、よくわからなかったと思うけど……。


「どうしたの? どうして君は泣いているの?」

 僕はその場にしゃがみこんで泣いている野良猫に向かってそう話しかけてみた。幸いなことに近くに人はいなかったから、そんな少し恥ずかしいことを、僕はそのときすることができた。


 時刻は夕方で、世界は真っ赤な色に染まっていた。

 赤色と野良猫と僕と、静かな時間。

 なんだか、いろんなことが想像できそうな時間だった。


 野良猫は「にゃー」と鳴いて、僕の差し出した手に頬ずりをするようにして、甘えてきた。

 野良猫は少し汚かったけど、まあ、あとで手を洗えばいいかな、と僕は思った。


「よしよし」

 そう言って、僕は野良猫の頭を撫でた。

 野良猫は僕が頭を撫でたことを、すごく喜んでくれたみたいだったけど、それで泣くのをやめたりはしなかった。

 野良猫は相変わらず、ずっとその二つの綺麗な瞳から透明な涙を流し続けていた。


 僕は困ってしまった。

 この泣いている野良猫をほおっておいて、どこかに行くなんてことが、できなくなってしまったのだ。

 でも、この野良猫を家に連れて帰るわけにはいかないし、さて、どうしよう? と困っていると、「なにしているの?」と後ろから誰かに声をかけられた。

 

 誰もいないと思っていたので、僕はすごく驚いたのだけど、後ろを振り返ると、そこにいたのは『君』だった。


「なんだ。君か」僕は言った。

「なんだ。じゃないでしょ? それよりも、そんなところでなにしているの?」少し怒った顔をしたあとで君は言った。

 どうやら僕に対する怒りよりも、僕の不思議な行動に対する好奇心のほうが、君の中で勝っているようだった。


「ほら、猫がいるんだ。泣いている猫だよ」と僕は言った。

「猫? 猫なんてどこにもいないよ」と不思議そうな顔をして君は言った。


「え?」

 僕はそう言って、視線を君から移動させて、泣いている野良猫のいる場所を見た。

 ……しかし、そこには確かに君の言う通り、泣いている野良猫なんていなかった。

 そこには赤い色に染まっているアスファルトの道路があるだけだった。


「おかしいな」僕は言った。

「おかしいのはあなたでしょ?」と君は笑いながらそう言った。


 僕は君の笑顔を見た。

 どうやらいつの間にか、僕のところを飛び出して行った君の怒りはおさまってくれていたようだった。


「ほら。なにしているの? 家に帰ろうよ」と君は言った。

「わかった。家に帰ろう」と僕は言った。

 

 僕は君と手をつないで、僕たちの家に二人で一緒に帰ることにした。(そもそも僕は、君を探すために家を飛び出したのだった)


「本当にいたんだよ。泣いている猫」

 僕は帰り道で、泣いている野良猫の話を君にした。

「そんなのいないよ。猫が涙を流すわけないじゃん」

 笑いながら、君は言った。


 結局、君は最後まで、泣いている野良猫の話を信じなかった。


 そのうち、もしかしたら、本当に泣いている野良猫なんていなかったのかも知れないと、僕も思うようになっていた。


 僕は君の顔をじっと見つめた。

 そこには赤い夕焼けの色でよく見えなかったけど、確かに、君の涙を流したあとが残っていた。


「どうしたの?」と君は言った。

「なんでもない」とにっこりと笑って、僕は君にそう言った。


 野良猫の涙 終わり

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