08,王妃候補
お茶会から一週間。エマの元に友人の侯爵令嬢から手紙が届いた。
先日の会でクリスの婚約者候補に選ばれたらしい。友人のあなたの前婚約者との話に戸惑っているがどうか許してほしいというお詫びの手紙だった。許すも何も王命でもあるのだ、彼女に断る選択肢はない。気になるならせめて妃にならないように努めるしかない。
しかしエマ自身はその必要もないと感じている。
王子を正しく支えられる人が王子の側にいてくれさえすれば、それでいいのだ。
手紙にはお詫び以外の情報も書いてくれていた。
彼女以外にキアラともう一人選ばれており、これから三人で王妃教育を受けること。三人の令嬢の中でもキアラが『特別』なのは全員承知しておりその通りだが、他の二人に対するクリスの態度は当たり障りないように平等で、むしろ好意的にみえること。
反省の証拠か、自分がそれだけ嫌われていたのか。
――もしくは私が勝手に彼を決めつけていたのかも知れない。嫉妬ではないけれどもう少し殿下を理解しておくべきだったのかも。申し訳ないわ……。
手紙の後半に書かれていたことは好ましくなく少し眉根を寄せた。
キアラは他の候補者達に対して攻撃的ではないらしい。ただ言葉の端々に滲む優越感のようなものが酷い。目に見えて嫌がらせをするわけではないが、自分が特別な人間であるという主張の元、こちらを蔑むような言葉を悪びれずに使う。言葉遊びにしても悪趣味な言い方が目立つので出来ればあまり一緒に居たくない、と遠慮がちに書かれていた。感情論は身を亡ぼしかねない。印象の話だからこのように結んだのだろう。聡明な彼女らしい。
やきもちかと思うが違和感がある。あの時もそうだ。
話したこともないはずなのに、あのパーティーの時、エマが嫌いという以上の感情を向けてきていた。言葉にしないその感情はクリスに対する愛情の拗らせではない、もっと別の何か。
今もたまに感じる鋭い視線。良い気持ちはしない。
友人には気遣いへのお礼と励ましの手紙を書いた。
自分の時は時間をかけてゆっくりとだったから良いが、駆け足で教えられるには易しい十年分ではない。すでにある程度教育を受けているし、子どもではないにしても少なからず辛い思いをするだろう。頑張ってほしい。
ぼんやりと愛情とはどのような何かと考える。
両親はこの政略結婚ばかりの貴族社会では珍しく仲睦まじい。それを側で見ており、幼少期から憧れがなかったわけではない。
ただ、自分には不要だと思ったのだ。
婚約者として国母の為の教育を受ける少女を見つめ、静かに評価する王子。評価は常に、正妃に相応しいか、国母になり得るか。品定めの目は冷たかった。王妃として粛々と公務を行い国に仕える。それだけが期待された役割だ。王を愛せるかどうかは二の次。
彼のせいではないが、いつの間にかそう答えを出していた。寄り添う努力が、と思ったが何が正解だったのかなどわからない。親に与えられた道具を使えるかどうか試しているだけだったという憶測は彼の無能という言葉から確信として受け取っていたのだから。
改めて思う。クリスと自分の間に男女の愛情がなかったという事。
だが彼は求めていたのだろう。キアラと手を取り合うと、言っていたのだ。そしてそれは愛故で、だから自分ではなかった。そういうことだ。
彼と彼女の愛情を否定する気はない。彼女が側妃になろうとどうでも構わなかった。今も別に彼女が正妃になろうが構わない。ただ、王妃となれば話は別だ。別に自分がなりたかったかどうかは問題ではない。彼と彼女の振る舞いは愛がどうだろうと関係なく許されない。国を揺るがす行為だ。
エマは頬杖をついた。いけないことだが、どうにも頭が重い。
結局自分はどうしたいのだろう。確実なのはルーカスと一緒にいたいという思い。
愛情の答えはわからないけれど、彼を好ましく思う。彼が自分に伝えてくれる様々な感情を、エマ自身戸惑いながら受け取って返そうと努力をしている。感じた嬉しさが伝わればいいと思う。彼に何かを伝えようとする時、笑ってくれたら、喜んでくれたらという気持ちになる。
これは夫婦間の愛情とは違う気がするし、果たしてこれは愛かもわからない。いつか結婚したらルーカスは父親のように優しくしてくれるだろう。だが母親のように寄り添う自分など想像もできない。それでも彼と一緒にいたいと思うのだ。
エマはこの異性への好意的な感情とどう付き合うべきか考えあぐねていた。