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07,エマ

 爽やかな風が髪を撫でる晴れた日、百合の扉に迎えに来たのはルーカスだった。今日は特別だという。並んで無言で小道を進む。日頃は離宮に通うだけで、ルーカスと会う時は自宅の客間なので、二人で並んで歩くことは滅多にない。なんだか恥ずかしいような気持ちになった。


 ふと気が付くと前方の垣根の向こうから大勢の話し声が聞こえてくる。初めての事に驚き思わず立ち止まる。その中に聞き覚えのある、聞きたくない声が聞こえた気がする。途端に、立てた人差し指を形よく閉じられた唇にあてたルーカスがさっと手を取り引いてくれた。ドキドキしながら離宮に着く頃には声はもう聞こえなくなっていた。


「驚かせて済まなかった。お茶会の開催場所が変更になってね。焦ったよ」

「いいえ、来て下さったのがあなたで良かったわ」

手を取って歩いてもらえなかったら緊張でうまく歩けたかわからない。

「本当はここから一番離れた庭園でお茶会のはずだった。ところが昨日のうちにそこの花が見ごろを終えてしまったそうでね。つい先ほどソフィアがそちらに一時的に駆り出されることになって慌てて僕が来たんだ」

「お茶会?」

「今日はクリスの婚約者候補を決めるお茶会なんだ」

やはりあの声は――ドキリとしたが違和感に気付く。

「候補?」

「そうだよ。婚約破棄の前例がある以上、数人を候補にして状況を見る必要がある。クリスがどう思っているかは別として」


――難しいんじゃないかしら。

 学園内で彼と彼女をたまに遠くから見かけるが、常にクリスとべったりで誰から見ても自分の位置を誰かに譲る気なんて見えない彼女。時折自分に鋭い視線を向けているのも知っている。刺さるような敵意。

 お茶会に参加している令嬢は気の毒だと思いため息をつくとルーカスが心配そうな顔をする。

「気になる?」

「あ、いえ……」

「お茶会は君が勉強している間に終わるはずだけど、念の為帰りの時間をずらしていいかい?」

「ええ」

「じゃあここに迎えに来るね」

 お茶会が気になると勘違いされただろうか。違うのに。誤解されたか気になって仕方がない。



 数時間後、離宮に迎えに来た彼はいつも通りだった。変わらない笑顔にほっとしていたが掛けられた言葉に固まってしまった。

「お茶会はさっき終わった。徐々にご令嬢がお帰りになる。中も人の動きが賑やかだから、このままここでしばらくお茶をして待とうか」

そう提案してソフィアにお茶を用意してくれるように伝え、離宮の応接室に座る。


「気になっていたようだから少し情報を集めた。何か聞きたい事があれば聞いて」

やはりそう思われていたのか。今この笑顔の向こうで何を考えているのだろうか、心配そうな顔が脳裏をよぎる。

「あの、そうではないのです……私が気にしていたのは、そうではなくて……」

話し始めてから何と言ったものかと迷ってしまう。呼ばれた令嬢が不憫だなどと言っては不敬にあたる。言い淀んでいると真面目な顔のルーカスが話し始めた。


「あれからふた月も開けないというのに婚約者候補選びなど、褒められたことではないのはわかっている。王族の都合とはいえ無神経と思い君に知らせなかったようだが……かえって君の心を蔑ろにしたと思う。それに、これは今更だが君の気持ちも無視して、僕の婚約者になってもらって振り回した結果でもある。すまない」

目を伏せ謝るその姿にエマは言葉に詰まった。振り回されているなんて思っていない。

「情けない事に初めの頃はこの婚約が嬉しくて浮かれていた。君に惹かれる気持ちは増える一方だが、果たして君は本当に幸せだろうか。クリスの事も君の中では本当に整理が出来ているか? 今、婚約を公表していない状況だからいいのであって、婚約を正式に発表した場合や結婚に至った場合、君に感情を抑えさせていた状況をまた君に押し付ける事になるんじゃないかと、考えていたところなんだ」

 伏せた目が揺れているのがわかる。胸が締め付けられるように苦しい。

 そこまで考えてくれていたこの人の誤解を解かないと。


「ルーカス殿下、お気になさらないで下さい。私は第二王子殿下の事は何とも思っておりません。ため息をつきましたのは……その……不敬とは思いますが他のご令嬢を心配してしまったのです……」

 エマは自分でもどう言ったらいいかわからなかったが、とにかく目の前のこの人にそんな思いをしてほしくなかった。王妃教育の成果を発揮するべきだが、どうにもうまく出来る自信がない。言葉選びも表情も、その通りにしようとすると「詫び」に収束してしまう。伝えたいのはルーカス個人への感謝の気持ちなのに。悩んだが、ともかく話すしかないと決意した。

「恐れながら申し上げますと私の殿下との婚約に私の感情など関係ない事です。前の婚約にも感情はなかったのですから。そこはどなたかが気になさる必要はないのです」

 これは王族に限らず貴族社会ではよくあることだ。婚約は必ずしも愛を伴わない。恋は結婚してからなんて言葉もある。

 だが言い方がまずかっただろうか。ルーカスの目が細められて表情が読めない。悲しまないでほしい。不安が胸を駆け抜け、何かがふいとずれた気がした。


「それに」

心がはやる。

「今は殿下がお声掛け下さったことを何よりありがたく思っておりますの。私が感情を遮るように抑えておりましたのは全て私が未熟でしたから故。その私を変えて下さったのは他ならぬルーカス殿下でございます。殿下がずっと私の事を、私自身をみて下さっている事は理解しているつもりでございます。私は十分に幸せでございます。こんなにも婚約者を大切にして下さる方と婚約できたのですから」

 女性から男性の手を取るなんてはしたない事だが、思い切ってルーカスの手をすくい取った。目が合う。

「だからという訳ではありませんが、私もあなたを知りたいのです。お優しい殿下。殿下がお断りになるまでは、私は婚約者として精一杯お側におります。身に余る光栄です」

 顔が熱い。きっと顔が赤くなっているだろう。こんなに誰かに気持ちを話した事なんてなかった、どうみても必死だった。はしたないと思われただろうか。幻滅されただろうか。内心で戸惑っていると彼はエマの手のひらにキスをして笑顔で言った。

「ありがとうエマ。約束する。僕からこの手を離すことはないと」


ルーカスの顔も珍しく少し赤いように見えた。

たくさんの方に評価とブックマークをいただいて恐縮しております。

ありがとうございます。精進します。

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