表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/31

06,安穏

 百合の扉まで迎えに来たのはいつも宮殿を案内してくれた馴染みのある侍女だった。微笑んで「お待ちしておりました」という変わらなさに安堵し、エマも微笑みを返す。


「これからお連れする道順は一種の隠れ道でございます」

歩きながら声を潜めて説明してくれる。

「この道で出会う者は皆、エマリアル様の味方でございます。ただ、この垣根の向こう側におります者はそうとは限りません。ここに道があるという事、あなた様がいらっしゃるという事が知られてはなりません。内密にお願い申し上げます」


 先日のガゼボの横を通り過ぎる。通り過ぎてわかったが王宮側から見るとその後ろの垣根でガゼボ自体が見えない。内密、という言葉を反芻する。


「私は王妃様付の従者でございますので王妃様のご命令に全て従います。以前の従者は私を除き全員、当人の気持ちに関係なくエマリアル様と共にあることは出来ないのです」

第二王子の婚約者ではないから。そして正式に発表もされていない、見られてはならない存在。

「ええ。先生も変わるのでしょう」

「……左様でございます。新しい講師用に引き継ぎ書がございます。念の為内容を後程ご確認下さい」

王妃教育というのは国でも指折りの優秀な学者が講師を務める決まりだ。今の状況でこれまでの講師たちに引き続き教わることになると、王妃候補がいない今、一体誰を教えているのかと不審に思う者がでるだろう。私の存在を内密にしながらどうにか言い訳をして作ってもらったのだろうか。

「お気遣いに感謝しますとお伝えください」

侍女は優しく笑った。

「これから王宮にいらっしゃる際のご案内もお世話も全て私、ソフィアが担当させていただきます。それ以外の者には全てご対応なさいませんように宜しくお願い申し上げます。万が一誰かに姿を見られた際には『王妃様のお呼びである』とお答え下さい。現にこちらでは王妃様のお客様です」

エマが嘘をつけない事も承知してくれているようだ。本当に親切な方だと改めて感謝する。


「こちらへ」

 案内されたのは王太后の離宮だった。数年前に主を失った宮は少し寂しい雰囲気こそすれ綺麗に保たれている。王族であっても許可なくここには入れない。

 ここをお使い下さい、と通された部屋の机には一冊の分厚い冊子が置かれていた。確認すると以前の講師陣からの引き継ぎ書であることがわかった。

 中には科目の進行具合や評価も苦手な事も改善点も詳細に記されている。一番最後に便箋が挟まっており、見慣れない筆跡でエマに対する突然の休みへの心配と労いの言葉が寄せられていたと記されている。思わず目を細めた。

 講師陣はとても厳しくエマを指導した。泣きそうになるほど辛かったことがある。それでもエマは講師陣の真っ直ぐさを尊敬していたし、期待に応えるべく努力した。国を統べる立場に立つのならば如何なる時も感情を表に出してはならず常に冷静であるべきという、エマが日々念頭に置いているそれもここで養われた。全て必要だから行われていた『教育』なのだ。ありがたい程、よく見て下さっていたことを今更ながらに実感する。この厚み以上の事をあの人たちは教えてくれた。発端が自分ではないにしても自分がどれだけ勝手をしたか、胸が締め付けられるような気がした。もうお詫びと感謝のお返事を書くことも許されないのだと思うと自然とため息が出た。

 今自分が出来る事は、精一杯学び先生方の誇りになる、それだけだと気合を入れ直した。



 それからしばらく穏やかな日々が続いている。学園での勉強と王妃教育の並行、エマにとっては以前の日常で元通り。

 その中で以前と変わった事もある。

 一つは状況を考慮してか特定の人物が出席するお茶会や夜会に呼ばれなくなったのだ。これは大変にありがたかった。時間を有効に使えるし、会場で気を遣わせることもない。これまで作ってきた人脈と一時的に疎遠になるのは少し寂しかったが、向こうの真意は理解出来ているつもりだ。問題が解決すれば元通りになる事だ。それを証明する様に情報交換の手紙のやり取りは増えていた。これまで王妃候補だから仲良くしてくれているのかと思っていたような人まで心情を気遣う優しい手紙を送ってくれ、友人の大事さとありがたさを実感する日々である。

 もう一つは自宅への客人。休みになるとルーカスが自宅を訪れてはお茶をしていくのだ。クリスが婚約者だった頃は王宮に行かねば会うことがなかったので少し慣れない。だがルーカスに会うのは楽しみになりつつあった。ルーカスが異国の様子や学んだことを話してくれるのがエマにとっては新鮮で勉強になった。読んだ本の話も、美しい花の話も、美味しい食べ物の話も、楽しいものだった。ルーカスは本当に感情豊かに話した。つられるようにエマも感情を表に出すようになり、思わず歯を見せて笑ってしまう事があった。以前のエマなら絶対に有り得ない事だ。そんなエマを両親もルーカスも優しい瞳で見守っていた。



「エマはよく笑うようになったね。良い事だよ」

「……あ、すみません……はしたない姿をお見せしておりましたでしょうか」

「謝らないで。安心したんだ。王妃教育の影響かな。再会した当初は反応が平らというか、なんとなく感情をなくそうとしているように見えていた。今の方が気が楽だろう」

 確かにそうだ。王妃教育で感情のコントロールを指示されてから、そうして過ごしてきた。

当時六歳だったエマには感情をコントロールするという事の正解がわからなかった。だからただ大人しく「我慢し続ける」事で感情を制御した。今はもうあまりそういう何かを感じなくなってきていた。ルーカスと会うようになり変わってきた自覚はあるが、意図がわからず不安になる。

「私、何か至りませんでしたでしょうか……」

ルーカスはゆっくりと首を横に振った。

「エマはよくできてる。きっとずっとそうだ。今はその時からずっと感情が豊かで綺麗になったし素敵な事だらけだ、という話だ。きっともっと良くなっていくんだろうなぁ。楽しみにしている」

 十年頭に置いてきた考えが、揺らぎはするがその年月は大きい。十年ずっと感情を殺すことが抑える事だと信じていたエマにはいまいちピンと来ないが、先日の王妃の姿が頭をかすめルーカスのいう通りなのだろうとぼんやりと感じた。

 そして何より、自分が感情を殺し続ける事をこのルーカスという王子はさせてくれないのだ。成り行きで成立した婚約だが、エマはそれをきっかけとした今の生活が楽しいと思い始めていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ