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05,謝罪

 馬車を降りると宮殿の生垣前で見事な百合の彫刻が施された扉が目の前にあった。庭園の入り口は薔薇、鈴蘭、マーガレットの扉の三か所と聞いていた。初めて見る小さな扉を開けると見慣れた庭園の見知らぬ場所だった。ルーカスのエスコートで垣根に囲まれた決して広くない道を進む。

 小道の先の小さなガゼボに王妃が待っていた。


「母上、婚約者殿をお連れしました」

「まぁエマ! 良く来て下さったわね」

「お招きありがとうございます。妃殿下におかれましてはご機嫌麗しく……」

「いつもあなたは礼儀正しくて……ありがとう。どうぞお掛けになって」

変わらない笑顔で王妃はエマを迎えた。勧められた席に掛け用意されたお茶をいただく。「私もご一緒しても?」と聞いてきた息子を王妃は笑顔で迎えた。


「学園ではどう? あなたが辛い思いをしていないことを祈っていたの」

「お心遣いありがとうございます。お陰様でいつも通りでございました。お二人にもお会いしておりません」

王妃は本当に安心したように笑った。


 それから少しの間、場を和ますような話をルーカスが振ってくれる。エマと二人だけの時と違い話し方もしっかりしていて一人称も私になっている。八年ぶりに再会して二日と少し。幼少期からそんなに関わりのなかったルーカスだが話してみるとあまりにも王子らしくない。クリスとのあまりの差に戸惑い、変な王子という印象を持ってしまったエマだったが今日は立派にそれらしい。その振る舞いに安堵よりもあっけに取られてしまった。やはり不思議な人だと心の中でやや好意的に頷きながら。


「ねぇエマ。私、あなたに謝らないとならないことがあるの」

それまではニコニコと笑っていたのに、玉座に座っている時と同じような無表情になり王妃が話し始める。

「王族が頭を下げる事は大変な事を意味するわ。故に簡単に詫びてはならない。だけど私は潔く詫びる事も必要だと考えているの。王族が正義でそれが道理になれば、心はいつか歪んでしまう。特にそれは、個人として」

悲しそうに庭園を見つめる瞳は強い力を宿していた。エマに向き直る。

「先日の婚約破棄のお話ね、あれは私たちの親としての謝罪。愚かな我が子の不始末を詫びたかった。そして今日お詫びするのは、王妃としての私自身。初めて知ったあなたが王妃教育を休んだ理由……。私はあの子からあなたが休みたいと言っていると言われたの。休みたい理由は言われなかったし聞かなかった。通常許すことではなくても、あなたは頑張ってくれていたから……疲れてしまったのかと解釈して私は許可したの。だけどあの子の都合だったことがわかって……私は王妃として詫びなければならないわ。貴方に確認を取らなかった事。……みじめな思いをさせた事」

声こそはっきりとしているものの、王妃の目には涙が浮かんでいる。エマの首筋が粟立つ。

「ルーカスから指摘されるまで気が付かなかった。私が一番愚かだわ……」

「そんなことは! …違うのです…全て私の勝手でもあるのです。クリス殿下の私に関わる行動は私の日頃の行いであり私の責任でした。教育を受ける立場でありながら、積極的に状況を確認も致しませんでした。愚かなのは私です。私の希望と仰った第二王子殿下のお言葉にそのようにお気持ちを寄せてお許し下さったこと、光栄でございます」

 頭を下げても王妃が涙を流した事はわかった。エマは失敗したのだ。詫びの言葉を胸にしまってくれた、それだけが救いだった。

 ルーカスは何も言わずにただ微笑んでいた。



 帰りの馬車の中でルーカスは明日からの学園生活と王妃教育を励まし、次のお休みには屋敷に遊びに行くと約束をした。エマは本当は王妃に聞きたい事があった。聞きそびれている『婚約者に選ばれた理由』。だけどあんなに詫びてくれる王妃に涙まで流させてしまった。その上でそれを気遣いつつ自分本位な質問が出来るような、相応しい言葉を選べる余裕がなかった。またの機会にと心を決めた。

 それよりなにより今は――


「殿下」

私は意を決してぽつりと声を出した。顔を見るのが難しくて下を向いたまま言葉を続ける。

「今日はありがとうございました。もし…もしですが、この度の私の状況に同情して(ご配慮)下さって婚約して下さったのなら、私のことなどどうぞ捨て置いて下さって良かったのです。私はただ――」

言葉は遮られた。

「エマが母上に確認を取らなかったのは、確認を取った時にその齟齬に気付いた母上が本当の事を知って悲しむのを防ぐためだったんじゃないのか」

 息をのんだ。

――何故。この人は長らく王宮に居なかった。私をそんなに知らないはず。その時の私とクリスとの間の空気も、私と王族の間にあった空気も知らないはず。だからさっきも何も言わずにいてくれたに違いない。気取られるような言い方をしてしまっただろうか。

違うと言いたいが嘘はつけない。

「ありがとう」

 正面に座る王子は身を乗り出して私の手を取った。視線が交差する。

「正しいかどうかはわからない。でも君のその優しさがとても嬉しい。母上はきっと救われた。僕は決して、君が気の毒で、哀れで婚約を申し込んだわけじゃない。君が気になったから。ずっと気になっていたから。古い事を思い出してくれとは言わない。僕はしばらく国を離れていたし、君が僕を不審に思うのもわかる。だから今からでも君と知り合いたい」


――瞳が揺れているのが自分でもわかる。

私は私を真っ直ぐ見つめてくれるこの人との思い出をおぼろげにしか覚えていない。でもこの人は覚えていてくれたのだ。そして気にかけてくれていた。行きの馬車でもそうだ。どうして気付いてしまうの。どうしてこの人はそこまで。

意味はどうあれ私はこの人を――


「僕は君が好きだよ」


私はこの人を知りたい。

※ルビが表示されない方へ 

以下のように ○○には△△ というルビがふられます

33行目:「同情して」→「ご配慮」

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