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29,ふたりきり

 目が覚めたのは王宮の客間だった。ルーカスの部屋によく似た調度品が目に入る。

 やはり横にはルーカスがいてくれた。

「やぁエマ。具合はどうだい」

「……また、眠ってしまったのですね。申し訳ありません」

起き上がる背中に優しく添えられる手は温かい。

「無理もないよ。眼に強い魔力を受けた。あんな所から入れば直接脳に作用する」

「魔力……」

「意識を失ったのはそれのせいだ。眼に異変は? 頭は痛くない?」

まだ少し眼がチリチリするが、充血のような些細なもので大したことではない。

「えぇ大丈夫です……。殿下に手をつないでいただいた時に治まりました」

「そう?」

「何か、して下さったのですか?」

 何も言わないまま笑顔でまた手をサッと上げると視界の端で色が動いた。

「ソフィア?」

とらえられなかった姿を確認しようとそちらを見るも、もう姿は見えなかった。

「彼女は今陛下たちと一緒だ。彼女も頑張ってくれた。参考人として聴取を受けているよ」

「彼女にお詫びとお礼を言わないといけませんの」

「そう。向こうも君に同じことを。泣きながら目が覚めるまでここにいると言っていた」

ソフィアには本当に感謝しかない。震えながらもエマの手を取り冷静に側にいてくれた。戻ってきたらよくお礼を言おう、と思う。


「ルーカス殿下、ありがとうございました」

髪の毛を一房つまんで遊んでいたルーカスが目を伏せ笑顔で応える。

「とても心強かったです……いつも助けられてばかりですが、これからは私もお役に立てるよう努めて参ります」

「僕が君を助けるのは当然のことだよ。大事な人だもの」

 侍女がお茶を持ってくる。クリスの婚約者だった頃にお世話になっていた懐かしい顔だ。ありがとうと礼をいうと彼女も笑顔で会釈を返し、優雅な動きで部屋の外へ出ていく。懐かしさとともに終わりが近い事をエマは知った。もう隠れなくていい。髪も服もゆるめられており身体も随分楽だ。安堵のため息がもれた。


 ハーブティーを手渡しながらルーカスがベッドに座る。

 静かな沈黙の後、彼が口を開いた。声音が公務のそれに近いのは彼もまた気を張る話題だという事を表していた。

「不快とは思うが一応報告をするよ。キアラ嬢は拘束され明日も聴取を行う。一連の不敬に加え今回の魔力の使用を罪に問う。国への不敬は死罪の可能性もあるがわが国では不敬罪の前例がなく、従って実行された例はない……君が望まない限り適わないだろう。勿論クリスの婚約者候補からは外れた。クリスも聴取を受けているが君に謝りたいという。どうする? 受け入れないこともできる」

「受け入れます」

 答えは決まっていた。自分も謝る必要がある。

「好きかと聞かれたら答えられませんが、彼女の事を憎めないのです。ただの価値観の相違ですものね。間違えなければ。……クリストファー殿下は処罰を受けられますか」

厳しき沙汰と言った王の言葉を思い出す。王太子候補として育てた大事な息子の過ちを王はどう判断するのだろうか。

「心配か? まだわからない。厳密にいえば魔力に中てられたようなところもあるが……あれは素直に育ち過ぎた。キアラ嬢の話を疑うことをしなかった」

 ため息交じりに話すルーカスの瞳は少し寂しそうにみえる。それほどまでにクリスの事を信じていたのだと感じる。この数ヶ月、いつだって兄は弟を悪く決めつける事なく冷静に判断していた。

「夏に学園でエマと話した時に思い違いの可能性に気が付き、一人の間に色々聴きまわったらしい。話に聞いた容疑を証明しようとするがそんなものはない、ない事を証明されては困る彼女がずっとクリスと一緒に居てそれを阻止する。それの繰り返しだ。ずっと考えていたらしいね」

「そうですか……誤解がないのなら、もうそれだけで十分です」

 微笑むとルーカスも満足そうに笑った。

「今日はここに泊まってくれ。もう隠れなくていいから私の部屋に近い客間を用意した。明日にはご両親が来る。また両陛下と話し合いだ」

「ありがとうございます」

「今度は私も同席する。クリスもその時に正式な謝罪として顔を出すから、言いたい事は全て話していい。宜しく頼む」

 はいと返事を返すと空になったティーカップを取り上げられる。サイドテーブルに置いた彼がもう一度ベッドに座り直す。



「髪、すっかり黒くなったね」

 言われてからさっき泣いたことを思い出す。嬉しくても涙が出るのだ、とはにかんだ。毛先まで真っ黒くなり、もうその指輪以外のどこにも見慣れた銀色はなかった。

「やはり綺麗だ」

 先程弄んでいた一房にキスをする。そのまま、瞳だけを動かして見つめられる。



「エマ」


 いつになく声が真剣だ。


「今、二人きりだけど」


 はっとする。そういえばここは客間の寝室で、何故か侍女は出て行って二人きりなのだ。で、何故かベッドに座っている彼。

 目が合った。


 心臓が高鳴る。


「今のうちに何かない?」


――何か? 何かってなんだろう。お礼は言ったし明日の予定も聞いたし。えぇぇっと。もう一度お礼……じゃないのはわかってるの。


――殿下の瞳がすごく情熱的に見つめてくるけど、すごくわかっちゃいけない事のような気がするの。






 突如吹き出したルーカスがベッドに倒れ込んで笑う。


「えっ?」

 ついていけないエマが驚いていると笑いながら起き上がった彼に抱き着かれる。とはいってもネックレスを避けて、彼はエマの腰にすがるような形になっていた。

 肩を震わせ笑っている。

「ええっ?」

「はぁもう、エマは可愛いね」

 顔が見えないルーカスの声が腰辺りに響く。声がこんなに響くなら自分の胸の鼓動も伝わるんじゃないかと思う程に強くて速い。

「なっ……何するんですか!」

「大丈夫、まだ何もしないよ。さっき僕の為に努めてくれるって言ったね」

――言ったわ。勿論、嘘ではない。けど。

「だから今日は、ルークって呼んでもらうまで、離さないから」

――けど?


 その後引き剥がしたいエマと離れないルーカスの攻防戦が繰り広げられ「だってさっきルーカスって呼んでくれた」とだだをこねるルーカスに観念したエマが恥ずかしそうに「ルーカス」と名前を呼んで、上機嫌のルーカスがエマの指先にキスしたところで、大騒ぎの一日は終わりを迎えた。

今日コメントお返ししていて昨日の自分がネタバレしていたことに気付きましたすみません…。

頂いたコメントにはウキウキでお返事を書くのですがちょっと冷静になります。

もうすぐおしまいですがたくさんの皆様の評価、ブックマークありがとうございます。

コメントもいただけて本当にありがたく思っております。あと二話、宜しくお願い致します。

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