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26,彼女の価値観

 倒れたエマを抱きとめて、ルーカスは気が付いていた。キアラの魔力が作用してこうなったのだ。必死に声を掛けるエマの目尻に黒い涙がにじむのを見つけ、正体がわかった。

「あなたの方が、悪魔の様だ」

絞り出した声に怒りがこもる。黒い涙を指で拭って、エマの顔を見つめると静かな声で告げた。

「キアラ=モンテネス、貴様、宮中に於ける魔力の一方的な使用、罰は免れないと思え」


 キアラを取り囲む騎士が一歩前へ出る。しかし彼女は王子の婚約者候補。縄を掛けろと言われない限りは彼女の尊厳が優先される。


「ルーカス様! 私はこの国の為に…!」

 ルーカスはキアラをキッと睨んだ。怒りを冷たい声に隠して告げる。

「どうしても彼女を悪者にして話を進めたいようだな。そこまでの選民思想、痛々しい。光の魔力でエマの意識を殺したな」

殺したと聞き、ソフィアが息を飲みよろめく。

「皆も聞け。全ての魔力が人を傷つける事ができる。違うのは闇の魔力は本人の心を蝕み、命を落とすということ。その力は謂われなき人を呪うことは出来ない。害成すものから身を守るために瞳から相手の憎しみを反射する魔力だ。だが原理など利用しようとする輩には関係ない事。それ故に善としない誤解が広まり、悪化したのが諸外国だ。何かを生贄に結託し、つるし上げで群がる絆程愚かなものはない」

 瞳に怒りを燃やした王子は自らの弟にもその視線を投げかける。いつかの自分の行いを思い出してか弟は暗い顔で俯く。

「知っての通り、我が国では魔力の有無や種類を理由にした一切の不遇を許さない。貴様に至っては彼女をここまで傷つけ、この国を乱す思想など言語道断」

あくまでも声音は冷静だが、王子の怒りを誰もが感じた。

「王の元へ連れて――」


 その言葉を涙ながらにキアラが遮る。泣いているようだが、その目は反省の色を示さない。

「誤解です! 私、魔力なんて使っていません! まだ使えませんもの! 彼女が倒れたのは…」

「止めろキアラ!」

 言葉だけでは聞かない彼女の肩をクリスが掴む。

「あなたの考えはよく分かった。この国と相容れない事も。だが本当の事を話してほしい」

目を伏せ、絞り出すような声。

「エマの事を必要以上に悪く解釈していたのだな。私に伝えたのも、先程あなたがそうしたように歪曲されたものか?」

長い睫毛の間から見える瞳は寂しそうだった。

「違いますわ! クリス様、私は…」

「……本当に魔力を使っていないか? もしあなたが嘘をつくのなら、彼女に関するあなたの言葉を全て疑ってかかるしかない」

 嘘をついているとわかっていながらクリスは質問をした。彼女に謝罪の余地を与えるために。だがキアラは押し黙った。目には涙を溜め、可愛らしい顔を不安に歪めている。

「仮に無意識であったとしても魔力の使用は間違いない。エマの瞳が割れた。彼女の不安を瞳から押し返すなど難儀な事、無意識でできるとも思えんが」

 冷静だからこそ、ルーカスの声は大きく響いた。今やこの場の全員がキアラに対して憎しみにも近い不快な感情を抱いていた。

「仮に貴様が本当に魔力を意識的に行使していないとしても数々の不敬、許し難い」

 命令は下っていないが先程確かに王の元へ連行するようにと王子は言いかけた。彼女を罪に問う王子の声に応えるように前線の騎士が剣に手を掛けるとさすがに顔を青くしたキアラが身構える。

「聖なる魔力の持ち主である私を傷つけると……?」

睨まれたルーカスが目を細める。

「……私に魔力を使っても無駄だ。一切効かない。壊れるのは貴様だ。何が聖なる魔力だ、ただの光の魔力だ。人を傷つけるために使っておいて聖人を気取るか」


「兄上」

 兄の怒りを感じ取り、これ以上なくしかめた顔でクリスが声を掛けた。

「この騒ぎも全て私の責任です。どうか、私に彼女と話をさせてくれませんか」

無駄だと切り捨てる事もできるが、両親と話し合って温情を掛けた弟だ。沈黙で返す。

 ルーカスはだらりと垂れたエマの手を取り握りしめた。ソフィアが心配そうに側に寄った。

 浅く礼をしたクリスの顔はしっかりしている。

「キアラ、王妃教育を抜け出していると聞いた」

「必要ないからですわ」

「民の為に尽力する王妃になりたいと君は言った。私と民を先導し今より遥かに立派な国にすると。自分にしかできない事で国を豊かにしたいと言ってくれた。だから私は君を……。だが、これはいけない。君はどうあるべきかを知るべきだ。どんなに君の力が尊いものでも君が望むことに必要だ、そう伝えたはずだ」

「あのような作法がなくても私なら心を救ってあげられますわ。私は聖なる力の持ち主。人は正しい者が導いてあげねば、迷ってしまうもの。聖人が王家に入る、当然のことですわ」

しっかりと婚約者候補の目を見て彼は言った。

「……はっきり言って君を妃にはできない。君の考えはこの場にいる全員が知るところとなったが受け入れられない。無理だ。私は確かに君を愛したが、王妃はおろか妃もこの国を愛せない君では務まらない」

「……私はこの国を愛していますわ。貴方にも尽くしましょう。神の使いである聖人が弱きものを導くのです。過ち(罪人)は正されるべきです」

その瞳は曇らない。もうずっと、ここではないどこかに基づいてその信念に向かっている。

クリスはゆるゆると首を横に振る。弱々しい瞳は悲しみをたたえて真っ直ぐにキアラを見つめた。

「王の元へ行こう。私も君も、エマに謝らないといけない。許されなくても」

その言葉に美しい少女は顔を真っ赤にして叫ぶ。

「何故です! 罪人に頭を下げるなど!」

「キ」

「クリス」

兄の冷たい声が弟の言葉を圧した。

 無駄だよ、と言いかけた時に、ルーカスはつないだ指に力が入ることに気が付いた。


※ルビが表示されない方へ 

以下のように ○○には△△ というルビがふられます

下から10行目:「過ち」→「罪人」

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