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25,ルーカス

 初めて彼女に会ったのは、自分達兄弟の婚約者選びのお茶会の練習に、と王妃である母上が開いたお茶会だった。

 そんな遠回りなお茶会の理由は他でもない自分だ。

 幼い頃は本を読むのが楽しくて大好き、人と話すのは苦手な引っ込み思案だった。特に女の子が苦手。いつかは結婚相手を決める必要があるとわかっていても、自信もなく憂鬱で仕方がなかった。見兼ねた母親が弟も巻き込んでまずは同年代の女の子と話す練習を、と開いてくれたのがそれだ。どこの家も気軽な気持ちで参加させていたのか幅広い年齢の女の子たちがそこかしこで楽しそうに話していた。

 中には積極的な子もいてまだ子どもだというのに子どもらしくない媚びを売りにやってくる。迫りくる香水とかしましい声と、ばれないと思っている醜い小競り合い。母上の指導もあり笑顔は作れるようになったが、なんだが無性に寂しくなった。弟はまだ五歳だが元々物怖じしないタイプだ。きちんと話が出来ていたように思える。

 疲れて花壇の裏側に隠れたら先客がいた。彼女(エマ)だ。

 珍しい髪と瞳の色だったが単純に美しい子だと思った。珍しい黒色の瞳が輝き、目を奪われた。初めて 話をしたいと思った女の子。思えばこの時もう彼女に好意を抱いていた。

 話すと境遇が似ていて、本の好みも似ていた。たくさんいろいろな話をして、幼少期で一番楽しい思い出になった。

 彼女は変わった子どもで何かを取り繕ったりせずに思うことをすらすら話した。特に別れの挨拶でその口からでたあまりにも正直すぎる言葉は衝撃的で、うそをつかないようにしつけられたという彼女の笑顔を祈らずにはいられなかった。教育現場以外では常に社交辞令に囲まれた子どもの心には魅力的すぎた。


 このとき完全に彼女に好意を抱いていたが恋だと気付くのは少し先だ。次に会う時に好きな花を贈ろうと約束した。また会えるのが楽しみだった。



 正式に婚約者選びのお茶会の日々が始まった。だがその会に彼女が参加する事はなかった。嘘の笑顔を貼り付けてお茶会は進んだが、誰かを選ぶ気になれずにいた。我ながら恥ずかしいが選ぶように言う両親の説得にも泣き出しながら嫌だと断ったほどだ。

 思えばこの時に彼女の事を話せば良かったのだ。恋を恋と自覚しておらず、相変わらず引っ込み思案で言葉足らずな短所が仇になった。

 そのうち勉強が忙しくなり、自分が乗り気ではなかったことからお茶会は減った。自分が婚約者を決めない事から弟の方の話が前倒しになり、弟のお茶会が始まった。弟が選べなかった場合はレッスンの成績次第で候補を絞るという新しいルールが決まっていた。

 そして選ばれたのがエマだった。


 王宮ですれ違う度、彼女を目で追った。弟と彼女とお茶をしたとき、彼女は自分を覚えてくれていた。嬉しそうに微笑む彼女を見て、もう弟の婚約者だと思うと胸が痛んだ。

 約束はしたがもう花は贈れない。

 手に入れたかった花は手に入らないのだ。

 自覚と同時に初恋は終わった。


 どうして自分のお茶会にいなかったのかは国内の同年代の女性の分布により、家柄ごとに年が近い順に招かれていただけだったと知り、声も掛けずに待った自分の愚かさを悔いた。


 二年がむしゃらに勉強をし、十歳になる頃、両親がさすがに婚約者を選ぶように迫ったが、彼女への思慕と後悔に耐えられなくなり、見聞を広めたいと理由を付けて国を離れた。

 だが、本当の目的は別にあった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 エマが弟の婚約者に選ばれ、王宮では従者を集めた説明会が行われた。それをたまたま耳にしてしまった。あの綺麗な黒い瞳と銀の髪の秘密。彼女の身に迫るかもしれない危険と、国の危機。


 その力を調べようと図書館に向かうも、機密事項なだけあって充分な資料は得られない。自分が知りたいのは伝承や可能性という不確定なあらましではなく、力そのものの実態の情報だ。十になるころには図書館の本は全て確認した。この国では不要な情報だから表にはなく、あるとしても父上が隠しているのだと結論がでた。

 もし、彼女が自分の婚約者であれば堂々とこの気持ちを父に打ち明けて調べる事も出来るのにと泣いたところでもう遅い。だから留学を決めた。


 諸国を回り多くの本を読んだ。闇の魔力の本は大概が伝承だ。だが見落とす訳にはいかない。全てに目を通し必死で情報を探した。同時に彼女を守れるように様々な剣も学んだ。

 成人までに戻るように言われたその期限はどんどん迫って来る。

 最後にしようと一番遠くの国で見つけた書物は必要な情報をくれた。

 彼女を救えない事がわかった。だけど守る方法を見つけた。それがどんなに厳しい術でも心は決めてある。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 八年経ち、国に戻った時には恋心を諦められたと信じていた。

 そして彼女が王宮に来ないことに気が付いた。王妃教育は易しいものではない。出来ているから免除なんてことはないのだ。

 不穏な空気を感じながら数か月後、学園でのパーティーに向かう弟が彼女の色のアイテムを一つも身につけていないことに気付いた。これはマナー違反だ。不審に思って過ごしていると数時間後にその理由が向こうからやってきた。

 公爵家の馬車が止まり、美しく成長した彼女が優雅に馬車を降りる。美人になったな、と目を細めると同時に胸を懐かしい痛みが襲う。御者に何事か伝えると馬車が走り出す。寂しそうな顔で宮殿を仰いでから侍女に従って彼女が扉の影に隠れた。

 そして気付いた。婚約者として揃いであるべき彼女の装いと今朝の弟の服が何も揃っていないことに。光を受けて輝いていた彼女のヘアアクセサリーは弟の瞳と同じ色であったのに。

 それからしばらくして再び公爵家の馬車が停まった。慌てた様子で降りてくる公爵夫妻を見て何かを直感した。案内役を買って出、道々話を聞いた。彼女の寂しそうな顔が離れない。

 恋心は、捨てられなかったらしい。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


彼女の隣に立てるとわかった時は浮かれていた。みっともないほどに。

幼心から与えられた教育を受け止めようとした結果の彼女のぎこちなさが切なかった。

そして今に至る原因を知り、彼女を傷つけた人物が許せなかった。

彼女を裏切った弟のことも。一方的ではあるが信じていたから。

そしてそいつが我が国の理を害そうというのも聞き捨てならない。



元より自分は王になれなくていいと思っていた。

口下手で引っ込み思案な王など、誰も望まない。

おまけに八年留学すれば国に根差した弟とは差がついて当然。

良い王になるだろう。理想を掲げてなんでも真剣に取り組む立派な弟だ。少し単純だが。

自分の望みは彼女の心からの笑顔だ。だからこれでいい。そう思っていた。

ただ一つ望んだものの役に立ちたい。そう思っていたから。


そう思って戻ってきたから。


だから今目の前にいる女が本気で許せずにいる。

大事なものをここまで傷付け平気でいられるその気持ちも心も何も許せない。

何もかもが。

人を憎む心など一生知りたくなかった。


※ルビが表示されない方へ 

以下のように ○○には△△ というルビがふられます

12行目:「彼女」→「エマ」

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