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22,事故

 山が色とりどりに空を燃やす頃、十年続いたエマの王妃教育は終わりを迎えた。

 エマがこの約半年で驚くほど感情豊かに変わり、それでいて王妃としての振る舞いを立派に出来ることを王妃はとても喜んでくれた。感情処理は追いつかない事もあるが、それは生きている間ずっと関わる課題である。王妃はエマの涙の後の事をとても高く評価した。

 これらの変化はルーカスの影響であり、それを成長という形にしてくれたのは自分を見守ってくれた皆様のおかげだとエマは王妃や講師に礼を言った。

 試験に使った本を片付けていると王妃に呼び出しがかかる。もう一つの王妃教育に顔を出してほしいというのだ。本を図書館に戻さなければならないのだが、急ぎだというのでエマが引き受けたいと提案すると王妃は少し悩んだ。本来、ルーカスがいないと図書館には行けないが仕事中だという。しかし令嬢たちはダンスの練習中。鉢合わせることはないと、ルーカスに使いを出し「秘密の通路を通り図書館前で待ち合わせる」ことに決まった。

 運悪く図書館の庭側の出入り口が修繕中という。仕方なく王宮の隠し通路を使う事になったのだが、これが事故の元だった。



 隠し通路のドアが妙な音で閉まった。用心して周りを見るが誰もいないらしい。ソフィアとエマは安心して歩き出す。

 しばらくの後、誰もいないはずの静かな廊下にもう一つの足音が響く事に気付く。

 ソフィアが警戒の色を示す。小声で「誰か来ます。隠れましょう」と言い壁に触れる。が、どうやらここも修繕のあおりで動かないようだ。木が軋む音だけが響いた。ソフィアが悔しそうなため息をつく。


「誰! そこで何をしているの!」

 キアラの声だ。何故こんなところにいるのだ。

「全て通路を誤った私の責任、申し訳ありません」

「あなたのせいじゃないわ。修繕中だったし、老朽化もする」

苦々しく唇を噛む侍女に対しエマは慰めの言葉を掛けた。隠し通路はどれも大変に古い。それも滅多に使わなければこうなるだろう。ソフィアのせいではない。

 ゆっくり歩き続ける自分達より早い足音が近づいてくる。

「走れば逃げられるかもしれません」というソフィアにかぶりを振って私は足が遅いし、逃げたらそれこそ何を言われるかわからないわ、と返すエマは妙に冷静だった。この前の夜会とは場所が違う。ソフィアを逃がせば傷つくのは自分だけだ。

「それに、こうなった以上この問題はもう終わらせた方が良いわ」

「……わかりました。万一の際はこのソフィア、命に代えてもお守りします」

「ありがとうソフィア。巻き込んで申し訳ないけれど、あなたが一緒で心強いわ。けど物騒な目に合わせるのは……」

「ここの者は皆、戦に備えた訓練を受けております、ご安心を。必ずお守りします」

 二度目の言葉は先より強く言い切られた。エマは頷くしかなかった。訓練という言葉に驚きはしたが、ここは『城』。『総出で守る』ものがある場所だ。王は常に備えていたのだ。


「待ちなさい!」

 廊下の向こうの人影がこちらを完全にとらえている。窓から差す緩やかな光でも、そのプラチナブロンドは美しく輝く。その人は一瞬驚いたような顔になり、すぐに口元を歪ませ睨みつけてくる。

「罪人らしい、最低な行為ね。こそこそ隠れてどういうつもり?」

「お久しぶりです。隠れてなどおりません。廊下を歩いているだけですわ」

「何をぬけぬけと……そもそもどうして王宮を歩いているのよ」

「王妃様より御用を仰せつかっておりますので」

 ソフィアは彼女の態度にかなりの不快感を覚えているようだ。よくできた侍女なので表に出すことはしないが、いつもの淡い微笑みが消え無表情になっている。

 書籍名が見えないように本を持ち直す。同時に本の存在をアピールするため。

「……図書館へ急ぎますので失礼致します」

 と立ち去ろうとすると警備の騎士が向かってきていることに気付く。無理に動くと不審者扱いされかねない。

「物陰に怪しい人物がいると、侍女に呼びに行かせたの。不審者よ、捕まえて!」

 一瞬だがソフィアが身構える。しかしキアラの言葉に騎士たちは従わない。戸惑うような空気が漂う。彼らからしてみたら、エマは不審者ではないのだ。ソフィアが少し振り向いて安心してほしいというように小さく頷く。

「皆様お久しぶりでございます、本日は王妃様の御用で図書館へ参りました次第です。少し暗い通路を歩いてきたため、驚かせてしまったようで失礼致しました」

 察して堂々と挨拶すると、数人がほっとした顔をする。何しろ顔なじみの令嬢がきちんと侍女と共にいるのだ、捕らえる理由もない。だが来客の知らせは出ていなかったため、騎士としてこの場をそのままに去ることはできない。


「王妃様に確認を」

 ソフィアの言葉を受けて確認の為に数人が走っていく。エマにはソフィアが確認ではなく報告の為に行かせたことがわかった。本当に優秀な侍女だ。

「……呪いね。騎士の皆さんが気の毒だわ……。そうやって王妃様にも呪いを掛けて……!」

 悲壮な顔をして、エマが悪いという空気を作り出す。

 だがそれは彼女の周りだけ。ソフィアの手が震えている。忠実な従者は皆、主への侮辱を許せない。

「このような悪魔の力が王族に取り入るなど、呪いの力以外に有り得ません。折角聖なる魔力を持つ私がクリス様を呪いからお救いしてさしあげたというのに!」

 騎士たちは王妃の回答次第で動くことを決めたらしいが、声高らかに叫ぶ彼女の発言に良くない顔をする者が多い。彼女たちがここにいる正式な理由さえわかればキアラをこの場で捕まえることができる発言だ。

「両陛下がなかなか私に会って下さらないのもあなたの呪いのせいね! 王族を言いなりにして、国をどうしようというの!」

ハッとした顔になってわざとらしく声の大きさを上げていく。まるで劇の様だ。

「そのような事は何も。私は選ばれたからおりましただけ。それにすべては両陛下のご意思かと」

「いいえ……全てあなたの仕業だわ!」

 いきなり彼女が震えだしたかと思うとエマの言葉を遮って、徐々にその声を荒げる。

「じゃなきゃこの私が婚約者候補だなんて無様な事になる訳ないもの! 私は皆に必要とされているの! あなたが罪を詫びて、罪を証明するまで婚約者と認めないなんて有り得ない!」

 聞いた事のない程の大声に心が竦む。もう取り繕えない程、彼女の顔が歪んでいる。


「あなたは罪と認めず謝罪の言葉も口にしない。聖人たる私を差し置いて王族に『選ばれた』? 図々しい! 選ばれたなんて嘘! そもそも私はあなたを一目見てから不思議に思っていたの。何故罪人が学び舎に通い、爵位まで持って生活し、あまつさえ王族の婚約者なのか。それもその段階では無能だったくせに」

 無能という言葉に騎士の一人が顔色を変え剣に手をかける。この国で魔力を持たない者の多くは己の力量で伸ばせる剣や学問の道を志すことが多い。彼もきっとそうなのだろう。

 友人の手紙を思い出す。彼女の言葉の端々に滲むという嫌な気配。あれは直接的な物言いだけのことではなかったのだ。


「どこの国でも闇の魔力は罪人の証。蔑まれ贖うためだけに生きているのよ」

「……この国ではそうではないわ」

「あなたたちが代々呪いをかけているのでしょう? 自分たちに逆らえないように」

 エマの中に怒りが沸いた。人の善意をここまで否定するなど、厚意を想像で侮辱するなど何様か。腹の中が気持ちが悪い。

「この国はおかしくされたのよ! 長年ずっとね! 私の聖なる魔力は他国では重宝される! 王妃教育だなんてそんなもの、この魔力を持っていれば些細な事。こんな待遇、有り得てはならない事よ! 全部あなたたち呪われた悪魔のせい!」

 エマはもう怒りでキアラから目が離せず、下手をすると泣きそうだった。

――そんな風に言わないで。

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