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20,夢

 ざわめきから拾った言葉から察するにキアラがこちらへ向かってきている。エマと彼女の関係を知っている人たちの言葉は怯えの色を含んでいる。

 気を取られたその時には既に、身動きが難しいほどの混雑の中にいた事に気が付いた。これを無理に抜けようとすると、彼女から逃げているように見えるかも知れない。エマは自分のうかつさを反省した。自分への下らない話でこの祝いの場を台無しにされてしまっては困る。対応を誤ってはならない。


 冷静になるために深呼吸をすると、キアラとは違う方向からも不思議な気配を感じた。

 違う種類のざわめき。再び緊張が走る。


 そのざわめきは華やかな言葉がささやかれている。人の波が動いているのが見える。人々が羨望の眼差しと微笑みで見つめ、自ら進んで道を開けるその中央にはルーカスが微笑んでいた。夜会向けの華やかな服装が美人を際立たせる。



 何度見ても眩しい笑顔でエマに手を差し伸べる。

「お久しぶりです、エマリアル嬢。私と踊っていただけますか?」

 周囲から黄色いささやきが聞こえる。違う方向からはまだキアラが進んできているのがわかる。

 にっこり笑って返す。これは救いだ。

「ええ、喜んで」


 エマがルーカスの手を取ると、周りを一切見ることない彼に颯爽とホールの空いているスペースへエスコートされる。曲は三曲目が始まるところだ。クリスと候補者たちの踊りはこれで終わる。あまり入口から離れたくないと思ったが、入り口で踊るわけにもいかない。大丈夫だから、と小さくささやくルーカスと向かい合って礼をする。

 ルーカスと踊るのは初めてだが、とにかくリードが上手なので何の不自由もなく踊ることが出来る。余裕なのか見つめられて恥ずかしい。顔が近くなる時に、こそりと言葉を交わしていく。

「出来る限り自然に歩いてきたんだが済まなかった。これしか手がなくてね。明日から君の身の回りが騒がしくなるかもしれない」

「いいえ、あの……助かりました」

「この曲で弟のダンスが終わる。君はこのままもう一曲僕と踊ってほしい。それも出来るだけ注目を浴びながら。その注目の中で祝いの席を台無しにすることがあれば誰よりも僕が許さない。……踊っている間にキアラ嬢が弟の側に戻ることを祈ろう。戻らなかったら誰が何と言おうと君をバルコニーに連れ出すよ。お父様が迎えに来るだろう」

 ただでさえ目立っているこの状況で二曲続けてダンスを踊ったら相当に注目されるかもしれない。少し気が引けたがルーカスの作戦なら逃げられそうだ。

 真剣な顔で頷くと、ルーカスの顔が和らいだ。

「ドレス、とてもよく似合っている」

「あ、そ……ありがとうございます」

 そういえば緊張でお礼を言いそびれていた。情けない。益々恥ずかしくなった。

「エマの黒髪はどんな色でも合わせられるし似合うと思ったんだ。だから君の好きな色にしたよ」

「とても嬉しいです」

エマが幸せそうに微笑むとルーカスも笑った。

「やっぱり好みは知っておくべきだったね。それにずっと踊ってみたかったから……こんなことがきっかけだけど楽しいよ」

 周りの人たちが何事かささやき合っている。ルーカスの笑顔と口元の動きで、さぞ仲睦まじいように見えているだろう。美しく円を描くスカートでくるりとターンを決めた時、視界に入った笑顔の輪の中に一人だけ厳しい顔が見える。キアラだ。

 エマはぐっと息をのみルーカスに微笑む。二曲も踊るなら笑顔じゃないと不自然だ。さっきルーカスが雰囲気を変えてくれた。それに

「光栄です、殿下」

台無しにさせてたまるものか。



 曲が変わる。ルーカスは当然のようにエマの腰を抱き続けた。その空気に周りも皆二人に割り込もうとしない。うっとりと見守るようだった。

 踊りながらエマの耳元にルーカスがささやく。

「キアラ嬢がクリスの元に戻ったよ。お父上が側に戻られているから曲が終わったらお帰り」

「はい」

「本当はもう一曲踊りたいけれど、そうもいかなくてね。君と踊った理由は僕の一目惚れということで収めるから安心して」

 思わず目を見開いてしまった。

「そんな顔初めて見た」

「だって変なこと仰るから! お立場が悪くなりません?」

「半分本当だよ。大丈夫。出来る事なら婚約者だと発表したいところだが、父上の許しを得ていない」

 踊り終えた二人に周りからの称賛の拍手が贈られる。礼をすると父親が迎えに歩み出てくれた。

「殿下、ありがとうございます」

「お嬢さんは大変素敵に成長されましたね、ランディニ公。ご一緒できて楽しかったです」

 ルーカスが名残惜しそうにエマの手を離す。

「いずれまた」



「エマ、済まなかった、一人にしてしまって……」

「大丈夫よ、お父様。公爵様とお話していたのでしょう。勝手をしたのは私です。ごめんなさい」

 帰りの馬車で父親はかなり落ち込んだ様子で謝ってくれた。父親が悪くないことはエマはよくわかっているから、手を取り詫びを返した。

 髪色が変わってからも両親は変わらず優しかった。むしろ、愛娘が悪意に晒されている可能性にかなりの嫌悪を示し、過保護な感情を表に出すようになったかもしれない。王から護衛を付けられているが、同様に両親も良く一緒に居てくれるようになった。気持ちはありがたいが、親にも都合がある。申し訳ないと断ったが「もうすぐ嫁に行って会えなくなるから」と言われては、何も言えなかった。

「それに、殿下と踊れて楽しかったです」

――婚約者だと紹介したいと言って下さったのは、嬉しかったわ。

娘の幸せそうな顔に、父もまた幸せそうに笑顔を返した。



 帰宅後も緊張感と高揚感で目が覚めていたが、湯浴みを済ませる頃には疲れが出てしまい、エマは早々に寝室へ向かう。

 寝室に入ると家を出る前と違う、落ち着く香りが漂っていた。ラベンダーの飾られた小ぶりな花瓶に気付き侍女に聞くと、夜会に出かけてすぐにルーカスからの贈り物として届いたという。

 カードを確認すると夜会への労いの言葉と次の約束が書かれていた。

――始まる前から気遣ってもらっていたのね。

 いつだってそうだ。ルーカスと婚約してからルーカスはエマの為に心を配ってくれる。一日の最後に幸せな気持ちになれるように寄り添ってくれる。

 エマは優しい婚約者への感謝を胸に、満たされた気持ちでぐっすり眠った。

気が付きましたら本当にたくさんの方にブックマーク、評価いただいておりまして

恐縮です。ありがとうございます。

あと10話程ですが非常に短い話もあり実質7話程の内容です。9/30で連載終了します。

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