19,夜会
その日から二週間が経った。
エマは今夜の夜会の支度を進めていた。
ある程度の社交を控えてもう半年。今日の夜会は国内でも絶大な支持のある公爵家の主催であり、エマと仲の良い令嬢の婚約発表の場だ。今回は王子たちとその婚約者候補も参加するが、主役たってのお願いであり、エマ自身も大事な友人の幸せを祈りたいという思いから参加を決めた。何より彼女には今現在とてもお世話になっている。出来る事はしたい。彼女からはお礼と当日はすぐに婚約者を紹介するからそのまま帰っても構わないと、気遣いの返事までもらった。ありがたい友である。
ルーカスから贈られたドレスとヘアアクセサリーが届いたのは開催二日前のこと。
ドレスは毛先三分の一が銀色の髪のエマをイメージしてか、裾に向かって色が淡くなる美しいグラデーションの見事な布地だった。シンプルだが清楚なデザインは黒い髪の艶と白い肌をより一層美しく見せた。
アクセサリーは巧みな銀細工で百合の花を模していた。彼の瞳の色の宝石が隠れるようについており光に輝く。この国では婚約者の瞳の色のアクセサリーを身に着けるのが慣習になっている。今回のこの宝石はこの小ささなら誰にも気付かれないだろう。
エスコートは出来ないけれど、せめてこれを贈らせてほしいとカードがついていた。以前、王からドレスを贈られた時に拗ねていたのを思い出し、エマはふっと笑った。
髪を結ってもらいながらあの日の事を思い出す。
翌日、時間を取ってもらってもうまく伝えられず心配をかけるだけではと思ったエマは両陛下に改めてお礼とお詫び、涙の理由を手紙にしたためた。陛下にドレスの件で文句を言いたいからと笑うルーカスが責任を持って渡してくれるという。
果物のタルトを食べながらルーカスはエマが涙を流すと髪が黒くなると教えてくれた。
涙に反応するというより、感情に起因するのではないか。もし感情をコントロールできない状態になると色が変わるというのなら、それは力の暴走を意味するのではないか。非常に宜しくない。
そう思ったエマが危機感をそのまま口にするとルーカスはそういう事はないと思うと、少し考えながら答えた。
「君の感情が昂るような時に側にいられるように、ずっと一緒だって約束できればいいんだけど」
そう言って「側にいるとき以外心を乱さないでくれ、なんてわがままだけどそう思うよ」と髪を一房、撫でてくれた。
髪は黒髪になっても美しく輝いた。印象が大分変わるものだと驚いたが見慣れればこれでいい。使用人たちはこのグラデーションが似合う髪型を考えるのに心躍らせていた。同級生たちも始めは驚いていたが、美しいと褒めてくれた人もいた。内心はわからないが遠巻きにせず話しかけてくれるだけ素直にありがたいと思う。遠くから投げかけられる鋭い視線は濃くなったが、エマは守られており容易には近づけない。
あの日から彼女の奇襲に備えてエマには密かに護衛がつけられた。学園内には入れないので王から命を受けた公爵家の令嬢たちが必ずエマを視界に入れられる位置に控え、さり気なくキアラの接近を未然に防ぐ手伝いをしてくれた。もし暴言を吐けば証人になってくれる。とはいえキアラ自体がそこまで積極的に向かってこなかったので問題はなかった。
エマは令嬢たちに礼を言っても言い切れない。令嬢たちは家同士助け合っているからと笑ってくれる。今回の夜会の主役も、その内の一人だ。エスコート役を務める父親が、代わりに両親にお礼を言ってくれるという。そしてそれ以外の社交を控え、すぐに帰ろうと。
会場に着くと久々に会う人が話しかけてくる。大人は皆少しハッとするがすぐに笑顔になり、元気であることを喜び、髪やドレスを褒めてくれる。婚約破棄に加え、黒髪への変化。どのように扱われるかと憂鬱な気持ちもあったが、いつぞやの学園と同じく杞憂に終わった。
――すべてこの国の教育のおかげね。ありがたいわ……。
できる限りぎりぎりで会場入りしたためもうじきダンスが始まる。
クリスは三人の婚約者候補全員と順番に踊るため三曲は話しかけられる心配がない。問題はキアラだ。まともな貴族であればこの場を壊すことはしないはずだが、彼女には不安が残る。婚約発表という場を婚約破棄の話題というもので汚すことは許されない。あくまでも自然に、だが絶対に彼女を避けなければ。
一番始まりは主催である婚約者たちのダンスから始まる。全員が彼らを見守る。遠くから見ているだけでも彼に手を取られた彼女の幸せそうな笑顔が良くわかる。思わず自分の頬も緩む。貴賓席では二人の王子とその婚約者候補たちが見とれていた。
主催の次にダンスを踊るのはクリスたち――予想通り一番先頭はキアラのようだ。主役達はそのあと挨拶に回るはず。キアラが踊っている間に挨拶をして早々に立ち去るつもりだ。輝く麦畑の髪色の人たちの中、カラスのような髪色の自分はさぞ目立っていることだろう。背中に流さず銀色を上に編み上げたがそれでも目立っている自信はある。好意的ではあるが視線もやや無遠慮だ。
踊り終えた主役の二人は貴賓席に挨拶を終えるとすぐにこちらに向かってきてくれた。精一杯の笑顔でお祝いを述べると幸せそうな二人はすごく喜んでくれる。その笑顔に心から素敵な婚約だと胸が満たされるような思いになった。
「本当におめでとう。お式にも参列させていただくわ」
二人の挨拶は簡単で、曲が終わる前に話を切り上げてくれる配慮にも感謝した。実際忙しいのだろうが、エマの事情を考慮してくれたのがわかった。この人のように心遣いが出来たらとエマは思う。
父親が迎えに来るはずだが見当たらない。こうしているうちにも曲の終わりは迫る。壁の花のふりをしながら徐々に出口に向かって移動を始める。
出口に向かっている最中に曲が変わる。キアラが挨拶をしているのが遠目に見えた。その向こう側に父親の姿が確認できた。公爵夫妻と挨拶をしていた。ならば急ぎ一人で先に馬車に戻ろうと決意するも混雑した会場内だ。まして会は始まったばかり。失礼にならない速度にも無理がある。壁の花からダンスの相手を探している男性陣も多く思う様には進めない。
もうすぐ出口という時、背後に嫌な気配がした。