17,真実
思った以上に冷たい声が出てしまったが、エマは続けた。
「それは私や他の人が傷つかないための優しい理由です」
嘘をつかれている訳ではない。だけどエマはルーカスとの婚約の後から感じていた違和感をこのままにはしたくなかった。
「本当の理由はそれだけではないはず。それをお教え願いたいのです」
両親に目配せをした後、王妃と目を合わせた王は観念したように口を開いた。固く握られたその手を王妃が包む。
「やはり嘘がつけぬな。全てはそなたを守り、戦争を回避するためだ」
戦争という言葉に緊張した空気が流れる。
「そなたの身の安全は国外だけの話でもないのだ……。闇の魔力の生まれは少ない。これは突然変異と言われるが多少の血筋もあるのか、魔女狩りで殲滅してしまった国などにはもう存在しないのだ。その他の国でももうほとんど生まれていないと聞く。あの時に彼らを受け入れたこの国だけが、受け入れた血を細々とでも確かに残しているということだ。真偽は不明だが、その力は国家転覆の材料にもなる利用価値の高い力とされている。自国へ攫い、悪用しようという輩も多い。戦争の火種だ」
――狙われている? 私が? それはつまり、私の為に傷つく人がいるということだろうか。
エマの頭の中をこれまでの数ヶ月が駆け抜けていく。状況から疑いもしなかった隠し道。隠し通路。見えないガゼボ。そして案内された秘密の部屋。唇が震えるのを耐える。
「だが王家と関わりを持てば住まいを王宮に移し、万一に備え、総出で守ることが出来る。それ故にこれまでの闇の魔力保有者には皆、王家と何らかの形で関わりをつないでもらった」
黙っていて済まなかったが、と小さい声に王妃が目を細める。
「そなたの合格は大義名分をもって、我らにそなたを守ることを許したのだ」
「……しかし私は何の力も現れておりません……」
先程銀の髪のうちは魔力を使えないと王は言った。その通り、エマは何の能力も使えなかった。
「突然変異の魔力は成長も変則的だ。貴方のその銀髪もいつ変わるか変わらぬか。黒くなれば魔力を行使できるとされる。魔力を使える者は少ない。珍しいものを欲すれば少しの可能性に縋る。拷問にかけてでも発現させようとする輩はいるのだ。力はいつ動くやも知れぬ」
指が震える。なんと危ないのだ。エマも、エマの周りの人も。
「闇の魔力というのは、本当にそのように恐ろしいものなのでしょうか」
「そう言われている。だが事実は不明な事が多い。この国にも力が使える者はいたが、そのような使い方は誰もせなんだ」
「人を呪ったり殺めたりしたという前例はあるのでしょうか」
「伝承としては存在する。しかしそれは魔女狩りの言いがかりのようなものも含まれる。我々は信じておらん」
震える指を抑えるために身体の前で手を組んだ。胸がざわざわする。
「……もし私にそのような力が現れました場合、私はどうなるのですか」
「先の通りだ。何も変わらない。力を罰することは何の意味もない。そなたがその力で誰かを傷つけさえしなければ、私たちはそなたを他の誰とも同じように扱う。むしろ害されないように全力で守ろう」
王の言葉は力強く頼もしかった。
「他国に利用されるかも知れない不気味な力を、どうしてそのように信頼して下さるのでしょうか……」
それもそんなに不確定要素ばかりなのに。エマは意味が解らずに胸のざわつきに飲み込まれそうだった。
「その理由は、そなたの父上が話そう」
父親が恭しく頭を下げてからエマの方を向き静かに口を開いた。
「黒い瞳の者が生まれた場合は、その力を違わぬよう王家に忠誠を誓う事になっている。同時に家訓を授かる。一切の嘘を認めないという家訓だ。これはお前の身の潔白を証明してくれる。お前が生まれた時、慣例通り我が家は王家に忠誠を誓ったのだ」
確かにそう言われて育ち守ってきた。だが――
「私が嘘をついているかどうか、確かめる術がないのなら。わからないではないですか……」
震える自分の声は別の人の声に聞こえた。
気まずそうに王陛下が口を開く。
「……エマよ、そのネックレスを渡した時の事を覚えているか」
『これを結婚式まで肌身離さずつけてくれ。身の潔白を証明し、そなたを守るネックレスだ。誰にも触らせてはならない』
クリスとの婚約が決まった時にいただいたもので、確かにそう聞いた。
「はい」
「そのネックレスはそなたを守るものだ。偽りではない。だが同時にそれは王家の保険だ。此度のようにそなたを疑う輩を鎮めるためのもの……そなたが我らを裏切ることがあれば逆にそなたを追い込むものだ」
――私に害を為すネックレスを付けさせられている。
夜のルーカスの言葉がよみがえる。胸から耳元へざわめきが走り耳元がごうと唸った。
――私に知らされずに。
目をぎゅっとつぶり、いつぞやのルーカスの言葉を反芻する。
――怒る事ではないわ。これは、当然のことだもの。いくら忠誠を誓っても人の心は変わる。忠義を尽くす気はあるが、それを信用できない第三者だっている。まして国を害するかも知れない力の持ち主、そんな物騒なものを確証なく信頼するなど王の立場が危ないだろう。この首輪は王家の保険、私の誇りであるべきだ。今ここで私に申し訳なく思い、これまでもこれからも私に心を寄せようとしてくれる人に、精一杯の誠意を見せねばならない。
「……ありがとうございます」
震えそうになる唇から出たのは感謝の言葉だった。
「……すまない、私たちはそなたにそのような枷を……」
「いいえ、陛下。いいのです。これで」
――この首輪が王の信頼を守るというのならこれでいいのだ。私が心をねじれさせなければ良い。
「まずは両陛下のすべてに於ける私への配慮に厚く御礼申し上げます。信じて下さったからこそ、これをお与えになったのでしょう。これほどまでに信頼され守られていたことを、私は感じておりませんでした。度々の身勝手をどうぞお許し下さい。今日この場にて改めまして国家への忠誠をお誓い申し上げます」