16,理由
古代より人間は神や精霊を敬い、その庇護の下で満ち足りた生活を営んできた。そのうちに精霊の祝福を受け力を持つ者が生まれる。それが集まりいくつもの国を成した。
精霊の加護は瞳に色として宿り、力が強ければ髪にも現れた。人は皆、金色をベースに精霊の加護の色が混じる。各国家で扱いに違いはあるものの、人々の容姿は酷似し、力をもたない者や異色の者は目立った。力として使う事が出来るのは一部の者だけで、それらはどこの国でも身分を保証された。
力の殆どは自然界に由来する精霊が普通であったが中には突然変異と呼ばれる魔力がある。
それが光と闇。光は金、闇は黒を基調としそれぞれ特別な目で見られていた。
光の魔力は浄化や治癒など人を癒す力に優れていたため聖なる魔力とも呼ばれ、どこの国でも重宝されていた。
しかし闇の魔力はその力の範囲が広いとされ実態は謎だった。いつしか人を呪い殺し本人の命すら蝕む、悪魔の力だと言われるようになり、黒い瞳を持った者は迫害を受けるようになっていく。
かつて多くの国で魔女狩りと称した闇の魔力狩りが行われた際に、この国には多くの闇の魔力が逃れてきた。そもそもこの国は魔女狩りを快く思っておらず、逃れてきた闇の魔力の持ち主たちはこの国の王と民に命を救われた。国民としての権利を得て、国になじんだ。その人たちを恐れた国民が少しばかり出て行ったが変わらぬ人として大概の国民が受け入れた。
いくらか後にこの国自体を疎ましく思った各国の勢力がなだれ込み闇の魔力持ちと王族の命を狙ったが、恩を返そうと闇の魔力の使い手たちは国家に忠誠を誓って命を散らして国を守った。
王族は彼らの命を敬して魔力を理由に人を差別する事を国家全体に禁じた。特に闇の魔力を理由にした不遇は一切許されない。
「この歴史の真実は、成人したときに学ぶのだ」
王宮の一角にある機密会議用の部屋は小ぶりだと言うがそれでも十分に大きく、両陛下と机を挟んで向かい合うランディニ一家とはかなりの距離がある。重厚感のある机は見事な磨き仕上げになっており、席に着く全員の顔をよく映している。壁にもいくつかの鏡が飾られている。
それでも王が詩を詠うように話した内容を聞き落とさないよう、エマは集中して耳を傾けた。
「身分による区別が差別にもつながる社会だ。それも決して善とされないが防げぬ事実として存在している。大人ですら、そのような醜い感情を抱いている。幼子は純粋だが同時に残酷でもある。この事を知り、何かを信仰して感情のままに動いたらどうなる。個人の在り方を無視した冷たい思いが誰かを歪めるだろう。そのことを私たちは過去から学んだ。故に未成年には、魔力の量や種類での一切の差別を認めないという事だけを教えているのだ」
この国の成人は十八歳。引き下げるべきか、と小さいつぶやきが聞こえた。
「――この度エマが傷つけられた事、この教育方針を掲げた我々王家の責任でもある。誠に申し訳ない」
頭を下げる両陛下に両親が慌てる。エマは自分がその闇の魔力の持ち主なのだということに少し動揺していて反応が遅れる。
――確かにみんなと違って黒と銀でおかしいとは思っていたけど……。
「滅多に生まれぬ、黒い瞳。黒い髪。銀の髪の内は魔力が使えない。いつか黒くなる。その時までもそれからもそなたが幸せであるように、それだけが国が望む形だ。無論、そなただけではない。魔力を持つ者も持たぬ者も使えぬ者もだ。大勢の中の一部が本人に咎のない事で謗られるなど、なぜそんなことができるのか、わからぬ」
一句一句しっかりと区切りながら話す王の声は力強いが、辛く絞り出すようだった。
「王となるべく育てたはずの我らの息子の過ちも、決して許されることではない。そなたへの無礼、婚約者を蔑ろにするなど貴族社会を崩す行為、国家の威信にも関わる大事。あやつには厳しき沙汰を申し付けるつもりだ。しかし情けない事に、我々が今出来る事はこうして詫びる事だけだ」
頭を下げる王の顔はまるで自分の事のように辛そうに思える。王妃も泣いてこそいないが顔色が悪く今にもどうにかなりそうな気配が漂っている。
「キアラ嬢は確かに光の魔力を有している。しかし自称する『聖なる魔力』というのは傲りからついた俗称だ。我々は魔力を神格化はしない、稀有だが必要とし求めもしない。調べによると彼女は数年、外国で暮らしていた。その間に思想が変わったのだろう。エマのその黒い瞳、それを見て諸外国のようにそなたを蔑ろにしていいと……」
唇を噛み、悔しそうな顔をした王は顔を上げる。
「だがこの国にいる以上、当然キアラ嬢の行いは看過できない。保護者であるモンテネス子爵に関してもだ。彼の思想を調査する必要がある」
そこで王は大きなため息をついた。
「……申し訳ないのだが、現在はエマの発言以外に証拠がない。これでは罪に問うのが難しい。下手をすると婚約破棄の意趣返しと取られ妙な証拠と叫ばれかねない。他の目撃者のある現行犯であれば、即刻逮捕できるのだが……重ね重ね申し訳ない……」
この人たちにこんなに謝らせてはならない。悪いのはこの人たちではないのだ。
国家の責任者なのはわかる。詫びてくれる気持ちもわかる。自分だってそうするかもしれない。だがどうしてもやるせない気持ちになる。
「いえ……お礼を申し上げるべきことです。私はその教えのおかげで優しい皆様に守られて今日まで無事に生きてこられたのだと思います」
本当にそう思う。金色の民の中、ただひとりこんな不気味な銀の髪と黒い瞳でも友人たちは変わらずに接してくれた。感謝して然るべきだ。キアラの様子を思い出しあれがもっと大勢であったらと、気が遠くなる気がする。
「王妃に選ばれた理由はな、テストの結果も勿論だが、そなたを守るためだ」
――守る?
「今話した通り闇の魔力は諸外国では受け入れられにくい。そなたは旅行を禁じられているな。それは他国に於けるそなたの扱いを危惧しての事。しかし王家の一員になれば国交に関して国から使わされれば国賓または使者扱いとなる。それに手出しをする者はほぼおらぬ。これまで支障が出た試しはない。また、他国にも良い示しになるだろう。闇の魔力を持つものが差別を受けず立派に王族になれるという証明に」
王は薄く笑った。
「これまでの闇の魔力の持ち主たちにも、王族とは関わりを持ち続けてもらったのだ。クリスとの婚約が破棄になった時もそなたが活躍できる場をと思案した。国に閉じ込める事なく、そなたにも人生を楽しんでもらうために。幸いにも、王妃教育の一環で翻訳が優秀だということがわかっているので、外交官付きの翻訳や通訳の仕事をお願いしようかと考えていた。まさかルーカスが婚約を申し出ると思わなかったのだが、受け入れてくれて感謝している」
「……それは、表の理由でいらっしゃいますね。陛下」




