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15,おやすみなさい

 寝ようと思っても考え事が気になって寝付けない。ソフィアは安眠効果のあるハーブティーを淹れてから、王妃様へ報告に行くと出てしまった。どなたもいらっしゃらないとは思いますが扉を開けてはなりませんよときつく言われ、元より誰も来ないだろうから安心してと笑っておいた。

 ソファに座りハーブティーの波を眺める。とても疲れている。だけど眠れない。胸がつかえてどうしたらいいのかわからない。


 カップを持とうとした時、入り口と逆の方からごく小さな物音が聞こえた。

ノックだ。

どこを?

 同時にルーカスの声が聞こえる。

「開けるよ」

返事を待たずに寝室側のキャビネットが静かに開いて音もなくルーカスが現れた。声にならない叫びを飲み込む。辺りを見回したルーカスがエマの姿を認めにこりと笑った。

「驚かせて済まない。何回かノックしたけど返事がなかったから開けてしまった。ソフィアは留守?」

 驚いたまま頷くとキャビネットの向こう側の扉とキャビネットをしっかり閉めてルーカスが近寄ってきた。

「こんな時間にレディの部屋に来るのはマナー違反。開けておくドアも無くふしだらは承知の上だが、眠れないだろうと思って」

 物騒な事を笑顔で言いながら、すぐ隣に腰を下ろす。開けるなと言われたが開けて入ってきた人をどうしたらいいのか。気付くとソフィアはこれを予測していたのかカップを用意してくれている。まだ温かい。このままで失礼しますと注ぐとルーカスは喜んだ。

「実は少し猫舌気味だから充分だよ、ありがとう」

「キャビネットの中にもドアがあるのですね……」

「扉が一つだけだと万一の際、大事な客人を逃がせないからね。この部屋は二か所だけど大概の客室には三か所出入り口を付けているよ」

ついとお茶を飲んで、エマが入った絵の入口よりキャビネットの入口の方が外から開ける分には簡単なのだと笑った。そして中からは開けづらく出来ている。

「エマが使っている隠し通路もこの部屋も、魔女狩り時代の設備だ。うちは比較的安全な国だから使わないけど、壊れるまでは大事にしようと決まった。もう二度と使うことがないように願いを込めてここを王宮と呼ぶことにしたんだ。まさか今回みたいに役に立つとは思わなかったよ」

 いつかの時代に使われた隠し部屋に隠されている状況。そういえばこの部屋は他の部屋より毛足の長い絨毯が敷かれている。不安がよみがえって強く手を握る。


「先に明日のことを伝えよう。明日は学園を休んでもらう。理由は病欠。昼前に両陛下と君のご両親と大事な話をしてもらう」

「……話というのは……」

「君が選ばれた本当の理由だよ」

 すっかり忘れていた。あの日に聞きかけた大事な事。胸の不安が大きくなる。

「同席できるように説得はしているけど、もしかしたら僕は一緒に居られないかもしれない。ごめんね」

 首を横に振るが胸の不安は消えない。掛け合ってくれただけでも十分にありがたいことなのだが、どうにも震えは止まらなかった。

「安心してほしいのは、今回も君が悪いわけじゃないってこと。どちらかというと君は怒っていいことだってある。話されることは君にとってショックであっても、君は全く悪くない」

「はい」

小さく返事をするとルーカスはいつもの笑顔で話し始めた。

「じゃぁ折角だから少しお話をしようか」


「父上から贈られたドレスだけど、どうやら母上が作らせたらしいんだ。エマの好みのものはあった? 僕も今度ドレスを贈りたいからね。似合うだろうものはたくさんあるけど、好みが知りたくて」

 笑顔がいつかの拗ね顔に重なる。なんだか張り合っているようだ。不安は消えこそしないがソフィアとルーカスのおかげで気は紛れる。それに聞きたかったことを聞けるのだ。元気づけようとしてくれる人の心遣いを無駄にしてはならない。努めろ、と心を奮い立たせる。

「ありましたわ、あのね――」


 他愛もないおしゃべりをしていると少しずつ落ち着いてきた。

 ふと話が途切れたので手元に目をやると、いつの間にか手を握られていてルーカスの指が自分の指を撫でている。それがくすぐったくて恥ずかしいような不思議な気持ちになる。顔を上げるとさっきから見つめられていたことに気が付く。いつになく真剣な瞳に目をそらせない。

 突然ルーカスがその手を引き腰にもう片方の手を回す。あっという間にルーカスの側に座らされる。自由になる手で相手の胸を押し衝突を防いだが、抱きしめられそうな距離感に身を引く間もなく額にキスされる。

 金縛りにあったように固まった手を下ろすと彼が笑った。

「これ以上いるとソフィアに見つかって謹慎処分を受けることになりそうだから僕は戻るね。明日に備えて今日はもうおやすみ」

前髪を撫でられ途端に眠気に襲われる。優しい声はいつも私を満たしてくれる。



 その頬を愛おしそうになでながら悲しそうな顔のルーカスが呟いた声は聞こえなかった。

「どうか穏やかな夢を見てね」

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