14,城
気分転換を兼ねて、従者が戻るまでの間に部屋を案内すると言われ、先程の応接室の他の執務室や寝室などを案内される。やはりどこもシンプルだ。だがよく見ると調度品にはどれも彫りの浅い精巧な彫刻が施され、目を離せない美しさがある。
執務室には金属や宝石の資料や見本が置いてあり、金属加工の精度が上達していることが目に見えてわかる。
この前の指輪の台座も、いつかもっとしっかりしたものに換えようかとルーカスは言うが、エマはこれで充分だ。華美な台座は美しいだろうが、このシンプルな台座は石がよく見えて気に入っている。エマはもっと望んで良いのにと言われたが本当にもう満足だからいいのだ。
不安が紛れ、温かい空気が二人の間に流れた時、従者が戻ってきた。
「ご報告申し上げます」
エマを傍のソファに座らせ、従者に寄る。
「国王陛下はたいそうお怒りです。妃殿下はご気分を悪くされて臥せっておられます。時間も考慮して明日早朝にランディニ公をお招きしてお話したいとの事」
先程も相当お怒りであったし母上には厳しかったかとルーカスは眉根を寄せた。
「今晩彼女を王宮にお泊めしても宜しいか、王に確認を。その後ランディニ公爵家へ使いを出してくれ」
ぎょっとしたエマが抗議するが従者は先程より素早く部屋を出て行ってしまった。
「あの、王宮にお世話になるなどと、私がそのお知らせを持って帰りますわ!」
「だめだよエマ。むしろ君を帰す事に許可が下りないはずだ。安全は保障するから今日は泊まってくれ」
いつにない真剣な表情にエマの胸には不安が溢れた。立ち上がりかけていた体に力が入らずのろのろとソファに戻る。
――エマが今日王宮に来ていることを、クリスもあの女も知っている。子爵がどういった考えかわからない以上、あの女がエマの家の前に何か寄越している可能性はゼロじゃない。隠しの馬車でも王宮の馬車でも彼女が危ない事に変わりはない。調べさせた範囲ではあの女は最近まで他国にいたと言っていた。言葉からしてエマの事を知っているのだ。それなのに銀色の娘になんとひどい事をしてくれるのか。
ルーカスは怒りで手が震えていた。
エマはその震える手にそっと触れようとしてためらいがちに手を収めた。
「あの、陛下がお怒りとの事ですが、私が原因でございますか……お呼ばれしたなどと言ってしまったから……」
「違うよ」
ルーカスは従者が消えたドアを見つめたまま続ける。
「むしろ今王宮に居てくれてよかった。突然で申し訳ないけれど、今日は大人しく言うことをきいておくれ」
真剣な声に何も返せずにいると、彼は瞼を閉じ深いため息をついてからエマに向き直る。
「原因は原因だが長く一緒に居られるのは嬉しいよ。初めて夕食を一緒に食べられるね」
そう言うルーカスはもういつものルーカスだった。
王の快諾を示すように従者が返事と共にエマのサイズのドレスを数着持ってきた。どれも贈り物なのでこの中から気に入ったものをお召し下さいと言われエマは目を丸くした。ルーカスはなんで自分より先に父上がドレスを贈るんだとブツブツ言っていたが、どれもエマに似合いそうなデザインだったので着てくれるのが楽しみだと笑ってくれた。
人目につくのを避けるため、夕食はルーカスの部屋付の小さな食堂で済ませる。温かいものを食べるとエマは大分落ち着いてきた。鉱石の話をしながら二人で食後のお茶を楽しんでいると客室の準備が整ったのでご案内しますとソフィアがやってきた。
廊下に出てしばらく歩くとソフィアは一枚の絵をぐいと押した。絵が壁にめり込むように収まると、すぐ隣の壁がからりと動き扉が現れた。
驚いて思わず口が開いてしまった。
「通常の客室は誰かに見つかる恐れがありますので」
とソフィアがいたずらっぽく笑う。
「この廊下の絵の何枚かは仕掛けになっております。気になるようでしたらルーカス殿下にお聞きになって下さい」
それであんなに絵が多かったのか。そういえば以前にルーカスが昔は城だったと教えてくれた。クリスの部屋の側の廊下も不思議な置物が点在していたがあれも仕掛けだろうか。
部屋に入ってから壁に擬態していた薄い木戸をぴっちり締めて、更に灯り洩れを防ぐ内扉を二枚締めないといけないのが手間だと詫びるソフィアにエマがよくできているわね、というとエマ様は変わっておいでですね、と喜ぶように笑ってくれた。
着替えも湯あみの面倒もソフィアが見てくれる。最中に聞いた話では庭の秘密の通路もソフィアが剪定してくれているという。本来王妃付きの侍女が庭木の剪定や客人の湯あみ等、することではない。だが事情が事情。エマがここでお世話になっている侍女はソフィアただ一人。エマが王宮に通っていることを知っているのは10人を切る。ソフィアの負担は大きい。
「こんなことまで面倒見ていただいてごめんなさいね……」
謝るとソフィアはとんでもないことで……と恐縮しながら話してくれた。ソフィアはエマが初めて王妃教育にきたその日から何かあったら力になろうと思っていた、こんな状況だからこそ、役目を外されずここまで出来る事がむしろ嬉しいという。
「エマ様は初めてお会いした時おっしゃったんですよ。『私と年齢が殆ど変わらないのにあなたはずいぶんしっかりしているのね。私も貴方みたいに優しい人になりたいわ』って。当時必死だった私にとって最大の励ましで支えでした。それからもいつも礼儀正しく、私共のような侍女にもお礼を言って下さるあなた様を、私たち全員お慕いしております。いつかお仕えできたらと期待している者もおりました程。私はお役に立てて光栄です。どうかお幸せになって下さいね」
「ありがとう」
少し年上のソフィアと出会った日の事をエマはよく覚えていない。けれどたくさんの人に親切にしてもらったことはよく覚えている。百合の扉の前で再会したときも確かに彼女は優しく笑ってくれた。心強い存在に胸の不安が薄れた気がした。