13,秘密
言い訳にお呼び出しを使ってしまったことを王妃に詫びると笑って許してくれた。確かに呼び出しは受けていたし、その状況を切り抜けるには有効な理由だと理解してくれたのだろう。
それより問題として美しい王族の顔を曇らせたのは件の発言内容。青ざめた王妃は王宮のルーカスの部屋で待つようにと言い、陛下に報告をする、と先立って戻ってしまった。
隠し通路で王宮へ向かう。随分通った王宮だが初めて見る廊下につながっていた。人気のない寂しい廊下にはその寂しさをごまかすようにたくさんの絵が飾られている。
ルーカスは私室で待っており、エマを笑顔で迎えてくれた。室内は飾りが少なく実用的な印象を受けた。装飾が少ないのは少し意外だ。他国の生活の話で美しいものがたくさん挙がっていたので好きなのかと思っていた。指輪のデザインも案外ルーカスの好みなのかも知れない。
なんて考えているとソファに座るように促される。並んで腰を下ろしたルーカスがエマの手を取ってため息をつく。
「先程母上から簡単に事情を聞いた。……詫びてどうにかなるものではないが、本当に済まない。母上が父上に話している間、僕にも詳しく話してくれないか?」
エマの話を聴き、触れる手に力が入る。机の上のお茶はいただかないうちに冷めてしまった。
「……弟は何か?」
そういえば今日は状況を聞かれただけで何も言われなかった。
「……いえ……彼から責められるような事は何も」
「エマ、彼女が候補なのには理由がある。今、正直に伝えてもクリスは無理に離されたと感じ反発するだろう。それではあの子は愚かなままだ。君がよく知っているクリスは今ほど愚かだったかい?」
クリスは幼い頃からしっかりしていた。王子としての重圧からか常に強気で威圧感をまとって子どもらしいところのない人だ。少し横柄な時も見受けられたけれど、注意をすれば反省もしていた。自分に対しても事務的ではあったが優しくないわけではない。特別におかしいのはここ最近だけだ。
首を横に振るとルーカスは寂しそうに微笑んだ。
「ありがとう。愚弟を信じてくれて」
その笑顔は一瞬ですぐに厳しい表情に戻る。
「彼女が候補者なのは、いずれ必ず解消になる婚約など結ばせられないからだ」
――必ず解消? つまり王家は彼女を歓迎していないということ? 私が原因かしら。
「弟は君との婚約を破棄している。それだけでも印象は良くない。加えて前婚約者と因縁のある令嬢との婚約を解消なんて事になったら、さすがに王位継承は遠くなる。彼女が婚約者候補なら自然に降ろせる。クリスにやり直しのチャンスを与えるために条件を与えた」
「その条件が……」
「君の罪を立証し、認めさせ謝罪させることだ。確かにそれを条件にした。だがそれはね、決して適わない事だからだよ。クリスは知らないけどね」
冷めたお茶が新しいお茶に交換される。
「君は無実だ。謝る必要などない。だからこそ条件になっている。君に罪を認めさせることは向こうが冤罪を作り出すという事。そんな人をここにはおけない」
信じてはいたが無罪という言葉に安堵する。言葉というのは大事なものだと改めて感じる。
同時にエマは理解した。どんなにクリスと愛し合っていようが、貴重な能力持ちだろうが、冤罪をでっちあげる不届き者を王族に入れる事はできない。両陛下はエマに信頼を寄せてくれているからこそ、キアラ自身に責任を持って発言を立証させようというのだ。その最中でクリスに目を覚ましてもらい、諦めてもらおうとしている。しかしクリスの目が覚めなかった場合は……罪人という単語に彼女の顔がかすめる。
ふるりと肩が震えたのがわかった。
心配しないで、と手を撫でられる。ありがとうございますと微笑むがエマの気持ちは晴れない。ルーカスはエマの瞳をじっと見つめている。この気持ちを見透かされている気がする。
少し迷ったが今の気持ちを正直に話す事にする。
「実はさっき王妃様にはお伝えしなかったのだけれど……」
聞こえないふりをして不問にするつもりだったが、話した方が良いだろう。自分は罪人だと言われたことを。
途端にルーカスが顔をしかめた。怒気を含んだ瞳がエマの瞳の向こうの誰かを見ている。
「罪人と言われたことには傷ついていません。私は何もしていないのですもの」
だけどなにより傷ついて気になっているのは。
「私の瞳の色がまるで良くないもののように言い、周りの人に呪いをかけたと言われた事。何か私の知らないことを彼女は知っていて、私は彼女の言うようにいけない存在なのかと――それが一番、いたたまれなくて……」
「エマ」
優しくも寂しい声で名前を呼んだルーカスがエマの手をそっと包む。
「その理由を君が知らないことが、悲しくも愛おしい」
伏せがちな瞳にもう怒りは見えない。
「落ち着いて聞いて。その時までと誰も君に話していないことがある。機会はあったが何事もなく通り過ぎたからまた時機にと思っていた。迷ったが僕もそれでいいと思った。不安を煽るより君に幸せでいてほしかったから。だけど君が心無い人によって傷つくならそれは王家の傲りだ」
ルーカスの言いたいことがわからない。エマは不安が募る。
「出来る事なら今全てを話したいが、僕から君に話すことは許されていない。すぐに父上に報告して指示を仰ぐから待っていてくれるかい」
手を挙げると従者が素早く部屋を出て行った。不安で手が震えそうだ。
「忘れないでほしい、君は望まれて生まれてきて愛されている。僕も君を愛しているし、誓った通り僕から君を手放したりはしない」
大風でも吹いたのか、窓の外の木の枝が大降りに揺れているのが見える。美しいレースカーテンの向こう。季節は秋に差し掛かり、緑は柔らかい色へ変化を始めている。エマは視界の端のそれと同じくらい自分の心が揺れているのを感じた。
途中数百字程度の二話を挟んで、全31話で締めます。
展開が遅めで恐縮ですが何卒宜しくお願い致します。