11,宝石の瞳
暗い気持ちで家に帰るとルーカス殿下がお見えだといわれ慌てる。
着替える前に先ずはご挨拶だけでもと顔を出すと服はそのままでいいと言われてしまった。制服は簡素なワンピースドレス。いつもきちんとした格好だっただけに少し気恥ずかしいがお待たせするのも、と腰かける。
「先触れもなく失礼する。……制服姿を初めてみたけど良く似合っているね」
先ほどの人物と同じ髪色、似た色の目が柔らかく見つめる。温度差と照れとで妙な顔になった気がする。
「急な事だがこれから二日間、視察も兼ねて鉱山の方まで遠出する事になってね、お土産の希望を聞こうと思ってきたんだ」
鉱山までの間にはワインとわずかに採れる宝石、貴金属加工の有名な町がそれぞれ点在している。
「鉱山というと危ないのでは? お土産など何も……何よりもお気をつけていっていらして下さいね」
「ありがとう。視察と言っても安全なところまでしか行けないんだ。
ああ、大事なことを伝え漏らすところだった。僕が留守の間は王宮に上がらないでくれ。王妃教育もお休みだよ」
途端に先程の事を思い出し安堵する。察しが良い方なので表情の変化で気が付いただろうと思い、誤解のないように学校での出来事を話す。
「私の気持ちもクリス殿下に寄り添っていたとは言えません。反省して恥ずかしく思います。しかし今日話してみて、あの人の目に私はどう映っていたのか怖くなってしまったのです。興味がないだけなら良かった。そうではなく、いやらしく浅ましい女に映っていたのならなんと心憂い事だろうと」
話しているうちに情けなくなってきた。膝の上に揃えた手に力が入る。
「クリス殿下に特別な気持ちはありません。愛してほしいという気持ちも。ただ……きっと、一緒に公務をするのだから信頼して支え合っていきたいと思っていたのでしょうね。努力を誉めてほしい、認めてほしいという事でなく、どうか信じてほしいと思っていた、それだけは確かだと感じています」
道具としてでも。だけど向こうはそうではなかったのだと実感し、それが悲しかった。
「願わくば、クリス殿下に今以上に悪く思われたくはないのです。どんなに私のわがままだとわかっていても、今はお会いするのが怖いです」
思い上がりだと言われればそれまで。でも誠意をもって努めてきたつもりの私にはあまりにも寂しすぎると思ってしまったから。
静かに聞いていたルーカスは薄く微笑んでいた。
「それだけ国と弟を大事に思ってくれていたということだ。ありがとう」
これまで誰にも自分の考えを話さなかった。間違えれば傲慢とも言える王妃教育への思い。常に期待に応え模範であろうと思っていたから言えなかった、気付かないふりをしていた本音。自分で自分に失望しそうだった。
話を聞いてくれた目の前の人にお礼を言うべきか詫びるべきかわからず曖昧な表情をしてしまった。彼は変わらない表情のまま詫びた。
「やはり無理を強いたのはこちらだったと言うわけだ。申し訳ない事をした」
ゆるゆると首を横に振ることにしかできない。
「これからはそんな思いをさせないと誓おう。今もこれからもエマの役に立てるように努める。…こんな時に早速一緒に居られなくてすまない」
帰り際にもう一度聞かれる。
「……本当にお土産はいらないの?それならその辺の山を一つ贈ってしまうよ?」
冗談だとわかっているが本気なのもわかっている。エマは笑顔で答えた。
「お土産は、元気な殿下の楽しいお話でお願いしますわ。一番に私に会いに来て下さいませね」
初めて本気で誰かにもう一度会いたいと思った。
三日後、ルーカスから先触れがあり、昼には離宮でルーカスのお土産話を聴くことができた。
「ごめんね、お土産を持ち出す許可はもうすぐ下りるのだけれど、来てもらった方が早いと思ったものだから」
視察が終わったので話せることがたくさんあると、鉱山までの美しい景色や綺麗な町の話や金属加工所の話などを聞かせてくれた。金属加工の技術成長が著しく、帝国のような精巧な金物細工が作れる日も近いかもしれないとルーカスは目を輝かせる。
この国は資源が豊かな方だが偏りが大きい。金属は比較的潤沢だが宝石の採掘量は非常に少ない。金属加工の技術を伸ばし台座を作り、他国の宝石と合わせての産業を想定しているという。
楽しく話を聴いているとルーカスは指輪を取り出した。これが申請中のお土産だよ、と笑う。
「ネックレスの方が気軽だけど、エマはもうネックレスをしているでしょう。今の僕にそれを外すことは出来ない。髪飾りはいつもつけていられない。色々悩んで指輪に。どうかな」
「ありがとうございます」
エマは結婚式まで身に着けるように、と王妃からネックレスを預かっていた。特殊なまじないが施されていて、外さない事と他の人に触れさせない事を約束している。クリスとの婚約破棄に際し返却しようと思ったが、ルーカスとの婚姻が決まり継続となった。公には『王家から詫びとして贈られた』という事にしてつけておくようにと言われていた。
ルーカスが差し出した指輪は飾り気のないシンプルな銀色の台座に黒い石がはまっていた。鈍く光るそれは中の方にきらめきが詰まっており、見ていると落ち着く気がした。
「……綺麗」
「エマの瞳に似ていると思って」
「私の目はこんなに綺麗じゃありませんわ」
「僕にはそう見えているんだよ。ずっと見ていられる。見ているとエマの事を強く思い出すよ」
貸して、と指にはめてくれる。エマと同じ色の取り合わせのそれは指に馴染んだ。
「実はね、僕も同じ指輪を作ったんだ」
少し恥ずかしそうにルーカスが首から下げた指輪を見せてくれる。
「本当は指にしたいけれど今はまだ……僕にそんな魔力はないけれど、この指輪が君を守れたらいいなと思っている。どうか忘れないでくれ。僕はずっと君の側にいる」
「……ありがとうございます」
自分の目立つ容姿が嫌いだったことがある。黒は汚い色だと思ったことがある。だけどこうしてみると美しいし、美しいと知ってくれる人がいる。なんとありがたい事だろうか。