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10,第二王子

 季節は今、夏の盛り。夏休みというものが存在せず、通常授業の代わりに自由参加の夏期講習を行うこの学園では、自主的な休講によって領地に戻る生徒が多い。

 エマは例年通りほぼ毎日夏期講習と自習の為に通っていた。

 日差しが強く中庭の日陰にすら誰もいない状況だが、図書館の前の渡り廊下は涼しい風が吹き抜けていく。夏服のスカートはふわりと風にふくらみ、芝が美しく光の波を描いた。


 立ち止まって波を眺めていると突然声を掛けられた。

 振り向くと第二王子が思いつめたような顔で立っている。珍しく一人。

いつもは目立つ二人連れ。さり気なく近寄らないようにしていたが人がまばらな校内、油断していた。


「ごきげんよう、第二王子殿下。なんの御用でございましょう」

「……あれ以来か。お前はこちらにこなくなったな」

「ええ。これまでは殿下にお会いするためにうかがっておりましたが今はもう理由がございませんの」

「避けられ……いや、そんなことよりだ。キアラに関する自分の行いで認めることはないか」

鋭い視線。悪意ではないが責められているようにしか感じられない。


「認めることがないのです」

落ち着いて淡々と答える。今は感情を殺す時。

「殿下がどなたかと仲睦まじいご様子なのを友人が教えて下さったので、そのような方がいらっしゃる事は存じておりました。しかしながら私はそのキアラ嬢とお話したことはございません。お名前もお姿も、あの時に初めて知ったほどです」


 何か言いかけた王子は口を堅く結んだ。


「彼女に関して発言があるとすれば、直接殿下に『婚約者がありながらどなたかと仲良くされますと御立場が悪くとらえられます』と一度ご忠告申し上げましたその通り。彼女を貶める事が目的だなどと、そんな事は無価値です。彼女を見咎めて報告に来て下さった方には『殿下にはお話してありますので、私が申し上げる事ではない』とお気遣いへの感謝の言葉をお伝えしております。どなたにでも確認なさって下さい。……もっとも、それが不遜になると仰るなら、私はもうどなた様にも異見と解釈されることを申し上げられなくなります」


 王子の顔は苦々しい色を浮かべていたがもうエマを睨んではいなかった。

「何より、私が彼女を貶める意味がありますでしょうか」

「……それは王妃の座を……」

 途端に自分でも寂しい気持ちになったのがわかった。喉が詰まる。

「私は選ばれた時より、役目を果たすべくおりました。殿下に心はなくとも人生を国家に誓った身でございます。先日、殿下が仰った通り私たちの間に愛などいささかかばかりもございません。それでも務めは務め。まして国母ともなれば。もし王妃という立場を感情や独善で求めておりましたらば、もっと愚かにあらゆる力を振りかざしておりましたでしょう。私自身が殿下の目にどのように映っていたかわかりかねますが、もしそれを理由に罪に問うというのならばもう何も申し上げません」

「……人の心は裁けない。それが言い分か」

 どうしてこんなに胸が苦しい。泣かない自信はあるがそれがかえって苦しい。今自分はどんな顔をしているだろうか。

「私は決して頭を下げません。ない罪を認める事は嘘であり罪です。例え殿下のご命令であってもです」


 しばらく考え込む第二王子。

あなたはいつもそうね。人の話を聞いて少し考える。信じるために言葉を砕いていく。何故今になって私がこう話して、あの時は何も言わなかったか、そこまで考えて気付くだけの冷静さをもっている事を祈るだけ。


「君は本当に自分の身が清廉潔白だというのか」

「王家の紋章に誓って。我が家の家訓はご存知でしょう。お疑いでしたらどうぞ、私を裁判にお掛け下さい」

 王家の紋章に誓うという事は裁判に自分の命は勿論、家の存続をかける事を意味する。公爵家がつぶれても構わない覚悟だという意味だ。これがエマが誓える最大の無罪の主張。


「わかった」

 立ち去ろうとする第二王子にはあの時の勢いはない。少し離れて一度振り向く。

「時間を取らせて悪かった。失礼する」

 その視線の弱さに何か不穏な気配を感じた。

友人の手紙の一説を思い出す。決して悪い人ではないことを自分だってわかっている。どうしてこうなったの。何故そんな顔をするの。私があなたにもう少しでも寄り添えたら、手を取り合えたら何か変わっていた?



 今はぬるく感じる夏の風がエマの髪を梳いていく。もう芝もきらめいていない。ため息が漏れた。きちんとできた気がしない。うまくできなかったのは、こんなに胸が詰まるのは、暑さのせいだろうか。

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